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五頭目、決意

「後……五匹!!!!!」


 エレンの声がダンジョン内部に響いた。残りのゴブリンの討伐数は、半分へと減っていた。だが、戦術の中核である、GCのHPが心ともない。

 アルとエレンの戦法は至極単純だった。召喚され、アルの言うことを全て聞くGCを囮にし、ゴブリンに噛み付きでダメージを与える。そして、ゴブリンが大ぶりの攻撃を繰り出そうとしたら、GCを羽を使って飛ばさせ、回避。そして、そこに出来た隙へと、エレンが【突進】。


 だが、これには明確な弱点が存在がする。

 ゴブリンが大ぶりの攻撃をしないと、隙ができないのである。

 そして、五匹目……今、エレンが倒したゴブリンは、中々大ぶりの攻撃をしなかったのである。小さな攻撃を、延々とGCに向かって行う。


 待つこと十分。やっと大ぶりの攻撃を繰り出したが、その時既に、GCのHP(ヒットポイント)も減っていて、こころなしか黒く光る背中も、萎れたように見えた。


「おい、エレン。GCのHPが結構減っている。どうする……?」


 思わずアルがエレンに聞いた。


「とりあえず、新しいのは出せる?」


「あぁ、あと一匹が限界だがな」


「じゃぁ、お願い」


 そう言われると、アルはMPを抽出し、言葉を紡ぎ始めた。


「《魔、界、在、黒、光、速、蝕、飛、出、現》」


 アルの目の前に円陣が出現した。そこからは少しずつ黒い背中……甲殻が見えてくる。それは光っていて、メタリックな雰囲気が、少しあった。


「なんで、出る前はこんな凄そうなのに、出たら残念なんだろうな」


 アルが言う。


「ちょっと!!!!! ゴキ様は残念なんかじゃないわ! 訂正を要求する!」


「ハイハイ。ゴキサマハザンネンデハアリマセン」


「棒読みじゃない!」


 コント的な会話を二人がしているうちに、GCは召喚されたようだった。


 それを見ると、一瞬でエレンは満面の笑を顔に浮かべて、

「まぁ、あんたのおかげでゴキ様が見れるんだから、別に感謝しないこともないからね!」

 と、顔を別に赤らめずに言った。いや、GCへの関心で、少し赤みを帯びているかもしれない。


「どんなテンプレツンデレだよ」


「わざとよ……」


 素っ気なくエレンが言った。


「はぁ、まぁ、次のゴブリンでもさがすか」


 と、アルは周りを見渡す。


「そうね」


 と、エレンも同意した。だが、


「いや、その必要はなくなったようだぜ……」


 思わせぶりな態度で、アルが言った。


「え?」


 思わずエレンが疑問の声を上げた。だが、それを気にせず、アルは右手で腰からナイフを取り出した。


「GC!!!!!!! 俺の後方に居るゴブリンへ襲え! 俺が先行する!」


 ファンタジー世界に来たのに、ファンタジーっぽいことをゴキブリ風生物の召喚しかしていなかったストレスが、ここになって発揮されたのかと思うほどの勢いで、アルは短剣をゴブリンの腹に刺した。


 その動きは流麗で、美しかった。

 短剣アビリティ【ファス・アバトレ】


 その動きは、見るものを圧倒した。

 そして、使ったアル自身も、歓喜に満ちた。


 体の中から欲望が渦巻くような感覚。それがアルを支配した。武器を振るえることの嬉しさ。元の世界との違い。こちらでは、SEでは、縛られず、振るえる!!!!!


 元の世界で、ニートとして約三ヶ月は引きこもっていた。その感情が、爆発している。


 それはこちらの、SEの世界への喜びにも代わり、アルを支配していた。


 もう一発!


【ファス・アバトレ】

 前方(ファス)へ……刺す(アバトレ)!!!!!!!!


 もう一回。

【ファス・アバトレ】


 ゴブリンが、HPを無くし、データのような四角となって、飛散した。

 そこから出てきたのは、【ゴブリンの証】。


 紛れもないレアアイテムであった。それを拾いながら、アルはつぶやいた。


「戻りたくない……元の世界に、戻るもんか……」




◆◆◆◆




「戻りたくない……元の世界に、戻るもんか……」


 アルが放った言葉は、不思議なほどエレンの耳に、澄んで入った。

 今の、狂気のような戦闘と一緒に。


「やべぇ。結構疲れたな」


 アルはふらついた。


「だ、大丈夫!?」


 思わずエレンが叫んだ。


「あぁ、何とか。にしても、証か。ラッキーだな」


 アルは、足下にオブジェクトとして光りながら転がっていた証を手に取った。


「格好いいわね」


 エレンもそう思った。ワッペンのような形の【証】は、淡い緑色だった。ゴブリンの意志が込められている気がして、思わず感嘆の声が漏れそうだった。そして……


「あのさ……」


「うん、どうした?」


 アルがこちらに振り向く。右手に持った【証】は持ったままだ。


「あ、そうだ。証は俺が貰っちゃっていい?」


「うん。いいよ」


 少しアルに話を逸らされた。

 でも、話を戻す。


「元の世界に……帰らないの?」


 思わず聞いてしまう。いや、思わずではない。アルが先ほどの言葉を口にしていてから、ずっと考えていた。


「え、あれ? あれって、口に出てたの!?」


 目で簡単にわかるくらいに、アルが狼狽した。


「うん。ばっちり聞こえてたよ……」


 答えを待つように、エレンは聞いた。


 アルの右手が彼の赤毛の髪の毛へと上がり、かきむしり始めた。


「えぇっ……と……」


 言葉を探しているようだ。だが、こちらにも言葉はない。


「うん……さっきの戦闘で、そう、思った。俺、元の世界でニートだからさ。こっちの世界の方が、今日一日で楽しいと思った。だから、俺は、戻らない」


 彼の決意は、不思議と彼女の心の中へと入っていった。


「でもっ! 元の世界に残してきた人はっ!」


 エレンは沈痛な叫びを放つ。それは救いでもあったし、棘でもあった。


「それは……あんまりいない。ここ三ヶ月で関わっていたのは、カーチャンと、時々トーチャンと、ネット上の匿名の方々だけだよ。俺は……ニートだったからね」


 ニート。エレンは、それをどこか別の世界のものだと感じていた。「このまま勉強しないと、ニートになるぞ」

 親も、友達も、ゴキブリのことや、ファンタジー小説、ゲーム、そればかりやっていて高校生になったエレンに、そういった。だが、彼女はニートに私が成るはずはないと、高をくくり、自堕落な高校生活を送っていたのである。ゴキブリオタクということで、虐められ、登校もままならなかった。


 果たして、そんな世界に……帰りたいか?


 一筋の楔として、それは彼女の心の奥底へと放たれ、刺さった。


「こっちの世界の方が……楽しいの?」


「少なくとも、俺にとってはね。向こうの世界に戻りたくは……無い」


「でも、こんな生活じゃ……いつ死ぬかわららないじゃん!?」


「システム的に……死ぬことはなさそうじゃないか」


 それは彼女だって分かっていた。殺せる手段があるなら、すぐ殺せばいいじゃないか。そう声の主や、その仲間に言ってやりたかった。でも、殺さないということは、まず死なない。GMたちの意志が変わらなければ。


「本当に……こっちなら……虐められないの?」


「最低でも俺は、虐めないぜ。お前と一緒に入れて、俺は有り難いと思ってる。こんな元ヒモニートだしな」


「じゃぁ、私も……」


 その瞬間、エレンの決意は固まった。そのときに思い浮かんだのは、母さんと父さんの顔だった。不登校になる前は、「もっと勉強をしろ」と、言っていて、なった後は、「学校に行かないで恥ずかしくないのか!」迷惑をかけていた。反省したい。でも、勉強以外にも、私の生きる道はあったと思う。


 次に浮かんできたのは、友人だった子たちだった。今はいじめっ子といじめられっ子に別れている。いや、今も友達かもしれない。何故なら浮かんできた顔は……友達だったときの、笑顔だったから。


 でも、もう友達の笑顔は戻ってこないし。「勉強しなさい」といいながらも、暖かい食卓を作ってくれた家族とも会えない。もう、無くなった。毎日が冷えた食卓で、友達とは会えない。そんな元の世界に、戻る価値なんて……ない。


「私も……こっちに残るよ……そして……人間を戻さない。クリアを……妨害しよう?」


 そこには、せめてもの、少しだけでもの、復讐も込められていた。


「もちろんさ。これから俺たちは、クリアを妨害する。そのために動く。俺たちの通称でも決めようぜ。なんかかっけーじゃん」


 その意見には同意だった。ギルド機能もあるので、いつかは作りたい。クリア阻止の人間たちで。


「そうだな……」


 勿体ぶりながらアルが言った。


「アフマル・ハシャラとか、どうだ?」


「どんな意味?」


「赤い虫」


 何故か格好いいと思った。それは赤にまみれたゴキブリの甲殻を想像したからかもしれない。

 赤くまみれ、虐げられていても、自分の本分を全うし、生を貪欲に得続けるゴキブリに、少しずつ重なっていった。


 だからそれに……

「いいね」

 と、言ったのであった。


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