三頭目、宿屋
アルとエレンは、宿屋にいた。
そりゃぁ、見た目十六歳の男女二人が宿屋にいるのだから、何か不純なことが起こるかもしれない。
だが、今、この場で、それはなかった。
当然である、アルはゴキブリ……訂正。GCを満面の笑みで撫でているような女を抱くつもりは全く無いし、エレンの方でも、先ほど会ったばかりの得体の知れない男を抱くなど、全くもって考えられないことだった。
男が襲えばいいじゃないか。
そういう思考の暴虐者……失礼。紳士の方がいるかもしれない。
だが、この場でそれはできない。
何故か?
スキルのせいである。
アルのスキルは、盗賊、召喚、探索。盗賊はジョブスキルなので、サブスキルを三つ持つ。それは、隠密、投剣、短剣であった。対してエレンのスキルは、騎士、鍛冶、体術であった。騎士のサブスキルは、大槍、大盾、防御上昇。簡単にいうと、ダメージを与えるも、防御上昇で防がれ、なら力任せに襲うと、体術で投げ技を使われる。アルがエレンを襲える可能性は、万が一にもないのであった。実際、初期状態で変えることができる、自由なサブスキルスロットは一つあるのだが、アルやエレンが思っているよりも、スキルというものは高く、中々手が出せない額であった。サブスキルや、ジョブスキルが報酬のクエストもあるが、まだ冒険者ギルドに行っていない二人には知る由がない。
「おい、いつまで撫でているんだ」
「あぁ、飽きるまで」
のっけからんと、エレンは言い放った。
「おい。飽きるまでって、いつ消えるかわからないんだぞ。そのGC」
実際、先ほどからずっと召喚しているが、まだ消えない。言ったアルも、いつ消えるのか不安であった。
「まぁ、大丈夫でしょ。消えたらまた召喚すればいいだけだし」
エレンは言った。撫でないという選択肢はないらしい。
「そいつを召喚するのに、MPの半分程度を喰うんだが……」
「だいじょうぶっしょ、たぶんここにはMP回復ポーションみたいなものがあるでしょ。宿屋もあったし、冒険者ギルドみたいなことも声の主は示唆していたしさ」
「宿屋だけで俺たち合計の所持金で、四分の一を失ったわけだが、例えばモンスターとの戦闘用のHP回復ポーションをかって、武器を買う、いくら余るかね? そこで、GC如きを撫でるためにMP回復ポーションを買うのはもったいないとしか言いようがない」
問うように、アルが言う。事実、アルとエレンは、はじめからあった千Gの内、五百Gを使っている。宿屋はもっとやすいものはあるが、偶然二人が入ったのが高級宿だったということだろう。いや、わざと二人は高級な宿に入ったのだ。現代人に、木製で満足に掃除がされていないベッドは中々使えないだろう。慣れることが必要なのは、二人とも分かっているが、一朝一夕に慣れることができるものではあるまい。
というか、何故二人が一緒に宿屋などに泊まっているかが疑問の方はたくさんいるだろう。
それは何故か……
共闘したからである。
二人の目的は、まず、この世界の情報を集めること。それは一致した。なら、二人で一緒に情報を集めた方が早い。そう思うのは自然であった。もちろん、エレンがGCを撫でたいと思うのも一因だろうし、アルがエレンのような美少女を傍らに置いておきたいという男特有の性も一因に入っているだろう。
だが、結論として二人が共闘を結ぶことは変わらなかった。
こちらに転移してきたのは三時間ほど前か。そして、もう日は沈んでいた。一時間ほど前に沈んだので、ちょうど元の季節の日の入りと同じくらいの時刻に日が沈んだことになる。
そのことから二人は、転移された時刻が元の世界と同じだと推測した。
なので、今日は行動する時間がない。そこで、とりあえず資金の節約の意味を兼ね、共闘関係になった二人で、同じ宿屋に泊まったのである。
「それで、明日からはどうするんだ?」
アルはエレンに聞いた。今まで全く明日の予定を聞いていなかったのである。まぁ、エレンが延々とGCを撫でていたことも一因だろう。
「とりあえず、冒険者ギルドにでも行って、依頼を受けてくれば良くない? 死ぬことはないし」
死ぬことはない。それはセカチャンを知ったものには、確固たる事実として、知ることができた。
要するに、一人の男が、死んだと、書き込んだのである。
【あの男の説明が終わった後、俺は思わず街から飛び出し、北の森へ向かった。
そして、そこを通りかかった狼のようなモンスター。デバイスには、ウルフと書いてあったが、に、見つかったんだ。
当然何の考えもなく武器もなく飛び出してしまったので、俺に抵抗する力はなかった、そこで、俺は狼に喰い殺されたのさ。
死んだ。その時の俺はそう思った。だが、俺は、なぜか神殿にいた。そして、神殿から外に出ると、俺が知らない町並みが広がっていた。だが、転成者はたくさんいた。
後、神殿で、死んだときに自分の死んだ場所を、そこの神殿にすることが可能らしい。ただ、神父の話では、時々突拍子もないところへとばされることもあるとか。
このことから、俺は、この世界は死んでも神殿で生き返る。街はいくつもある。という仮説を立てた。誰か検証してくれ!】
そのような書き込みだった。
当然、二人はそれを疑った。だが、声の主は自分たちを殺そうと思えばいつでも殺せる筈だと考え、これを否定はできなかった。もちろん声の主が快楽殺人者で、絶望に彩られて死んでいく人間の顔をみたいという外道の可能性もあるが、とりあえずは信じることにした。一応神殿にも行き、生き返る場所の設定もした。
もう一つ、街が複数あることは、案外あっさりと決着が付いた。掲示板に、自分が住んでいる街の名前の書き込みがあったのである。
サッポロ、カナザワ、ハチオウジ、シブヤ、ヒロシマ、等、自分たちがよく知っている街が多くあった。地図の上部に自分の街の名前が書き込まれているらしい。だが、形は違うということだった。偶然にもその街出身の人間が居たのである。
街が複数あるのはほぼ決定となった。まだ確定ではないが、街が一つでも二つでも、俺たちが死ぬ確率はあまり変わらない。NPCがやっている店の在庫的なものは無限にあるらしく、人間らしい受け答えができ、完璧なAIだが、価格を安くしたりはしなく、少し高めの設定らいしので、何か稼ぎを得れば、飢えることはあるまい。
ということで、稼ぎを得るため、アルとエレンの二人は、冒険者となって、モンスターを狩ることを決意したのである。まだモンスターを倒したという報告はセカチャンに無いが、まぁ、自分たちが倒せばわかるだろう。剥ぎ取りの技術がないのが、若干の不安であったが。
「ところで今日はどうする?」
何気なくアルは聞いた。
「とりあえず、今から飯にいけばいいでしょ? 受付の人から、飯は用意してくれるらしいし」
「まだ、酒場とかはいかなくていいよな」
続けてアルは質問をする。
「金ができてから。後、数日たたないと得た情報に差が出ないでしょ。それに、人に無償で教えるような情報は、まずセカチャンに流すと思うし、流れたら、セカウィキに載るでしょ? なら酒場で得れる情報は隠しておきたい情報って訳で、聞くにはお金でも積まないとじゃない? なら、金は貯めていかないと」
「それもそうか」
納得して、アルと、エレンは、食事を食べに、一階の食堂兼夜間酒場へと、足を運んだ。
◆◆◆◆
目の前に並んだのは、シチューだった。お皿も高級そうで、まったく不潔なイメージがなかった。
それでいて量も多く、現代人の二人でさえ、満足できる食事だった。
シチューのほかにも、肉やパンなども並んでいる。
「豪華ね……」
思わずエレンはつぶやいていた。
「風呂もあったし、生活水準は元の世界程度あるみたいだな……ネットもあるし、ゲームは……この世界がゲームだな」
ネットは、ホームページでさえ作れる仕様だった。今まで少しでもweb制作などに携わった人なら、案外簡単にいくものかもしれない。だが、そんなことヒモニートだったアルにはわからなかったし、エレンもわかりそうもなかった。
「確かにねー。風呂は先に入っていいわよね?」
「あぁ。別にいいぞ。なんなら一緒にでも」
「セクハラはやめてよね」
「あぁ、そうかい。すいませんでした」
全く反省の色が見えない棒読みの口調でアルが答えた。
「にしてもおいしいわね~」
スプーンを運びながらエレンがいった。
「だな」
そうアルが答える。
思ったよりもSEでの生活は、高水準になりそうだ。
◆◆◆◆
衣擦れの音が聞こえてきた。否、衣擦れの音を聞いていた。こんな時にセカチャンや、セカッター(セカンドムッターの事だが、仕様が余りにも某呟きSNSと似ているため、この略称になっているのである)や、セカウィキを見ているほど、俺は衰えていない。元の世界でもまだ二十代だ。彼女に三ヶ月前に振られ、金の供給源が一つ減った二十代だ。
見た目十六歳(実際年齢不明)の美少女の、服を脱ぐ音を聞かないで、なにを聞き、なにを見るというのだ。
さすがに性欲余った高校生や中学生みたいに突撃などバカなことはしない。
ドアの前で、衣擦れの音を聞ければ満足なのである。
と、アルは延々と思考をしていた。
もちろんそんな時間を悠長にエレンが待つはずはなく、湯船からは鼻歌が聞こえる。
その音を聞いて、自分が前半の着替えの音しか聞くことができなかったことに、アルは気づいた。
なんという……失態!!!!
暇つぶしに湯船の方にGCでも忍ばせようと思ったが、逆に喜びそうなので取りやめにして、のんびり情報サイトを見ていたのであった。
◆◆◆◆
「でたわよー」
甲高いエレンの声が、宿屋の一室に響いた。
瞬間。アルの脳は全速力で周り始めた。
始まりばかりではない……終わりもまたエロい、と!!!!
バスタオル一枚に「見ないで……」と、頬を赤らめながら言う少女のなんと可憐なことか!!!
前世で某大型掲示板があったら、思わずスレ立てする勢いである。いや、セカチャンでしてもいいかもしれない。ばれるけど。
先ほどの失敗を生かし、最高速度で思考をし、バスルームの前へ向かった。だが……
すでに服は着替えた後だった。
うん、声を発する前に着替えが終わっていたんだね。
着替えは何故かデバイスから出せた。何故だろう。デバイスのアイテム欄に入っているものは、自由に出せるらしい。それに、いろいろなものがデバイスに入れることができるらしいから、以外と便利だ。
と、無駄な思考で思考の落胆を妨げた。
「じゃぁ、俺もはいるわー。のぞくなよー」
「こっちのセリフだ!」
もちろんセクハラも忘れなかった。