二頭目、召喚
アルは携帯電話のようなデバイスを持ちながら、それを操作していた。
説明書、説明書。アルは少しだけ説明書を探すのに時間を割いた。思ったよりもそれは早くに見つかった。
次は魔法、魔法と、説明書の中で探し始める。
簡潔に言おう。アルは魔法の使い方を探しているのである。
声の主が去った後、静寂は三十秒ほど続いた。その後、RPG世代の中年や、VRMMO物の小説を呼んでいるいまの中高大生程度の年齢だと思われる人間が、次々と広場から歩きだした。
はじめのモンスター狩り。それが序列を決定すると、その人々は感じ取った。残ったのはゲームのことなど知らぬ老害……失礼、差別用語だった。まぁ、老人や、ゲームにふれたことがない女子中高大生、主婦、OLだったであろう人々は、動かなかった。動いた男女比は、八対二程度だっただろう。
アルは、その動いた人間の中でも、ほとんど一番目と変わらない時間で動き始めた。彼は人混みが苦手だ。ニートの習性が人混みを苦手にする。それと、【魔法】への羨望が、彼を広場から早く動かした。
自分のステータスを見たときに目に入ってきた【召喚師】の三文字。それは彼の心を躍らせた。
男の子なら誰でもあこがれるであろう、魔法という存在に、心を躍らせたのだ。
というわけで、彼はほぼ先頭組という早さで、広場を抜け、声の主が示唆していた冒険者ギルドなどを無視して、路地裏に入った。ほかの人間に手札がばれるとまずい。
ニート生活で有り余った時間で、数多くのVRMMO物の小説、ラノベに手を出していた彼の結論はそれだった。だが、ネトゲには手を出していなかった。自由に使える金は、ほとんどがアニメやラノベに費やしていたからだ。だが、彼はネトゲの世界と、設定が全く同じ世界でも、状況は異なると感じた。老人だった世代もいるのだ。十六歳程度に、精神年齢が幼くなってたとしても、今までの人生の経験や、感覚は残るだろう。それがただのネトゲと、この世界を変える要因になるだろうと、彼は感じた。
そして、彼は探した。召喚の方法を。
まだデバイスのボタンを押す音が響いている。スマートフォント変わらない形状であるデバイスの画面を触りながら、探す。
彼はスマートフォンを持ったことはなかったので、少し手間取りながらも、見つけた。
魔法の使い方だ。
彼はそのまま指示通りに、声を紡ぎ始める。
「《魔、界、在、黒、光、速、蝕、飛、出、現》」
召喚の魔法は、十文字の漢字の組み合わせで出来ていた。彼は召喚師の術である召喚術の一つ目、召喚、其の壱と、ステータスに表示されていたものを唱えた。
そして、彼の体から、何かが抜けていく感覚がした。彼が今デバイスを見ていたのなら、抜けていたのがMP、マジックポイントだということが瞬時にわかっただろう。
そして、抜けていたMPを使って、アルの目の前の地面が光り始めた。円形に、文字を象ったような物が、円の内側に延々と連なっている。
そして、光が強くなった。アルはわくわくした心持ちで、出てくる物を待った。
そして、少しずつ、少しずつ、黒い固まりが見え始めた。硬質な感じがした。アルは黒いロボットでも召喚したのかな? と、思った。
もう少し経った。アルは疑問に思った。なぜか、黒い糸みたいな物が二本、黒い塊のこちら側から出てきたのである。黒い塊も、四角い感じではなく、曲線が、背中のような場所に見えた。
そして、全てが見えた。
アルは絶句した。
何故か?
見えたのは、黒いロボットでも、ゴブリンでも、勿論ブラックドラゴンの様な名前からして強そうな物ではない
。
出てきた物は、元の世界の一般的な呼び方をするなら、ゴキブリ……だった。
言葉が出ない。
わくわくして召喚したのに、出てきたのがゴキブリでした、では、落胆も大きいだろう。落胆し、アルは膝から崩れ落ちた。
そんなことも気にせず、出てきたゴキブリ、SEでの名前はgiant cockroach、略してGCである。そいつは、何の害意もなく、アルの元へとよってきた。
その風貌は、オオゴキブリというゴキブリににていた。主に森林に生息するゴキブリで、民家ではまず見ないだろう。民家にはいることはなく、ひっそりと暮らしている虫である。人間に害はなく、生態系の中でも森にいるゴキブリは重要な役割を持っているが、ゴキブリは嫌われるという事実はなにも変わらない。
要するに、アルにとって、オオゴキブリを模したGCであっても、チャバネゴキブリを模したGCであっても、主婦の敵とまで呼ばれるクロゴキブリを模したGCであっても、大した差はない。ついでに、召喚されたGCは、通常のオオゴキブリの五倍ほど二十センチ程度の大きさを持っていた。恐怖するのも当然である。
そして、GCがよってきたところで、アルは逃げ出した。怖かったのだ。命令されない限り、召喚されたモンスターは召喚主の元に寄る。命令すれば簡単に消えたり、何か行動をしたり出来るが、命令しない限り、GCはアルに寄りつくのである。だが、説明書の召喚の方法というか、魔法の行使方法しか読んでいなかったアルには、そんなことはわからなかった。
そして、恐怖におののいているアルの元に、一筋の大きな声が響いた。
「かっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!! オオゴキブリじゃん!!! こんなでっけぇのはじめてみたわぁぁあぁ!!!! 感動的だぁぁぁ!!!!!」
我慢していたのが弾けたように、声が響いた。それは甲高い、女の声だった。
「は?」
アルの口から思わず疑問の声が出た。
そんなことは何も気にせずに、女はGCの近くへ寄って、GCの背中を撫で始めた。
「お、おまぇ、すげぇな」
アルから出たのは純粋な賞賛だった。
ふと、その女の容貌をみる、髪の毛は金髪というより、綺麗な黄色をしていた。それは短いところで切られており、ショートヘアーだった。その下にあるのは端整な顔立ちで、金髪よりの黄髪だというのに、不純な感じが全くせず、顔全体で清楚だと言っても、過言ではなかった。
体は出ている筈のところはあまり出ていなく、同世代の女子と比べると発達していないが、まぁ、そんなことは些細な問題だと思えるほど、清楚で綺麗で、可愛い顔だった。
まぁ、残念なのはその美少女が満面の笑みでGC……見た目オオゴキブリを撫でているところだったのだが。
オオゴキブリは幼少期に羽を共食いされることが多いが、このGCはシステム上羽があった。それがまた珍しいのか、女は羽を丹精に撫でていた。
「おーい、お嬢さん?」
ヒモ時代のテクニックを使って、なんとか女の興味をこっちに引き寄せようとする。
「はい、何でしょうか?」
「何で俺が召喚した、ゴキブリ? を、一生懸命撫でているの?」
アルは聞いた。
「おぉ! これは貴方が召喚した物でしたか! もっと撫でていいですか!? 後、ゴキブリではありません、ゴキ様です!」
アルを咎めるような口調で、エレンは言った。
「あぁ……別にいいけど。名前はなんて言うんだい?」
「元の世界のは教えれませんけど、こちらの名前だけで十分ですよね! エレンと言います!」
因みに、ここまでの会話はアルはひきつった笑みで、エレンはゴキブリを撫でながら満面の笑みで進行していた。尤も、ゴキ様の部分では怒っていたが。
「あぁ、俺はアルだ。まだゴキブリを撫でるのか?」
「いえ、こちらの世界では、ゴキ様ではなくGCというらしいですよ。私の情報網で、こちらの世界で、あの男の話が終わった後、ゴキ様に関連しそうなことはとりあえず調べました。GCとはgiant cockroachの略ですね!」
何がこいつをここまで駆り立てるんだ。そうアルは心の中でつっこんだが、なにか地雷な気がしたので、口には出さない。
「まぁ、ゴキ……GCの話は置いといて、何でおまえは……俺の召喚のところをみていたんだ?」
「ゴキ様のにおいに駆られました!」
エレンは確かにそれが出来そうなほど興奮していた。だが、一瞬だけ目に後悔と反省が陰りとして見えた。
アルは、それを見逃さなかった。
「嘘だな」
「わっかっちゃいましたか」
あきらめるように、GCをなでるのをやめて、エレンは下を向いた。
「まぁ、情報収集ですね。これでもRPGとかよくやる口ですから。先ずはどれほどの情報を集めたかに掛かっていると思うんですよね。なので、とりあえず最速で動いた人の中で、明確な意志を持ってそうな人を追跡することにしたんです。それがあなたですね」
神妙に、落ち着いた声色で、エレンは話した。
「なるほど。同意見だ。ただ……」
「なんです?」
エレンはアルの方を向いた。
「情報収集が大事なことは声の主だって、わかっているようだぜ」
アルはデバイスをエレンの方へ放り投げようとした。だが、不思議なようにアルの手から、デバイスは離れなかった。
「え?」
「かなり間抜けですね……」
「た、たぶん、これは個人専用のデバイスで、盗みや、他人に譲ることへの処置だな。うん」
そう、独りでにアルは納得した。
「まぁ、これだ」
そういいながら、アルはデバイスの画面を、エレンへと見せた。
そこには、某巨大掲示板風の掲示板。名前はsecond channel、略してセカチャンと呼んでね! みたいなことがかかれていた。
「え!?」
その元となった某巨大掲示板を知らないわけではない。思わず驚愕の声を上げた。
「ほかにも……」
某呟き型SNSににている。second mutter。誰でも編集できる攻略サイトsecond wikiと、様々なsecondと冠についた、インターネット上のサイトを模したものを見つけていった。
「もう何人も書き込んでいるし、まだまだ他にもあるらしい。以外と情報収集はさせてくれるみたいだぞ。情報の独占も、しっかりメモ帳みたいな機能も付いているし、自分が歩いたところは地図で記録されている。ロープレの定番だな。あと、この街の地図は別で見つけた。他にも電話の機能はついているし、メールもついている。カメラもあるな」
みているものが目を疑う程度の勢いで、デバイスの機能をエレンに見せていく。
その早さと、内容に、エレンは驚愕が隠せなかった。
当然である。説明書を探しながらもアルは、しっかりとほかの機能の確認もしていたからだ……