十三頭目、蜻蛉
「スズキ! 向こうへ魔法撃てぇっ!」
起きあがったアルが、撃たれた方向を指しながら、叫んだ。痛みを無視した超越的な行動だった。
「エレン! 少し持ちこたえてくれ!」
「大丈夫だよっ!」
アルはエレンへも指示を飛ばした。
「炎の神よ、我に力を貸し、広き炎を、地上へと捧げ! 《メガロスフロガ》!」
遅れてスズキの詠唱が聞こえてくる。
轟炎は森を焼く。広範囲が炎に包まれる。
昨日と同じように焼け焦げた匂いが辺りに充満し、三人の鼻をつんざいた。
そして、アルも、
「《魔、界、在、黒、光、速、触、飛、出、現》」
GCを召喚した。黒い甲殻が浮かび上がる。召喚、其の壱を使ったのは、MP効率の面と、其の壱と其の弐で大きさ以外のステータスがあまり変わらないからだ。
尤も、今まで一体が散発的に攻撃してきたので、いきなり攻撃の方法を変えてきたという焦りもあるだろう。
そして、
ガサガサッ!
今までより一際大きい木の葉のこすれる音が、辺りへと響きわたった。森全体のまだ緑が生い茂っているところが、揺れた。
森の上から小鳥が逃げ出していく。それは凝視すれば、ミニバードという敵だったことがわかっただろう。
これは何かの前兆なのだろうかと、少し戦慄した。鳥が逃げるところは、大きな災害を連想できる。
そして、
衝撃波などという、ちゃちな小さいものではない。もっと大きな。たとえるなら火縄銃と第二次世界大戦で使われた大砲の差程度の威力の差があるものが、向かってきた。
それは、風の破壊光線と呼んでも良かったが、光線などという見た目が格好いいものではなく、周りの木々を巻き込んだ、所謂直線で迫ってくる竜巻だった。
やばい!
三人は戦慄する。当然だ。格が違う。
「おい、エレン! 楯で…………」
アルの言葉は、途切れた。
アルの言葉の途中で、エレンの方向から風の破壊直線竜巻は、直撃した。尖っている枝や、少し大きめな木などを巻き込んで。そして、三人に直撃する。
「ぐはっっっ!!!」
「きゃぁぁっっ!」
「ぐっっ!」
三者三様の悲鳴を辺りに木霊させ、三人は風の破壊直線竜巻に巻き込まれた。幸い、木の先端や大木には直撃せず、大きなダメージを受けることはなかったが、アルのHPは約4割、エレンは2割、スズキは五割ほど減っている。スズキに大木などが直撃したら、今頃神殿へと行っていただろう。
「くそっ!」
アルが立ち上がる。それに続いて、ほかの二人も立ち上がった。
そして、彼らは見た。
場所はエレンが楯で防いでいたが、防ぎきれなかった風の破壊直線竜巻の先。
真っ赤な深紅の複眼に、少し透けているが、鋭利な刃物と勘違いするほどの真っ黒な羽。大きな胴体は緑で、足は紫。カラフルと形容してもなにも問題ないが、問題はその大きさだった。
でかい。ただ単に、でかいのだ。
形はトンボとなんら変わらないが、大きさは通常のトンボの何倍かと考えるだけでいやになるほどの大きさだった。
アルたち人間の大きさはゆうに越えている。
それをみて、アルが感じたのは恐怖。圧倒的で本能的な、恐怖だった。
そこらにいる群れた兎が、絶対なる百獣の王、獅子をみた気持ち。に近いものだ。
大きい。大きさだけで人はここまで恐怖できるのか、そうアルは思う。
そして、取る行動は、
逃走、一択だった。
「逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
絶叫が辺りに響きわたる。立ち向かおうなど露ほどもその言葉からは感じられなかった。
そして、三人は走り出した。
悲鳴を上げながら、絶叫しながら、走り出す。
黒く焼け焦げた木々の上の飛び跳ね、まだ緑が残るところの木々を、強引に体で薙ぎ払う。
木々の細く尖った先で少しずつHPが現象しても気にすることはなく、一心不乱に猪突猛進する。
だが、巨大な蜻蛉はそれを許さなかった。
羽音があたりに響いた。それが予備動作だと、気づいたのは攻撃が放たれた後。
辺りに轟音として響くのは風の音。
通った場所を踏み荒らすのはタイフーン。
先ほどの直線的なものではなく、純粋な渦巻き状。
紛れもなくそれは、「死」の成分をはらんでいた。
「な……」
轟音に振り向いたアルは絶句。さらに足に力を入れ、走りきる。
だが、全力で走り出した弊害が顕著に現れた。
エレンが、遅れ始めている。
タイフーンは有り得ないほどのスピードでアルたちに接近する。そして、アルたちの再後尾にいたのはエレンだった。
大きな槍と、大きな楯。これでもかというほどに重さを持つものを装備としていたエレンが遅れるのは、自明の理だ。
「やばいっ!」
必死になってアルが叫ぶ。だが、タイフーンは迫っている。
「よけろ!」
アルは叫ぶ。そして、エレンも、
「くっ!」
と、言いながら、軌道からそれようとする。
タイフーンは猛スピードで迫る。
当た……
る、一歩手前で、なんとかエレンが軌道から避けきった。タイフーンは序々に勢力を弱めながら、【蜻蛉の森】の木々を薙ぎ払っていた。
アルとスズキも難なく避ける。
だが、新たな驚異が迫りくる。
それは、針の嵐。
大きな蜻蛉……モンスター名は和風で巨大蜻蛉だったが、そいつが、羽をはためかせた。
それと同時に羽の一部が尖った針となり、アルたち進入者へと降り注いでいた。
現実ではこんなことはあり得ない。だが、これは現実だ。
セカンドアースという世界がはらんでいる、一つの現実。
そして、それは襲いかかる。
先ほどのタイフーンほどの威力はないものの、それには圧倒的な数があった。
十、百、千、万。
本当に万あるのかは疑問だが、万あるといってもなにも驚かない程度には、迫り来ていた。
「くそっ!」
アルは何処とも判らない方向へと罵倒を投げ捨てながら、駆ける。
あんな大きなのに勝てるわけがない。常識だ。
その感情が、支配していた。
だが、エレンは違った。
要塞。そういっても過言ではないほどの堅牢。だが、それは攻撃へ転じることを不可能にする体制だった。
大楯アビリティ、【要塞化】
それは防御力を飛躍的に向上させた。だが、動けない。
現代風の能力値表示で表すとしたら、【防御力上昇大、不動】といったところか。
いや、違う。
針が、要塞に集まる。ヘイト、所謂楯訳の必須アビリティと言われるものである。その効能は、敵の興味や、攻撃対象を自分へと向ける効果。
そのおかげで、道ができた。
「私はいいからっ! 逃げて!」
それは楯役の決意だった。いくら【不死】だといっても、死の恐怖が無くなるわけではない。人間というのは生まれた頃から本能的に死の恐怖が植え付けられている。
「わかったっ!」
その少女の決意を、アルはくみ取った。スズキは静観している。いや、実際は緊迫している状況なのだから、周りに気を配りながら、第二第三の敵がいないかを見張っていると言った方が適切だろう。
そして、スズキは分かったようだ。
アルの答えが。目を見て、それを感じ取ることができたのかもしれない。
「スズキ、わかるだろ?」
「もちろんです」
少しだけ二人だけは言葉を交わした。それだけで十分だった。
二人は駆け出す。
エレンのいる方向へと、巨大蜻蛉の存在する方向へと。
「なんでっ!」
それを見てエレンは叫んだ。逃げればいいのに、自分なんて見捨てればいいのに。そんな感情だった。
アルは走りながら叫ぶ。エレンの横を通り過ぎた。そのとき、少し針が当たった。減ったHPをHP回復ポーションのがぶ飲みで戻す。
「キレイゴトを言えば、仲間のピンチをほっとけないだろぉっ!!!! 打算的には、ボス倒してぇっ!」
駆ける。
少しずつ巨大蜻蛉へと近づいている。
「私だって、負けてないんですよっ!」
スズキは詠唱を始める。
反撃の、開始だった。