十一頭目、森炎
「ちょっと待って! ゴキ様がかわいそうじゃん! それじゃ!」
アルの放火の壁をGCにやらせる発言に、エレンが怒り狂った。
「今まで一緒に戦ってきた仲間でしょ! ゴキ様も!」
「なら、おまえ、焼け死ぬか?」
それに対し、アルが放った言葉は、あまりにも冷酷だった。
カサカサッ
三人は、条件反射のように伏せる。もはや号令も必要ない。立っている状態で、避けることはできる。だが、動けば当たる。最早八方塞がり。
「で、でも!」
「因みにGCごと動くのは無理だぞ。あの攻撃にGCが何発も耐えられない。おまえのHPの減りようを見ても、わかるだろう?」
GCのHPは、低い。エレンの約三分の一だ。衝撃波が直撃すれば、それだけで沈む。
「ゴキ様が……」
「《魔、大、在、黒、光、速、蝕、飛、出、現》」
召喚スキルの、二つ目のアビリティ。
それをアルは使った。ごっそりと抜けていくMP。約七割が消えた。
「くそっ。やっぱこれはキツいな」
アルは純粋な魔法職ではない。ジョブスキルは盗賊だ。MPの絶対量は、スズキと比べものにならないほど低い。
ゴクゴクゴク
MP回復ポーションをアルが飲み干す。三割ほどになっていたMPが一瞬で十割へと戻る。
絶対値が低いので、相対的にMP回復ポーションで回復する割合は増える。だが、余分にする分も出てくるということだ。
「もったいねぇ」
口から緑色の液体が滴り落ちる。
カサカサッ
また、敵の衝撃波だ。
「ゴキっ! 伏せろ!」
召喚されたGCは、大きさが違った。というか、新しい魔法でも召喚されたのはGCだった。先日に得たこの魔法だが、そこがアルは残念だった。
衝撃波が頭上を通過する。
「《魔、大、在、黒、光、速、蝕、飛、出、現》」
二頭目のGC。
また、MP回復ポーションを手に取る。
「な、何でここまでするのさ!」
エレンが悲痛な叫びを、アルに放つ。
「そりゃぁ、こっちに残る為さ。向こうに戻りたくはない」
MPがMAXまで回復した。
アルはもう一度詠唱を開始した……
◆◆◆◆
四頭の黒い腹。足と一緒にエレンたちに見せている。その全体は一つ目の召喚魔法で出るGCよりも大きく、五十センチ程度の大きさを誇っていた。
今、エレンたちは、ゴキ様で囲まれた、空間に居る。
最後に、スズキが魔法を唱えれば、アルが提案した作戦は実行される。
大きくてリアルな腹。
いつもなら興奮しながら見れるそれも、今のエレンにとっては、悲しさを誘う。
自分たちの為に、ゴキ様を犠牲にする。
それは間違っている。
それは、間違っているんだ。
だが、明確にアルに反論がいえない。
そんな自分に、嫌気がさす。
「炎の神よ、我に力を貸し、広き炎を、地上へと捧げ!《メガロスフロガ》」
スズキの詠唱が聞こえる。それはゴキ様を燃やし尽くす刃であり、自分たち、アル、エレン、スズキを守る、盾でもある。
轟々と音がする。
二つ目に覚えた魔法は、一つ目の《フロガ》の範囲を広げたものだった。それにより、森の広範囲、エレンたちが入ってきた方を集中的に、燃やす。
ゴキ様の足が見える。
それはうねうねとくねっていた。
動こうと……逃げようと、飛び去ろうと、動かしている。
だが、アルは残酷にもそこへとゴキ様をとどまらせ続ける。
焦げたような臭いが、ゴキ様の隙間から入り、ゴキ様四頭に覆われた空間に充満する。
それと同時に炎の音も大きくなる。もう一度スズキがMPを練っている感じがする。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
追加詠唱。魔法使いなら誰でもできるそれは、MPを犠牲に、先ほどの《メガロスフロガ》の炎の勢いを増幅させた。
永い、長い時間が過ぎる。
轟々と聞こえていた音が、止む。
焦げ臭いにおいは未だ漂っているが、音はしなくなった。
一つのGCが、四角いモザイクへと変貌を遂げ、昇華した。
「終わったか……?」
アルがつぶやく。アルはそのまま空間から外に出て、周りを見渡した。
「完璧だ! 敵の影も見えない! 炙り出すどころか、完全勝利だ!」
アルはとても喜んだ。
それを聞いたエレンは、もうゴキ様が作ってくださった空間から出ても良いかなと感じた。
逃げたいという念がずっと伝わってくるこの空間に、まだ居ることを、何かが拒否していた。
エレンも、外に出て、周りを見渡した。
景色は、焦げ果てていた。
燃えた木は、黒い炭となって横たわっていた。所々で見える、ドロップアイテムの光は、そこに全く合っていなく、違和感が沸き上がった。
エレンは一番近くのアイテムドロップを手に取った。
そこには【炭】と書いてあった。先ほどとったアイテムの【木】が、黒くなっただけだった。
「ねぇ……」
エレンがアルに話しかける。
「どうした?」
勝利の感慨にでも浸っているのか、うれしそうな微笑で、アルが振り向いた。
「【木】が、【炭】になった」
ゴキ様が焼け死んだ後だということもあってか、不思議と感情が籠もらなかった。
少しアルを槍で突きたいと思ったが、パーティーの仲間に攻撃できない。それが、このゲームの設定だった。
アルは、狼狽した。慌てふためいた。
「え? ……え? えぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
叫んだ。また新しい敵がくるかもしれないのに。まだ終わったと決まった訳じゃないのに。
「どうしました?」
スズキがゴキ様の空間から出てきた。
ゴキ様は、昇華した。そこには、何ものこらなかった。エレンたちを守った盾の末路は、呆気ないものだった。多分、アルが慌てたから、消えたんだろう。以外と魔法は集中力が要るのかもしれないと、魔法を使えないエレンは思った。
とりあえず、なにが起きているのかがわからないスズキに、説明だけしようと、【木】と【炭】を持ったてを、スズキに見せた。
「【木】が【炭】になった。多分、燃えたから」
「本当ですか…… じゃぁ、得ることができた木は、一つだけ?」
「うん。また謎の衝撃波に当たる覚悟があるなら、たくさんとれる。かも」
落胆のあまり膝から崩れ落ちたアルを無視して、エレンとスズキは話す。
「じゃぁとりあえず……アイテムとりながら、帰りますか?」
確かに、それがいいだろう。焼け朽ちた木は、視界を先ほどよりも広くしている。なので、アイテムをちょこちょことりながら帰っても、多分大丈夫だろう。
「じゃぁ、スズキさん。後ろから衝撃波が来ないかみててもらいます? 少し歩きにくいかもしれませんけど。私がアイテム集めますね。もしかしたらまだ【木】があるかもしれないですから」
エレンはアルへとお願いをした。多分、アルは役に立ちそうもない。案外自信家タイプなのか、完璧だと思った作戦が最後の詰めが甘く失敗して、悔しかったようだ。まだ凹んでいる。体育座りで、頭を膝に寄せていた。
「うん。わかったよ。それで、アルさんはどうする?」
スズキが傍らのアルにも話を聞いた。
「あぁ……俺も……見張りながらいくよ……敵はわかるけど……衝撃波は目視しないと見えないからな……」
切れ切れな調子で、アルが返した。
「じゃぁ、行きますか?」
エレンが元来た道へと、歩きだした。次々とアイテムを拾っていく。
それは、【炭】が殆どだったが、【蜻蛉の複眼】や、【蜻蛉の羽】、【蜻蛉の甲殻】など、蜻蛉系のアイテムも多くあった。エレンは、この森が【蜻蛉の森】だというのを思い出し、少し微笑った。
「どうした?」
アルが聞いてきた。
「いや、蜻蛉の衝撃波、強かったなーって思ってさ」
「あれ、蜻蛉だったのか?」
驚いたようにアルが言う。
丁度拾っていた、【蜻蛉の甲殻】を渡した。
それをみたアルは、またがっくりとうなだれた。
「俺は蜻蛉に負けたのか……」
「ゴキ様を犠牲にしてまで、目標を達成できないとか、ひどいね」
アルは話になりそうもないので、スズキに言った。
「まぁ、それはひどいかもしれないけど、仕方ないと思うな」
スズキは、どこか達観したように続けて、
「何かを得るには、何かを捨てないとです。元の世界の僕は、時間を捨てて、世間体を得ていた。この世界は、もっと自由ですしね」
エレンは、この世界なら笑われないんだろうか。と、思った。
ただ、ゴキ様が好きだからって笑われて、いじめられて、それに嫌気がさして引きこもった過去には、戻りたくないなとは思った。
だが、ゴキ様を焼いたことは、不愉快だ。当分許すつもりはない。