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十頭目、衝撃

「まじかよ……」


 思わずアルは絶句した。目の前の惨状に、言葉が続かない。


 体を乗っけたら朽ち果てそうなベッド、黄色い染みが着き、所々では、風化で朽ち果てそうな壁。テーブルなどという上品なものはなく、みかん箱。が机の形をして、八つ積まれており。その周りにも四つの椅子と思われるみかん箱があった。

 計十二のみかん箱と、朽ちそうな木。ふかふかのベッドもなく、シーツは乱雑に置かれている。風呂などあたりを見渡しても見つからない。


 これが宿だと、アルは信じられなかった。


 ふと、気配を廊下から感じた。廊下は小綺麗に整っており、部屋の中との温度差を感じた。敷いてあるカーペットは汚れの欠片も見あたらず、窓には何輪もの花が、活けてある。夜景も昼景も、すべてを美麗にして取り込むような美しさの窓があり、廊下と部屋の中を繋ぐドアもピンク色に塗ってあり、中がみかん箱の惨状だと、入る前は誰も気づけない。


 しかしピンクのドアの裏側は、今にも崩れ落ちそうなほどボロくなった木だ。


 これは何の冗談かと疑いたくなる。


 そして、その廊下をエレンと、スズキが歩いてきていた。


 エレンはいつも泊まっていた高級宿よりも綺麗になっている廊下をみて、期待しているようで、スキップに鼻歌と、惨状を見たことでの不機嫌が未来に吹っ飛びそうな上機嫌だった。


「来るな! こっちにきてはいけない!」


 思わずアルは叫んだ。叫ばずにはいられない。


 あの純粋無垢で、純真無垢で、汚れを知らない一人の美少女に、この部屋の中の惨状を見せたらどうなるだろうか。


 スズキはまだいい。たぶん弁えがある。心の中では良くは思わないだろうが、それでも表に出すことはないだろう。


 だが、だが、だが、エレンは、きっと叫び、泣きわめき、罵詈雑言を放ち、惨状の部屋がさらに惨く、酷く、もはや目で直視できない状況になるだろう。


 だが、そんな聡明なアルの思案も、エレンには届かなかった。


「え? なになにー?」


 こちらに駆け寄ってくるエレン。もう声を出す気力も尽き、駆け寄るエレンを、気の抜けた呆然の顔で見つめるだけ。


 そして、被害者が増えた。


 エレンが膝から崩れ落ちた。その口からは茫然自失に、


「嘘よ……」


 と、言葉がこぼれ落ちた。


「これはひどいですね……」


 落ち着きを持ちながらも、ひどさに顔をしかめるスズキ。


 今宵の夜は、SEにきてから最悪の夜になりそうだ。



◆◆◆◆




 陰鬱とした表情が、三人を支配した。寝返りをする度に軋み、音が響くベッド。枕は固く、木で作られたのかと錯覚するほどだった。しかもシーツは汚く、悪臭もする。これが人間の寝る場所かと心の中だけで毒づきながら、三人はあまり眠れない夜を過ごした。


 不快感が襲いつつも、外にでるとその清涼感に、軽く感激する三人だった。


「で? いくんでしょ。蜻蛉の森」


 エレンがアルに聞く。目的は【木】。【木材加工】スキルで使う、材料だ。


「あぁ。それで、籠……俺たちが気球で乗る部分だな。を作る」


「おう。腕が鳴るぜって、まだ【木材加工】スキル。使ったことないんですけどね」


「まぁ、たぶん大丈夫でしょ」


 少し弱き気味なスズキの言葉に、エレンがフォローを入れる。もっとも、多分という言葉で彩られたそれは、あまり現実味を帯びていないものであったが。少しくらい断言してくれてもと、スズキは思う。


「まぁ、とりあえず【木】を手に入れないと、やりようがないからな。遅くいって無くなったじゃ困るし、急ぐか」


「わかったよー!」「了解でーす」


 と、二人が賛成し、三人は蜻蛉の森へと向かった。




◆◆◆◆




 鬱蒼と茂る森は、不気味な暗さを真っ昼間から放っていた。【探索】スキルがなければ、奇襲も簡単にできるだろう。尤も、それは視覚限定の話で、聴覚で簡単に気づかれるだろうが。少しでも動けば、ガサガサと、葉と、体と、さらに葉に、ちょっぴりの枝が合わさって、進入するのは難しいが、守るのはたやすいという場所を、その森は築き上げていた。


 尤も、伏兵などの待ち伏せがやりやすいこの森も、アルたち三人は、歩き回る必要がある。待ってても【木】は手に入らないのだ。


「見つからないねー」


 エレンが不満そうに言う。先ほどから三十分近く歩いているが、【木】も、何かモンスターも見あたらない。


「あぁ、音は良く聞こえるんだがな」


 アルもそれに同調した。先ほどから少し遠くでカサカサと、葉っぱが擦れあう音が聞こえていたが、特に害はないので、無視をすることにしていた。


「まぁ、警戒はしといてくださいねっと」


 太い根に足を躓けそうになりながら、スズキが言う。警戒しないにこしたことはないのだ。いつモンスターが襲ってくるかわからない。


 エレンがふと何かを感じた。


 足元を見ると、そこは光っている。不自然な光り方。例を挙げるなら、元の世界でやっていたゲームのドロップアイテムの光り方だろうか。この世界のゴブリンを倒したときに得るアイテムの光り方にも酷似していた。


 そして、それを手でつかんでみる。


「見つけたよっ!」


 それは紛れも無く、【木】だった。どっからどう見ても【木】だ。


「おっ! ナイス」


 アルがエレンを褒める。


「おぉ! これで野望に一歩近づきましたね!」


 もちろんスズキには、外国に行くという方針を伝えてある。それをスズキは勝手に野望と称しているが、まぁ、実害があるわけではないので、アルは何も言っていない。


「やったーー!!」


 バシンッ!


 エレンの喜ぶ声と、何かの打撃音が重なった。そして、エレンが崩れ落ちそうになる。


 だが、起き上がった。方法は……体術!


 【体術】スキルを使い、不意打ち気味の攻撃に対して、地面に叩きつけられそうになりながらも、なんとか受身を取り、ダメージを軽減した。


 それでもHPの一割程度は減っている。


「どうしたっ!?」


 緊迫感がある声色で、アルが叫ぶ。


「わからないけどっ……後ろから衝撃が!」


 エレンの後方の草木は、何かで薙ぎ払われた様に、葉や枝が散乱していた。それは吹き飛んだように広範囲にあり、まるで狭い範囲だけ台風が通過したようであった。


「風の衝撃波……?」


 アルが見たとおりの感想を言う。そして、


 カサカサッ


 波が擦れる音、そして一瞬で……


「ぐはっつつ!」


 また、エレンの背中へと当たった。エレンは防ぐため少し移動しているが、場所は先ほどから約三十度傾いた場所に放たれていた。


 アルたちを中心にして、二発。


「逃げるぞ! 敵の場所もわからんのに、戦ってられない!」


 そして、アルは駆ける。だが、エレンの方がジョブスキル補正等諸々の影響で、駆けるのが遅い。


 カサカサッ


 三発目。


「ぐはっ!」


 エレンに掠る。先ほどより、照準が甘い気がした。だが、確実にエレンのHPを削っており、エレンの残りHPが残り半分近くになっていた。


 アルはデバイスを操作して、HP回復ポーションを取り出し、エレンに投げた。


「飲んどけ」


 駆けても、撃たれる。

 留まっても、撃たれる。

 何か方策はないのか?

 考えろ。考えるんだ。


 カサカサッ


「伏せろっ!」


 音がしただけで、条件反射で反応できるようになった。なんとか三人が伏せ、謎の衝撃波が当たることはなかった。


「仕方ない……スズキ、頼めるか?」


 思い詰めたような顔で、アルは言った。


「何です?」


 自分が衝撃波を避けることで手一杯なのか、少し早口気味で、スズキが答えた。


「森を……燃やしてくれ。敵を炙り出す。そして、こっちはGCを使って、壁を作り……防ぐ」


 森を焼く。

 それがアルの導いた、戦術だった。

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