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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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桜沢一族の戦い 3

「ノールちゃんたちのこと、以前に私は少しだけ聞いたことがあるの。あの娘たちは幼少期にご家族が不幸にあったらしいの。もしかしたら私や杏里くんが今もこうして誰かに追われることなく生きていられるのは有紗さんのおかげなのかもしれない」


「綾香……?」


ルインは驚きを隠せない。


あの稚拙な言動を平気で信じるのかと愕然としていた。


相手は桜沢一族やそれにつき従う者らを皆殺しにし尽そうとしているのに。


そんな凶悪な輩が甘言を語り、上手いこと馬鹿な桜沢一族の一人が騙くらかされただけ。


どう取り繕ってもそれ以外には有り得ない。


恐ろしい予感を抱いたルインは震えた手つきで、綾香の腕を掴む。


「私は、貴方たちのために……」


「ルイン」


綾香はルインと向き合う。


「私は戦いたくない。もう戦うとかじゃなくても済むと分かったもの」


「綾香はオレに理解を示してくれたみたいだね」


どこか安心したような反応を有紗は見せる。


「………」


ルインは綾香から腕を離した。


静かにルインの目から涙が零れ落ちる。


「貴方たちは間違っている。そんな単純なこと、私でも分かる」


「私が間違っているかどうかなんて、それは私には分からないわ。もうルインも戦いを……」


「だったら……だったら私はどうなるのよ!」


綾香を睨みつけ、ルインは叫ぶ。


「異次元に閉じ込められ、言葉すらも忘れかけてもなお桜沢一族に対しての忠義だけは片時も忘れなかったこの私は! アンタらに分かるっての、桜沢一族を信じてついてきた者たちの気持ちが!」


「………」


有紗も綾香もルインの怒声を黙って聞いていた。


有紗、綾香の行っていることは正しいと言える。


綾香はこれ以上戦っても無意味だと知り戦うのを止め、有紗は一族存続のため完全降伏しクロノスに忠誠を誓った。


それは、どちらも正しいと言える。


「私はもう誰にも頼らない。私が彼を救えなかったのだから、次は私が命を懸けて彼の思いに答えなくてはならない」


「ルイン……」


「どうしたの、綾香。まだ私に用でもあるの? でも、貴方は決してあの桜沢綾香ではない。私は貴方にもう興味がないの」


この時、ルインの雰囲気は今までと異なるものに変わっていた。


ルインが既に橘綾香には興味を抱いていない。


つい先程までは大事な存在として扱っていたはずなのに。


「どうしても、クロノスと戦いたいんだね?」


少しだけ不機嫌な様子で有紗は語る。


「当然でしょう、クロノス打倒が桜沢一族の復興に繋がるのだから」


「そうはいかない。ここで君みたいな離反者を出してしまったら、一体なんのために完全降伏したのかと色々面倒なことになるんだ。ようやく、理解され始めた。もう嫌なんだよ、過去に縛られて戦うだけの生き方なんて」


「離反者ではない。離反者は貴方たち二人。元々立つ位置が違ったの、今立っている土俵がね。貴方たちは貴方たちなりに最善の方法へ辿り着いたみたいだけど、それでは結局のところ負け犬。それでお仕舞い、一緒になんて到底いられない」


先に構えたような戦闘態勢にルインは移行する。


「今すぐに消えてくれない? もし、それをしたくないというのなら私は私なりの最善の方法を取ろうと思うの」


「やってやろうじゃないか。でも、別に殺しはしないよ」


持っていた白銀の槍を有紗は構える。


「以前戦った時は全力ではなかったよ。勝負をかけたなら、君にでも勝てる要素があった」


「いきなり負け惜しみ? 進んで恥を晒すのは止めた方がいいわ」


「あの時、オレの勝率は一割程だった。だが、オレの勝率も今では三割程だ」


「貴方で三割も? かなり大きく出たね。馬鹿な貴方に朗報。強者が目の前に立った時点で弱者の勝率は零。理解しなさい」


「みくびるなよ、ルイン!」


槍の中心部分、(つか)を持つと有紗は全力で槍を投擲(とうてき)する。


一直線にルインへと向かって飛んでくる槍。


しかし、ルインはなんの緊張感もなく、それを眺めているだけ。


この反応は決して有紗を嘗めているからではない。


投擲された槍は一直線に飛んでいく。


つまるところ、凪ぐことや払う、刺すをカウンターにより起こせない。


ただ先端を見て、進む先を確認するだけで躱せる“つまらない攻撃”だったからそのような反応を取ったのである。


「投擲って……もし私が槍を躱さず掴んだらどうするつもり」


槍が自らへと直撃するコンマ数秒前に、ルインは軽く手を動かして槍の先端を払おうとする。


瞬間、ルインの視界から槍が消えた。


「ん?」


今の一瞬、確かにルインは槍を弾いたという感覚が残るはずだった。


「前を見ろ、前を!」


その声を聞き、ルインは出遅れたことを知る。


先程の槍と時間差で目の前に有紗が槍を携えた状態で現れ、突撃を仕掛けていた。


距離は既に間合い、有紗の槍が自身を貫こうという状況。


当たると直感的に認識できたとしても反応が取れないはずの距離でもルインは動いた。


右手を槍の直撃コースに掲げたのである。


有紗の槍はルインの喉元を射ぬくはずが、その行動により右手から突き刺す流れになり、右側の首筋を射ぬく結果となった。


槍を貫通させた有紗は槍とともにルインの前から姿を消し、先程の位置へと即座に戻った。


「………」


射抜かれた首筋を、穴の空いた右手で押さえながらルインは有紗を無言で見ている。


「痛かったかい……済まないな。オレはここで死にたくないし、君をこれ以上傷つけたくもない。もうお互いが戦いを止めるべきなんだ」


「………」


再び、ルインは涙を流す。


「済まなかった、回復魔法を……」


「違う、胸が痛いの。手や首筋の傷だけならいくらでも耐えられる。私は長く生き過ぎてしまったのかな。こんな腰抜けになった桜沢一族なんて見たくなかった。今はただ辛いだけだわ」


辺りは静寂に包まれていた。


ただ、ルインの声だけが聞こえる。


「エージ、貴方は以前私に言ったわ。私と貴方では勝てないと。今では分かる、二人だけで戦うべきだった」


宙を仰ぎ、ルインは一人語る。


次の瞬間、周囲全体に恐ろしい程の殺気が覆う。


なんとか桜沢一族だと抑え込んでいた感情が一気に発露した。


「敗北した恥に降伏する恥の上乗せなんて絶対に許さない!」


地面を蹴り、恐るべき速度で有紗にルインは飛びかかる。


その速度は凄まじいもので、簡単に有紗を捉えたかに思えた。


「仮想敵として見たイメージと……」


その一言とともに、有紗は軽くバックステップをする。


バックステップを行った、そこまでがルインの視界にあった有紗の姿。


先程と同様に有紗は目の前から姿を消した。


有紗がいた場所でルインは立ち止まる。


一体いつからなのか、既にルインは覚醒化もしていた。


牙が生え、腕が鉤爪のように変化している。


「アンタのやっている手品が分かったわ、空間転移ね。空間の座標解析、発現が既に人知を超え、機械以上に早過ぎて別のなにかをしているのかと思ったわ」


先程とは別の位置に立っている有紗の方をルインは見ないで話している。


「まさか見抜けるとは思っていなかったよ。それでも、オレは君の攻撃は避けられるし、いくらでも攻撃を当てられる」


「……流石と言いたいけど、まさかそれだけで三割だったの?」


再び、ルインは恐るべき速度で有紗に襲いかかる。


今度は迎え撃つ形ではなく、有紗もルインに攻撃を仕掛けた。


間合いに入り、互いがぶつかり合う寸前で再び有紗は消えた。


「行くぞ、ルイン!」


次の瞬間、有紗はルインの左側面に現れる。


有紗の持つ槍がルインの左下腹部から斜めに、心臓を貫く形でルインの身体を貫いた。


「ぐああっ……」


叫び声が響く。


声の主は有紗だった。


槍を貫く際に踏み出していた有紗の右太腿をルインが握り潰していた。


そのダメージによる行動の停止が完全に仇となった。


ルインに軽々と片手だけの力で太腿を掴まれたまま持ち上げられ、地面に有紗は叩きつけられた。


仰向けに倒れた有紗にルインは背後から心臓付近へ強く蹴り込む。


地面に亀裂ができる程の勢いがあり、有紗はぴくりとも動かなくなった。


「貴方の行った人の殺し方は私もできる。当然、対処法も知っている。貴方の敗因は私が何者なのかを忘れてしまっていたこと」


身体に槍が突き刺さったままで、ルインは語る。


「私は昔から殺人鬼。人が知っている殺し方は略全て行った。私に勝ちたいなら私が到底思いつかない、まるで対処できないことをすれば良かった」


顔色一つ変えずにルインは自らの身体に突き刺さったままの槍を引き抜く。


その槍を足元に捨てると、しゃがんで有紗の頭部を鷲掴みにした。


「もう止めてよ……!」


綾香がルインの腕を掴んだ。


先程とは異なり、綾香の手は震え、泣き声になっている。


急にルインは悲しげな表情になった。


「………」


声もなく、綾香の方へ振り返る。


有紗からはもう手を離していた。


「有紗さん!」


身動き一つしない有紗を綾香は抱き抱える。


ぐったりとしたまま、有紗は反応らしき反応を見せない。


「……どうしてこんなことになったの。皆が戦わなくても生きていけるって有紗さん言っていたじゃない」


涙の流れる目でルインを見据える。


「人殺し」


小さく、綾香は語った。


「………」


幾度も言われた言葉。


この時だけは、ルインの心を大きく抉った。


静かにルインは立ち上がる。


最上級回復魔法のエクスを詠唱し、自らの傷を癒すと先に進んでいく。


「有紗さん……」


身動きをしない有紗を抱き締めながら綾香は泣き始める。


ルインに強い憎しみを抱きながら。


「おい……綾香……」


すぐに綾香はその声に反応した。


「有紗さん?」


有紗は生きていた。


強い衝撃に一時的に気を失っていただけだった。


「エクスを……頼む」


「分かったわ!」


急いで綾香は最上級回復魔法エクスを詠唱し、有紗の傷は癒えた。


「有紗さん、無事だったのね……良かった」


「ああ、そうだな。ルインはどこに行った?」


「知らないわ、もうルインなんて。クロノスの人たちにやられてしまうといい」


「……そうは言わないようにしようよ」


「どうしてよ、有紗さんは殺されかけたのよ?」


「殺されかけただけだったからだ。今でもオレをルインは信じていた。それが悔しい。オレは間違っていたのか?」


「ルイン……どうする?」


「止めるなんて絶対無理だよ。こっちが殺す気で止めにかかったのに……心臓まで貫いたのに向こうには手加減されたんだ。戦うなんてもうオレには怖くて二度とできないよ。あれじゃ自殺志願も良いところだ」


恐怖からなのか、有紗は震えるばかりだった。

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