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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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桜沢一族の戦い 2

クロノスの都市上空を、白銀の槍を手にし飛行する一人の天使の姿があった。


その天使は、桜沢有紗。


元魔界の覇王ドレッドノートの発動させたスキル・ポテンシャル アウトブレイクにより、クロノスの都市全体に散った幻人たちを一体一体丁寧に排除している最中。


だが、有紗はなにかを見つけ、一気に急降下する。


「探しましたよ、アクローマ様」


落ち着いた、それでいて落胆も交じる声を発する。


崩壊した街に舞い降りた有紗から少し離れた位置にアクローマの姿があった。


数時間に渡り、単身戦い続けたアクローマにはほとんど魔力が残っておらず、あと一押しであっさり勝てそうな状態。


「有紗、できれば貴方には会いたくなかった」


白銀の槍を構えながら会話していた有紗に対して、棒立ちしたままアクローマは話す。


力が入らないのか覇気がなく、闘気も感じられない。


既にコンディションは最悪。


「私を裏切ったのね」


「先にオレたちを裏切ったのは、貴方ですよ。アクローマ様」


「貴方が桜沢一族であっても能力に応じ、それ相応の大天使長という地位まで与えてやったのに……恩を仇で返すなんて」


「でしたら、なぜオレに今回のことを話してくれなかったのですか」


「貴方とだけは戦いたくなかったからよ」


「オレは戦いますよ、アクローマ様が自らの意思で投降すれば話は別ですが」


「仕方がないか……」


アクローマは自らへと魔力を集中させていく。


先程までの弱々しさが嘘のように、強い魔力と強い闘気が漲っている。


そして、炎人魔法デトネイトを詠唱する。


アクローマが以前タルワール、ジリオンを爆殺するために扱った魔法。


周囲を炎熱が覆い、場が軋み出す程の魔力が一帯を覆う。


「アクローマ様、オレは貴方を尊敬しています。やはり、貴方はオレを育ててくれた大事な恩人です。お願いします、投降してください」


「………」


アクローマの詠唱は続く。


「アクローマ様、これ以上の抵抗は無駄なんです」


「無駄ですって? 大いに結構だわ」


詠唱終了後、デトネイトをストックし、有紗に答える。


「無駄も戦闘の華よ。それどころか、ここからが面白い」


にやりと、アクローマは頬笑みを浮かべる。


やや前傾姿勢になり、有紗は槍を両腕で掴んだまま突進する。


魔法をストックすれば後は発動するだけ。


このままではまた別の場所で大規模爆発を起こすデトネイトを発動されてしまう。


有紗はアクローマを倒すほかなくなってしまった。


もう少しで槍が突き刺さる距離になっても、アクローマは動かない。


仁王立ちをするように立つアクローマを、有紗はアクローマの腹部を槍で貫いた。


しかし、アクローマは死ななかった。


既に息も絶え絶えな程に弱っていたが、それでもなおアクローマは諦めていない。


「道連れよ……一緒に死ぬのが同志ではなく敵ならばなお良い」


ストックしていた炎人魔法デトネイトを放ち、有紗もろともアクローマは爆発に巻き込まれた。





爆発地点より数キロ離れた崩壊した街中に見覚えのある姿があった。


それはほぼ同時刻に爆死したはずのアクローマ。


先程のように弱っている様子はなく、まだまだ戦える雰囲気。


これが、アクローマがタルワール・ジリオン戦でも生きられていた真実。


アクローマのスキル・ポテンシャルはダブル(分身)だった。


通常ならばダブルは本体である自らの近くに分身を置かなくては、まともに操作などできない。


だが、アクローマの芸当は最早そのような段階を既に超えている。


分身はアクローマと意思を共有しており、自らの意思であるかのように独自で行動をできる。


また、分身をアクローマ本体と入れ替えも可能で、アクローマ自身と分身で魔力量が別々に備えられ、互いに融通も可能と完全に使いこなしていた。


「これで時間が稼げたはず。それ程の威力はなかったから、あの子も問題ないでしょう」


深く溜息を吐き、アクローマは再び宮殿の方へと向かおうとする。


「それが貴方の隙です」


「えっ?」


アクローマは声のする方を向く。


その場には当然のように有紗がいた。


「貴方、どうして……?」


「仮想敵……私はイメージ内で貴方の万全な態勢と幾度となく戦っています。今のように万全ではない貴方に負けることなど有り得ないのですよ」


背後へアクローマは後退る。


なにをどうやったのかは知らないが、あのアクローマの戦法を有紗は看破していた。


能力を見破られたのは何度かあったアクローマでも、攻略されたのは初めて。


一刻も早く倒さざるを得ない状況を作り上げ、無理やり同士討ちに持ち込む戦法。


にもかかわらず、本体のアクローマだけは遥か遠くの安全圏にいる、もしくは分身と入れ替わるという普通では考えられない戦い方なのだから攻略されるはずがなかった。


「どうやら打つ手なしのようですね。今のアクローマ様の態度で分かります。万全の貴方なら減らず口を叩き、人を舐めた行動ばかりでなんの意味もなく弱みを見せるなどしませんから」


有紗は槍を投擲し、アクローマの右足に突き刺さった。


足を貫かれ、アクローマは態勢を崩す。


とっさに右足に刺さった槍をアクローマは引き抜こうとしたが、右足に突き刺さっていた槍は消え失せていた。


「槍がない……」


地面に座り込み、アクローマは傷口を押さえた。


「槍ならここですよ?」


有紗は槍を既に手にしている。


「最上級回復魔法エクスで回復しなさい」


ゆっくり、有紗はアクローマへと近づく。


アクローマは足を押さえたまま動こうとしない。


「………」


槍を構え、至近距離まで接近した有紗。


足を押さえ、動かないアクローマ。


二人は静かに見つめ合っていたが、静かにアクローマは目を閉じた。


まとっていた魔力も薄れていく。


戦いを止めた瞬間だった。


「いいんですね、本当に……いいんですね」


戦う様子を見せないその姿に、有紗は尋ねた。


アクローマの閉じた瞳から、涙が零れる。


結局、有紗をどうすることもできなかった。


投降などできない自身には、この方法しか残されていない。


これが一番、有紗を傷つけることになっても。


そのアクローマに対して、有紗は胸元を槍で貫く。


アクローマは痛みに反応をほとんど見せることなく徐々に衰弱し、地面に転がった。


ジリオンに大剣で心臓付近を刺し貫かれてもまるで動じなかったアクローマも、戦意もなく魔力も抑えた状態では致命傷だった。


「アクローマ様……」


アクローマを静かに見つめながら、ぽつりと一言だけ有紗はささやく。


「見つけた」


一言だけ、聞き逃してしまいそうな、小さな声がした。


ただその一言だけで、有紗の全身が総毛立つには十分。


この悪意あるオーラの正体を有紗は知っている。


声のする方を見た有紗の目には、思った通りの人物が映った。


「おめでとう、第一戦果ね」


ゆっくりと近づくルインの姿があった。


その隣に綾香の姿も。


ルインが完全に臨戦態勢へ移行しているのに、隣にいる綾香にはそうなっているとは認識できていない。


「ここまで来てしまったんだね」


「わざわざR一族やその一派の者たちが、私たちの未来のために己が身を削ってでも地獄へ突き進んでいる。なのに、私たちがその意を汲んでやれなくてどうする?」


「随分な物言いだな。流石に敵対していた一族の者たち相手にも、もう少し言い方ってものがあるだろう」


「まさか」


とても心外だとでも言いたげな表情をしている。


ルインと有紗の認識には大きな差異があった。


ルインが信頼しているのは、ノールだけ。


その他がどうなろうが知ったことではない。


ましてや、桜沢一族復興まであと一歩と迫れば、ノール自体がどうでもいい。


これ程までに些末な事象にもかかわらず、恥ずかしげもなくこれを平然と指摘するなど以ての外。


無礼千万極まりなく、ルインが心外と思ってしまうのも仕方がない。


「そんな下らない話をしている場合ではないの。さあ、私たちと一緒にクロノスを打倒しましょう」


本当は口が裂けてもルインはこのようなことを語りたくなかった。


裏切者など願い下げで拒否したい気持ちが強い。


それでも桜沢綾香の子孫なのだから、自らの思いを投げ捨ててでも味方につけようとする。


「万に一つ、クロノスに勝てはしない。立ち向かった者は皆討ち果たされてしまう。アクローマ様のように」


「そっか、悲しいね。じゃあ、さっさと行きましょう」


「いい加減にしてくれないか、ルイン。今ではもうクロノスは桜沢一族にとって、戦うべき相手ではないんだ」


「?」


意味が分からないのか、ルインは首を傾げる。


だが、合点が行ったのか、ルインの目つきが悪くなった。


「クロノスが戦う相手ではない?」


「このクロノスの都市内で誰かが戦いを挑んできたことがあったかな?」


「いない」


「今となっては味方なんだよ、彼らは」


「誰が味方なのか分からないの?」


姿勢を構えの態勢にルインは移行させる。


その行動を見ても、有紗は戦闘態勢に入らない。


「桜沢一族は、桜沢綾香を当主に成り立っていた。でも、彼は死んだわ。桜沢一族が今ここまで衰退したのも、私たち桜沢一族派が私とエージだけになってしまったのも、全てがクロノスのせい。私たちが勝利し、桜沢一族の復興を目指すには勝つしかない」


「ルインはさ、綾香や杏里についてなにかしら考えたことがある?」


「どういう意味?」


「君の行動は綾香や杏里の首を絞めていることと変わりない。だからこそ、こんなところまで綾香を平気で連れ出すことができるんだ」


「そうかしら? そもそも邪魔なクロノスの連中をともに叩き潰した方が全て解消されて万事解決といった具合になりそうなものだけど」


「幼少期から今まで綾香や杏里が生きてこられたのはなぜだと思う? それはね、オレがクロノスと手を組んだからじゃないんだ。完全降伏する形で、彼らに手を貸しているんだ」


「完全降伏……?」


あからさまな程にルインのオーラは変わった。


桜沢一族に初めてルインは明確な敵意と殺意を抱き、それを実行に移そうとしていた。


「いい加減にしなさいよ。アンタは桜沢一族なのよ、敵を前に無様にひれ伏すのを良しとしてどうする? 一族への恥を、死で(そそ)ぎなさい」


怒りのあまり、ルインは覚醒していた。


怒りの覇気が周囲一帯を覆い尽くす。


しかし、ルインは不意に腕を掴まれた。


振り返ったルインは、綾香が腕を掴んでいるのに気づく。


「どうしたの、綾香」


「違うわ、こんなの。有紗さんを殺そうだなんて」


「でも、綾香。有紗の行いは間違っている。それを分からせないといけない」


「ルイン、貴方おかしいわ。有紗さんの話を聞いていたの?」


「聞いていた」


「だったら戦いを行うなんて、もうしないよね?」


「……分からないわ、どうして綾香がそう言うのかが。戦わないでと貴方が私に言うのなら、私は有紗とは戦わない。それで良いのかしら?」


「いいえ、違うわ。戦うなんて以ての外。貴方は馬鹿よ、戦うことしか考えられないのね」


「どうしたの、綾香? そんなこと言われると私は……悲しい」


再び、ルインのオーラは変わる。


覚醒化を解き、通常の状態のルインに変わった。


綾香に戦うつもりはないとアピールしていた。

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