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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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クァール対タルワール

「お待ちしていましたよ、ルミナスさん」


宮殿のエントランスに、何者かの姿があった。


にこやかに頬笑みを浮かべるタルワールが立っている。


「貴方、クロノスの人……だよね?」


攻撃を仕掛けず、全く敵意のない口調、優しげな雰囲気。


この戦場では有り得ない様相に、ルミナスは反射的に問いかけを行っていた。


「ルミナス!」


飛び込むような形で宮殿に駆け込んできたクァールは叫ぶ。


クァールの反応、怒声。


遅まきながら敵だと認識したルミナスは即座に魔法詠唱へと移る。


「お前が、タルワールだな!」


クァールの魔法詠唱が始まる。


クァールは今までの生涯一度たりともタルワールと会ったことがなく、顔自体も知らない。


しかし、クァールはタルワールと相対する前にスキル・ポテンシャルの権利を発動していた。


スキル・ポテンシャルの権利はR一族の者に対し、効力を一切発揮しない。


それどころか、R一族は相手の意思や認識を操作する様々な能力にも決して影響されない。


権利が効かない、ではなく効力を一切発揮しないR一族がこの状況でクロノスの都市に生存している。


この者がタルワールであると断定するには最早十分過ぎた。


「まだ、オレは貴方となにも話していないよ、クァールさん」


悔しそうな声でタルワールは語る。


クァールはデスメテオを詠唱している。


ルミナスもまたリターンを詠唱している。


二人の魔法詠唱に対して、タルワールはなにもしない。


「発動、デスメテオ!」


クァールの詠唱終了とともに禍々しい漆黒の物体が現われた。


発動した際、クァールの様子は明らかになにかがおかしい。


全身から水蒸気が立ち上っている。


魔力体としての死、分解が起きていた。


「あの子、やってくれるじゃないの……」


常識では考えられない不可解な行動をルミナスは見ていた。


自らのありったけをあますことなく、たった一度の攻撃に全てを乗せた。


考えついてもできない上に、やろうとしてもできない行動を一瞬でやってのける。


だからこそ、ルミナスはこの女が嫌いだった。


対して、ルミナスもなんの問題もなく、リターンを発動。


逐一驚愕し機を逸してしまえば、この女からの厄災が自らに降り注ぐのは火を見るよりも明らか。


「発動、リターン!」


ルミナスのかけ声とともに、リターンが効果を発揮する。


クァールに魔力体として残存するには十分の魔力量が再起し、分解が止まった。


「………」


数瞬の間、クァールは発動させたデスメテオに視線を送る。


送った直後、即座にデスメテオを放つ。


タイムラグは尋常でない早さで、わずかに一秒以下。


時間を巻き戻され、自らがなにを行おうかと考えていた状態へ全てが還元したにもかかわらずの対処。


経験則的な概念というよりは、クァールという生物としての反射、その領域に達していた。


しかし、それでもなお、タルワールは全く動じていない。


あの、想像絶する強さを誇ったゲマでさえデスメテオに対して恐怖で慄いたのに。


悔しさを表情に滲ませたまま、静かにクァールとルミナスを見つめていた。


タルワールへとデスメテオが直撃寸前、なにかが二つの間に飛び込む。


「間に合った!」


かけ声とともに現われたのは、ジリオンであった。


タルワールと自身の保身のため、次にジリオンの取った行動は封印障壁を周囲に張り巡らせること。


だが、デスメテオを前にしてそれに意味があるのか。


当然の如く、ジリオンを覆った封印障壁はジリオンごと消滅。


絶大な威力はジリオンを消滅させた後も宮殿を半壊させ、周囲を巻き上げられた粉塵が覆う。


数十秒が経過し粉塵が落ち着き始めた頃、クァールとルミナスはその場に人の気配を感じ取った。


紛れもなく、タルワールの気配。


あのデスメテオの直撃をジリオンが覆った封印障壁によりいくらか緩和され、即死を免れたようだった。


しかし、クァールとルミナスは気づいた。


即死を免れたはずのタルワールが、微量のダメージさえ受けていない。


「ジリオンさんは死にましたか」


静かに、タルワールは語る。


発する言葉に一欠けらの動揺もない。


「事前に封印障壁を張っていました。でも、もう一度発動されたら、オレは死ぬだろうね」


自らの周囲をタルワールは封印障壁で覆っていた。


「例えそうであっても、“R・クァール”さんが優位に立つなどまず有り得ません。どうでしょうか、R・クァールさん。世のために自害されてみては。既にRの血筋が必要とされていないのですよ。貴方にも分かりますか?」


今、自らが話している者をタルワールはR・ノールでなくR・クァールであると看破している。


殺害していったR一族派の者の中に、アクローマ同様にクァールの転生を知る者がいた。


「平和や平等を望まぬ者など存在しません。間違っているのは貴方だけですよ、タルワール?」


再び、クァールはデスメテオの詠唱を始める。


それを見て、悟ったルミナスも詠唱を始めた。


「R一族の権利によって押しつけられるだけの効果を、平和と平等のためと驕り高ぶり、総世界へ害悪を撒き散らす行いを直ちに止めなさい。いい加減、過去の過ちを悟りなさい」


「聞き捨てならぬ言葉ですね! 打倒した過去のR一族と、私が同志とともに創り上げた理想郷を同一視するのは止めなさい! 貴方たちが無情にも葬り去っていった者たちにより、総世界がどれ程救われたのか分かっているのですか! 全て踏みにじり打ち壊した人でなしの貴方を絶対に許さない!」


「どういうことですか?」


クァールの言葉、それにタルワールは反応を示す。


クァールがなぜそのようなことを話すのか、タルワールには疑問でしかなかった。


「甘言だ!」


空間転移を扱ってきたかのようにジリオンがタルワールの前に現われる。


この状況にもかかわらず、ジリオンは発動条件が死んだ時のまま。


「だとすれば、タルワールが味わったあの悲劇が! 平和や平等のために起きてしまったのでも言うのか! タルワール、お前が惑わされてどうする!」


ジリオンが激昂し、大剣を振り回しながらクァールに迫る。


「ルミナス!」


クァールは叫ぶ。


詠唱完了により魔法をストックし、ルミナスの詠唱を確認したのだ。


相手は二人となり、より精度を高めた戦い方をせざるを得なくなったクァールは先程のように発動はできない。


疑似的な連続魔法の発動が確実にできなくてはならなかった。


「……ごめんなさい、ノール。魔法が分からないの」


しかし、ルミナスは詠唱を行っていなかった。


呆然とした様子でルミナスはそれだけ語る。


瞬時にクァールは悟る。


ルミナスは既にタルワールの権利にかかっていると。


クァールが出遅れた理由はタルワールの反応にあった。


そもそもデスメテオという極めて強力な魔法に関心を示さない人物など出会ったことが、クァールにはなかった。


優位に立てない、そのタルワールの発言は正しかった。


デスメテオの絶大な威力による粉塵、ルミナスのリターンによる時間移送により状況を数瞬、クァールは見失っている。


このタイミングでタルワールはルミナスを自身の側に権利で引き込んだ。


通常ならば防御や回避で頭が一杯になるはずの場で、腰の据えた何事にも動じぬ行動を取れる。


それこそが、タルワールの武器であった。


そんな相手を前に怒りに任せ全身全霊の力でデスメテオを放つクァールでは勝てるはずもない。


クァールが善戦、勝利するためには最初から冷静でなくてはならなかった。


ルミナスを常に“権利”下に置くべきであった。


「……参ったわ」


魔力を弱め、クァールは戦いを止める。


「ん……?」


確認したジリオンはクァールを目前にしつつも、攻撃を仕掛ける直前で行動を止めた。


敵とする者を目前にしながらも、ジリオンはタルワールに指示を仰ぐ。


「話がしたいと思います」


タルワールはそう語る。


「オレの今まで考えていた思考のねじ曲がったR一族とはなにかが異なっていると分かります。ただ、それによってなにかしらの影響があるわけではありません」


ある魔法の詠唱をタルワールは始める。


詠唱の声を聞き、クァールはニヤついた。


「話が聞きたいですって? その詠唱をしておいて、よくそんなことが言えましたね?」


クァールは視線をルミナスに移す。


「ルミナス、私に勝ちの眼はありません。もはや私にこの戦局を覆すことは不可能となりました。貴方は今からタルワールの側につきなさい。私がいなくなる時点で貴方に危害を加えたりはしないでしょう」


「………」


なにも語らず、ルミナスは頷いた。


タルワールの権利の影響下にいる時点で、それがルミナスの意思によって行われたかは定かでない。


「発動します、空間隔離結界」


空間転移によって現れる異次元へのゲートが出現した。


そのゲートはクァールへ向かって移動し、クァールを拘束するかのように異次元の闇が覆い尽くしていく。


「聞きなさい! 今の私でもタルワールに勝つには及ばなかった! 私の目論見通りには決して動かなかった! こうなってしまっては……」


そこまで語ったクァールは完全に異次元へと取り込まれた。


「クァールさんは異次元に取り込まれました。あの時の、ルインさんのように。これでもうオレたちに干渉などできないでしょう。しかし、彼女の言葉。意図するものが、オレには分からない。自身の置かれた状況を覆せないと叫ぶ理由とはなんなのでしょう?」


魔力の消費が激しかったのか、タルワールは少しやつれた表情をしている。


「まだ、R派の残党がいる。彼らに意志を託すといったところか? やれやれだが、情報によると確信犯どもはまだ複数いるよ。最後の言葉については、私にも意図することが分からん。ところで、彼女はどうする?」


ジリオンはルミナスの方へ合図を送る。


「彼女は戦わないと思います。優しく声をかければ、きっとオレたちに心を開いてくれる。彼女ならきっと大丈夫、オレたちに理解を示してくれる」


「幾多の裏切りが続き、この状況に陥ってもなお、R一族に手を貸した者を信用するつもりか?」


「ええ、勿論。これからもオレは信じるよ。そこから彼女がどう行動するかは自由なんじゃないのかな?」


「常々思う、甘いのではないか? いずれは、ではどうなるか今回のように分からない」


「いつもそれを言っていますね、ジリオンさん。彼女は信じるに値しますよ」


「そうか……?」


ジリオンはルミナスを信用できなかった。


そして、タルワールはルミナスへの権利を打ち消した。


直後、自由に行動ができるようになったルミナスは床へ座り、二人に向かって頭を下げた。


「生きる災厄から私を救って下さり、まことにありがとうございます。この御恩は一生忘れません」


顔を上げたルミナスは涙を流し、羨望の眼差しで二人を見ている。


心の奥底から安堵したその表情に、二人はルミナスを敵だとは見れなくなった。


なにかあったんだろうなと不憫に思い、ルミナスの罪を不問として魔界へ帰してあげた。

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