表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
91/294

R・クァール

翌朝早朝、ノールは一人スロートの街を歩んでいた。


この目に自らが育った街の風景を刻むように。


いつもよりもゆっくりとした足取りで、スロート城へと向かっていった。


スロート城近くまで来ると、ノールは天使化して一気に空を飛び、城の中庭へ入る。


そこにアーティが待っている。


空から城の中庭へ舞い降りると、アーティが中庭のベンチに腰かけていた。


「ノール」


ノールの名を呼び、アーティは立ち上がる。


「待たせちゃったかな」


「待ってはいないよ、オレも今来たばかりだ」


「そっか」


ふいに、ノールの目にあるものが映る。


アーティの足元には数本の煙草の吸殻が落ちていた。


本当は相当早くこの場に来ていたらしい。


「それ」


「あっ、ああ、悪いな」


アーティは持っていた携帯用の煙草の吸殻入れに片づけていく。


アーティが落ち着かない様子なのは、ノールからでも分かった。


ノールの返答次第で今後の全てが変わってしまう。


気が気でないのは至極当然のことだった。


「ノール、決心はついたか?」


しゃがんだ状態で吸殻を片づけていたアーティが立ち上がる。


「まだ無理なら、また明日の朝に……」


「もう、今日でいい」


「本当か!」


アーティはノールに近づき、ノールの肩に手を置く。


「本当に、本当にいいんだな!」


「うん……」


ノールは両手を顔に置き、涙を流した。


「………」


アーティは少しノールから離れる。


ノールの心情を理解せずに行動してしまったとアーティは思っている。


「ボクが……救うんだ」


ノールは顔を上げる。


涙が流れる目には、強い信念がこもっていた。


「ボクがミールを救うんだ! 杏里くんもエールもボクが絶対に守る! ボクが皆を守るんだ!」


泣きながらノールは言葉を発する。


「アーティ……」


「なんだ?」


「今となっては貴方だけが頼りだ。どうか、クァールを支えてやってほしいの。ボクの最後の頼みだよ」


「ああ、オレに任せろ」


アーティの返答にノールは静かに頷く。


同時にノールに強い魔力が集束した。


瞳の色が銀色になり、ノールを覆うオーラも強力なものへと変化する。


急激に能力を跳ね上げていく過程で、ノールに異変が起きる。


魔力を抑え、ノールは落ち着き始めた。


「ノール?」


アーティは今の流れがノールからクァールへ変化するために必要なものだと分からない。


「いいえ、“私”はクァールです」


「クァール……様?」


焦った様子で、アーティはクァールの前にひざまずく。


「クァール様、今まさに決起の時。クロノスを打倒しましょう」


「分かっています、アイザック。私も今この時だと思っています」


「クァール様は、父を……アイザックを知っておられるのですか?」


「えっ?」


問いかけに、クァールはアーティを見つめる。


「貴方はアイザックのご子息……の方ですか?」


「はい、アーティと申します」


「そうでしたか、アーティ。では、アイザックは?」


「幼い頃に他界しています」


「そうでしたか……」


「現在生き残っているR一族派の者たちはアクローマ、アズラエル、ミネウス、ドレッドノート、相馬、私のわずかに六名。もう既に戦うこと自体がギリギリの戦力です」


「困りました。しかし、同志たちがまだ戦いを望んでくれるのならば私は一生懸命戦います」


「無論、戦いを望みます。オレたちは貴方と、貴方の意志のため命を懸け、戦う所存です」


「ありがとう」


そう、一言だけクァールは語った。


クァールは片手を胸辺りの高さまで掲げ、手のひらを閉じたり開くなどしてなにかを確認する。


「この身体も、ようやく私に馴染んできた……これならきっと大丈夫」


クァールの感覚では、最早自らの身体のごとく動かせる。


それが事実である通り、口調も仕草もノールのものはない。


ふいになにかに気づいたクァールが目元に手を置く。


「これは、涙……ですか?」


「……ええ」


「そうでしたか、ノールには悪いことをしてしまった。以前がそうだったから今回もというわけではなかったのですね」


涙を拭い、クァールはアーティを見る。


先程ノールが見せた強い信念のこもった目をクァールはしていた。


「戦いは早い方がいい。本日を決起の日としましょう」


「クァール様、オレに貴方を守らせてください」


「いいえ、その必要はありませんよ」


クァールは軽く首を振る。


「なぜですか? オレはクァール様を守らなくては……」


「貴方や他の同志たちには先陣を切り、クロノスの街で戦いを行ってもらいます。その後、私は数名の者を引き連れ、タルワールを打倒します」


「数名の者とは……オレたちよりも頼れる者なのですか?」


「いいえ、それはないでしょう。貴方方が同時に戦いを始めるということは大規模な戦が始まるのとなんら変わりません。まず間違いなくクロノス側は貴方方を死に物狂いで仕留めにかかるでしょう。そこに隙が生じるのです。お願いできますか、アーティ?」


「………」


アーティは言葉に詰まる。


しかし、もう時は動き出している。


クァールが一番対応しやすいように自らも動く他ない。


「先発隊は、我々にお任せください。必ずクロノス打倒の一撃をオレたちが成し遂げてみせます。クァール様は後詰めをお願いします。クァール様だけが頼りです」


「ええ。では、お任せしましたよ、アーティ」


クァールは空間転移を発動して、どこかへ消える。


「ノール、済まん……」


アーティは一言だけささやく。


ノールの頼みを聞き届けることがアーティにはできなかった。


アーティもいつまでもこの場所には居られない。


報告を待つ同志のもとへと空間転移で向かっていった。





R・クァールという女性。


それが一体どういう人物なのか、他のR一族たちも、そして今までクァールを支えてきたクァール派の者たちも気づくには至らなかった。


以前、アクローマが天使界にて昔と変わったとクァールに話したことがあった。


実は本質的になにも変わってなどいなかったのだ。


今も昔もクァールに変化はなく、アクローマはクァールの本質に初めてわずかばかりふれてしまったに過ぎない。


クァールは正義の使者などではなく、平和平等を愛し、人々が求める理想郷を創り上げたかったわけでもない。


今までずっと自らの内に宿る私利私欲のため、一人行動をしていた女性。


それに至る経緯となった、とある精神的な病に若い頃からクァールは罹患している。


それは、メサイアコンプレックス。


自らの承認欲求を心から満足させてくれる自らの手で救うべき本当に可哀想な“被害者”を求める傾向が常にあった。


通常ならば強く求める必要のない感性ではあるが、そこまでクァールが入れ込んだのも彼女がそれを容易にでき得る程に類い稀なる存在だったから。


今から数百年前、クァールはR一族の中でも非常に早期にスキル・ポテンシャル権利を有することができた。


当時のR一族の誰しもが彼女の優秀さに目を見張る程である。


通常、R一族である者全てがスキル・ポテンシャル権利を扱えるようになるのではない。


わずかに一部の者が偶然に手にする能力。


運や才能や実力。


どれが起因するかは不明だが、若いうちにスキル・ポテンシャル権利を手にしたクァールは一目置かれる存在へ。


他のR一族から認められたクァールは三つ程の世界を管理する立場となった。


当時は総世界にある全ての世界がR一族の管理下に置かれ、人々はR一族に管理されていると知らぬままに全てを掌握されていた。


数万年前から総世界の支配者となっていたR一族は非常に徹底しており、今ではもう99.9%以上の人々がスキル・ポテンシャルの権利に有無を言わさず影響を受けるようになっている。


理由は簡単で、権利が効かない者を従来の世界や新しい世界を見つけた際にテラフォーミングと称して駆逐していったからである。


権利が効かない者などもうほぼいない。


しかし、突然変異のようにやはりどうしてもそういった者は生まれ落ちてしまう。


こればかりはどうしようもないことで、そういった者の出現にR一族の者たちは辟易していた。


なぜなら、そういった者は常に能力が高く、反乱などを起こされれば命の危機にも繋がる危険性がある。


クァールは、そこへ目をつけた。


私の大事な同族に危害を及ぼそうとする者がいる。


クァールは可哀想な“被害者”を救いたく、とある案を出した。


クァールが管理している一つの世界を、悪を矯正する場にしようと。


原理は、こう。


危険因子を発見すれば空間転移を発動して、クァールが管理する世界へ送り込む。


外側から容易に送れはするが、内側からは空間隔離結界を張り巡らせ、出られない仕組み。


いくらR一族打倒を掲げても、その世界からは出られないという生殺しの恐ろしい案だった。


クァールの身を斬るレベルの英断に他のR一族たちは諸手を挙げて称賛した。


“被害者”が自らに救いを求めて、自らを称賛し褒め称え認めている。


これ以上ないくらいに、クァールはとても心地よい気分を感じていた。


しかし、そういった関係は決して長続きするものではない。


10年も経てば、クァールがそうするのは当然だとしか考える者しかおらず、必然的に評価も変わる。


今ではもうゴミ山の主とでも言わんばかりの扱いを受け出していた。


それがどうしても我慢ならなかった。


“被害者”を救おうとした。


だが、ついには拒絶された。


次にクァールが起こすべき行動とは、つまり。


R一族に追いやられた“被害者”への救済。


今まで散々クァール自身も悪だのと拒絶していた者たちをである。


クァールの行動は早かった。


即座に収容された世界へ出向き、権利が効かぬ能力者一人一人と会っていく。


とても慈愛に満ち溢れ、自らの肉親であるかのように優しく無償の愛で接するクァール。


R一族でありながら、この地に縛りつけていたR一族打倒を掲げ、R一族のみが特権階級となれる世界を変え、平和と平等に満ちた世界を新たに創り上げようと、クァール側から頭を下げてまで頼み込んだのだ。


排斥を受けていた者たちに、その先を見せてくれたクァールは弱者に寄り添い、ともに戦ってくれる神と等しい存在に映った。


彼らがこの願いに乗らぬはずがなく、クァールは彼らの信頼を一心に受ける。


この時、クァールは心底嬉しくてたまらかった。


こんな簡単に信頼を得られるのならもっと早くこうすれば良かったと、深い後悔とともに得られた心地よさを糧にクァールは彼らの先駆者として最前線に立つ。


スキル・ポテンシャル権利の効かぬ、R一族にとって恐るべき大量の能力者たちとともに。


“被害者”の信頼を、羨望の眼差しを一心に受けるためにも、悪のR一族を相手に徹底的に戦い抜き、ついには勝利を収め、クァールは新たなR一族の当主となった。


当主となってしまえば、クァールを止められる者はいない。


今まで命令する立場だったR一族はクァールに意見を聞き、言われた通りの行動をする。


そのおかげで全ての世界にR一族以外の指導者が現れ、その全てがR一族の思惑通りを背く形で発展していく。


天使界の女帝アクローマや魔界の邪神ミネウス、ヴィオラートの法王アズラエルなど。


クァールとともに戦い抜き、新たな世界へ賭けた彼らが、クァールから託された世界で自らの力で新たな指導者となっていった。


クァールもまた“被害者”たちが一心に自らを信頼していくよう、彼らの思いに答えていく。


平和を、平等を、理想郷をと全てクァールが最前線へと立ち、実現していく。


クァール派に組する者たちは最早クァールを神だと信じて疑わない。


自らの本質的な私利私欲だけのためにここまで成し遂げられるクァールに敵う者などいなかった。


だが、さらなる狂気を孕んだ者には敵わない。


クァールの行動には重大な不備があった。


それは、彼女自身もR一族であったことだった。

登場人物紹介など


R・クァール(年令359才、身長174cm、B83W57H81、天使族の女性、出身地は不明、実直な性格。スキル・ポテンシャルは権利。R一族の現当主。実直でかげひなたのない人物だが、己が私利私欲を前面に出して活動する強烈な人物。その行動理念が凄まじく、相手が自身の望む被害者でなくなれば平気で裏切れる自分優位な女性)


R一族(R一族には、複数の一族が存在する。それは他の一族と呼ばれる集合体とは全く別の集合体であるから。普通ならば一族とは同じ血筋、血縁関係者を呼ぶ。だが、R一族はそうではない。スキル・ポテンシャル権利を扱える者が元々の名を捨てて集った集合体、それがR一族である。よって、同じR一族同士の婚姻などで近親相姦となる確率が非常に低い。ちなみにクァールはノールと同じ血筋のR一族で、クァールはノールの叔母に該当する)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ