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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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救世主

スロート城下街の外れ。


いわゆる、貧民が暮らす一角となっているエリアがある。


そこには、とある一つの小さく貧相で粗末な家があった。


暮らしているのは、(ロイヤル)・ノールと(ロイヤル)・ミールという二人の姉弟。


玄関の扉を開き、せかせかとした様子でノールが出てくる。


ノールは特殊な刺繍がなされたワンピース状の種族衣装を着た細身の女性。


青から水色のグラデーションがかった長い髪と、綺麗な青色の瞳をしている。


それらの特徴から彼女は水人の魔力体という特殊な種族の女性だった。


「それじゃあ、ミール。お姉さんはお仕事に行ってくるから、お留守番をよろしくね」


玄関から、家の中にいる弟のミールに呼びかける。


「うん、分かったよ。姉さん」


心配そうにミールが話している。


ミールは素直そうな男の子で魔法使い風の格好をしていた。


若干、薄い金色の髪色をした長髪の男の子。


ノールとは異なり、普通の人間の少年だった。


「心配しないで、お姉さんは大丈夫。ただ、今回はお勤めの期間が長くなるだけだから。食べ物もちゃんと買って来ていたし、お金は棚に入っているからご飯が足りなくなったら使ってね。それでも足りなくなったら、ボクたちが以前暮らしていた孤児院で……」


「大丈夫だよ、姉さん。僕を心配しないで」


「そうだよね、もうミールは立派な男の子だもんね。ボクは安心したよ。それじゃあ、ボクはもう行くね。お留守番頑張るんだよ」


手を振って、ノールは家を出ていこうとする。


「あっ」


ノールは一旦立ち止まった。


「エールが帰ってくるかもしれないから、その時はよろしくね」


それから、ノールは家を後にする。


ノールが向かう先はスロート城。


今回ノールはスロート城の使用人としての職務を許され、スロート城へと向かっている。


元々はスロートのとある貴族の屋敷に使用人として数年勤めていた。


だが、二日程前からその器量の良さから城に勤めてはどうかと、その貴族から持ちかけられていた。


器量の良さを褒められたことよりも、貴族の屋敷で働くよりもお給金を多く受け取れ、弟のミールや妹のエールを今まで以上に養えることがノールは嬉しかった。


そういう思いから、ノールは提案を受け入れ、今日初めてスロート城を訪れようとしていた。


「ここかあ……」


ノールは初めてスロート城の前まで来た。


そこへ、スロート城の門番がノールに近づく。


「貴方は……ノール様ですか?」


「えっ、うん。そうだよ」


ノールは今までの人生で初めて敬称に様をつけてもらえていた。


それが嬉しくて、うっかり普通の対応を取ってしまう。


「やはり、そうでしたか。では、ノール様。クロノ様が貴方をお待ちしております。私がご案内致します」


そっと、門番はノールの方へ手を差し出す。


「う、うん」


ノールは差し出された手を握り、ノールの歩むペースで門番に城内を案内され始めた。


しかし、ノールの内には次第に不安な感情が芽生え始めた。


この対応はとてもじゃないが、ただの一使用人に行われるべき対応ではないと。


「やっ、やっぱり離して!」


スロート城内へ入ったところで、ノールは門番の手を振り払い、逃げようとした。


「お、お待ちください、ノール様!」


ノールは逃げようとしたが、すぐに手を掴まれ、制止させられてしまった。


このスロートには、ノールの種族、水人にまつわる一つの信仰があった。


水の状態変化を熱などの要素を一切加えず自由自在に操れ、自らの身体さえも水のように変化できる水人は神の使いだと。


スロート建国当初にあった日照りや旱魃(かんばつ)、大雨などの災害をたちどころに改善し、その後の灌漑(かんがい)にも手を貸してくれた水人がいたと、今でも当時の言い伝えがスロートに信仰として残されている。


とはいえ、それは古くからの伝承として残されているもの。


水人の見た目や着ている服などで、ノールが水人であるとは今まで気取られなかった。


今日、ノールがスロート城へ招かれたのは水人としての役割を果たすためではない。


にもかかわらず、水人としての丁重な扱いをされ、素性を知られたと確信したノールは逃げ出そうとしたが、失敗してしまった。


「落ち着いてください! 我々は、ノール様の助けが必要なんです!」


「ボクがなにをしたっていうの、家に帰してよ……」


怖くて、ノールはその場にしゃがみ込む。


それ程、強い力で抑え込まれてはいないが、兵士の必死さに恐怖を感じていた。


「へえ、お前がうわさになっている例の水人?」


恐怖に震えているノールに対し、どう対応すればいいのかと困惑している兵士を尻目に腕っぷしの強そうな若干強面の男性が近づく。


「水人なんて初めて見たぜ。オレは知らんが神の使いらしいじゃないか。さあ、お前の戦闘能力を測らせてもらおうか」


そう話して、嫌がるノールの手を強引に引く。


「カイト様、一体なにを……」


ノールを止めた兵士が尋ねる。


「言った通りだ。この水人の戦闘能力を測る。そして、この水人にあった戦闘指導をする。それがオレに割り当てられた役目だ」


スロート出身の兵士にとって、水人のノールはどのように接すればよいのか分からぬ相手。


ただ、他国出身のカイトにとっては接し方などどうでもいい。


強引にノールを戦闘指導のため、城内にある指導部屋に連れていく。


「まずは剣術からか、それとも武術からか。お前はどちらをやりたい?」


「貴方は誰なんですか? どうして、ボクはここに……?」


「オレはカイト。今回お前の戦闘指導を任された傭兵だ。ここへ連れて来たのはお前が水人で、スロートのためにこれから戦うからだ。神の使いなんだってな、頑張ってスロートを勝たせてくれよ」


「そんな、ボクは神の使いなんかじゃないよ。この服だって水人のものじゃない。戦うなんてできないし……ボクは家に帰りたいよ……」


カイトの腕を振り払い、ノールは床にしゃがみ込む。


あえてノールは魔力体の種族衣装にふれていたが、カイトは聞く耳を持たない。


そもそも当時からの言い伝えしかなく見た目についてだけではスロートの領民たちでさえも水人だとは分からない。


「丁度スロートに来ていたオレにさえもお呼びがかかる程、戦争は不利な状況らしい。魔導剣士の連中が死んだ今となってはお前だけが頼りみたいだ。スロートの人間のために力を貸してやったらどうだ?」


再び強引にノールの手を掴み、剣が収納された場所まで連れていく。


「さあ、これを握って振ってみろ。やればできるはずだ」


「戦うなんて……できないよ。ボクは死にたくなんかない」


「本当に役に立つのか、この水人?」


不安で泣いているノールを戦う気がないとカイトは受け取った。


もしかしたら、この水人は士気高揚のためだけにいるのでは?と考えたカイトは指導部屋を出ていく。


戦闘指導を行う必要がないと分かれば、もう相手にする必要がない。


指導部屋に一人残されたノールは床にしゃがみ込み泣き続けていた。


不安で怖くて家に帰りたくて、ノールはそうするしかできなかった。


その時、床にしゃがみ込み泣いているノールの隣に誰かが座った。


「………?」


何者かの反応に、ノールは手で涙を拭う。


ノールの傍らにいたのは、クロノだった。


「隣、座っていいか?」


「………」


ノールはなにも答えない。


「水人のR・ノール……だったね。君が指導部屋に連れていかれたと聞いて、急いでやってきたんだ」


クロノは申しわけなさそうに語っている。


「本来なら君をスロート城へ招いた理由を正式に伝え、君の意思を聞いてからスロート軍にスカウトするか、しないかを決めるつもりだった」


「………」


うつむいたまま、ノールはなにも答えない。


「いや、嘘は良くないな。戦場でオレたちとともに戦ってほしいんだ。今、スロートはステイという国と戦争をしている。そして、今の戦力差ではステイにどう足掻いても勝てない」


「………」


「ノール、君の水人としての力が必要なんだ。頼む、力を貸してくれ」


クロノは頭を下げた。


「ボクに戦えと言われても、ボクは戦えないし死にたくないよ……」


「君に他の兵士たちと一緒に殺し合いをさせるつもりはない。潜在している水人の能力を駆使するだけでいいんだ。それだけで兵士たちは神の使いが味方してくれていると強く勇気づけられる。これは水の状態変化を自由自在に操れる高度な水人の君にしかできないことだ」


「でも、ボクは高度な水人じゃない……」


「そんなことはない。水の状態変化を操れ、身体さえも水のようにできるノールは間違いなく高度な水人だよ」


「見たの? ボクが水人化したのを?」


「ああ、だからこそ君の力を借りたい」


実際、クロノ自身はそのような変化を見ていない。


身体を水のよう変化させるのを水人化と呼ぶのも、ノールが自ら語ったおかげで初めて知った。


切羽詰った状況のクロノは罪悪感に駆られながらもノールを戦地へ向かわせるべく言葉を続ける。


それからクロノはノールに水人がどういうことができるのかを伝えた。


例えば、ノールも訓練すればなにもない場所から大量の水を発生させたり、霧や氷を出現させられること。


水人化をすれば身体を剣で刺し貫かれても斬られても全く傷つかないことを。


勿論それも水人にまつわる書籍に記載されていたものを話しているだけで、それが事実可能なのかはクロノも知らない。


説得するようにノールに話した後、クロノは立ち上がった。


「スロートが再び負ければ今度は領民も、ノールも、君の家族もどうなるか分からない。大事な者たちを守るため、スロートの一員として一緒に戦ってくれないか」


「ボクは……」


なにかをクロノに伝えようとしたが、ノールはうつむき、話すのを止める。


「良い返事を期待しているよ」


クロノが指導部屋を去っていく。


拘束されていないノールはスロート城からいつでも立ち去れる状態にあった。


だが、弟たちを守らなくてはと考え始めたノールは自らの水人の能力を駆使し、スロートのため戦おうと決意する。


戸惑いながらもノールはクロノが話していた水で武器を作る練習や身体を水に変化させる練習を始めた。

登場人物紹介


(ロイヤル)・ノール(本作第一章の主人公、年令18才、身長172cm、B88W54H83、水人の女性、出身地は不明。臆病だが調子に乗りやすい性格。常に水人の種族衣装をまとっている。水人の女性らしい身体つきのせいか華奢なため、剣などの重いものは振れない。水人のため、体重が驚く程に軽い。凄まじいポテンシャルを秘めている)


カイト(年令26才、身長178cm、人間の男性、出身地はラミング帝国。性格は戦争中でなければ普通。用いる武器は剣。口は悪いが兵士からの人望は厚く、兵士を指導する専門家の立場になっている傭兵)

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