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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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恐るべき組織

誰かの呼び声が聞こえている。


死に体となったノールにまだ生きろと。


ノールは無意識に覚醒を願った。


「………」


ノールは眼を開く。


身体には一切、力が入らない。


ただ、怪我の痛みは感じない。


大爆発により受けた全身を覆う致命傷が治癒されていた。


「ノールさん」


心配そうな表情で、ジャスティンはノールに膝枕をしている。


返り血のような鮮血が衣服へ無数に飛び散っていた。


「ボクは負けたはずじゃ……」


「九死に一生でした。助けた僕自身もノールさんが殺されたと思っていたので」


「ボクも死ぬと思っていた……」


「ゲマを殺しても僕はなんだか空しい気持ちです」


「ジャスティン君がゲマを倒してくれたんだね」


「ええ。それよりも、ノールさん。今は貴方を屋敷へ連れていきます。身体を休めるといいでしょう」


膝枕した状態から、ノールを地面に座った体勢にさせる。


そこへ、ジャスティンがしゃがみ、ノールを背負おうとしていた。


「さあ、背負いますから掴まってください」


ノールをジャスティンが軽く背負った。


「ノールさんって、とっても軽いね。魔力体の体重が大体20キロって本当なんだ」


なんの苦もなくジャスティンがノールを背負い、中庭を離れようとすると城外へ向かう回廊に人影が見えた。


「ノールに、ジャスティンか」


回廊の暗闇から現われたのは、炎人のソルだった。


「負けたのか、ゲマ。だからやり方が間違っていると言ったんだ」


「お前も殺るのか?」


ノールを背負っているジャスティンは体勢が取り辛そうに、血塗れたナイフを構える。


「いや、戦わないさ。ゲマを倒したのは、ノールだろ? 魔力体同士で戦っていたんじゃ世話ないわな」


「ゲマを殺されて、よくそんな台詞が言えるね? いつも一緒にいたんじゃないの」


続けて、ノールが言う。


「ああ、そうだ」


ソルは腕組みをする。


「ゲマと初対面の時、このオレを弟に少し似ていると話していた。それ以降、必ずオレを任務や私生活に連れ出すようになった。それが家族、というものなのだろう。オレにはそういうのがいなかったから悪い気はしなかった」


「なら、戦うんだね?」


「でも魔力体同士の戦いはおかしいだろ? そこまで人に合わせる必要があるのか? まあ、そこのジャスティンがゲマと戦っていたのなら手を貸していたがな」


ノールもジャスティンもソルの語る内容が分からなかった。


ソルの話す内容は事実なようで、敵意がない上に攻撃を仕掛ける様子もない。


ゲマの死体が近くにあるのに。


この独特な考え方は、まさに本質的な魔力体を体現している。


人から生まれた魔力体のノールとは異なり、ソルは人から生まれていない。


当然、人の世界で生きる術を知らず、魔力体として生きる術を身につけている。


人のために泣き、復讐に燃えるなどの概念は最初から持ち合わせていない。


「ひとまず」


ソルは振り返り、ゲマの死体に近づく。


「なにやってんの?」


ジャスティンが聞く。


「オレは復活の魔法リザレクが扱えない。生き返らせるには扱える奴を探さないとな。ノールは……やりたくないよな。せっかく倒した相手だし」


普通にソルはゲマをクロノスへ連れ帰ろうとしていた。


ソルはノール・ジャスティンを敵として見ていない。


しかし、ソルは立ち止まった。


回廊の数メートル間隔に設置されたランプの灯りに、何者かの人影が映ったからだった。


「敵地へ来て、なにも問題なく帰れると思っているのか? 相当甘い考えだな。お前の敵はそう考えちゃいないぞ」


ゆっくりと、強い覇気をまとった男性が現われる。


ただ、ソルにはそう見えたに過ぎない。


実際は非常に素早く、男性の持っていた剣がソルの胸を貫く程に接近を許していた。


「お前の見た目からできる奴だと思っていたが、それ程でもなかったようだな」


「いつの間に……」


体勢を崩して右半身から地面にソルは崩れ落ちた。


地面に倒れたソルから剣を抜き、続けて男性は炎人の弱点となる水人魔法を数発、ソルに放つ。


ソルが死んだのを確認してから、男性はノール・ジャスティンに近寄った。


「久しぶりだね、ノール、ジャスティン」


「……今までどこでなにをしていたの?」


ノールは聞く。


現れた男性は、レオーネにて旧邪神のミネウスとの死闘を演じ、行方不明になっていた竜人のアーティ。


「色々あったんだ、色々とな。二人にも迷惑をかけたな」


「ボクは別に迷惑はかかっていないよ」


ノールは以前のアーティにはなかった凄みを感じていた。


なんらかの変化がアーティの身に起きたようで、能力値が跳ね上がっている。


「今ここで話をするよりも、ノールさんの屋敷へ行きませんか? ノールさんを休ませたいので」


「断る、オレはあの屋敷へ行けない」


「?」


すぐ近くなのにと、ジャスティンは不思議に思った。


「オレにも色々とあるんだ。オレは……一応R一族派の者に分類される男だ。桜沢一族派の者たちもいるあの屋敷には近づけない」


「R一族派?」


ノールがささやく。


「アーティはボクを助けてくれるの?」


「ああ」


先程よりもアーティは二人に近づいた。


近くまで来て気づいたが、以前のアーティとは異なり表情は硬く、目の下に若干くまができていた。


「助けると言っても、ノールが望むような協力がオレにはできそうもない。それどころか、オレはノールに酷いことを言うために来たんだ」


「………」


ノールは静かに肩を落とす。


なにを言いに来たのかは、ノールからすれば手に取るように分かる。


「ミールの件は残念だったな……オレの力ではあの男、ゲマには天地がひっくり返っても勝てやしない。オレにもっと力があれば、少しは役立てたんだが」


「そういう話はいいよ。ゲマは死んだから」


「倒すべきは、ゲマだけじゃないんだ」


アーティの言葉にノールは聞きたくないような素振りをする。


どちらも最初から分かっていたこと。


「ミールがなぜ殺されたのか、それはR一族だからだ。ノールもR一族一派の者たちを殺す行いをしている者たちがいるのはもう知っているな? ゲマもそのクロノスの一員だ」


「クロノスって……総世界政府じゃん」


話を聞きたがらないノールとは異なり、ジャスティンはアーティの話を注意深く聞いている。


クロノスの言葉を聞き、無意識に声を発していた。


「そうだよ、君は詳しいんだね。一般の者たちはその存在さえも知らないのに。ミールを殺害したのはそいつらなんだよ、ジャスティン」


「そいつらが、ミールを……」


ジャスティンの胸に強い復讐心が宿り始めた。


「ノールさん」


「………」


ジャスティンの声もノールは聞きたくない素振りをしている。


「ミールを生き返らせるため復活の魔法リザレクを僕は詠唱したんです。でも、駄目でした。禁止令が扱われているのか、蘇生の対象にできなかった」


「………」


「そこへ行きましょう、ノールさん。戦わなければ、ミールを救えない」


「無理だよ……」


我慢ができなくなり、ノールは泣き出す。


「あんなにあの人は強かった。純粋に一対一だったからボクは辛うじて命を取り留めているんだ……それなのにもっと強い奴らが沢山いるかもしれない場所に行くなんてボクにはできないよ」


「ノールさんは……ミールを見捨てるんだ」


ジャスティンの声に怒りが混じる。


「ノール、安心してくれ。味方は多いぞ。オレやアクローマ、アズラエル、ドレッドノート、ミネウスがお前と一緒に戦ってくれる」


「アーティ、もういいよ。ボクに戦ってほしいんじゃないのも知っているんだ。ボクにクァールになって欲しいんでしょ」


「……悪い、ノール」


アーティは地面に座り、頭を下げる。


「お前がどうなってしまうかは、本当はオレも分かっているんだ。でも、オレはどうしても救いたいんだ。このような要求をするオレをどうか許してほしい」


「………?」


怒りに燃えるジャスティンには、アーティの発言が不思議に思えた。


話の流れからすればR一族のミールを救いたいに繋がるはずだが、なにかそうは思えない。


「ノ、ノール、そういえば話が急すぎだったな」


アーティは地面から立ち上がる。


「一日、いや数日の猶予を与える。それまでにどうすればいいのか、なにをすればいいのかを考えてみてほしい。杏里や家族についてもな」


そして、アーティは空間転移のゲートを出現させた。


「翌日の早朝、この中庭でまた会いたい。その時にノールの気持ちを伝えてほしい」


ゲートを通過しようとした時、アーティは立ち止まる。


「ああ、そうだった。スロート対ロイゼン・ラミング混成軍の戦争は気にしなくていい。ゲマがいない今なら、オレとミネウスの二人でも楽に止められる」


それだけ語り、アーティはその場から消えた。


アーティが消える際にゲマ、ソル両名も消える。


復活の魔法リザレクによる蘇生を阻止するため、アーティが連れ帰った様子。


「ノールさん」


ジャスティンが声をかける。


「僕はリバースに所属していません。ですから、総世界でそんな戦いが起きているのもノールさんの一族が殺され続けているのも全く知りませんでした。でも、ノールさんは知っていたんですよね」


「………」


無言のまま、ノールは聞いていないような素振りをする。


今のノールにとっては聞きたくもない話。


事実から目を逸らそうとしていた。


「僕は許せません、ミールを殺した連中を。相手が強大だからといって、一矢報いずに終わらせるだなんて僕にはできません」


「ジャスティン君はそれで良いの?」


「ミールがいない世界なんて信じられない! 僕は頭がおかしくなりそうだよ!」


「ボクだってそうだよ……でも本当に怖いんだよ」


「………」


背負うノールの身体の震えを感じ取り、ジャスティンは静かになる。


ノールが自らよりも遥かに強いのは分かっていた。


だが、そのノールをここまで追い込める存在がいた。


ノールがクロノス行きを受け入れても、受け入れなくともどちらへ転んでもそれぞれ地獄が待っている。


「今は自宅へ帰りましょう、ノールさん」


空間転移を発動し、ノールの屋敷前へと二人は移動した。

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