唆された者
「あれ、君たち? もしかして、この扉……」
「ルール、発動」
ライルが強い魔力を漲らせ、スキル・ポテンシャルのルールを発動した。
これは対能力者に対して、一撃必殺に近い能力。
魔力が関わる全ての能力を封じさせるという破格さで、使われた時点で負け確定。
あの時、ミールを死に至らしめる要因となった能力だった。
「あれ? あれ、なんかおかしい」
自らの手を見つめたり、周囲をきょろきょろ見たりと、ノールは挙動不審な行動を取る。
「どうした、ノール。魔力が使えなくなったか?」
ライルが呼びかける。
「うん、そうなの……」
呼びかけに対して、普通にノールは答える。
ジーニアスは最初から分かりやすい反応をしたから気づけたが、ライル・ルウの敵意に気づかない。
とにかくノールは仲間とし行動をともにした者たちに甘かった。
「それは、オレがやったんだ」
「嘘、これどうやったの?」
「スキル・ポテンシャルのルールだ」
「スキル・ポテンシャル? それ、どう扱うの? ボクも使えるようになる?」
「普通スキル・ポテンシャルは一つしか扱えないだろ。というと、ノールはまだ使えないんだな?」
「うん」
「それで十分だ」
ライルがルウに合図を送る。
ルウは魔法剣を出現させ、構えた。
「もしかして、ジーニアス君と同じ目的で来たの?」
「ああ」
「なんなの。ボクがなにかしたの?」
「R一族は生きているだけで害悪な存在だ。死んでくれ」
「その言い方、凄く腹が立つ。少し痛い目に遭ってもらうかな」
「まだ理解していないようだね」
一気にルウはノールとの距離を縮めた。
振り被った剣をノールへ振り下ろした時、剣がノールに当たることなく止まる。
空間転移のゲートが現れ、そこから出てきた手がルウの剣を握る形で止めていた。
「こういうのは、杏里くんの役目なんでしょうけど、今日は外出中なのかな?」
空間転移のゲートから綾香が姿を現す。
この日も白衣を着た女医風の姿をしていた。
「喧嘩なんて止めなさい。ノールちゃんはとってもいい子よ。貴方たち、誰にこんなことをするように唆されたのかは知らないけど、先ずは対話をしなさい。戦う以外の道が必ずそこにはあるから」
「綾香さん、もうそういう話じゃないんだ」
綾香がなにも問題なく受け止めていた魔法剣の刃がゆっくりと進む。
徐々に綾香の手から血が滴り始めた。
「なぜかしら? 魔力が集束しない……」
綾香もまたノールと同じく魔力が扱えなくなった。
ライルが綾香にも同様にスキル・ポテンシャルのルールを発動していた。
「手を引いて。じゃないと、斬るよ」
「今」
「なに?」
ぽつりと綾香が語り出そうとした言葉にルウは即座に答えた。
どう考えても有利な状況でありながら、ルウは胸騒ぎを覚えている。
「私は魔法剣を素手で掴むなんて危ない行為をしている」
綾香は自らの手を見つめた。
「手から血が出るのは仕方がないこと。そうよね?」
ルウに頬笑みかけた。
「ノールちゃん」
綾香はノールに声をかけた。
「ここは任せて」
「うん、お願いね」
特に問題なくノールは城へ向かって走り出した。
「えっ、えっ?」
ルウはノールを見てから、綾香を見る。
二人とも能力が扱えない状況なのに、自分たちを脅威と捉えていないのが不思議だった。
「さあ、貴方たちも帰りなさい」
「それはできないよ。僕らはノールを……R一族を殺すために来たんだ」
「それは分かるわ。もうそういうことは考えない方がいい」
「言えてる」
二人の隣にルインが立っていた。
「痛かったでしょう、綾香? 手を見せて」
「ええ」
魔法剣から手を離す。
「綾香、魔法剣は握るものじゃないの。手を怪我するのも仕方ない。そうだよね、綾香。そういうことなのでしょうね」
ルインの発する言葉は途中辺りから震え始めていた。
本当は一ミリも許す気がないが、先に綾香が話した内容を自らも理解してあげようとしている。
戦わず、逃がしてあげよう。
そう理解していても、感情がどうしても込み上げてくる。
指が切断しそうなくらい傷ついている綾香の手を見て、ルインは我慢が限界だった。
「エクス発動」
ルインは最上級回復魔法のエクスを発動する。
綾香の怪我は一瞬で治癒され、手は元に戻った。
「ルイン、安心して。僕らは戦うよ」
「ルウ、勇気を出したのね。若いのに命を懸ける、相当な勇気を」
普通なら逆に動揺しそうな言葉が、実際にルインを安心させた。
元々仲間だったとか、そういう甘い発想はルインに存在などしない。
綾香が生かしたまま帰そうとしても、ルインはそうはいかない。
「待って、待ちなさい。私の話を聞いて」
綾香がルインの腕を掴んだ。
ルインは綾香の腕を振り払い、綾香の胸辺りに手を置いて強く後ろへ押した。
綾香は背後へ尻餅をついて倒れる。
「なんか私さ、分かっちゃった気がするの。頭の中で色々と繋がってきたから」
ルインはルウ・ライルに向き直る。
「その心意気や良し。スムーズにあの世へ送ってやろう」
構えの体勢へルインは移行する。
そこには禍々しい殺気も恐ろしい狂気も存在しない。
ルインはクリーンな気持ちだった。
強い闘気と覇気のみがルインに宿っている。
相対したルウは魔法剣をルインへ向ける。
地面を蹴り、一気にルインへと接近。
左から横薙ぎにルインを斬りつけた。
「甘い」
ルインは右腕をガードのために軽く上げただけで、攻撃を受け止める。
「き、斬れない……」
「スキル・ポテンシャルのルールだっけ? そういう他人へ影響を与える能力、私には一切効かないの。聖帝の血を輸血したから」
一歩踏み込み、接近していたルウの腹部へストレートを打ち込む。
ふわっと、ルウの身体は背面へ浮き上がり、地面に倒れた。
数秒程、ルウは目を開けていたが静かに閉じる。
今の一撃でルウは絶命していた。
「ルウ」
ライルはルウの死を悟り、狼狽した表情を見せた。
肩を落としたライルの目からは涙が零れる。
「無念だ……」
敗北を認識したライルはそれ以上の戦いを止めた。
「………」
ルインは音もなくライルへ接近。
先程のルウと同様に腹部へストレートを打ち込む。
膝から崩れ落ちると地面へ横たわり、ライルは動かなくなった。
「終わったわ、綾香」
「………」
静かに綾香はルインを見つめていた。
「やり過ぎだと言いたいの?」
「情というものが貴方にはないの?」
「ある。見ての通りじゃないの」
「だったらどうして二人とも殺したの?」
「言葉でも行動でも平行線を辿る相手となってしまっては殺すのも致し方ない、元仲間であっても」
「最低」
「そうよ」
ルインは強い闘気と覇気をまとったまま、綾香の前に立つ。
「仕えるべき者が愚かであれば、配下が直々に手を下す他ない。汚れ仕事を自ら買って出た私に労いの言葉はないの? アンタ、どの面下げて私に今の言葉を語った。ノールを先に逃がした今、私がいなければ、アンタがこの二人を殺す役目だった」
「………」
綾香は衝撃を受けていた。
敵意は一切ないが、ルインは静かに怒っていた。
「あの二人は強く有能な存在だった。魔力体の極わずかな者のみが扱えるスキル・ポテンシャルのルールを使いこなせる程に。私たちの味方であれば、これ以上ない程に頼れる存在だったでしょう。でも、そうはならなかった。綾香もノールも全く歯が立たない恐るべき脅威となり、そこにいたの。なぜそうなってしまったか、綾香には分かる? 私には分かってしまった」
「………」
「裏切者がいる。これは私たちに対する挑戦よ、絶対に許さない」
「一体……それは誰なの?」
「アンタさ」
ルインは綾香の首筋を鷲掴みする。
「痛みが伴うまで分からない振りをするつもりか?」
「……やっぱり、有紗さんなのね」
「綾香」
綾香の首筋から手を離し、ルインは綾香に抱きつく。
「私には貴方の力が必要なの。どうか、貴方だけは私を裏切らないで。じゃないと私の心が折れてしまうの」
「うん……」
「それはそうと」
ルインは綾香から離れ、ライル・ルウの死体のもとまで行く。
「この二人は魔力体化をせずに死んだから、復活の魔法リザレクで蘇生が可能なのは分かるでしょ?」
「ええ」
「でも、今生き返られても困る。この二人は魔力体で生物の肉体を所有していないから腐ったりしないの。この屋敷のどこかに閉まっておきましょう。生き返らせるのは全てが終わってからでも遅くない」
ようやく綾香はルインの考えを理解した。
ルインはライル・ルウの二人を信用している。
信用しているからこそ、狂気などをにじませず武人として正面から打ち倒した。
その後の生き返らせることまでを考慮して。
ルインは決して最低でもなく、情もない女ではなかった。