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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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蜘蛛の巣

テイルの軍団がラミングから退却を始めた頃。


ノールは自室の定位置にしているアウトレットソファーに横になり、眠そうにうつ伏せで服のカタログを見ていた。


「戦争はまだ続いているのかな?」


ノールは同じく自室にいる杏里に呼びかける。


「多分ね」


普通に杏里はそう答える。


元々部屋にあった高級ソファーに腰かけながら、楽しそうにノールを眺めている。


あのスロートの襲撃時、杏里は私用で出かけていた。


「ボクが帰ってきた時、凄かったね」


杏里は数日前のことを語る。


「分かりやすくやってしまったのが悪かったね……」


アウトレットソファーの脇にカタログを置き、ノールは目を閉じる。


あの日、ノールはスロートの街中に雨を降らせた。


黒塗りの屋敷の屋根から、魔力を使って降雨させる様は遠くにいる者の目にも映る程。


火が消えたのを確認してからは、屋敷周囲を歩いて適当に傷ついた人を最上級回復魔法エクスで癒していた。


だが、それがいけなかった。


どちらもスロートに暮らす者たちには到底行えない神の御業。


再び、スロートの危機を救った救世主に人々が会いたいと思わないはずがない。


ノールが物凄い数の群衆に囲まれるのも、すぐだった。


「これで、ノールがスロートを救うのは二度目だね」


「雨を降らせるのも人を癒すのもなんてことないんだけど。魔力を有している者と有していない者の差を再認識したよ」


「ノール?」


「ん?」


今の返答に杏里は不自然さを感じていた。


対応は人助けそのものだが、助けようという者たちに対しての姿勢に認識の差があると。


「なんか、その言い方が」


「なにかいけなかった?」


「ううん、別に」


「………」


ノールは杏里が気に障るようなことを話してしまったのかと考えていた。


「ラミング、どうなるのかな?」


場の空気から、ノールは話題を変える。


元々はラミング帝国以前のグラール帝国がノールの出身国なため、ノールはそれが気になっていた。


「ラミングの兵士たちが火をつけたり、人を殺していたようなことをスロート軍はするのかな?」


「しないと思うよ」


「でも、スロート国軍じゃなくてスロート国上級大将のテイルの私兵で構成された軍団が出兵したって」


「もし、気になるのならボクたち二人でなんとかしよう」


「したくてもできないよ。そういうのは、総世界法違反になるらしいから」


「……総世界政府クロノスに指名手配扱いを受けているボクらが総世界法を律儀に守るのがおかしい気がする」


杏里は普通ならすぐに思いつきそうなことを口にした。


それでもノールはスロートにもラミングにも味方しない立場を取り続けた。


それから数日後、出兵していたテイルの軍団がスロートへ帰国する。


ラミングとの戦争には勝つには勝ったが、それ以上に問題を抱えたままでの状況に人々はまだ戦いが終わっていないと認識した。





スロート対ラミングの戦争から数日後。


ラミングからではなく、ロイゼン魔法国家からの使者がスロート城へやってきた。


ラミングには今後の行く末を決める立場にある者たちが戦死しており、既に存在しない。


そのため、両国ともに同盟国であるロイゼン魔法国家がその仲介を買って出て、今回の戦争について協議を行おうとした。


今回のロイゼン魔法国家からの使者は、ラミング帝都が協議の場になることを伝えに来た。


「ラミング帝都で、なのか……」


いつも通り、スロートの図書館で日々の実務を熟していたクロノがそう語る。


使者が来た時にくらいは応接間や謁見の間で対応をすればいいのに、全くそうはしない。


帝ではあるが、商売人のクロノは利するところがある場合にしかそちらで対応しない。


これが面子にこだわる貴族たちに途轍もなく嫌われている行為だと、クロノは気づいていなかった。


「ミール大将」


クロノはミールの名を呼ぶ。


「ラミング帝都にて今回の戦争にかかわる協議が行われるようだ。ロイゼン魔法国家の代表者も仲介役として参加する三ヶ国間での協議となる。現状、スロート、ラミング間での認識には大きな齟齬が存在する。認識を正し、ロイゼン魔法国家や他国との信頼関係回復も同時に行ってほしい。分かったね?」


疲れた表情のまま、クロノはミールに指示を出す。


さり気なく、ミールの階級が大将まで格上げされていた。


それはスロートの代表者として、ロイゼン魔法国家の代表者と謁見する際に失礼のない身分であるための一時的な格上げ。


「分かりました、状況は厳しいでしょうが期待に応えられるよう努力します」


「これが難しい問題なのは百も承知だ。だからこそ、君にしか頼めない」


クロノは今回の戦争を、能力者が関与していると考えている。


魔力を有さず、能力者でもない自分たちには答えなど認識できないと見ていた。


「兵士を数名引き連れ、本日からラミングへ向かってほしい。よろしく頼むよ」


「ええ、良い報告を期待してください」


ミールは親しげに頬笑む。


それから、ミールは数名の兵士たちと一路協議の行われるラミング帝国へと派遣された。


ラミング帝都までの道中は特に変わったことも起きず、二日程で到着する。


帝都はテイル上級大将らが制圧した時と変わらず酷い有様であり、復興の兆しは見えない。


「思った以上だな……」


帝都の現状を目の当たりにしたミールは、内心そう思わずにいられなかった。


数日程前、ジャスティンから帝都の内情を聞いていたとはいえ、現状を目にするまではっきりと理解できなかった。


「……とりあえず、やることはやらないと」


ミールは帝都入口で、伴ってきた兵士に合図を送る。


「はっ、ミール大将」


「ラミング城はどこだか分かる?」


「あのラミング帝国国旗が掲げられた建物がラミング城だと思われます」


「ん?」


辺りを見渡すと分かりやすく、ラミング城が見えた。


というよりも帝都ではラミング城が一番高い建物であり、一目見れば簡単に分かるレベル。


「ああ、あれね」


さも初めて見つけたという反応をし、ミールは他の兵士を率いてラミング城へと向かう。


ともあれ、ミール一行はラミング城へ辿り着く。


「お待ちしておりました」


ラミング城入口には、ミールたちを待つ者がいた。


赤い髪、赤い瞳の魔法剣士風の男性。


以前よりも高身長になり、男らしくなったルウの姿があった。


「もしかして、ルウ君?」


ミールはルウに尋ねる。


見違えたとミールは思った。


自らの身長を追い越し、幼かった表情も兵士としてのものへ変化していた。


「……はい、以前はお世話になりました」


固い表情のまま、ルウは答える。


「ラミング国王は既に死去されております。ラミング国王に代わり、ロイゼン魔法国家国王ジークハルト様が皆様をお待ちしております。案内を致しますので皆様、私にお続きください」


振り返り、ルウはラミング城へ入っていく。


「国王が……」


ミールは代表者がいると聞いていたが、それがまさかロイゼンの国王だとは思い至らなかった。


ミールたちもルウに続いて、ラミング城へ入る。


ルウの案内により通されたのは応接間であった。


「やあ、待っていたよ」


ルウが応接間の扉に手を伸ばすと、先に室内から扉が開く。


扉を開いたのは、眼鏡をかけた少し痩せ形の若い男性。


格好は魔法使いのような法衣をまとっている。


「………?」


なにやら戸惑った感じでルウは対応していたが、ルウは応接間入口から離れた。


「さあ、どうぞ皆さん」


男性はミールたちを招き入れる。


室内の造りは応接間というよりは、戦略会議室とも言える造り。


円形のテーブルが鎮座し、そこへ各々が座り話し合いをする場であった。


「では、立ち話もなんですから席へどうぞ」


テーブルの方へ男性は手のひらを向け、各々が席に着く。


室内には、この男性以外いなかった。


「今回の件、なにやら互いに多くの問題が発生しているようですね」


男性は座ると同時に、そう語る。


ということは、つまり。


「貴方がロイゼン魔法国家国王のジークハルト様でしたか」


「ええ、自己紹介がまだでしたね」


優しそうな頬笑みを浮かべ、ジークハルトが語る。


「私は、ロイゼン魔法国家国王のジークハルトと言います。今後ともよろしく。さあ、貴方のことも教えてくれませんか?」


「私は、スロート国軍大将のミールです」


「その若さで大将とは、とても優秀なのですね」


「優秀と言いますか……」


なんと答えて良いのか分からず、ミールは口ごもる。


失礼のないように一時的に階級を引き上げたとは言えない。


「先に話しておかなくてはならないことがあります。これは元々スロート側がラミングの侵略を受け、此度の戦争へ発展しました」


「そうですか。我々ロイゼンの者たちはラミング帝都へ同盟国として救援に出向いただけですから戦いの要因が分からないのです。どのようなことがあったのか伝えてくれませんか?」


「是非お聞き頂きたい。しかし、私は今回の戦争に不参加でした。ですので、今回の戦争についての指揮を執っていたテイル上級大将より資料を預かっております」


ミールは兵士に指示を送る。


指示により兵士は持ち込んでいた鞄を開け、その中にあった資料をジークハルトへ跪き手渡した。


「こちらをご覧ください」


「ええ、拝見させてもらいます」


受け取った資料にジークハルトは目を通す。


数分程、ジークハルトは資料をペラペラと捲っていた。


「テイル上級大将は優秀な方なのですね。たった一人で、この短期間にこれ程まとめられているとは……」


興味深く慎重に資料に目を通すジークハルト。


資料は非常に良く書かれていた。


わずかな期間のたった一度だけの戦いであったが、将軍であり軍師として戦略、戦術やその後の考察などを誤りのないようにと書き記されてあった。


性格はともあれ、テイルは武官にも文官にも向いている優秀な男だった。


「資料を読み、よく分かりました」


ジークハルトの言葉を聞き、ミールは声を発しようとした。


「スロート国軍の最高戦力は貴方でしたか。ミール大将?」


ゆっくりと、ジークハルトは席から立ち上がる。


「どういう……ことですか?」


不思議そうにミールは尋ねる。


他の兵士もミールの方を見た。


「つまり、戦ってしまえば我々が勝つと言うことだよ。よもや、今でも私をジークハルト様だと思っているのではないだろうな?」


その言葉に、ミールは強い殺気を感じた。


即座に座っていた椅子を弾き飛ばす程の勢いで立ち上がる。


しかし、遅かった。


今まで自らのいた場所及び兵士たち全てに氷の刃が降り注ぐ。


刃の直撃を受け、次々と兵士が倒れる中、ミールは致命的なダメージを辛うじて避けていた。


先手を取られたが椅子から立ち上がり、回避行動が取れたのが幸いした。


「なんなんだよこれ……」


とにかく、ミールは他の全てを放棄して応接間から飛び出す。


事態は危機的な状況。


相手は自らが能力者であると知っている。


一瞬で敵地となった城内を脱出するため、回廊の窓を体当たりで突き破り飛び出した。

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