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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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奇襲

ゲマが屋敷を訪ねてから数日が経過した。


彼の話したような戦争の機運はまるでなく、いつもと変わらない平和な日々が続く。


この日も同じく変わらぬ日常が過ぎるはずだったが……


ノールの屋敷周辺から、騒めきが起きていた。


「ん?」


普段通り、定位置になっているアウトレットソファーで寝そべっていたノールは異変に気づく。


部屋の窓を開けていたからか、外からの誰かの叫び声や怒声が室内にまで響き渡る。


「まさか……」


あの時のゲマの話が脳裏を掠める。


今まさに戦争が起きていると理解したノールはソファーから起き上がった。


それから一気に部屋を出て、屋敷の階段を駆け下り、玄関から外へ出た。


「ああっ!」


屋敷を出たタイミングで、あるものを目にしたノールは絶叫していた。


どこの国の人物なのか分からない数名の兵士が屋敷の周囲に集まり、手にした松明で今まさに屋敷へと火をつけようとしていたから。


とっさにノールは玄関傍の壁を叩く。


その一瞬でノールの魔力が屋敷全体を駆け巡る。


水人能力を駆使し、屋敷全体の壁に水のバリアが張り巡らされた。


「女か」


音に反応した兵士の一人が、口を開く。


魔力を有しておらず、水のバリアが張り巡らされたことには気づいていない。


「お前には関係ないかもしれないが、オレたちがされたことをお前らにもしてやらないと気が済まないんだ」


兵士たちの目は冷たい。


各々から尋常ではない殺気が放たれ、とても正気とは思えなかった。


兵士たちはノールを無視し、再び屋敷に火をつけようとした。


「止めろ!」


水のバリアで絶対に火はつかない。


だが、このような蛮行を許すわけにもいかない。


ノールが止めようとした時、兵士たちに異変が起きた。


身体が変形し、血を吹き出しながら全員地面に倒れていく。


「貴方から、良い匂いでもするのかな? ねえ、ノール」


いつの間にか、ノールの傍にルインが立っていた。


ルインが兵士たちを殺害したらしい。


「匂い?」


なんとなく、ノールは腕の匂いを嗅ぐ。


「そういう意味じゃないの」


ルインは楽しげに周囲を見ている。


街の様々な場所から、火の手が上がっていた。


周囲を覆うように立ち昇る煙。


兵士たちに襲われる人々の叫びが普段の日常ではないと気づかせる。


「至るところに火をつけ、それには飽き足らず人殺しもしている連中がいるみたい。私に任せて、あいつらをなんとかしてあげる」


「大丈夫だよ、あいつらはボクが殺る」


「いいからいいから。貴方はこの家を、私はあいつらをでいいじゃない」


「それはそうだけど」


「この屋敷は貴方の資産。私にとっても大事な帰る場所。でも、互いにこの屋敷の重要さは異なる。どこかに火がついてもまあいいかで私は流せても、貴方はそうならないでしょう? では質問、どちらが残った方がいいと思う?」


「ボクが残るよ、万が一もあるから」


「だったら、私に任せなさい。それでさ、今回の件で貴方は私に貸しを一つ作ったという考えを持っていてほしいの。今回みたいに困った時があったら、私も貴方に頼みたいから」


「貸しとかそういうのは抜きにして、いつでもボクを頼っていいよ。ボクらはリバースの同じ仲間じゃん」


「貴方……良い子なんだ。こんな言い方をされても素直に私を信用してくれるだなんて。私の知るR一族とは雲泥の差。本当に同じR一族なのかと疑ってしまうくらい。ノール、ありがとうね」


残像を残す程の速度でルインの姿が、ノールの視界から消える。


直後にどこからか男性の絶叫が聞こえた。


おそらくルインが兵士を死に至らしめたようだが、ノールには確認する術がない。


「にしても、こいつら一体どこから……」


先程、ルインが殺害した兵士たちへノールは近づいた。


遺体はぐちゃぐちゃに変形しており、正直見るに堪えない状態。


ただ、兵士たちがまとっていた鎧でどこの国の者たちなのかが分かった。


「この鎧の紋章は確かラミング帝国の印だったはず」


とても言いようのない腹立たしさが、ノールの胸中に渦巻く。


ラミングは過去にノール、杏里が魔界から攻めてきたルーク、ドレアムを追い払った国。


勿論その後、スロートも救援隊を派遣し、被害に遭ったラミングの者たちを救っていた。


明らかに恩を仇で返されたとしか思えない。


その思いがノールに非常に強い不愉快さを感じさせている。


と、同時にノールはあることを思い出す。


アクローマが話していたが、ラミング帝国は元々グラール帝国と呼ばれる国であり、そこがノールの故郷。


あの時も今回もなにか自らに関係があるのではと思ったが……


「あれ?」


兵士たちの死体を見ていて、ふいにノールは気づくことがあった。


先程は魔力を感じなかった兵士たちから、わずかに魔力を感じる。


しかし、兵士たちはノールの魔力による水のバリアを認識できなかった。


その反応は確かに魔力を持っていない者特有の反応だったのに。


「今は、それよりも」


肝心なことは他にあった。


ノールは水人化し魔力だけとなり、空中を遊泳して屋敷の屋根でノールとしての人の姿に実体化する。


そこから水人能力を駆使し、スロートの街中に雨を降らせ始めた。


全てがノールのさじ加減で降雨されており、火の手は一気に弱まり出す。


「性格は全然違くても、ルインはアクローマと同じ立ち位置の人なのかな」


ぼんやりとそう考えながら、ノールは雨を降らせ続けた。





ラミング帝国兵士の襲撃から数時間後、スロート市街地周辺は落ち着きを取り戻し始めていた。


ノール、ルインの活躍によって、スロートの被害が最小限に抑えられたのは言うまでもない。


しかし、この襲撃で領民や兵士に被害が及び千名程の死傷者が出てしまった。


「我が軍兵士諸君は一体なにをしていたのだ? 貴族ならび所有の領民に多くの犠牲が出てしまったではないか」


スロート市外周辺の草原へと召集された兵士の集団を前にテイル上級将軍は語る。


「皆と同じく私も今回の件を断じて許せぬ。これは全くもって許し難いものだ。我々のこの怒りは直ちにラミングへの鉄槌とすべきだ」


兵士一団からは歓声が上がる。


この兵士一団はスロート正規軍ではない。


全てが貴族の、テイル上級将軍の私兵。


前回のステイとの戦争も彼らが参戦していれば、敗北までには至らなかったはずだった。


「直ちに出兵する。兵士諸君、決して遅れぬよう私へ続け」


テイル上級将軍ならびにテイルの側近である時雨、ミラディンを先頭にスロート兵士一団はラミングへと進む。


その場には過去にステイの脅威からスロートを救い、名を馳せた者は誰一人参加していない。


クロノの息のかかった者たちなど端から信用していないのが見て取れる。


「時雨。今回の戦、貴公の見方で勝算はいかほどか?」


先程と同じく、行軍する最前列を歩いていたテイルは時雨に問う。


「無論勝利は我々のものとなるでしょう、テイル様。あのような強行軍を送ってくる程です。ラミングの兵力は少ないと見ていいでしょう。これは明らかに短期戦を狙った作戦だと……」


「貴公の考えはそうか。では、貴公の考えに問おう。なぜ、貴公は敵国ラミングの兵が少数だと考えたのか?」


「そう申されますと、テイル様の考えは違うと?」


「その通りだ。此度の我々への攻撃はおそらく計画もへったくれもない。突発的に発生したものだと考えられる。あの攻撃はおそらく我々を引き寄せるための撒き餌だろう」


「それでは……このまま行軍を続けるのは不味いのでは」


「このまま行軍を続けても、なにも問題はない。貴公が兵士諸君の力を信じられなくてどうする」


「しかしそれでは……」


「貴公の考えも分かっている。早期に敵へ対処が取れるよう、斥候を放ち周囲への情報把握も同時に行う」


テイルはラミング帝国までの行程を確認するため、周辺の地形図を見だした。


時雨の考えは不確定ではあるがおおよそ合っていた。


今回、テイルが強気な対応を取れているのには理由がある。


どのような手を使うのか分からない相手でも絶対に勝てるという理由が。





一方その頃、スロート市内にはテイル上級将軍の率いる軍団とは比較的少ない部隊が整えられ、街中に配置されていた。


その部隊は先行するテイル上級将軍の軍団を支援する援軍として作られたわけではない。


クロノの指示により、スロートの市街周辺を警備するためにまとめられた部隊だった。


「クロノ、人員の配備は終わった。あとは残党がいないかを探すだけだ」


部隊が集められている広場で、スロート周辺地図を片手にカイトは語る。


先のステイとの戦争後から、一介の傭兵に過ぎなかったカイトが今やクロノの側近となり、将軍としての立場でクロノを支えている。


「ありがとう、カイト。本来ならオレがやらないといけなかったんだけどな」


クロノは疲れたような声で話す。


表情にも覇気はなく元気がない。


「クロノは軍総帥なんだから、オレたちに指示を出す役割をすればいいんだ。あとはオレたちに任せるだけでいい」


「そう言ってもらえると助かるよ」


「ところで、クロノ。テイルが無断で私兵を率い、ラミングへと向かってしまったようだが」


「やはり、テイルは既にラミングへと向かったか」


クロノは頭を抱えた。


奇襲を仕掛けられたとはいえ、戦争をするのには順序がある。


ましてや、軍の全権を握っているはずの自らになんの報告もなく身勝手に行動を起こされてしまっては、もはや話にならない。


「今はスロート国内を平定してから、ことに移るべきだ。独断専行は無駄に軋轢を生むだけだと理解してもらいたいが……」


「はあ、こんな時にアーティがいたらな。あいつなら、テイルの首根っこを掴んで言うことを聞かせるんだろうけど。今はそんなことを言っても無駄だな。じゃあ、オレも部隊を率いてくるよ」


「ああ、お願いするよ」


こうして、スロート市街周辺の残党狩りや復旧作業が始まった。


問題なのは、なにもせずともラミングの兵士たちが全て死に絶えていた事実。


ルインの存在を知らぬスロートの者たちは、ラミングの兵士たちに天の裁きが下ったのだと勘違いしていた。

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