エールという女性 2
「杏里、帰りは空間転移で帰ろうよ」
「そうだね、街の様子も見せられたから」
杏里は空間転移を発動し、黒塗りの屋敷へと移動した。
二人は屋敷のエントランスホールへと姿を現す。
「姉貴、調子良くなったかな?」
「まだもうちょっと休ませておくべきだと思うよ」
「アタシ、姉貴には知らせておきたいことがあって」
「あっ」
「どうしたの?」
「エールは家がある?」
「家くらいあるでしょ。アタシはシェイプという世界に豪邸を建てて、そこに住んでいる」
「それならいっか」
「というか、なんで家の話?」
「この屋敷で一緒に暮らすのもいいかなと思って」
「住むよ。アタシ、この屋敷に住む!」
「どこの部屋がいい? とりあえず、見て回ろうか?」
「アタシは姉貴の部屋の隣が……やっぱり、同じ階の角部屋がいいかな。音とか聞こえると嫌だし」
「そうしよっか。じゃあ、ノールに伝えに行こうね」
二人は屋敷内を通り、ノール・杏里の自室まで向かう。
室内へ入ると、ノールはキッチンにいた。
「おかえり」
「ただいま、ノール。もう身体は大丈夫?」
ノールの体調を気にしている杏里はノールに近づく。
ノールは朝ご飯の支度をしていた。
「お腹空いたでしょ? 今、作っているから」
「うん、そうだね。手伝うかい?」
「二人で待っていて。ボクだけでできるから」
「そう?」
言われた通り、杏里はエールとテーブルの椅子に座って待つ。
「アタシ、姉貴の手料理久しぶり」
エールは嬉しそうにしている。
それから数分後、ノールはバターの乗ったトーストとサニーサイドエッグ、紅茶を持ってくる。
「今日は朝から豪華だね、アタシのため?」
「そうでもないよ。今ではこうして食べられるようになったの」
「そ、そうだったね。アタシ、昔を思い出していた」
「ボクも頑張ったからこうして食べられるようになったんだよ。さっ、温かいうちに食べようね」
笑顔でノールは語り、テーブルの椅子に腰かける。
「ノール、ミール君がジャスティン君と結婚するんだって」
「えっ、本当なの?」
ノールは驚きを隠せない。
「てっきり、ボクらが先に結婚をするのだと思っていたよ」
「やっぱり……お金じゃないかな?」
杏里がぽつりと話す。
「………」
ノールも静かになった。
どれ程かは知らないが、ジャスティンが超大金持ちの家系の御令嬢だと以前ミールから知らされたことがあった。
ヴィオラートでの仕事を請け負った今ならお金に余裕があるが、元々は新たな拠点を買おうとしていたので貯蓄に回さざるを得なくなり生活はカツカツだった。
「ボクらもそろそろ……」
そこまで語ったが、それ以上をノールは言おうとしない。
未来の見えないノールには、先のことを決められなかった。
「それよりも、今日のご飯はどう? 美味しい?」
「美味しい! 明日も食べたい!」
エールは元気に語る。
もうすでに食べ終わっていた。
「おかわりする?」
それを見て、ノールは笑顔になる。
今はこの時間を楽しもう。
そう、ノールは考えを切り替えた。
三人は談笑しながら、食事を楽しみ時間が過ぎていく。
「ねえ、姉貴」
食事が終わり、食器などを片づけた後、ノールに話を持ちかける。
「なに?」
「姉貴、一緒に浴室に来てくれない?」
「どうして?」
「見てもらいたいものがあるの」
「なにを?」
「行ってからじゃないと、さ」
「いいよ」
ノール、エールは寝室を通り、寝室隣の脱衣場、浴室へ入る。
「姉貴は水人じゃん? アタシと会ってから、なにかを感じていたんじゃない?」
「実は……気づいていた。なにかあったんじゃないかって」
「ちょっと待ってね」
静かにエールは服を脱いでいく。
上半身を露わにしたエールを見て、ノールは思っていたことが事実だと確信する。
エールの体内に電気を発信する部位があるのを。
「アタシは一度、死んだんだ。次に目覚めた時には、こうなっていた」
エールは心臓や肺、腸などの臓器がある位置に手を置いていく。
「ここも、ここも、ここも。アタシのものはない。人の蘇生は大変だね」
床の方を見つめたまま、エールはささやく。
「姉貴が知っているエールはガワだけかも……。ははっ、アタシが人じゃなくてもアタシを好きでいてくれる?」
ノールはエールの肩に優しく手を置いた。
「エールは今までとなにも変わらないよ」
「本当に?」
エールは顔を上げる。
「凄く心配だったんだ。でも認めてもらってよかった」
いそいそと服を着ていく。
「……姉貴、R・クァールについて話していいか?」
「R・クァール? うん……いいよ。ボクも知らなければならない」
「クァールは姉貴の身体を自由に扱えていた。姉貴ができることなら多分クァールもできると思う」
「………」
「それにクァールは、なにかとても大きいことをしようとしている。アズラエルも天使のアクローマも一緒になにかをしようとしていたから」
「エール」
「ご、ごめん。やっぱり、聞きたくないよね。こんな話」
少しうつむいているノールにエールは謝り、この話を終わらせた。
脱衣所を出て、リビングまで戻ると部屋に杏里以外にもう一人の姿があった。
「今は、R・クァールじゃないみたいね」
テーブルの椅子に腰かけ、コーヒーカップでコーヒーを飲んでいるルインの姿があった。
事前に杏里にもノールが今どうなっているかを聞いていたらしい。
「わあっ、どうしてお前が! ヤバいよ、姉貴!」
「あの人は敵じゃないよ、安心して」
「安心?」
ゆっくりと、ルインはコーヒーカップをテーブルに置いた。
「今でも、本当に、そう思っているの?」
ルインの雰囲気が変わっている。
あえて、確かめさせるように言葉を紡いでいた。
「なにか、ボクは変なこと言った?」
「いえ?」
ルインはノールから目を離す。
「試したの、貴方を。覚えている? 貴方はつい先程まで、R・クァールだった」
「ついさっき知ったよ、知りたくもなかったけど。ボクがR・クァールだった時になにかあったの?」
「ひとまず、R・クァールは味方だった。向こうから桜沢一族と同盟を組んだから。その過程で法王も倒すには至らなかった。作戦は失敗したの。でも、得られたものの方が大きかった」
「そういうことがあったんだ……」
腕を組み、ノールは考えごとを始める。
「あと、そこのゴスロリ」
「ア、アタシ?」
かなり焦りながら、エールは答えた。
「流体兵器がお前の能力か?」
「そうだよ、悪いか!」
「悪い。お前は私に手を出した。意味の分からない不意打ちで攻撃をし、私に土をつけた。これは許せない、万死に値する。この恨みは今ここで晴らさねばならない。そのために目の前にいるお前を討つ」
ルインは表情一つ一切変えずに言い切る。
「本気でアタシを殺すつもり? 姉貴、なんとかしてよ」
「エール、ルイン。静かにしてくれる? 今、考えごとをしているの」
「エール? そのゴスロリが?」
ルインは白けた表情をする。
「R一族なのね。しかも姉貴ってことは姉妹なのか」
愚痴を語ってから、ルインは部屋を出ていった。
「な、なんだよ、あのネコ人。あんな化物とよく仲間になれたな。人外だよ、あんなの。神話に出てくる連中だって勝てねえよ」
「そう、エールには見えたの?」
「あいつ、アタシの能力を看破したんだ。権利も効かず、流体兵器でも倒せなかった。本当に化物だな」
「流体兵器? あれ、それは敵の能力だったような? それが、エールの能力だったんだ」
ようやくノールの中で、作戦中になにがあったのか理解できてきていた。
ヴィオラートでの作戦以降、何事もなく日々が過ぎた。
ノールにもR・クァール化などの変化の再兆候もなく、ただ平和な日が。
だが、法王との戦いを境に別の変化が起きていた。
リュウ、テリー、エージがいつまで経っても屋敷へ戻らず、桜沢有紗も屋敷に一切姿を現さなくなっていた。