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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
76/294

黒幕

「話している途中だった?」


ラフな格好をしている若い男性が、アクローマ、アズラエルに声をかける。


「もう終わった」


非常に強い敵意を見せながら、アクローマが答える。


「そう、良かった。今から貴方と対話がしたいな、アクローマさん」


全く敵意のない優しげな頬笑みを若い男性は表情に浮かべる。


「こちらから話すことなどない」


「貴方に戻ってきてほしい」


「戻れ? クロノスに戻れとでも言うつもり?」


「私たちは以前から同志ではありませんか」


「貴様など同志ではない!」


怒りが爆発したアクローマは怒声を上げる。


彼女の周囲にはプラズマのような覇気が現れ、天使の二翼の羽が八翼へ変化する。


アクローマは怒りに任せて光体化していた。


アクローマの戦闘態勢への移行を確認し、アズラエルも手のひらに若い男性のビジョンを作り出す。


「私たちは最初から最後までR一族派だ。それが揺らぐことは一度としてない。ここで刺し違えてもお前たちを倒す」


「やっぱり、アクローマさんも結局オレたちから離れてしまうんだ。貴方を本当の仲間だと思っていたのに。貴方に限らずオレたちを離れたR一族派の人たちは皆そうだった。その様子からすると、アズラエルさんも?」


「そのようですね」


「そっか……ジリオン、貴方にお任せするよ」


落ち込んだ様子で、ラフな格好している若い男性は謁見の間を出ていく。


残ったジリオンが腕を組み、アクローマ、アズラエルを見据える。


「クロノス、ジェノサイドに所属していた貴様たちなら分かるだろう。既に分かる通り、R一族並びにR一族一派の者たちは全て指名手配者となっている。今ここで死ぬことも致し方ないと思え」


「なんなのそれ、私たちが一体なにをしたっていうの?」


「権利にすがり、自由を与えないR一族及び一派の者たちは存在自体そのものが悪だ」


「なにを言ってんのよ? それが理由になっていると本当に思っているの?」


アクローマの問いかけの瞬間、ジリオンの身体に異変が起きる。


その異変は先程の戦いでノールの身に起きた“潰す”という状態と一緒だった。


肉塊と化したジリオンだったもの。


それは、ほんの一瞬の出来事である。


「やった!」


歓喜の声を上げ、アクローマはガッツポーズをする。


今の一瞬で起きたのは単純にアズラエルがスキル・ポテンシャルのハンドを扱いジリオンを潰しただけ。


「こんな簡単に食らってくれるとはねえ。さーて、殺るからには徹底的によ。動かなくなった相手程、安心させてくれるものはないわ」


嬉しそうに笑いながら、一刀の魔法剣をアクローマは作り出す。


アクローマは両手で魔法剣を持ち駆け出すと、剣の切っ先を地面スレスレで走らせた状態からスイングする形で肉塊となっているジリオンを一気にぶった切る。


「随分と楽しそうだな、オレを斬るのがそんなに楽しいのか?」


アクローマは声を聞いた。


それが自らの真後ろから響くと悟ったアクローマの胸、心臓付近を大剣が刺し貫いていた。


「ぐう……ぅ……」


態勢を保てなくなり、アクローマは膝をつくようにして倒れる。


いつの間にかアクローマの背後にいたジリオンはアクローマが倒れるのを利用し、スムーズに大剣を引き抜いた。


そして、即座にアクローマの首を斬り落とそうとする。


「遅い」


再び、アズラエルがジリオンを潰す。


ついさっきと同じように肉塊と化したジリオンは床に落ちた。


「なんでしょうか、これは。スキル・ポテンシャルの分身(ダブル)ですかね。ところで、アクローマ。いつまで寝ているつもりですか?」


「気づいてた?」


怪我をしていても至って普通にアクローマは立ち上がる。


「貴方が、わざとらしく言葉を発して倒れたからですね。今も昔と変わらぬ“同じ戦い方”ならばまず間違いない」


「あら、そうなの? 一体どう思われているのかしら?」


言い終えた後、アクローマは最上級回復魔法エクスを詠唱する。


端から見れば致命的なダメージを負っていたアクローマだが、治癒後と前とでは怪我が消えた程度で変わりない様子。


「にしてもなんなの、ダブルでも使ったの?」


自らを刺し貫いた方のジリオンをアクローマは全力で蹴飛ばす。


「私もそう思いました。ですが、二人とも間違いなく手応えがあった。不思議だとしか言えません」


「答えは簡単。二人ともオレであり、本物だということだ」


アクローマ、アズラエルともに声がする方へ振り向く。


三人目のジリオンが謁見の間へと入ってきたところだった。


「ジリオン、それがどういう意味か分かるか? 無数という意味であり、それがオレのスキル・ポテンシャル。分かってしまえば、ただそれだけ。数が多くなるでしかない」


ジリオンは復活の魔法リザレクを詠唱する。


先に倒したはずの二人のジリオンが起き上がった。


「まだまだ、三人目だ。少しは楽しませてもらわないと」


三人となったジリオンが一斉にアクローマ、法王を襲う。


「アクローマ、分かっていますね!」


法王は即座に手のひらへジリオンのビジョンを現す。


「手加減しろって? 一番厄介な相手じゃない」


アクローマからは炎のオーラが感じ取れた。


アクローマは天使族でありながら、荒廃の天使という異名がある程の極めて優秀な炎人魔法の使い手。


「てやっ!」


法王は手のひらにあるビジョンを潰し、一人のジリオンが半死半生のダメージを受け、床へ横たわる。


それは死なない程度に、手加減されたダメージ量で。


「やはりか……」


法王はジリオンの能力の強みに気づく。


通常なら、いくら数が増えても能力の発動者さえどうにかできれば能力の発動も立ち消える。


しかし、ジリオンの能力は一人一人が本体であり本物。


一人をなんとかしてもジリオンは止まらない。


二人同時に攻撃を仕掛けてきたジリオンの前にアクローマが立ち塞がった。


一人のジリオンがアクローマを腰辺りから両断するため、大剣を横合いに薙ぐ。


軽くアクローマは大剣を受け止め、大剣は握られた部分から爆ぜ、真っ二つに折れた。


「そんななまくら程度じゃ、なにも斬れやしない」


アクローマは一気に大剣が折られた方のジリオンに急接近し、ジリオンの顎付近を狙った掌底打ちを放つ。


狙いは当然、言葉を発せなくさせるため。


攻撃でジリオンの顎付近から吹き飛び、ジリオンは倒れた。


とはいえ、もう一人ジリオンは残っている。


今さっき顎を吹き飛ばしたジリオンに注意が向いているせいで、もう一人のジリオンはアクローマを肩辺りから両断するため、大剣を振り被っていた。


直後、アクローマの肩目掛けて大剣が振り下ろされる。


だが、肩に大剣が当たった瞬間、先程と同じように当たった部分から大剣が爆ぜた。


「あれー、言っていなかったっけ? 身体にふれたら爆発すんのよ」


口元目掛けて回し蹴りを放ち、ジリオンの顎付近を爆破させた。


執拗に口元を狙う理由は回復及び蘇生魔法の詠唱阻止。


この手の手合いは半殺しすれば完封なのを、アクローマもアズラエルも経験則的に知っていた。


「はい、制圧完了」


アクローマは溜息を吐き、足元に横たわるジリオンを踏みつける。


「どうして、私とアズラエルがクロノスにいると思ってんの? 手に負えなくてアンタらが頭を下げたからじゃないの。それなのに、舐め過ぎじゃない?」


アクローマは法王に視線を送る。


「アズラエル、さっきの奴を殺して」


「ええ」


法王の手のひらにラフな格好をした若い男性のビジョンが現れた。


その瞬間だった。


アクローマが踏みつけているジリオンに異変があったのは。


「ん?」


アクローマは視線を足元のジリオンへ移す。


ジリオンの首が斬り落とされ、絶命していた。


他の倒れていたジリオンが死力を尽くして、折れた大剣を放り投げ、首を切断したらしい。


再び、謁見の間の入口から見覚えのある者が現れる。


新たな四人目のジリオンがそこにいた。


「舐めてなどいない。だからこそ、今作戦にクロノスの最強戦力を二名投入したまでだ」


新たに現れたジリオンが語る。


そのジリオンの行動は早かった。


倒れているジリオンには最上級回復魔法エクスを、死んだジリオンには復活の魔法リザレクを放つ。


三人のジリオンが次々と起き上がる。


それと同時に新たに現れたジリオンは自らの腹部へ大剣を突き刺す。


四人目のジリオンは死に、再び新たな五人目のジリオンが謁見の間へ現れた。


「そんな……そんなことが……」


アクローマの顔から血の気が引いた。


自らを殺害するだけでも能力が発動する。


つまりは戦う前から複数で襲いかかるのも可能だった。


「貴様らも強いが、オレ自身も強い。貴様らにはオレの能力を教えてやろう。別に死んだ瞬間しか能力が発動しないわけではない」


ある一人のジリオンが大剣を振るう。


いつの間にか、ジリオンの数がまた一人増えていた。


「このように大剣を振るった時にでも数を増やすことができる。勿論、それ以外でも。あえて、死した時にだけ増えるようにしたのはそれだけ数多くの人数で戦わざるを得なかったと敵の強さを称賛するためだ」


どんなに強くてもジリオンに勝つなど不可能だった。


恐るべき無限ループに陥ったアクローマたちは酷く消耗していく。


そして、ジリオンが十数人となった時、アクローマたちは戦いを止めた。


円形の封印障壁を張り、障壁内へと立て籠もった。


立て籠もっても既にアクローマたちは満身創痍である。


「………」


封印障壁を無言でノックしてジリオンは出るよう促す。


「………」


それをアクローマ、アズラエルは無言で返す。


反応したくてもできない。


行動自体が今の彼らには苦痛となっていた。


「……そうだ」


ぼうっとした様子で視点が定かでなかったアクローマの目に覇気が漲る。


魔力切れを起こし、回復魔法も扱えず全身傷だらけで最早一歩も動けなかったアクローマ。


だが、アクローマは死の淵に追いやられ、なにかを思い出していた。


「そう、だったわ。私はこんなところに籠もってなにをしていたの。死ぬためにここにいて間違っても逃げて生き永らえようなんて思っていなかったのに。クァール様のお代わりない姿を見られて、私は……惑ってしまった」


床に手を置き、アクローマは立ち上がろうとする。


それを行えるだけの体力も魔力もアクローマには残されていない。


そこへ傍にいたアズラエルが強くアクローマの腕を握った。


「アクローマ」


自ら同様に傷つき弱っている法王が優しく頬笑む。


すると、法王に残されていたわずかばかりの魔力がアクローマへ全て移されていく。


「同志よ。また、会いましょう」


「ええ」


魔力切れから復帰し、アクローマは立ち上がる。


同時に周囲を覆っていた封印障壁が消えていく。


封印障壁を発動させていた法王の魔力切れで。


複数のジリオンたちは封印障壁が消えても攻撃をしない。


彼らの覚悟を悟ったらしい。


「今、ここが勝負の際……」


速攻で詠唱する魔法。


謁見の間全体が軋み出す程の魔力量だった。


それは自身を起点に大爆発を起こすデトネイトという炎人魔法。


「弾け飛べ!」


激しい閃光とともに爆発が起きた。


酷い衝撃波により崩壊し、一帯は瓦礫の山と化す。


粉塵が巻き起こる、その爆心地から起き上がる人物がいた。


それは、アクローマでも法王でもない。


スキル・ポテンシャルを解いたジリオンただ一人だった。


「………?」


不思議そうにジリオンは周囲を見渡す。


炎人魔法デトネイトの発動で、確かにあの二人は死んだ。


疑問を抱いたのは、その瞬間だった。


あの魔力量は一体なんなのだろう、と。


「終わった?」


ラフな格好をした男性がジリオンへ近づく。


すすや土埃が服についているが気にしていない。


「彼らは非常に強かった……R・クァールの筆頭戦力だっただけはある」


疲れたようにジリオンは元々は謁見の間だった床に片膝をつく。


問題ないように見えたジリオンもまたギリギリだった。


ジリオンはスキル・ポテンシャル無数でいくらでも増えるが、ジリオン自体の魔力量は有限。


多くなればなる程にジリオンの戦いは有利になり、厳しくもなってしまう。


「勇敢だね、アクローマと法王は。そうでもないと、人の上には立てないのかな」


ラフな格好の男性は親しげに語る。


ジリオンがなにも問題なく自らのスキル・ポテンシャルを扱え、最上級回復魔法や復活の魔法を連発できるのは魔力の供給源をこの男性が担っているから。


「そうだろうな、彼らの場合は。これからもお前がお前の心に誓ったように世界を変えるといい。自由はお前が説いてくれたようなものであるべきだ」


「でも、最近ではこうも思うんだ。今まで説いたことがR一族派の人たちに受け入れられないのはなぜなのかと。自由であるよりも、過去の高圧的なR一族の権利による支配体制が今現在よりも良いのか……オレにはそれが理解できない。でもそれが、オレの信念を揺らがすには決して至らないけどね」


「………」


ラフな格好の男性の前に下がるようにと、ジリオンは手を差し出す。


彼らのいる地点から離れた場所に空間転移のゲートが開く。


そこから現れた者は、エージだった。


空間転移を扱ったのなら本来ならアクローマの宮殿前に現れるようになっているはずだが、結界が外れたらしい。


「あっ」


二人を視認したエージは一言発してから、その場を動かない。


「エージさん」


ラフな格好の男性がエージに声をかける。


「こんなところでどうしたの、“タルワール”? 周りを見て大体把握したよ、もうとっくにアクローマは殺した後だよね? オレも殺したいの?」


「ああ、その通りだ。オレが殺した」


ジリオンが腕を組み、答える。


「だが、お前は殺さない」


「どうして?」


「無抵抗の者を傷つけるなど戦いとは呼ばない。まして、今のお前は指名手配者ですらない」


「オレが指名手配者じゃない? 君は自分がなにを言っているか分かっているの?」


「罪を償うべき対象となる者たちの家族がもうお前を記憶していない。人間だけを殺し続けていたことが幸いだったな」


「話が違う……オレと戦え!」


ジリオンに戦闘意志がないことを悟ったエージは焦り始める。


「拒否します」


次にタルワールが答えた。


「どうやってかは知りませんが、シナリオを見ましたね? 貴方の見た通りになどなりませんし、オレたちもそのようには動きません。この話はもうここで終わりです」


「ま、待て! どうしてオレがシナリオを見たことを……」


「エージ」


ゆっくりとジリオンがエージに近づく。


そして、エージの手に名刺を握らせた。


「そこに、私の番号が載っている。私はジェノサイドの創始者であり、執行者のジリオンだ。よろしく。もしその気があるのならば、貴様もジェノサイドへ来い。期待しているぞ」


親しげに優しくジリオンは語り、エージの肩に手を置く。


ジリオンは普段自らを私と呼び、戦意や覇気が高ぶった時には自らをオレと呼ぶ傾向がある。


つまりはもう戦う気など一切なく、さも当然のようにエージをスカウトしていた。


優れた者ならどのような悪鬼でもスカウトするのが、タルワール・ジリオンともに共通していた。


「ジリオン、帰りますよ」


タルワールが異世界空間転移を発動する。


その瞬間、タルワールとジリオンが姿を消した。


「オレは……どうすればいいんだよ」


残されたエージはなにもできなかった自らに歯噛みした。


戦いを止めたエージは、いくら強くても怖くて戦う気力がない。


綾香の故郷の世界ルーメイアが幻人たちに壊されていくのをただ黙って見ていたのもそれが原因。


そんな自らができることは、命を懸けること。


自らの死を切っかけにルインや綾香に発破をかけようとしたが失敗した。


あの二人以外にも敵がいると考えたエージは、このまま黒塗りの屋敷にも帰れず、一度姿を消すことにした。

登場人物紹介など


R・タルワール(年令440才、身長170cm、天使の男性、出身地は不明、非常に生真面目な性格。スキル・ポテンシャルは“権利”。クロノスの総帥。R一族及びR一族派の者たちを駆逐している。身なりが悪いのは手にした資産を全て恵まれぬ人々へ寄付したり、構成員に資金援助を行っているから。総帥でありながら構成員の者たちから奢られたり、お金を貸してもらうのはいつものこと。そんなタルワールを構成員の者たちは率先して助け合おうとする程に好意好感を持たれている)


ジリオン(年令242才、身長191cm、種族は人間、出身は不明、普段軍人職に就いているせいか性格は軍人教官風で見た目も屈強な軍人。武器は大剣。スキル・ポテンシャルは“無数”。ジェノサイドの創始者でジェノサイド最強の執行者。タルワールに戦闘能力は一切なく、ジリオンの死がそのままクロノスの終焉に直結すると言われる程の重要人物)

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