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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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法王の考え

時を遡ること、数十分前。


ノールと杏里は法王がいるだろうと思われる棟を屋根伝いで歩いている。


ルインたちが聖堂正面から囮役として乗り込んだおかげで見張りの僧兵がおらず、二人は簡単に侵入ができていた。


「強い魔力の反応があるから、この先に法王は居そうだよ」


屋根伝いを軽快に進むノール。


それとは異なり、杏里はとても進みにくそうにしている。


屋根の傾斜に杏里は苦戦していた。


二人には若干の距離があり、杏里のためにノールが時々立ち止まるのを繰り返している。


「ノールはどうしてそんなに早く進めるの?」


不満を語りながら、杏里はノールに追いつこうとしている。


「足の裏に魔力を集中させればいいの。そうすれば、角度にも影響されない」


「それって魔力体だからできること?」


「さあ? ボクにはよく分からない」


そうこうしている内にノールは先に進んでいき、ある場所で立ち止まる。


「杏里くん、この下の階にいると思う」


ノールは屋根にふれると水人能力を駆使し、逆さ氷柱を作り出す。


その後、事前に用意しておいたロープを縛りつけ、窓から侵入できるようにする。


「古典的な侵入法だけど、窓から侵入するから。杏里くん、お先にどうぞ」


「準備したのに、ノールが先に行かないの?」


「ボクが制御していないと多分この氷柱、つるっと行くと思うよ」


「もしかして地面まで? それなら、ボクが先に行くよ」


杏里は先にロープを降りていく。


音も立てずに窓ガラスを割り、窓から杏里が室内へ入った瞬間、物凄い爆発とともに輝く光線が壁ごと破壊しながら闇夜に放たれた。


「今のは……神聖魔法ハルマゲドンかな? ルーシェが使っていた」


特にノールは杏里を心配していない。


杏里もまた自らと同じく覚醒化でき、あの時程のダメージは受けないと考えている。


ひとまず、ノールは水人化し全身を水蒸気化させると法王がいるとされる室内で実体化した。


室内は酷く雑然とし、灯りも点いていない。


室内を一通り眺めていると部屋の隅でのびている杏里を見つけた。


「ちょっと、杏里くん。覚醒化しなかったの? しなくとも魔法障壁を張ったりすれば……」


心配しながら、ノールは杏里に近寄る。


「あれ? 杏里くん、怪我していないの?」


気を失っている杏里の様子を見て、結構怪我をしているのだとノールは思っていた。


「そちらの方は、クァール様のお連れの方ですよね?」


なんの気配もしなかった室内から男性の声が聞こえ、ノールは声がする方へ視線を移す。


司祭のローブを着て、どこか神聖なオーラをまとう、徳の高そうな人物がそこにいた。


「急に窓から入られたので、とっさに魔法を放ってしまいました。最上級回復魔法のエクスを扱いましたので、お怪我はなされていないと思います。今は……それよりも」


男性は涙を流す。


「クァール様、とてもお会いしたかった。私はこの時をどれ程待ち焦がれていたか……」


先程から、ノールをクァールという名で呼んでいる。


ノールにはそれが非常に気に障った。


「ボクは、クァールではないよ。ボクの名前は、ノール。分かってほしいな、法王さん」


ノールの問いかけにムッとしたのか、法王は涙を拭う。


「口を慎みなさい、貴方に問うてなどおりません。我先に身勝手にも貴方が発言してしまえば、クァール様が困惑なされてしまう」


「はあ?」


「まさか、自らの役目をお忘れか?」


「意味が分からないな。でも、ふざけたことを言っているのは分かるよ」


「私の話す意味が分からないはずがないでしょう。自らが行うべき事柄を貴方自身が一番理解しているはず。クァール様へと一刻も早くその身体を返さねばならない。貴方に、それ以外の存在理由は生まれながらにしてありません」


「初対面の相手にそこまで言うなんて相当ボクが嫌いなんだね。それが最後の言葉でいいかい?」


臨戦態勢に移るノールを前に、法王は頬笑みを見せる。


法王は能力を高め、手のひらを宙へ向けた。


すると、法王の手のひらに所謂手のひらサイズの小さなノールのビジョンが現れた。


法王は手のひらサイズのノールの右腕を掴み、上空へ向かって掲げた。


「えっ、ちょっ、ちょっと!」


すぐに変化が現われた。


ノール自身が、その手のひらサイズのノールと同じ動きを強制的に行わされたのである。


「な、なにこれ? 腕が……」


自らの意思であるかのように右腕を高々と上げている。


直感的にようやくノールは気づく。


恐ろしい事態が起きていると。


法王が具現化した自らと似たビジョンと、強制的に行わされた自らの行動が酷似している。


顔から血の気が引き、即座にノールは法王を殺害するため、一も二もなく駆け出す。


一刻も早く手のひらのビジョンを消させる必要があった。


対して法王は手のひらのノールの右腕をさらに強く引っ張り肩付近から引きちぎる。


「うあぁ……!」


動作の影響は即座にノール自身にも現われた。


ノールの右腕は突然肩からちぎれ、鮮血が散った。


「うぅ……ああ……」


ちぎれた右肩を押さえ、ノールはよろめきながら床に座り込む。


この時、ノールは水人化して身体を元に戻そうとした。


だが、ビジョンに現されているせいか、水人化自体が不発に終わる。


「貴方に今一度聞いてほしい大切な話があります。その身体をクァール様へ返して頂けないでしょうか。たったそれだけで貴方が忘れていた唯一の存在理由も満たされ、その痛みや苦しみからも貴方は解放されるのです」


「そんなことするか!」


流血する右肩を押さえながら、ノールは叫ぶ。


「理解をしてください」


法王は手のひらのノールのビジョンをゆっくりと掴む。


「や、やめて……それだけは……」


ノールは酷く怯えた声を出す。


なにをするのかが、ノールには分かってしまった。


「………」


今までと異なり、法王の動きが止まる。


法王からは罪に対する意識も感じられた。


「許されるとは思っておりません」


ノールのビジョンを法王は鷲掴みにし、握り潰す。


今まで聞いたことのない、内部からの音をノールは聞いていた。


そして、ようやくノールは自身が床に倒れていることを知る。


全身を襲う強烈な痛みが、痛覚を認識できるレベルを超え、逆に痛みを感じなかった。


ノールは床にうつ伏せに倒れたまま、決して動くことができなかった。


「もう、止めにしましょう」


法王は近づき、ノールに語りかける。


「貴方の身体は完全に崩壊しました。これ以上、貴方を追い詰めたくはありません。さあ早く、クァール様へ」


「うぅ……」


心が折れ、ノールは泣き出す。


もう呻くのが精一杯だった。


「仕方ありません」


手のひらのビジョンを気を失っている杏里へ法王は変える。


一切の身動きが取れないノールの視線の先へ移動してから。


「ノールさん」


ノールに呼びかける。


「これが見えますか?」


法王の手のひらに杏里のビジョンが見えた。


ノールにはそれがいかに恐ろしい事態かが即座に分かる。


ただ、意識を失っている杏里にはそれを止める術がない。


「………」


歯を強く噛み、ノールの目には涙が伝う。


ノールが覚悟を決めた瞬間だった。


「お連れの方が一体どうなってしまうかは貴方が……」


一度、法王が杏里へ視線を移した時。


「法王」


ノールの声が聞こえた。


ふと、法王が視線をノールへ戻すとノールは身体の怪我が完全に癒えた状態で立っていた。


「ほう、この能力の隙間に気づきましたか……」


ノールが当たり前のように立っている姿を見て、法王はたじろぐ。


この法王の能力、スキル・ポテンシャル“ハンド”には弱点があった。


手のひらに現れたビジョンで対象を自由に操作でき、映されている状態で対象を維持できるが、手のひらに映されていなければなんの効果もない。


ただし、その状態へ移行しているということは既に法王が対象を握り潰した後なので、通常なら即死か心が完全に折れ、法王とは二度と戦えない。


簡単に言えば、ビジョンを出した時点で法王が100%勝つ。


確かに今まではそうなっていたが、ノールは違った。


「杏里くんに手を出すな!」


水人能力を駆使し、水竜刀を両手に出現させる。


そして、覚醒化するとノールは一気に法王へ突撃をかけた。


ノールの魔力のオーラは法王でさえ今までに感じたことのない程に強力なものだった。


「これは、クァール様のオーラではない。まさか貴方自身の力なのか……」


危険を察知した法王は、回避を優先させた行動を取る。


水竜刀を振るっても、ノールの攻撃は当たらない。


法王は回避している間に、手のひらのビジョンを杏里からノールへ戻す。


その後、ノールの水人能力を封じるため、禁止令を発動させた。


手に持つ水竜刀が立ち消えても、ノールは立ち止まらず、両腕に強く魔力を集中させた。


しかし、今の状況は先程よりも分が悪い。


「ボクにもっと力があれば……」


さらなる力をノールは望んだ。


今まさに自らのビジョンを握り潰そうとする法王を目前にして。


ふいにノールは身体が軽くなるのを感じた。


決して先手を取れぬ状況が変わり、ノールは法王へ掴みかかる寸前まで迫った。


「これ程までとは……」


ビジョンを握り潰そうとするのを止め、法王はノールから再び距離を取る。


今度は逃げつつ、握り潰そうとしたが法王の腕に力は入らない。


気づくと既に法王の片腕はなくなっていた。


「………」


法王の目前には、手刀で斬り落とした自らの腕を持つノールの姿があった。


静かにその場に佇み、ノールは法王を見ている。


その光景に法王は恐怖を覚えた。


命に代えてでもクァールへ転生させたかったが、その器がまさかここまでとは思い至らなかった。

登場人物紹介など


法王アズラエル(年令342才、身長171cm、出身は聖域フリード、冷静そのもので紳士的な性格。とある宗教の神を信仰する聖職者の筆頭。日々神を崇める行動や運動を欠かさず行なっているが、そもそも神を信じていない。信仰は日課であり単なる趣味。スキル・ポテンシャルはハンド。一見すると弱そうに見えるが、ハンドのおかげで常勝不敗)


ハンド(対象となる者、物を自らの手のひらにビジョンとして現し、自らのもう片方の手でビジョンを操作できる能力。ビジョンを操作すれば対象そのものにも効果が及ぶ。必ず自らの右手と左手だけで操作する必要があり、それ以外の行動ではなんの影響も及ぼさない。また、映し出されたビジョンによって影響の範囲が変わる。例えば、ノールなら握り潰せるサイズにしたため範囲は狭く、ルインの場合は指で押し潰せる大きさにしたため空から杭が降ってきたようになった)

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