対流体兵器
「鏡でも見ているかのようだわ。流体兵器の登場ね」
さも当然のようにルインは語る。
「見た目以外にも能力も同じになるのが本当なのか確かめてやる」
のびのびと片手を伸ばし、もう片方の手で肘を掴みながら背伸びをする。
「綾香、エージ。手出しは無用よ、私に任せなさい」
「あの小綺麗な方が勝ったら面白いな。こっちのは薄汚いから」
地面に押し潰され、砂が身体や服についているルインを見ながらエージは話している。
「ルイン、頑張ってね」
「私が負けるなんて有り得ないじゃない。あと、バカ犬。流体兵器の次はアンタだから」
ルインは一気に駆け出す。
ルインの強烈なストレートが、流体兵器側のルインの顔へ叩き込まれた。
自らと同じ能力という前情報からほとんど手加減なしで殴ったせいか、流体兵器のルインは顔どころか全身がグチャグチャに弾け飛んだ。
血液などは水のように透明で、特に血や肉の臭いもしなかったとはいえ、ルインの気分を著しく萎えさせた。
「うわっ、グロ……あんな死に方なんて絶対に嫌」
「最後はあんな風に死ぬと思うよ、オレもルインも。強くなれば強くなる程、決まって壮絶な死が待っている」
「やっぱり、そうなのかしら……」
ルインは流体兵器のルインが吹っ飛ばされた方を警戒している。
流体兵器のルインは、いつの間にか身体が完全に再生された状態であった。
「砕け散ったわりには復活がお早いようで。疑似的な魔力体……かな?」
ルインは構えもせずに、流体兵器のルインを眺めている。
「なにをしている? 攻め込まれている側が棒立ちでは、なにも進展しない」
イラッとしたルインは流体兵器のルインと距離を詰める。
先程と同じようにルインは流体兵器のルインに攻撃を加え、一撃で粉砕した。
「………」
再び目にする姿に、ルインのモチベーションは下がる。
直視できず、目を背けていた。
「これは精神的なダメージがキツイ。もう無視して先に進まない?」
「あっ、そうだ。ルインがここに残って、あれを何度も殴り倒していればいいんじゃない?」
「だからそれが嫌なんだって」
失笑気味にエージに言われ、ルインは流体兵器のルインへ視線を移す。
ふざけたことをエージが抜かした時は、敵を倒し切っていないとルインは知っている。
「ん?」
ルインは流体兵器のルインが一気に距離を詰めていたのを目で捉えた。
それは恐るべき速度で、一番最初に自らが殴りつける際に見せた速度とほぼ変わらない。
ルインの右頬に流体兵器の拳が突き刺さる。
反動で思いっ切り地面へ叩きつけられ、ルインは地面を何度か転がった。
「ぐぅ……」
片手の力だけで身体を振り上げ、ルインは一気に立ち上がる。
ルインの右頬は赤く鬱血している。
右目や鼻から血が流れ、口からも血が流れていた。
ルインは地面の方を見て、口を開く。
血が流れ出たとともに、白いものも地面へ落ちた。
そこには、砕けたり抜け落ちた数本の歯があった。
「なるほど、そういうことか」
至って普通にルインは話している。
「弱いから動きを見せられなかったのではない。能力が今そこにないからだった。強さを教えたのは、私だったのか。やってくれたじゃないの」
「ルイン、大丈夫!」
綾香がルインに呼びかける。
「ええ、大丈夫。私に任せて」
綾香に笑顔を見せ、流体兵器のルインに視線を戻すと戦闘態勢の構えを取る。
「私、久しぶりにこんなに怪我をしちゃった。こういう怪我をする程の相手を待ち望んでいたはずだったの。でも、お前のそれは違うんじゃないか?」
強い殺気が辺りを覆い尽くしていく。
凄まじい殺気に流体兵器のルインも動作が止まっていた。
「ちょっとだけ本気になる。だから真似をしろ」
ルインの姿に変化が生じ始める。
口には牙が生え、手は切り裂くために特化した鉤爪へと変化する。
その姿を見て、流体兵器のルインは大きく距離を取った。
流体兵器のルインは明らかに怯えている。
言葉も感情もまるで発しなかった流体兵器のルインがである。
「怯えているの? ふふっ、貴方に感情があるとはね。魔力体たちが貴方を見たらどう感じるでしょうね」
大きく距離を取ったにもかかわらず、既にルインは流体兵器のルインの隣に立っていた。
流体兵器のルインの頭部をルインは鷲掴みにする。
「聖帝の力を一つ見せてやろう」
瞬間、流体兵器のルインは頭部や顔から白い灰のようなものを散らせながら崩壊していく。
そのままルインが手を流体兵器のルインへ押し込むにつれて全身が崩壊していき、そこから消えてなくなった。
「この力も、この変化も随分と久しぶり。流石にどちらも流体兵器は真似できなかったみたい」
ルインは溜息を吐く。
「調子はどうだい、ルイン? かなり、スローテンポで欠伸が出そうだったよ。そういう殴られる趣味でもあるの?」
エージがルインの怪我の様子を見るため近寄ってきた。
「あとさ、いつまで面白い顔してんの? さっさと、エクス使えば?」
「未熟な弱い者が、せっかく勝ち取った大きなアドバンテージを私自らの采配でみすみす失わせたくないの」
「いや、全然意味分かんないよねー。ちょっと、追い込まれたくらいで本気出しちゃってたくせにさ、言うに事欠いて私は弱者の味方ですみたいなことほざいちゃってんの? うわっ、最高にカッコ悪くてみっともないわ。流石は頭がお花畑のルインさんらしいですね、尊敬しちゃいますよ」
「流体兵器の次はアンタだってさっきも言ったでしょ」
エージの胸倉を掴み引き寄せると、エージの頭を問答無用でがすがすとルインは殴る。
問題なのは、わずかばかりもエージは動じておらず、ダメージも全くないこと。
「ルインも気づいていると思うけど、向こうの棟からまた来ているよ」
自らのことなど気にもせず、エージは棟の方を指差す。
新たにルインの姿をした流体兵器が接近してきた。
先程とは異なり、流体兵器のルインの数が数体に増えている。
音もなく、殺気も放たず、まるで空気のように気配を微塵も感じなかった。
「手出しは無用よ」
「ははっ、ルイン。エクス発動」
エージの最上級回復魔法エクスの発動により、ルインの怪我は一瞬にして癒えた。
「クソ犬、アンタって本当に……」
「ルイン、今はもう君だけの身体じゃないんだ。ルインが傷つけば傷つく程、綾香が辛い思いをしちゃうの。分かってくれないかい?」
「……綾香には、少しだけ刺激が強過ぎたのかな」
不敵に頬笑むとルインは流体兵器のルインを見つめる。
一度、完全に勝負がついてしまった状況で数を増やした程度では変化したルインに流体兵器が勝てるはずがない。
一気にルインが流体兵器のルインたちに迫り、足を鉤爪で切断し行動不能にさせると聖帝の能力を駆使し、消滅させる。
ルインは意気揚々と非常に楽しそうに戦っていた。
「あの、エージ君」
ルインの戦いを眺めながら、綾香がエージに問いかける。
「あれが、ルインの能力なの?」
「違うよ、ルインの能力じゃない。あれは、聖帝から輸血して扱えるようになった能力なんだ。聖帝には能力が……つまりは、スキル・ポテンシャルが複数存在している。そのうちの一つ、事象を消滅させる能力をルインは得ることができたんだ」
「聖帝って、テリーちゃんよね?」
「現聖帝じゃなくて、前聖帝から輸血したの。普通なら輸血をした瞬間に即死するはずなのに、ルインと……ルインは違ったんだよ。デメリットに耐えきれる元々強い奴がさらに強くなれただけの話。で、能力はあの姿に変化した上で手のひらでふれないと発動しない。インファイターのルインなら普通に殴った方が強いよね? 意味ないよなあ」
ルインの話をしている時のエージはとても楽しそうだった。
毛嫌いな反応をしている割には、優秀な仲間がいて嬉しいとでも言いたげ。
「エージ君は、ルインを褒める時にいきいきしているよね。私は二人が仲良くしている方が好きだな」
「………」
恥ずかしそうにして、エージはなにも話さなくなった。
「ねえ、綾香、エージ」
流体兵器たちを消滅させ終えたルインが近づいてきた。
「もう邪魔者はいない。あの棟へ入りましょう」