別行動
行動を開始したノールたちはヴィオラートの世界へ現れた。
現れた場所の周囲は見渡す限りを森林が覆っている。
時刻は夜の三時頃。
普通なら身動きも取れない程の暗さだが、別に五人全員が気にしていない。
「なんだろう、木のこういった独特な匂いって苦手なのよね」
ルインが鼻に手を当てる。
ネコ人で鼻が効くせいか、文句を語っていた。
だが、イヌ人のエージは別になにも言わない。
「早く、聖堂の方へ行きましょうよ」
ある方角をルインは指差す。
うっすらとだが、その方角に光が見えた。
「そうだね、急ごうか」
ひとまず、事前に決められていた通り、ノールたちは二班に分かれ行動へ移る。
囮役となったルイン、綾香、エージの三人はなにも恐れることなく一直線に光が見える方へ向かう。
暗殺班のノール、杏里は光が見える方角を注視しながら気づかれずに建物へ侵入する経路を探った。
「さて、ここまで来たけれど、どうやって私たちの存在を彼らに分かりやすく知らせる?」
この世界に現れた場所から五分もかからぬうちに、聖堂の敷地へ入る鉄門前までルインたちは辿り着いた。
「ここは貴方たちのような者が来ていい場所ではありません。お帰りください」
当然だが、鉄門前には槍を手にする番兵がいた。
彼の背後に見える聖堂は通常の教会と一線を画する荘厳華麗な造り。
この世界では有数の勢力の強い宗教団体であるのは間違いなかった。
「うるさい、私に話しかけるな。ところで、綾香。私は一気に聖堂を叩き潰した方が良いと思うの。R・ノールの言わんとすることは分かっていても、囮役が破壊や殺戮を行わずしてどう目立てというの。私には分からないわ」
「聖堂ごと叩き潰すつもり? 流石にそこまでしたら私が怒るわ」
「さっきからなにを話している。さあ、早く帰りなさい!」
再び番兵は、ルインたちに声をかける。
話す内容から敵だと認識し、槍を向けていた。
「聖堂ごと爆発させちゃ駄目なの? だったら、これが一番かな?」
可愛らしくルインは頬笑む。
全ては綾香のために、とでもいう感じで。
続けて、ルインは番兵の槍の刃先を掴むと一気に引き寄せる。
番兵の筋力ではとてもルインの行動を阻めず、簡単にルインは槍を奪い取った。
刃先を握り込んでいたのに、ルインの手は怪我をしていない。
「貴方はどうしてこんな柔いものを持たされているの?」
ルインは槍の刃先を親指、人差し指で摘まむ。
そして、いともたやすく千切った。
力で千切ったにもかかわらず、槍は紙をハサミで切ったかのように綺麗に千切れていた。
「見ての通り、これは藁よ。子供ですら倒せやしない」
「わあっ……」
番兵は恐ろしさのあまり逃げ出し、鉄門を開いて敷地内へ入る。
即座に鍵をかけ、鉄門を動かせないよう必死に抑えだした。
「門と貴方の命、どちらが大事なの?」
鉄門の前に立ち、ルインは語りかける。
「さっきも話したけど、どうして貴方はこんなに柔らかいものを?」
鉄門の棒がある部分へ人差し指をつける。
その指をスライドさせていくと、簡単に鉄の棒は外されていった。
「うわあああ!」
殺されると確信した番兵は叫び声を上げながら、一目散に聖堂側へ向かって走っていった。
「こんな夜中にあの叫び声。私たちが来たことを知らせるには効果的でしょう」
鍵がついていてもお構いなしに、ルインは鉄門を全開させた。
「あんなに驚く程のものかしら?」
綾香は眠そうに語る。
「ちょっと、門をさわってみなさい」
「えっ?」
とりあえず、綾香は鉄門をさわる。
「いたっ……」
さわった瞬間、非常に強い魔力を感じた。
痛みを感じる程だったので、すぐに綾香は手を離した。
「強い結界が張ってあるわ。法王が張ったのかしら? 私でもこれを破るのは無理」
「侵入者対策のため、結界を張っていたみたい。この門や敷地内へ入る周囲一帯をね。それを目の前で指一本で破った。怖くて怖くて仕方ないでしょうね」
「でも、あの人は門を普通にさわっていなかった?」
「さあ? 内側なら問題ないとか、信者ならセーフにしているんじゃないの?」
三人は聖堂の敷地内へと入っていった。
近くまで来たおかげで敷地内の様子が分かってきた。
入口正面に大きな聖堂があり、その背後から百メートル程を離れた位置に別の大きな棟が見える。
そこはおそらく修行を行っている者たちが暮らす場所。
「多分、あっちの方に法王がいると思う。適当に時間を潰しながら、あっちの方へ行きましょうか」
聖堂には入らずに、その棟へ向かって歩いていると……
「いたぞ、あそこだ!」
続々と大量の僧兵たちが集まり出す。
「来た来た、ちょっとお姉さんが遊んであげましょうか」
ルインは地面を蹴り、一瞬で僧兵たちの前に移動した。
「さあ、恐ろしい怪物が現れた。貴方たちがどう戦うのか、貴方たちの神がどう救うのか、楽しみじゃないの」
僧兵の一人を片手で鷲掴みにし、空へ一気に放り投げる。
僧兵は聖堂の屋根を超えた辺りで落下し始め、その後なにかが屋根を突き破る音が聞こえた。
「………」
有り得ないものを目にしてしまった僧兵たちは驚きのあまり声もない。
「貴方たち、どうする? 私は貴方たちの神と金で契約していて、貴方たちの背中に羽を生やすことができるの。次はあの棟まで空を飛ばせてあげるから全員そこへ並びなさい」
「ふざけるな!」
数人の僧兵は恐れず、ルインに襲いかかろうとその場から動こうとした。
だが、動こうとした者は次の瞬間には全員ばたばたと倒れていく。
全てが絶命していた。
「今のは、私の行いではない。貴方たちの神が死ねとそこのゴミに吐き捨てたせい。分かるかしら、貴方たち、今日ここで死ぬの」
ルインはもう狂気の笑みが隠せない。
恐怖で一歩も動けない生き残りをどのように殺害するかで頭が一杯な様子。
遠目の方に援護で駆けつけた僧兵などがいたが、恐るべき殺気に圧され誰も近づけていない。
「なんだ、向こうにも……早めに済ませても……法王もいるから……」
脳内シミュレートしていたルインの肩に綾香は手を置く。
「もう囮の役目は済んだでしょう。あとは、ノールちゃんたちの援護よ。この人たちを殺す必要はない。分かったわね?」
「ええ……」
やる気がなくなったのか、ルインは半目になる。
「ルインを先頭にしてこのままあの棟まで行けば、戦う必要もなく入れると思うから早く行きましょう」
「はいはい」
つまらなそうにルインは語る。
そして、三人は僧兵たちを素通りして棟の方まで向かった。
「なんか、誰も来ないね」
先頭を歩いていたルインが語る。
恐れをなしたのか僧兵たちは誰も近づかず、聖堂辺りにいるだけで追いかけてこない。
「法王はノールが倒すにしても、流体兵器を操る者は私が倒しても構わないはず。早く私の前に現れてほしいな。じゃないと、暇で暇で」
「そう都合よく現れるかしら? 向こうも僧兵たちと同レベルだったら、まず無理ね」
「一体なんなのかな。浅はかというか、愚かというか。自らの大切なものを今まさに踏み躙られようとしているというのに。命くらい懸けたらどうなのと思うの、どうせ軽い命でしょう……」
そこまで、ルインと綾香が話した時。
突然、巨大ななにかが凄まじい勢いでルインたちを狙い、空から降ってきた。
酷い粉塵を巻き上げながら、地面へ落下したそれは巨大な杭のような形をしている。
「危なかったね、綾香」
間一髪、エージが綾香を抱き締め距離を取ったことで、その杭が押し潰した範囲から回避できていた。
「これ、なんだろう?」
エージは杭を見上げる。
それは、空の雲をも超える高さにまで到達する程の大きさ。
「これ、杭というよりは……指かな?」
「ルイン……?」
エージに抱き締められながら、杭のようなものを綾香は呆然と見つめていた。
自らはエージに救われたが、ルインはあの杭に巻き込まれ、潰されたのを綾香は見てしまっていた。
へなへなと力が抜けたのか綾香は地面に座り込む。
「大丈夫だよ、綾香」
一瞬の出来事に事態が把握できず混乱している綾香にエージは語る。
「あれで死ぬような女じゃない」
「エージ君……でも、ルインが……」
再び粉塵を巻き上げながら巨大な杭のようななにかが空中へ持ち上がり始めた。
綾香、エージはそれを目で追っていたが突然その杭のようなものは消える。
なぜ、今のように消えたのか二人には分からなかった。
「なんだったんだろう、今の? 法王の能力かな? だとしたら面倒な能力だね、突然頭から押し潰されるなんて」
特に問題なさげにエージは語る。
「そうだ……ルイン!」
綾香はルインが押し潰され、大きく抉れている地面を掘り始める。
パニックを起こしている綾香は手が傷ついても掘るのを止めなかった。
「綾香、どうしたの?」
地面の中から音を立たせ、ルインは立ち上がった。
ほとんど全身から出血していたルインだったが、少しもそのことに対して動じていない。
そんなことよりも、綾香がパニック状態になっていることを心配している。
「綾香、貴方の手が……」
自らの怪我など気にせず、地面に座り込んでいる綾香の手を握る。
「こんなに私のことを思っていてくれるなんて」
「当たり前でしょう……潰されて死んじゃったかと思ったわよ」
「エクス」
ルインが最上級回復魔法エクスを発動する。
綾香の手の傷は全て癒えた。
「貴方の怪我から治しなさいよ」
「大事な人からが先」
「二人とも、誰も死ななかったからお客さんが来たよ」
抉れた地面には降りて来なかったエージが棟の方を見ながら呼びかける。
綾香、ルインもそこから抜け出すと棟側からやってきた敵を確認する。
そこには、銀色の髪にネコのような耳が見え、腰には尻尾が見える女性がいた。
紛れもなくルインと同じ姿をした者がいた。