開戦
軍事国家ステイからの宣戦布告を受け、数日が経過した頃。
アーティらの指導によって、スロートの兵はなんとか戦いを可能とさせる程度になり始めた。
ここまで戦力増強ができたのは素早い発令と今度こそ国を守りたいという領民たちの強い意志によるもの。
しかし、時間的猶予は残されていない。
「クロノ様!」
城の応接間へ、偵察に出ていた斥候が入ってきた。
室内には椅子に座るクロノと、ライル、ルウの兄弟、そして杏里の姿があった。
今現在、この応接間が臨時の作戦会議室となっている。
「どうした、なにかあったのか?」
クロノが椅子から立ち上がり、尋ねる。
斥候のただならぬ様子からなにか不味いことがあったのだと感じ取る。
「ステイから主力部隊が出撃しました! その数、およそ五千! 将校風の者はおよそ五名となっています!」
「そうか、ついに……」
クロノは少し顔色が悪くなる。
「私は残りの隊長格の方たちに報告後、再度偵察に戻ります!」
急いで斥候は部屋を出て行った。
「主力部隊のおでましか、腕が鳴るな」
同じく作戦会議室にいたライルが言う。
クロノとは異なり、自信に満ちている。
「ああ、期待しているよ。スロートには、お前の力が必要だ」
ライルの反応がクロノには心強かった。
「なによりも、この戦争はオレの初仕事だからな。オレを加入したのが正しかったと思わせる程の戦果を挙げてやるよ」
握り拳を作り、腕を軽く上げると自信に満ちた声で話す。
「僕も兄さんと同じ気持ちだよ」
いつもライルと一緒に行動しているルウも自信に満ちている。
「ルウもライルと一緒にその力を発揮してくれ」
二人の力強い様子にクロノは次第に安心してきた。
「もうすぐ、他の皆もこの応接間に来るだろう。少しの間、お前たちも待っていてくれ」
「ああ」
ライルが頷く。
「悪しき軍事国家から小国を救う。ついにこのボクもヒーローになる時が来たようだね」
どこか楽しげに杏里は語っている。
夢見がちな女の子にしか見えないせいで、クロノは杏里が少し心配。
その時、応接間の扉が勢いよく開く。
「おう、聞いたぞ」
にやにやしながら、アーティが部屋に入ってきた。
「五千! 五千じゃないか! なあ、おい……少ねえじゃねえか。舐められたもんだな、スロートも」
ぐだぐだ文句を言いながら、アーティは音を立てつつ椅子に座った。
「全員揃ったら作戦会議するぞ」
それから十数分程度で、隊長格の者たち全員が応接間へやってきた。
「では、皆揃ったな?」
クロノは全員に話しやすい位置に移動してから話を始める。
「斥候からの報告を聞いただろう。スロートへ向かい、ステイの主力部隊が出撃したそうだ」
クロノの表情は険しい。
安心してきても、状況を口にすればどうしても気持ちは焦る。
クロノは立場上、スロート軍総大将となってはいるが、ほとんどの志願兵と同じくこの戦いが初陣。
戦う前から悪い予感を感じている。
「馬鹿野郎、戦う前から萎縮してどうする。その面、志願兵たちには見せんなよ」
釘を刺すようにアーティは語り、クロノの傍へ行く。
「オレは確かに強いが、オレでは人はついてこない。スロートで名声名高いクロノだからこそ、人はついてくるんだ。分かるな、お前が総大将なんだ。どんなに劣勢だと感じても意気軒昂に兵士を鼓舞するのがお前の役目だ」
クロノの肩に、ぽんと手を置く。
「悪かった、もっと早く理解しておくべきだったな」
「よし、これからはオレが代わりに話そう」
それを聞いて、クロノは先程座っていた椅子に腰かける。
「以前から決めていた作戦通りだ。スロートとステイを結ぶ街道近くに、一つ有効に扱えるスロートの砦がある。そこは、以前の侵略の際には素通りされた国境沿いの砦だ。その砦に今動かせる人員を全て集結させる。要は総力戦だ」
どこか、アーティはにやにやしている。
「砦へ人員を集結させるんだから、簡単に素通りされてはたまらない。とにかく目立ちまくって、引っ張り出すんだ。だから、砦近くへ潜伏する部隊、砦へ引き寄せる部隊、砦内から攻勢を仕かける部隊の三つに分ける。お前らの配置も以前決めた場所だ」
ぐっと、拳を握り締め、アーティは自らの前に掲げる。
その時は、アーティは真剣な表情をしていた。
「一度、勝ったくらいで調子に乗りやがって。あいつら、人数が少なかった。それに砦へは完全武装で来やがるに決まっている。それもピクニック気分でな。当然、練度も士気もそれ程高くはなく足も遅いだろう。殺るなら絶好の機会だ、目にもの見せてやろうぜ」
隊長格の各々が、アーティの言葉に頷く。
これからどれだけ殺れるかを考え、テリーやリュウの魔導剣士たちだけはにやにやしていた。
その後、スロート軍はアーティたち魔導剣士の指示のもと、国境近くの砦へと出撃する。
スロート国境内とのこともあり、深夜には全軍が砦へ辿り着くに至った。
それから翌日の昼頃。
ステイ内に展開していた斥候からの新たな情報がもたらされる。
ステイの軍隊が砦へと迫ってきているとの報告だった。
砦付近への到着まで、あとわずか。
まず、ステイの軍隊を目にしたのは陽動部隊の者たちだった。
アーティの述べていた通り、ステイの軍隊は全てが重装備。
少ないと語っていたが、視覚的にはまさに恐怖を覚える程の兵数がひしめいている。
対して、スロートの陽動部隊。
たった、二百名しかいない。
その数で確実に砦へと引き寄せるため、街道脇の茂みに陽動部隊は隠れていた。
「見なよ」
この戦場には似つかわしくない、女性の綺麗な声がする。
「兵隊さんたちが来たよ、もう少し待ってから皆で弓を射ようね」
楽しそうに語る杏里の姿が陽動部隊の中にあった。
ボーイッシュな服装を着用し、鎧をまとわない。
未だに他のスロート兵たちにも男性だとは気づいてもらえない。
「もう撃っちゃおうかしら?」
杏里の隣に綾香の姿があった。
他の弓矢を持つ兵たちとは異なり、一人だけショットガンを持っている。
他の者たちは射程が届かないが、綾香だけは既に射程範囲内。
そんなことをぼんやり考えていると、隣にいた杏里が立ち上がる。
とても自然な感じで、杏里は茂みから立ち上がっていた。
軽く杏里は手を振る。
敵意がなく、自然体といってもいいその姿。
杏里に気づいたステイの兵たちは特段なにも警戒することなく、手を振り返す者もちらほらといた。
その瞬間だった。
茂みに伏せていた兵たちがしゃがんだ状態で、弧を描くよう一斉に矢を射まくる。
戦術は完全にゲリラ方式。
ただ歩いていたステイ軍兵士たちは側面攻撃に混乱し出す。
「よーし、逃げるよ!」
弓矢の乱れ撃ちからステイ軍兵士たちの倒れ行く様を見て、杏里は楽しげに叫んだ。
一気に陽動部隊は茂みから立ち上がり、全てがステイの兵に背を向けて逃げ出す。
中には悲鳴や情けない声を上げ、逃げ去る者もいた。
また、陽動部隊の兵たちは鎧などをまとわず、格好さえも統一されていない。
それらはあえて、ステイの兵たちの混乱を抑え、逆に怒りを込み上げさせるため。
怒りに駆られ、それ程も陽動部隊と距離が離れていないことも手伝い、混乱後の部隊編成をまともに行うことなく、ステイの兵たちは突撃を開始する。
全力でステイの兵たちは追走したが、陽動部隊は誰一人脱落しない。
皆、初めから軽装で走るだけなら完全武装の正規兵を上回れるのだ。
砦へと逃げ延びた陽動部隊は砦の門を閉じ、籠城に入る。
ステイの兵たちは砦の門を破るため、門の周辺に集まり出した。
その成り行きを砦のすぐ近くから、アーティが眺めている。
アーティの後方には率いる潜伏部隊が千余名程がいた。
「あっさり引き寄せ成功じゃん。なんかおかしいとは思わなかったのか」
アーティは簡単に成功したのが面白くない。
もしもを考え、潜伏を取り止めて砦近くまで来たのに、相手は目の色を変えて門を破ろうとだけしている。
「あいつらにとってすれば、オレたちの攻撃も虚を突いたとなるんだろうな。よし、お前ら行くぞ」
アーティたち潜伏部隊は、ステイの兵たちへ突撃していく。
この攻撃により再びステイの兵たちは混乱した。
部隊編成を行う間もなく砦周辺に引き寄せてしまった弊害。
周囲一帯が敵味方で入り乱れ、また完全武装であるがゆえに、ステイの兵たちは上手く戦うことができずにいた。
それに乗じて、砦の門も開き、砦内部にいた部隊も突撃を開始した。
この混乱を招いた原因はステイの兵たち、将校の油断。
だが、油断していたとしてもそれは仕方がないこと。
通常であれば、この数日間という期間で従属国が支配国に対抗する戦力など用意できない。
例え寄せ集められたとしても烏合の衆として存在するのがやっとである。
分かり切っていたことが、ステイにとっての盲点。
そのため斥候もまともに出さず、戦いを生業としている魔導剣士がいるとは気づけなかった。
彼らはもっと早く気づくべきであった。
軍人でもない領民がなぜ砦を守っていたのかを。