ヴィオラートへ
黒塗りの屋敷へ生活と仕事の拠点を移してから数日後。
ノールはメンバー全員を屋敷のエントランスロビーに集めた。
「皆、以前話した大きな仕事を覚えているかい? 今回はそれに取りかかるよ」
以前見せた相馬からの依頼書を掲げる。
「今回の仕事は大がかりなもの。内容は、ヴィオラートという世界の法王の討伐だよ。法王はクロノス所属だから総世界政府にも喧嘩を売ることになる」
「ヴィオラートの法王を? 本当にヴィオラートの法王なのよね、第一クロノスって」
依頼書の内容を確認していなかったルインが反応する。
「言いたいことは分かるよ。今後を考えるとやり辛くなるから」
「私の言いたいことが分かっていないでしょう? 私が言いたいのは……」
「ルイン」
静かに有紗がルインの肩を叩く。
それからなにかを有紗が語るわけでもない。
「分かった、別に私は気にしない」
なにかを知っているようなのか、二人は話をしている。
「えっと、話を進めていいかい?」
微妙に待っていたノールはルインと有紗に声をかける。
「ちょっといいかしら?」
「なに?」
「貴方からもらった一億を返す。依頼に関係なく、法王を殺すことは私自身もいずれ行う予定だったの。貴方からお金を受け取った上で、依頼を達成だなんて私の意に反している」
「そう? 意に反するとか別にしても、あのお金は受け取ったままでもいいよ」
「貴方の平等に接したい気持ちを無下に否定しているわけではない。できる限り、理解をしているつもり。貴方からお金を受け取らずとも、私は私の意思で自主的に参加させてもらうから」
「依頼金を受け取らないなら参加せずにお休みでもいいのに。ひとまず、お金は今後の改修工事用とかにプールしておくかな?」
ルインの返金について、ノールは得したと思っている。
ルインが実際のところなにを伝えたかったのか、ノールは理解していない。
「それじゃあ、話を進めるね。敵の主力は法王と、流体兵器を扱う能力者の二人。法王はレベル、能力ともに不明。流体兵器の方は相手の能力を自らの基準に変換する能力を備えているらしいよ。流体兵器に関しては自分と似た相手と戦うと思っていれば問題ないかな?」
言い終わると、ノールは腕からなにかが入ったビンを普通に取り出す。
まるで水の張ったシンクからビンを取り出したのと変わらないような動作だった。
ビンの栓をしているコルクを抜く。
「この中に、メンバーの人数分クジが入っているよ」
ビンの中からクジを一つだけ引き抜き、そのクジを見せる。
クジの先端だけが赤色になっていた。
「この赤色のクジを引いたら、今回の仕事に参加することになるから。今、ボクは赤色を引いたから仕事に参加する側」
「赤色を引けなかったら?」
さり気なく、リュウが聞く。
引けなかった方にリュウの興味が向いている。
「引けなかったら、自宅待機。それはいいとして、早くクジを引いてよ」
それから全員でクジを引いていった結果、ヴィオラートへ向かうメンバーはノール、杏里、綾香、エージ。
その四人に自主参加を表明していたルインを加えた五人で仕事に取りかかることとなった。
「オレが自宅待機かよ。せっかく面白そうな仕事なのに……」
クジ運が悪く、赤色が引けなかったテリーはかなり落胆している。
「テリー、リュウ、有紗さん。自宅待機よろしくね」
さらっとノールは言う。
「皆、頑張っておいで」
有紗は笑みを浮かべて答える。
「………」
リュウは静かに自らと同じく自宅待機になったテリーの方を見ていた。
ひとまず、クジが外れた三人はロビーから離れていく。
「仕事を行う手順だけど、まず二つに班を分けようと思う。囮役が三人と、法王を殺す役が二人。でさ、今回の仕事はボクが法王と戦いたいの」
「私としては、その役割を代わってほしいかな」
「ルイン、どうしてもボクが法王を倒したいの」
「貴方が依頼を請け負ったからということ? 意外と律儀なんだね」
諦めがついたのか、ルインは手を引いた。
「ねえ、二人で行動するならボクがノールと一緒に行動していい? 法王を倒すのは、ノールに任せるからさ」
杏里がそう語る。
単に杏里はノールと一緒に行動がしたかった。
「そうしてもらうと助かるよ。それじゃあ役割は、囮役がルイン、綾香さん、エージ君。倒す役がボクと杏里くんね」
「なあ、R・ノール」
名前を呼ばれ、エージがノールに問いかける。
「なに、エージ君?」
「できればさ、オレをエージさんと呼んでほしいんだ」
エージは擦り寄るとノールの右手を自らの両手で優しく握り、ノールを見上げながら甘い声でささやく。
エージの目線の高さまで、ノールはしゃがんだ。
「エージさん。これでいいかい?」
「惨めな犬ね」
今のやり取りをルインは、しらけた目で見ていた。
「見た目だけでは分からないのかもしれないけど、この犬はノールよりも遥かに年上なの。若者に年長者としての対応をしてもらいたいの、エージは」
「こんなに幼くて可愛いのにボクより年上なの? この子が?」
「確か、私とほとんど変わらないくらいの年令なはず」
「ルインと変わらないの?」
ノールではなく、綾香が反応する。
「以前は年令を四十代と言っていたじゃない。エージ君、どういうことか説明しなさい」
「オレは見た目通りに四十代だよ」
「ルーメイアの頃からはぐらかし方が変わらないのね。私は別に怒ったりしないから、気が向いた時に教えてね」
「うん……」
エージは微妙な反応をしている。
綾香に本当のことを教える気はない様子。
「一応、仕事は明日の朝三時からの予定だから、今日は早いうちに部屋でゆっくり休んでいて」
予定を伝えた後、杏里の腕を引っ張りながら部屋に戻った。
「あのさ……杏里くん」
杏里を急かして部屋に戻ってきたノールは杏里へ声をかける。
「なにか、あったんだね?」
ノールの反応から、杏里は深刻ななにかがあったのだろうと悟る。
「もしかしたら、ボクはボクでなくなってしまうかもしれないんだ。いつまで、こうしていられるか分からないの」
声を詰まらせながら、ノールは話す。
自らがそれを口にすることで、よりノールの胸は痛んだ。
「ノール、今の……どういうことなの?」
「ボクはクァールという人の受け皿として存在していたらしいの。外見だけはボクのままでも、中身が変わってしまうみたい」
「なにそれ、そんなこと絶対にさせない。ノールはノールのままじゃなきゃ駄目だ!」
「ボクだって絶対に他の誰かになりたくない。でも、ボクにはどうすることもできないの」
「ボクがなんとかするよ!」
「本当に?」
そう言ってくれた杏里に、ノールはどこか内心ほっとしていた。
「でも、いつ頃からクァールさんに変わったりするの?」
「さあ? ボクには分からない。明日か、それとも数年後とかの間隔があるのか結局のところなにも」
「だったら諦めないでボクたちだけでなく、皆と一緒に打開策を見つけようよ」
ノールにとって気がかりだった内容を杏里にも共有できたことで、どこかノールは安心する。
今回のヴィオラートでの仕事を終えてから、今後どうすべきかを考えていくことにした。
早朝、屋敷のエントランスロビーに数名が集まった。
それは今回のヴィオラートへ向かうノール、杏里、綾香、ルイン、エージの五人。
ただ、今現在が三時という時刻だったため、大体の者が眠そうにしている。
「おはよう、調子はどうだい?」
至って普通のノールが全員に呼びかける。
「とても悪いわ。なんかこう、まぶたが重力に負けているの」
呼びかけにルインは眠そうに語る。
それを聞いて、綾香は欠伸をしている。
「夜襲をかけるにはなるべく相手が起きていない時間帯がいいの。これから向かう先は、聖堂のある修道院。ああいうところは朝が早いんだよ」
「んふふ……」
ルインは鼻で笑っている。
別にそれはノールを馬鹿にしているものではなく……
「親愛なる神様、私たちを現実味を込め具体的に金でお救いくださいませとか、頭の沸いた説法を宣っている能なしに見つかったところでなんなの? なんなら昼間に乗り込んで、そこにいる能なしに親愛なる神様が具体的に死ねと吐き捨てたのを理解させた方が面白味がある」
「うわ、久しぶりに聞いたよ、そういう下劣な考え。ボクたちの標的は誰なの? 修道院の人ではないの。倒すべきは一人、ヴィオラートの法王のみ」
「攻め方は、なにも別に一つしかないわけではない。未熟な者にも分かりやすく具体的な戦術を語っただけで下劣などと言われる筋合いがあるのかな?」
「貴方のそういうところは大嫌いだよ」
「今のどこに嫌われる理由があったの?」
雰囲気が悪くなってきたのを感じた綾香が、欠伸をしながらルインの肩を二度叩く。
それに反応したルインはなにがあったのか、耳や尻尾をへなへなと垂らせた。
「眠気のせいで、つい貴方に当たってしまったようね。不快にさせてしまったのなら謝るわ、ごめんなさい」
微妙に震えながら、ルインは語る。
「別に謝らなくてもいいよ。ボクは気にしていない。それよりも早くヴィオラートへ行こう」