ルミナスの優しさ
ノールが相馬からの依頼を請け負った同時刻、魔界中央区では国際会議が行われていた。
無論それは新たな邪神となったルミナスの邪神就任式や、新たな魔界将軍の選出決定など今後の魔界運営を取り決めていく重要な会議だった。
「ちょっと、君。なんだか寒気がしたの、どうしてかな?」
ある邸宅のサロンから、透き通った綺麗な女性の声が聞こえる。
声の主は新たに邪神となったルミナス。
豪華絢爛な造りが成されたサロンの高級なソファーに深々と座りながらルミナスはゆったりとしている。
現在、ルミナスは会議の途中休憩の合間に自らが新たに建てた邸宅で休んでいる。
連日続く会議のせいか、ルミナスには疲れの色が窺える。
「名前で呼べ、バカが。オレが知るはずないだろ?」
ルミナスの問いかけに答えたのは、新たに魔神階級から魔王、魔界将軍などを飛び越えて覇王階級まで出世したルークである。
彼も同じようにソファーに腰かけている。
ルークの傍にはソファーが他にもあるのにルークの座るソファーの背後で直立し、辺りに気を配るドレアムの姿がある。
「覇王にまで階級を上げてやったのだから、君は口を慎んだらどうなの? 目の前にいる人、邪神なんだけど」
「アンタには階級を上げてもらって感謝しているよ。ただ、冷え症の話なんて聞きたくもないし、答える筋合いもない」
「お生憎様、私は冷え症じゃないよ。毎日の運動を欠かさないから、一度も冷え症になったことがない」
「へえ、だったらどうして寒気なんてするんだ?」
「嫌な予感がするの。悪寒なのかな……?」
「誰かがお前を狙っているってか? 案外、就任式の今日が命日だったりしてな」
とても楽しそうにルークは笑う。
「ん?」
ルミナスは部屋の隅の方を見る。
そこから、なにか魔力を感じたからだ。
ルーク、ドレアムもその方向を見ると、その場に空間転移によりノールが現れていた。
「いたいた、ルミナス。この家、二億で売って」
「はっ?」
ルミナスは唐突に理不尽な要求をされていた。
この邸宅はルミナスが邪神へと就任する記念に建てたもの。
以前の黒塗りの屋敷から、引っ越したばかりである。
「私が良い返事を返すだろうと思っているのかな?」
「駄目なの?」
ノールは少しだけ寂しそうな表情をする。
「それなら、ボクはルミナスのために光体化してあげるね」
「酷過ぎる脅し……拒否権はあるの?」
「あるに決まっているじゃん、ルミナスの不用品を二億で譲ってくれるだけでいいの。本当だよ、ボクは嘘なんて吐かない」
「鬼の所業じゃないの」
「どういうことだ、ルミナス?」
以前、ルミナスとノールになにがあったのか知らないルークは話についていけない。
「ノールは光体化ができる。魔界将軍たちをまとめて粉砕し、私でさえ敵わなかったルーシェでさえも圧倒的に葬ったのはこの女だよ」
「あの時の光体化もルーシェもお前が殺したはずじゃ……」
「私が殺したなんて言っていない。ノールが私に押しつけた」
「はあ? だったら、お前なんで邪神になってんだよ! 弱えんじゃないか!」
「うるさい、君なんかよりは強いよ」
「はいはい、そろそろ無駄話も終わったかな? なら、さっさと二億で売ってね、すぐでいいよ」
手をパンパンと叩くと、言い合っている二人にノールは冷血な言葉を吐く。
「この水人! 人でなし! ノール、君には暖かい心はないの!」
「あるよ、魔力体だもん。こっちもマフィアじゃないんだから分捕ろうなんて阿漕な真似はしないよ。せっかく、二億もあげるんだからさ」
「駄目に決まっているでしょう! この邸宅を建てるのに三十億もかかっているの! こんな取引は受けられない。おかしいよ、こんなのって!」
「そっ、ならいいの」
光体化特有のプラズマのような覇気がノールから発生した。
そして、ノールの背中から八翼の羽根が現われる。
ノールは完全に光体化した。
ゆっくりと、ソファーに座るルミナスへ迫る。
「黙って聞いていればふざけたことばかり。ボクは殺されたことを一度たりとも許していない。家はもういいや、その代わり死んで」
「ノ、ノール」
ノールが近づくと途端にルミナスは静かになった。
「酷いよ、こんなのって」
死が目前まで迫り、恐怖からルミナスは泣き出す。
「邸宅も屋敷も全部あげるから私に酷いことしないで……」
「本当?」
ルミナスの言葉を聞き、ノールは光体化を解く。
「ボクは流石にタダでは受け取れない。家を二億で譲ってほしいの。でも、この家は駄目なんでしょ? 他の要らない方の建物が欲しいな」
「以前、私が暮らしていた黒塗りの屋敷を売るからもう帰ってちょうだい。あっちも建てるのに十六億もかかったのだからもういいでしょう?」
「ありがとう、ルミナスは優しいね」
ノールは空間転移を発動する。
指定先は、魔界にあるルミナスの黒塗りの屋敷。
「ドレアム、面白かったな。流石、光体化だけあって血も涙もない。オレの予感だけどよ、あの女絶対に金払わないぞ」
先程から、にやにやしながら一部始終を見ていたルークが面白おかしく語る。
端から他人事でルミナスを助ける気など更々なかった。
「私からはなんとも言えませんが……ルーク様の考えを尊重します」
ドレアムは苦笑いを表情に浮かべる。
「アンタたち少しは助けなさいよ。私、本当に死ぬかと思ったじゃない」
「あと、ほんのちょっとだったな」
泣いているルミナスを指差しながら、ルークは笑う。
魔族特有の気質である“対岸の火事なら笑いどころ”が発動している。
別にこういうヤバい性格はルークに限ったわけではないのが魔界の怖いところ。
空間転移により、ノールはルミナスの旧住居である黒塗りの屋敷の玄関前に着いた。
「わあ……」
背後へ後退りしながら、黒塗りの屋敷の全体像を見ていく。
非常に大きな屋敷にノールは身体が震えた。
「これが、ボクの屋敷」
言葉にし、ノールは胸がいっぱいになった。
嬉しさのあまり涙が流れる。
ついに自分もここまで来たのだと、本当に嬉しくてたまらなかった。
ひとまず、異世界空間転移を発動して黒塗りの屋敷をスロートに丸ごと移設させる。
移動先は以前ノールたち姉弟が暮らしていたスロート街外れの住居跡地。
当然ながら屋敷は、ノールたちの暮らしていた家の約数十倍の大きさだったため圧倒的に土地面積を超えてしまった。
その極端な大きさ、外観の豪華さがスロートの街外れではとにかく目立った。
「本当に大きな屋敷だなあ。これがボクの新しい家になるだなんて……」
頑張ってきた結果だなと、ノールはしみじみと感じる。
「屋敷内を探検しようっと」
杏里たちを連れてくる前に屋敷内の全容を確認しようとし、ノールは屋敷正面玄関のL字型の取っ手を握り扉を開いた。
「やあ、一人でなにを話していたんだ?」
「あ、あれ……」
屋敷に入った直後、ノールは言葉を失う。
このような恐ろしい体験は初めてだった。
ノールの目の前には、なぜかクロノの姿があった。
「この屋敷の扉は丈夫に作られているみたいで聞き取れなかったんだ。それよりも、どうしたんだ? まるで、幽霊でも見たようじゃないか?」
「ク、クロノさん……どうやって屋敷内に入ったの?」
「そりゃあ、玄関からだろ?」
「ボクがついさっき玄関前にいたじゃん。普通は気づけるよ。しかも、ボクがスロートへ来てからまだ一分も経っていないはずだし」
「まだまだだな。その様子だと魔力、攻撃力だけで戦いを続けていただろ? そんなことよりも、今日ここに来たのはそんな話をしたかったからじゃない。見てみろよ、この辺はほとんどスロートの国有地だ。無断でこんな馬鹿でかいものを置かれては困るなあ」
「それなら、この辺の土地を借りるよ。いくらぐらいかかるの?」
「そうだな……」
じっと、クロノはノールを見つめる。
今のノールがなにも問題なく払える額を値踏みしていた。
「一ヶ月百万で、どうだ?」
「百万でって普通に言っているけどさ、ここはスロートの街外れで一番土地価格が安いどころかタダ同然のはずじゃないの? 街の中心部より高レート価格なんですけど」
「そんなに嫌か? 仕方ないな、屋敷は国で接収する」
「ふざけんなよ」
ノールの目つきが変わる。
「ふざけているように見えるか? オレは本気だぞ」
ノールが敵意を見せても、クロノは微動だにしない。
さっさと金を出せという反応しかせず、一切引く気がない。
クロノが全く折れず、少しだけノールはがっかりしたような反応をした。
「……分かったよ、クロノ。お金は払うから」
「ははっ、なんていうか、一端になったな。いつかはお前もアーティのようになると思っていたが、もうなっていたんだな」
「アーティ?」
「お前も外道になれたってことだ」
「あー、そういうこと」
最初からクロノは、この屋敷がノールの稼ぎで手に入れられたとは思っていない。
勿論、それが事実なのでノールも合点が行った。
「ちなみに、ついさっきオレが玄関から入ったのに気づかれなかったことだけど」
「なに?」
「あれはな、“スキル・ポテンシャル”によるものだ」
「スキル・ポテンシャル?」
聞いたことのない言葉に、ノールは首を傾げた。
「新しく軍隊に入ったソルとゲマが新たな力を得る方法を教えてくれたんだ。それで、オレにあったスキル・ポテンシャルは“他人に悟られない能力”だ」
「……なんか、しょぼくない?」
「うるさい。能力だけあって全くオレの存在に気づけなかったくせに」
「それじゃあ、ボクや屋敷が現れたのが分かったのは?」
「散歩をしていたら、この馬鹿でかいものが現れただけだ。所有者はお前かもしれんが、土地管理者はオレだ。契約する際はオレから出向いてやらんとあまりにも失礼だろ」
「ボクが入ったことすらない屋敷へ先に入っていた方が失礼だけど」
「話を戻すが、お前らにはスキル・ポテンシャルを扱える奴がいないのか?」
「さあ? 自らの力量を仲間内にも知られたくないのか、誰も能力を披露してくれないから分からない。ボク自身もボク自身の全てを杏里くんにさえ教えていない」
「仲間を少しは信頼しろよ」
「嫌だよ、底を見せたら終わりだとボクは思っているから。それよりもさ、スキル・ポテンシャルはゲマとソルって人に聞けば扱えるようになるの?」
「自らの能力を開花させられればな。オレは扱えるようになるまで大体二ヶ月かかったけど」
「二ヶ月も?」
「なんなら城へ来るか? ノールだったらスキル・ポテンシャルを難なく身につけられるはずだ」
「そうしよっかな。もう一つ、新たな能力が手にできるなら今後に役立つだろうから」
ノールはクロノについていくことにする。