クロノスに属する者
総世界中のギルドでの依頼をこなす日々をノールたちは送っていた。
レベル差はあるものの、歩合制傭兵部隊リバースは既に強過ぎてしまっているため、仕事やハントを100%成功し続ける。
少数精鋭の組織なのに総世界のパワーバランスを逸脱した組織と化していた。
その功績からなのか、ノールが仕事をギルドに受け取りに行かずとも他の世界から仕事の依頼が舞い込むようになっていた。
「クロノス、ジェノサイドだっけ? もう絶対にあの組織から目をつけられるくらい色々やっているのに向こうはなにもしてこないね」
いつも通り、依頼書を渡すために自室兼事務所にメンバーを集め、ノールは疑問を感じていたことを語る。
「それなら問題ないはずよ?」
腕を組みながらルインが話す。
「連中は私たちが様々な世界で主だった賞金首どもや悪党を一掃してから戦いを挑んでくるのだと思う。向こうからすれば、どちらもいずれ戦う敵たちなのだから敵と見ている者たちが勝手に潰し合っている間はそのままにしておこうという寸法よ」
「大体、ボクもそうなのかなって思っていたよ」
さりげなくノールは最初から知っていましたというフリをする。
「なあ、ちょっといいか?」
リュウが、ノールに問いかける。
「どうしたの? リュウは分からなかった感じ?」
「いや、まあ分かるじゃん普通に」
「そうだよね」
「ちょっとな、今日は気分が乗らないんだ。その辺、散歩してくるわ」
リュウは部屋から出ていった。
「今日は、ってことだから明日は依頼を受けるはずだね。いくらか、リュウの分を残しておいてね」
そう話してから、綾香に依頼書を渡した。
「なあ、ノール」
テリーがノールに話しかける。
「なに?」
「クロノス、ジェノサイドってなんだ?」
「えっ、知らないの?」
「だって、オレ聞いたことないし」
「えーと、総世界には総世界政府という間接的に支配を行っている組織があるの。それが総世界政府クロノスといって、その下部組織には総世界中の悪党を倒そうとするジェノサイドという組織があるの」
ちらっと、ノールは有紗の方を見る。
「これで合っているよね?」
「ああ、合っているよ。その他のことについては、オレが説明しよう」
有紗がテリーに説明を始める。
天使界の大天使長である有紗は、ジェノサイド所属なので組織の内情が容易に分かる。
どうしてそこまで知っているのかと思える内容も話しており、情報が筒抜けだった。
「………」
目の前の様子にノールは普通に不味いのではないかと思う。
相手に情報が筒抜けなのは、当然向こうも一緒のはず。
現状、有紗=スパイとの発想もできなくもない。
だが流石に考えすぎか、とノールは思い直した。
ただ、だからこそもう一つ疑問が浮かぶ。
なぜ、リュウは総世界政府についてを知っていたのかである。
今まで行動をともにしていたテリーが知らず、リュウが知っているのはなにかおかしいようなとノールのうちに引っかかるものがあった。
「あっ、そうだ。クロノの依頼分を取りに行っていなかった。ちょっと、図書館に行ってくる」
そう話して、ノールは部屋を出る。
本当は他の者に悟られぬよう、リュウから問いただしてみようと考えていた。
散歩をしてくると話していたリュウは城の中庭にいた。
ただ、そこには見覚えのない者も一人。
「リュウ、その人は?」
「ノ、ノール?」
リュウは普通に驚いていた。
「その方が、R・ノールさんですね?」
リュウと会話をしていたもう一人の人物。
初老に差しかかった身なりの良い紳士の男性がノールに話しかける。
「そうだけど、貴方は?」
「私は総世界政府クロノスに所属するテクノクラートの階級に位置する者です。名前を……」
「テクノクラート?」
「技術専門の官僚と考えてもらって結構です」
「ああ、そう」
「申し遅れましたが、私の名は相馬。ノールさん、貴方に是非とも依頼したい仕事があります」
「ボクに? そうなんだ、構わないよ。でもそれはボクの質問に答えられるかによるかな」
ノールの雰囲気が変わる。
いつでもお前を殺せるという殺意が入り混じるものへ。
「ノールさん、いきなり会ったばかりの私を信じられないでしょうが話を聞いて頂けないでしょうか?」
ゆっくりと、相馬はノールへ近づく。
相馬が近づく間、ノールは相馬からの魔力の波動を感じ取る。
私は、前R一族当主R・クァールに仕えていたR一族派の者であり、今現在も変わりありません。
それが、言葉を発せずともノールのうちに伝わる。
この対魔力体相手に伝えられる程の魔力の波動を、人の身でありながら作り出せる相馬もやはり並みの者ではなかった。
「今の本当?」
「アクローマさんに聞いてみるのも手でしょうな」
「ふうん」
アクローマが同じくR一族派なのを相馬も知っていた。
聞けばすぐに分かるように話す相馬に信用してもいいかと、ノールは感じた。
「わざわざ、ボクにそういうのなら信じてもいいかな。依頼はなに?」
「ヴィオラートという世界で、ある宗教を布教する法王を亡き者にしてほしい」
「それって、クロノスの方でやれば良くない?」
「ノールさんを信頼した上で、貴方に依頼をしているのです」
「そう? 相馬さん、依頼内容を詳しく教えて」
「ヴィオラートの法王はクロノスの、つまり彼も総世界政府の一員です。法王はその権力を扱い、長年宗教の名のもとに支配しています」
「それで、支配している法王を殺せば全てが上手くいくってことだね?」
「その通りです、よろしくお願いします」
「成る程ねえ。でもこれじゃあ、ボクらはクロノスに喧嘩を売るんだよね。大丈夫かな?」
「ノールさんなら、きっと勝利すると信じています」
「そういう話じゃなくてね……」
問題は依頼を達成した後なのは、ノールにも分かる。
総世界政府などと自負するのだから、当然所属している者の中に化物のような強さを誇る者もいるだろうと。
そういった者たちと今後自らが戦わなくてはならない事実が、ノールの頭を痛くする。
「ノールさん、こちらを……」
相馬は一枚の小切手を渡す。
「えっ」
小切手に記載された額にノールは驚く。
記載された額は十億。
多くの依頼をこなしても到達しなかった金額が、その一件をこなすだけで手に入る。
「相馬さん、今回の仕事引き受けますよ」
次の瞬間には、そう口にしていた。
「本当ですか? ノールさん、貴方を信頼して本当に良かった。では、よろしくお願いします」
相馬は安堵した表情をする。
ノールに頭を下げ、空間転移を詠唱し消えた。
「ノール、これ」
リュウが一枚の依頼書を渡す。
「本当は偶然依頼されたことにするつもりだったんだ」
「そうなんだ」
依頼書を受け取らず、ノールは両手で持つ十億の小切手をじっと見つめている。
「相馬さんの依頼内容が書いてあるんだけど」
「今、忙しいの」
「オレが持っていても仕方ないからさ」
ノールが持つ小切手の上に、相馬が持ってきた依頼書を乗せた。
「ああ、依頼書ね」
ようやくノールは依頼書へ目を通した。
「あのさ、リュウ」
「なんだ?」
「リュウって、クロノスのスパイ?」
「そうだ」
「隠さないんだ」
「ずっと、そうだったからな」
「いつから?」
「アーティ、テリーと出会う以前から、オレはクロノスの構成員だ」
「ボクらをどう思っているの?」
ノールの問いかけに、リュウはなにかを決心した顔つきになった。
「クロノスはR一族を敵と見なしている。ノールはオレと戦うか? オレはもうお前と戦う覚悟を決めている」
「そんな悲しいこと言わないでよ。テリーはリュウがクロノスの関係者なのは知っているの?」
「いや、全く知らないはずだ。今日、テリーが話した通りだ」
「それなら、今日のことはボクとリュウだけの秘密にしよう。ボクを目当てに相馬さんが会いに来ただけにしようね」
「ノールがそれでいいなら、オレもそれでいいよ」
「うん」
ノールはリュウを信頼することにした。
実際に敵対をしているのなら、もっと早く自らを殺害するタイミングがいくらでもあったのにリュウはあえてそうしない。
きっと、リュウも自分たちを信頼してくれているからなのだろうと理由を聞かず、そう考えることにした。
「それは置いといて、これを見てよ」
ついさっき相馬から受け取った小切手をノールは見せびらかす。
「見てよ、これ。十億の小切手だよ! わあっ、どうしよう、ボクもこれで億万長者だね!」
「これからの闘いについてとか、総世界政府のこととか心配じゃないのか?」
突然大金を得たせいか、はしゃいでいるノールにリュウは語る。
「ボクらは強い、絶対勝てると信じていれば勝てるんだよ」
「そうかい、そうなったらいいな」
「ふふっ、じゃあ取り分の話をするね。リバースのメンバーは八名。一人一億配分計算で残りの余剰金で新しいギルドを建設します」
「一億ももらえるのか!」
リュウは明らかに驚いた反応を示す。
相馬と会っていたのを見られた時以上の驚きようだった。
「そんな大金を得られるとは思っていなかった。ありがとう、オレ凄く嬉しいよ」
「その代わり、依頼内容のヴィオラートへは行ってもらうよ。今回の戦いは、クロノス、ジェノサイドとの前哨戦となることは間違いないからね。抽選でメンバーを四、五人くらいは連れていくよ」
「残りの面子は?」
「自宅待機」
「そうか。それで、新しい本拠地はどうやって造るつもりだ?」
「なにも問題ないよ。ボクの手元に残る二億で屋敷を提供してくれる人がもういるから。悪趣味な人だけどね」
ノールは水人能力を駆使し、身体の中へ依頼書と小切手を収納する。
「ちょっと出かけてくるから、皆には家を買いに行ったって話しておいて」
「ああ……って、もう買いに行くのか?」
「善は急げと言うじゃない」
ノールは空間転移を発動する。
指定先は、魔界のとある女性のもと。