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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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二人の関係

ノールと杏里が別れてから二週間程が経過した。


杏里たちは拠点としているエージ宅で日々生活を送っていた。


他の者たちが特に問題なく生活をしている中、杏里は食事もろくに取れなくなり、徐々に衰弱していく。


心配で堪らない有紗がこの日も杏里に割り当てられた部屋を訪ねた。


「入るよ、杏里」


部屋の扉をノックし、杏里に呼びかけてから有紗は室内へ入る。


「……有紗お兄さん」


杏里はベッドの隣に座り、塞ぎ込んでいた。


「杏里」


有紗は悲しげな表情になった。


ともに生活しているのに俯いてばかりいる杏里の姿しか、有紗はほとんど見ていない。


杏里の隣に行き、有紗も座る。


「杏里はあんな結果で終わっても良かったの?」


この日は、ストレートに杏里が今とても思い悩んでいることを聞いた。


「………」


しかし、杏里はうなだれ、なにも話さなくなる。


「オレはもうこれ以上、家族が困っているのを見過ごせないよ。杏里、君の気持ちを聞かせてくれないか」


「でも、ボクの気持ちは……」


「杏里」


有紗は杏里の胸に拳を軽くつける。


「君のここにある思いは、大事にするべきだ」


「有紗お兄さん」


悲しみが込み上げた杏里は泣き出す。


「ボクはノールが好きなんです。大好きなんです」


「そうだろう」


胸につけた拳を引き、その手を杏里の肩に置く。


「だったら、なにをすればいいのか分かるはずだ」


「でも、ボクが抱いてきたノールに対しての感情は偽りだったんです」


「本当にそうなのかな?」


「間違いありません、ボクの祖先が……今もこうしてボクの背を押すんです」


「そんなもの、無視すればいい」


「無視を……?」


「なぜ、見たこともない祖先だけをなんの疑いもなく信じ、自らの考えよりも優先する? 君の今まで抱いていた感情が突然偽りだと言われた程度で簡単に納得できるはずがないだろう。現に君は今でもR・ノールに想いがあるからこそ、悩んでいるのではないのかい?」


「………」


杏里は静かに頷く。


「本当はもう自分の感情や考えに祖先なんて関係ないと分かっているのだろう? いきなりそんな話を聞かされて混乱しただけなんだ。今のオレたちに祖先なんて関係ない、彼らの言葉に耳を傾ける必要もない。ただ、自分のしたいことをすればいいんだ。そんな当たり前を君は忘れているだけなんだ」


「有紗お兄さんは……桜沢一族を……」


「オレは桜沢一族の男だ、一族を裏切るつもりなんてない。ただ、祖先の言いなりにならないといけないなんていうエゴに支配される気はさらさらない。オレたちはオレたち自身を通すべきだ。そこを譲るべきじゃない」


「ボクも……通すことができるのかな」


「勿論できるさ、その感情が偽りでないなら」


「ノールに会いに行きます。心から謝りたい、今までの関係に戻りたいです」


「ああ、行っておいで」


「はい!」


涙を拭い、頬笑むと杏里は空間転移を詠唱する。


行先は勿論、スロート城。


一瞬で杏里は姿を消した。





その頃、ノールの自室ではノールとテリー、リュウがギルドとしての活動を行っていた。


「今日はなにかありそうな気がする」


部屋の四人がけテーブルの椅子に座り、ノールは用意していた紅茶を啜る。


「はあ? なにが?」


そんなノールのささやきに対し、対面の席に座っていたテリーは尋ねる。


テリーはクロノから提供された仕事の依頼書を眺めていた。


「さあ?」


「女の勘って奴か? そういうのは大抵外れる。ああ、あとこの案件はオレがやる」


ノールの前に見ていた依頼書の一枚を置く。


「そうだよね、大抵上手いこと行かないし。それでも面白いことがあった方が楽しいじゃないの」


「ところで、あのクロノの仲介料六割ってどうなんの?」


テリーは当然、その契約内容を許してはいない。


実行部隊の自分たちが普通に得られるべき金だと考えている。


「特にどうもしないよ、ボクはそのままでいいと思っている。どうせ、メンバーが三人しかいないし。このギルドは完全歩合制で、仕事をやれば残りの四割を担当した人の総取りってことにしたしね。ただ、ミールとジャスティン君がリバースに参加しなかったのは残念。そこは誤算だった」


「あの二人、スロート軍の将官になったからな。ミールがスロート軍中将で、ジャスティンがスロート軍少将兼軍師じゃ、まず無理だろ。あいつらにはもう率いる兵たちがいる」


「それはそうだけど」


「あれ?」


話している途中、テリーはなにかを思い出す。


「どうしたの?」


「あいつらだって兵を率いているのに、お前はどうしたの?」


「ボクは将官じゃなくて、給仕をしていたの。今はもう辞めた……」


「確か天使界の大天使長じゃなかったっけ? お前は天使たちを率いなくても……」


「ボクって大天使長だったかなー」


随分と適当にノールは語る。


元々、ノールはスロートへ帰るために大天使長になろうとしたせいか、その職務に全く関心がない。


しかし、ノールに文句を語る者はアクローマ、レティシアと少数の階級者のみ。


そもそもほとんどの天使たちが、ノールが大天使長となった経緯を知らない。


そのため、空位となっていた大天使長の地位を女神化をできるようになったノールへ象徴として与えたのだろうと好意的に捉えている。


一応、ノールが好意をもたれている理由は受け取れるはずの給料も役職者としての特権も一度も授かっていないから。


ただ単に、ノールがそういった特権があること自体を知らないだけだが。


「なあ、話している途中で悪いけど」


ノール、テリーが話していると床であぐらを組みながら剣の手入れをしていたリュウが語る。


リュウの傍らにもノールが前以て渡していたクロノの依頼書が数枚置かれているが見た形跡はない。


「扉の前に誰か立っているぞ?」


気付いているのに、リュウは自ら対応する気がない。


「誰かいたのか? ていうか、知っているならお前が対応しろよ」


「いや? ただ、扉の前に立ち止まっているだけだからよく分からん」


再び、リュウは剣の手入れに集中し始めた。


「だったら、ボクが見てくるよ」


紅茶を啜っていたノールは椅子から立ち上がり、扉を開きにいく。


「あっ」


扉を開け、ノールは小さく声を出した。


「やあ……ノール」


扉の前にいたのは、杏里だった。


「どうして、ここに?」


「ノールに会いたかったの」


「嘘、なんだろ?」


「嘘じゃない。この思いが本物だと、ようやくボク自身が気付けたんだ」


「………」


一度、ノールは部屋から出て、扉を閉めた。


「なんかさ、君……」


腕を組み、ノールは壁に背をつける。


「遅いよ」


「ごめんね」


「ボクが上で、君は下。もう覆らないから」


「許してくれるの?」


「悪い?」


「ありがとう、ノール」


「馬車馬のように使ってやる」


ノールの方から杏里の手を握り、二人は部屋に戻った。


「あら? 杏里じゃん」


床にあぐらをかいて座っていたリュウが立ち上がる。


「お前、ノールと別れたんだって?」


気さくな笑顔でリュウは杏里の隣に行き、背中を大袈裟に叩く。


久しぶりに会った際にノールへした反応もそうだが、リュウは悪気もなく素でこういう反応をしてしまうタイプ。


「今は、その……」


「復縁したの。男なんてそういうもん」


ノールの口調は刺々しい。


まだ、完全に杏里を許したわけではなく、安堵と怒りが入り混じっている。


「そっか良かったな、二人とも。祝福するよ、今日は良いものでも食べようか。オレが買ってくるから」


「なにか甘いものが食べたい。ほら、杏里も行ってきて」


「うん」


リュウ、杏里はどこかへ空間転移を発動し、室内から消えた。


「悪いな、ノール。リュウはああいう奴なんだ。多分、竜人族だからかな? そういうのを些細なものだと思う性質っていうのは」


苦笑いを表情に浮かべつつも、テリーは語る。


「さあね。でも、ボクの勘は当たるんだ。今日で確信したよ」


杏里と繋いだ方の手を、ノールは握り、内心ほっとしていた。


この日の夜にささやかながらも、四人で軽めの催しを開く。


杏里は言われた通りに甘いものばかりを買ってきて、リュウは普通に酒とつまみばかりを買ってきていた。


ノールが甘いものは?と問えば、リュウは甘めのロゼワインを親しげに手渡すくらいには。


ノールは杏里が初めての男だったからそういったものかと思っていたが、杏里はとても常識がある部類の男性なのではと考えるようになった。





翌朝、目覚めた杏里は、あるものを目にする。


それは、やけに近い位置にある天井。


今までの杏里にとって見慣れた光景に、杏里は帰ってきたのだと気持ちが安らぐのを感じた。


その時、ふいになにかの物音を聞く。


音を確かめるため、杏里はベッドから上体を起こした。


「あっ、おはよう」


二段ベッドの傍でノールが片づけをしている。


昨日の催しが終わってから、ほとんど手つかずだったゴミを一人で片づけていた。


「杏里くんはもう少し休んでいたら?」


「ボクも手伝うよ」


「いいよ、最近ちゃんと食べてなかったんでしょ?」


本当は昨日、一目見た時点で杏里が弱っているのを知っていた。


昨日の時点ではどうしても許せず、杏里をぞんざいに扱ったことに負い目を感じている。


「それよりも、顔を洗ってきたら? 君が使っていたものは全部そのままだから」


「うん」


「済んだら、朝ご飯を食べようね」


杏里は二段ベッドから降り、朝の支度をし始める。


その間にノールは後片づけを終え、トーストやインスタントスープなどの簡単な朝食を作った。


「さあ、食べよっか」


杏里の支度が終わった頃には、朝食を作り終えたノールがテーブルの椅子に座っていた。


「そうだね」


杏里も椅子に座り、朝食を食べ始める。


「ノール、ボクたちの一族についての……」


「いきなり、その話?」


「ボクたちにとって大事な話だから」


「そんなこと、どうだっていいよ。R一族や桜沢一族なんて。ボクたちは敵同士なんかじゃないって、君も今ではそうでしょう?」


「ノールと同じだよ」


「だよね」


嬉しそうな笑顔でノールは頬笑む。


「それでね、ノール。ボクは君との子供が欲しいの」


「なにを今更。ボクだって以前からそうだよ」


「ボクらが以前した日を覚えている?」


「前回?」


一体、いつだったのかをノールは思い出す。


シスイの死から約半年間は一度も。


シスイが生きていた頃も同じく。


「多分、九ヶ月前……かな?」


「その、ボクは上手く言えないけど……」


「いずれはするよ、いずれは」


「うん」


少しだけ、杏里はほっとした様子。


「杏里くん、ボクたちの種族は異なるじゃん」


以前、アクローマに言われた内容をノールは話そうとした。


「同じだよ」


「えっ?」


「変化さえすれば、ボクたちは同じ天使族。種族を合わせることで子供はできるよ」


「ああ、そうなんだ」


アクローマが杏里と別れさせたがっていたのをノールは思い出す。


同時に有紗も天使族だったのを思い出した。


この情報の出処は間違いなく有紗だろうなとノールは考えた。


「二人とも20歳で人間なら万全の態勢で子供を作れるけど、ボクたちは天使。天使だと寿命が500歳だから、ノールが子供を産める身体になるのはまだまだ先の話になるの。大体、80歳くらいだって」


「80歳くらい? 凄いな、なんだかよく分からない。こういうのが種族差っていうものなのかな」


「だからその、子供の心配をしなくても……同族同士ならボクだけじゃなくノールも感覚がするようになるし」


頬を赤く染め、杏里はなにかを語っている。


要は行為をしたいらしい。


らしいが、ノールの気持ちを優先して無理やりするつもりもない様子。


「そのうちね」


ノールは適当にはぐらかす。


正直、杏里が強引に迫るくらいじゃないとノールはする気がなかった。

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