宣戦布告
スロートにて、アーティらが新たな仲間たちの歓迎会を行っている同時刻。
軍事国家ステイでは軍部の中枢を担う幹部将校たちがステイ城へ招集され、緊急の軍事会議が行われていた。
戦略室中央に設置された豪華な円卓のテーブルを囲むように置かれている綺麗な装飾が施された椅子へ将校たちが座り、スロート城から逃れてきた駐留兵の報告を聞いている。
ステイの将校たちは即座の巻き返しを図っていた。
「とのことで、我々は敗走をする結果に……」
逃げ延びたスロート駐留兵が将校たちに怯えた様子で報告する。
「この馬鹿野郎が!」
椅子から立ち上がり、テーブルを激しく数度叩き、喚く大柄な将校がいた。
将校の名はクロウ。
ステイお抱えの魔導剣士の一人で、浅黒い肌をした屈強な体躯の強面な男性。
「あんな小国の残りカスに敗走とはどういうことだ! さっさと取り返してこい!」
クロウのあまりの迫力にスロート駐留兵は怯え、尻餅をついた。
「落ち着け、クロウ。その者に任せるよりも、また私たちが戦いに赴けばよいだろう」
威圧的な形相で喚くクロウに声をかけたのは魔導使いのデュランという人物。
魔導士のローブをまとう、どこか冷めた雰囲気がする陰険そうな初老の男性。
魔導使いも魔導剣士と同等の能力を持ち合わせる能力者だった。
「うるせえぞ、デュラン! あの戦いはオレの部隊だけで終わらせたようなものだ! あの戦いでオレの部下が何人死んだと思っている! それをこうも簡単に明け渡しやがって……」
宥めようとしたデュランにさえ怒鳴り散らすクロウを、デュランは下らないものを見る目つきで眺めている。
この二人は、いつも反りが合わない。
「喚くのは止めたまえ」
三剣士の最後の一人で、同じく魔導剣士のサーボが声をかける。
貴族階級のサーボは見るからに高級そうな鎧をまとっている。
知性的で落ち着いた感じの男性で、ステイ将校たちのまとめ役を担っていた。
「確かに貴公の部隊が死力を尽くし、あの領地を勝ち取ったのは認めよう」
サーボは言葉を続ける。
「しかし、その後の統治を国王から仰せつけられていたのは第一戦果を得て、スロート城下の統治を一任された貴公であり、貴公に従う部下だ。この失態は貴公の統治能力の欠如や部下の油断から起きたのではないのかな?」
「ぐっ……」
事実をさらりと言われ、クロウは叩きつけた手を怒りを堪えるよう握り締める。
「オレの部隊が整い次第、もう一度攻め潰しに行けばいい! そういうことだな!」
納得がいかない雰囲気を、ありありと醸し出したままクロウは他の将校たちに向かって喚く。
「いや、我々も行こう」
腕を組み、デュランは溜息を吐く。
「我々三剣士の実力を奴らに再度見せつけ、二度と反乱などを起こさぬようにな。私から国王に進言し、宣戦布告を致して頂こう」
話している途中から、デュランはクロウの方を見ていた。
これは貸しだぞとでも言わんばかりに。
頭に血が上ったクロウはデュランの態度になにも語らず堪えている。
戦場で目にものを見せてやると考えていた。
この会議は、ここで終わった。
デュランは国王に謁見し、再びスロートに戦争を仕掛けると決まった。
ほぼ九割方が三剣士のみの会話であり、提案。
ステイの軍部が三剣士に実権を握られていた。
アーティらの考えと異なり、ステイの魔導剣士たちは国に根を張り掌握するタイプらしい。
ステイの軍事会議の日から数日後。
ようやく議会が作られ共和国となり始めようとしたスロートへ、ステイから一人の使者が来ていた。
ステイの使者の目的はただ一つ。
スロートの新たな指導者を殺害した上で、宣戦布告の書状を叩きつけること。
この使者は使者とは名ばかりの殺し屋であった。
使者は誰が指導者なのかの情報を受け取っていない。
だが、これは仕方がないこと。
一度勝った相手であるスロートを、ステイの者たちは嘗めていた。
使者も適当に名のある者を一人殺して、その亡骸に書状を置いていけばいいと思っている。
「ここだな……」
使者はスロートの議会へ辿り着いた。
その際、議会を訪れていたクロノに目星をつける。
クロノをよく知らなかったが、周囲の人々のクロノに対する反応から名声ある者と判断した。
クロノは使者の存在には気づいていない。
議会での話し合いを終え、どこかへ向かうクロノを使者は尾行する。
クロノが何者かへ声をかけ、もしくは声をかけられ歩みを止めた時。
携帯しているナイフを投擲し殺害するつもりだった。
「あいつら……店サボっていないかな?」
連日会議続きのクロノは眠そうな目をしつつ、ギルドへ歩を進めている。
尾行する使者に気づきもせず。
クロノは店に着くなり、嫌なものを目にした。
店の外壁に背中をつけながら接客担当の役目であろうアーティが煙草を吸っている。
元々商人であったクロノはアーティを見るなり、こいつはどうしようもない馬鹿だなと反射的に思う。
「なんだよ、クロノじゃん」
人差し指と中指で煙草を挟みながら、ボケーっとした表情でアーティはクロノを見ている。
「なんか、スロートの議長になったらしいじゃないか? 祝いにお土産は持ってきたか?」
「店の前で煙草を吸うな、客が避けるだろ? 第一に祝いの品を送るべきはお前の方だろう」
一応の釘を刺したところで、クロノは店へ入ろうとする。
「ん? ハエが飛んでいるぞ」
アーティがなにかを語った時。
クロノの耳元近くに、強い勢いで飛んできたものを受け止めたような音がした。
そして、少しだけなにかが当たったようなわずかな痛みも。
その方向へクロノは首を動かす。
ほぼ自らの目線の高さ辺りに、ナイフの切っ先が見える。
使者の投げたナイフの柄をアーティが掴んで止めていた。
「うわあ……」
状況を理解したクロノは後方へ尻餅をつき、身体が震えている。
その場にアーティがいなければ、クロノは脳を貫かれ即死だった。
「しくじったか!」
使者は即座にその場から離れようとする。
「あー、待て待て」
受け止めたナイフを恐るべき速さで投擲し、使者の心臓の位置を射貫いた。
地面へ仰向けに倒れ、使者は身動き一つしない。
「オレは全く知らん奴からのプレゼントでも必ずお返しする性質なんだ、お前も嬉しいだろう? 今度からはお前も心がけろよ」
使者の方も見ずに語る。
「あと、クロノ。なんかさっきのナイフにこんなのがついていたぞ」
ナイフに括りつけられていた書状をアーティは見せる。
「あ、ああ。そうだな……」
「ひとまず、店内で見ようぜ」
尻餅をついていたクロノを立たせてあげ、アーティは店内へ入ろうとする。
「お、おい。あいつ……あいつはどうするんだ?」
クロノは使者の亡骸を指差す。
「あっ?」
アーティは面倒臭そうな声を発した。
「知らんがな、風で勝手に飛んでいくだろ? 大丈夫、あいつならオレたちが支えていなくともやっていけるって」
適当なことを話したアーティはクロノを連れて店内へ入る。
書状をカウンターの台に広げた。
「この書状の内容は簡単に言うなら宣戦布告だな」
書状の内容をアーティはクロノにさらっと語る。
「宣戦布告だって! またあいつらはスロートに攻めてくるのか!」
「はあ?」
まさかの発言とでも言うように、アーティは苦笑いを表情に浮かべる。
「そんなこと、オレに聞くなよ。ここ使え」
一度頭を指差すと面倒だったアーティはクロノを払うように手を動かし、再び煙草を吸う。
「考えろって分かるわけないだろ!」
「あっそう。たった今、殺されかけたお前が理由を一番分かっていそうなもんだろ。まずはお前を見せしめで殺害し、次はスロートの領民たちだとでもしたかったんだろうな。相当馬鹿にされているぞ」
「さっきから誰と話してんだ?」
話し声に気づいたテリーが店内奥から出てくる。
客が来たのだと思ったのだろうか、多少の笑顔を作っていた。
だが、アーティを視認した途端、テリーは怒りの表情へと変わった。
「アーティ! 煙草は外で吸えって言ったじゃねえか!」
恐るべき早さで鞘から剣を引き抜いたテリーは、アーティがくわえている煙草を斬り落とす。
数センチ前を剣が横切ったアーティは呆然とした様子で静かになった。
「チッ、バカが! オレが煙草嫌いなことぐらい知っているだろ! テメーじゃなかったらとっくに叩き切っているところだ!」
「ちょっといいか?」
もう既に叩き切っているじゃないかと思いつつも、クロノはそれを口にしない。
「どうした?」
鞘に剣を戻しながら、テリーは対応する。
「スロートが宣戦布告をされたみたいなんだ。これからどうすればいいんだ、教えてくれ」
「どうするって、まさかお前……ん? なんか外に落ちてね?」
カウンターから外の様子を見て、使者の亡骸にテリーは気づいた。
「いや、今はいいんだ。よくはないけど、今はいいんだ」
「まさかと思うけど、今後の対策をなんも取っていなかったのか? 国の再興だけで独立を勝ち取れるはずがないだろう。もしかして、城を取り返した程度でお祭り騒ぎだったのはつまりはそういうことか」
テリーは溜息を吐き、髪をかき上げる。
「戦いはもう目の前だってのに、どうりで議会からオレたちにお呼びがかからないわけだ。なんつーか、平和ボケが過ぎるぞ。敵はな、この国を取り返すために巻き返しを図っている。そう捉えるのが当然だろ?」
「だったら、スロートの皆に戦争を伝えないと!」
「ああ、そうした方がいい。隣国のステイは軍事国家だろ。こっちも同等の戦力を用意しないとまたこの国は終わるな。それも前回以上に」
宣戦布告されたという事態に焦っているクロノに、テリーはこれからどうすればいいのかを魔導剣士としての観点から的確に指示していく。
指示されたクロノは内容を理解し、議会を通してスロートの危機を通知。
クロノの対応は早く、宣戦布告という危機を早急に国全土に発令ができた。
そのことでスロート城へは領民や元小国の兵士が志願兵として続々とやってきた。
領民たちは剣の振り方も弓矢の弾き方などの戦い方さえ知らないが、他国から従属的な支配を受けたくなかったのかとても士気は高かった。
そんな志願兵たちとともにアーティ、テリー、リュウの三人もスロート城へやってきたが、三人だけは城の応接間へ通された。
「やっぱり、オレらだけ対応が別格だよな?」
この丁重に扱われている感覚が久しぶりのアーティはどこか落ち着かない。
緊張して落ち着かないのではなく、久しぶりの大金の匂いを感じ取り、その先を妄想しているため。
「少し落ち着けって。オレたちは当然ここにいるべき存在なんだよ」
そろそろウザくなってきたリュウがアーティに話す。
「そう、リュウの話す通りだ」
部屋の外からも声が聞こえていたようで、クロノが応接間へ入ってくると同時に話し出す。
「出向いてくれて、ありがとう。三人にはとても感謝している」
「ああ、そうだろう」
返答したのは、自慢げな表情をしているアーティだけ。
「お前ら魔導剣士三人と、ギルドのライル、ルウ、綾香、杏里の四人は他の連中とは能力が違う。スロートの優秀な戦力だ。招集された志願兵や領民たちを隊長格として率い、彼らの能力促進を是非ともお願いしたい」
「もっと早くこういう話を持ってくるべきだったな、クロノ。だが、まあいい。オレたちに不可能はない。引き受けてやろうじゃないか」
話している途中から、アーティはにやにやし出す。
「早速で悪いけど、こっから先は依頼金の話になる。ギルドの全員を雇うなら料金はそれなりの金額になるよ。料金はそうだな、戦争だし大体一人頭100万が前金……」
入念に頭の中で計算していたアーティは算盤勘定の手つきに一切の淀みがない。
「なにを言っているんだ、こういう時はタダだろ、タダ。オレたちは仲間なんだから」
「なっ……に……?」
タダという想像を絶する言葉に絶句し、アーティは動かなくなる。
「ああ、それで構わないよ。その代わり食料と物資は提供しろよ」
経理担当のテリーが食料と物資の提供を条件に受け入れ、資金面では完全なタダ働きが確定した。
スロートには魔導剣士たちを雇い入れる程の資金力がない。
スロートの財政はとても切迫しており、ここで新たに兵たちの維持、食料や物資、武器などの供給が発生し、足りない部分はクロノ自らの私財を投げ打って繋ぎ止めているのが現状。
そのため、クロノが賭けたのは仲間としての信頼関係。
もしも断られるようなことがあれば、最早為す術がなかった。
「スロートの相場も落ちたもんだな。あーあ、ステイに入っていれば良かったわ」
愚痴を語りつつも、アーティは早速志願兵たちがどれ程のものかを見にいく。
「口ではああ言いながらも、あいつは生き生きしているな」
クロノはアーティの姿に少しだけ頬笑む。
若干ながら心に余裕ができ始めていた。
「お前たちって本当に良い奴らだよな。信頼して良かったよ、ありがとう」
「別にオレたちはそんなんじゃないよ。やられっぱなしなのは面白くないじゃん?」
そう、テリーが答える。
数日かそれとも数週間なのか、確実に迫り来るだろう脅威に対抗するため、各々が受け持った部隊の能力を高める訓練の日々が始まった。
登場人物紹介
サーボ(年令33才、身長173cm、人間の男性。冷静で謙虚な性格。ステイの貴族であり魔導剣士。サーベルが得意)
デュラン(年令48才、身長166cm、人間の男性、出身地はステイ。自己中心な性格で傲慢。いつも自身のことしか考えていない魔導使い。奇妙なペットを飼っている)
クロウ(年令36才、身長188cm、人間の男性、出身地はミラージュ自治区。粗暴な性格でキレやすい魔導剣士。大剣を片手で振り回すなど、強力な腕力を持っている)