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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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二つの考え

「なにを、しているの?」


ルインの動きがぴたりと止まる。


ルインの振り上げた腕を、綾香が掴んでいた。


「ノールちゃんから離れなさい。私の大事な友達なのよ」


「止めないで、綾香。この女はR一族なの」


「私の言うことが聞けないの?」


その言葉を口にした瞬間、ルインから好戦的なオーラが消え、即座にノールから離れる。


「綾香、違うの。私、貴方の友達とは知らなかったから……」


ノールから離れたルインは綾香に抱きつき、態度が一変したように許しを乞う。


「分かればいいの、もうノールちゃんに手を出さないでね」


綾香は抱きついてきたルインを素っ気なく引き離した。


「さっきからなんなの一体?」


立ち上がったノールは有紗たちを見つめる。


「ノールちゃん、久しぶりね」


「綾香さん、久しぶりだね。綾香さんも天使だったの?」


「そうなのよ、私のお兄さんが教えてくれたの。有紗さん、ていうの」


「そっちのボクを殺そうとした人は誰なの?」


「私に仕えているネコ人のルインよ、さっきはごめんなさいね」


「……聞かなかったことにしておくよ」


「話は変わるけど、ノールちゃんの本名はR・ノールなのよね?」


「そうだよ、以前も話したじゃん?」


「当然、私や有紗さん、杏里くんが桜沢一族なのも知っているよね?」


「ついさっき聞いた」


「私たちについて嫌な感じがする? 例えば、好戦的な気持ちになるとか」


「なるはずがないじゃん。好きな人と友達とその人の身内だよ? どちらかというと嫌な感じがするのはそこのネコ人」


「有紗さん、ノールちゃんは普通でしょ?」


「確かにね、オレも彼女から嫌な感じがしない」


ノールと綾香の話を驚いた様子で有紗は聞いていた。


初めてR一族と対面し、会話した有紗。


当初はなにも問題なく戦闘になるとばかり考えていた。


だが、まるで異なる反応になにかが変わってきたではないかと直感する。


「ところでさ、ノール。杏里がリターンを受けているのを知っているよね?」


有紗はノールに問いかける。


情報が行き届いていないのか、有紗はノールと初対面。


互いに天使界の要職である大天使長についているにもかかわらず。


名前や顔くらいは知っていて当然な関係なのに全く知らないのはそこへ介入する者の存在があるから。


「リターンって、杏里くんの記憶がなくなった魔法だよね」


ノールは心配そうに杏里に視線を戻した。


視線を戻したが、有紗の姿に驚き、二度見する。


「あの、貴方は杏里くんをかなり格好良くした風に見えるね」


「そういう風に見えるのは、オレが杏里の兄貴だからだよ。それじゃあ、ルイン。杏里にリターンを詠唱して」


「ええ、任せなさい」


有紗の頼みを受け入れ、ルインは杏里に向かってリターンを発動する。


リターンを受けた杏里の身に、すぐに効果が表れた。


「杏里くん、私のことが分かる?」


なにかしらの変化が見受けられたので綾香が杏里に問いかける。


「分かるよ、綾香さん」


「やったあ! 杏里くん、私は貴方のお姉さんなのよ!」


杏里に綾香が抱きつく。


「そうなんだ、綾香さんも桜沢一族なんだ」


落ち着いた様子で、杏里は綾香から離れる。


「杏里くんは桜沢一族を知っていたの?」


「ルーシェさんと戦っていた際に……死の淵に立たされたボクは急に強くなれた。ボクの背を強く押す感覚がして、ボクは本当にすべきことを知ってしまったんだ。だから、ルーシェさんにリターンをかけてもらったの」


「背を押す? それは、もしかして……」


綾香には思い当たる節があった。


これは、ノールの身に起きたものと似たような変化。


桜沢一族側の能力開花と言ってもいい。


ただそこに死んでしまった桜沢一族たちの怨念じみた思想が杏里へ悪い影響を与えていた。


「R一族がボクたちの敵だと知ったから、ノールと戦わないといけないから。敵対するならせめてなにも覚えていない状態でボクはいたかったの」


「敵対なんてしないわ、杏里くん。そんなこと考えちゃ駄目。貴方は、ノールちゃんを愛しているのでしょう?」


綾香の問いかけに杏里は頷く。


「愛しているから、尚更一緒にいちゃいけない」


「さっきから全部聞こえているよ」


物凄く不満そうにノールは語る。


「せっかく助けてあげたのに、なんなのそれ。意味が分からない」


「ボクはノールを本当に愛していたわけじゃなかったみたいなんだ」


「はあ?」


「ボクがノールに興味を示したのは、一子相伝の能力を備えているノールから桜沢一族の血脈へ、その能力を取り込むためだったの」


「どういうことなの?」


「ボクは声を聞いたの。ボクが聞いたのは祖先の声なんだと思う。ボクはノールが好きで近付いたわけじゃない。好きだと偽って近づいた理由はノールに桜沢一族の子供を産んでもらうためだったの。でも、水人と人間の関係で行為をしても意味がなかった」


「さっきから本気で言ってんのか? 杏里くんはボクが好きだと言ったじゃないか!」


「根本から間違っていたみたい。ボクは彼らの思い通りにただ動かされていたようなの。誰かが操作した通りに、ノールを騙した。好きだと偽った」


「杏里くん、それ以上言ったら殴るくらいじゃ済まないよ」


「構わない、その程度でノールの気が済むのなら。どの道、これからは敵同士」


「それで良いのか、君は! だったら、ボクのこの感情はどうするのさ! ボクは杏里くんが大好きだよ! 敵同士になんて絶対ならないからね!」


「ノールをこれからも偽っていたくないんだ」


「………」


杏里の頑なな意思を感じ取ったノールは話すのを止めた。


「杏里くん、絶対に許さないよ。ボクを好きじゃないと嫌だ!」


「分かっていないね」


ノールは両手に水が刀を模った魔力による武器、水竜刀を出現させる。


臨戦態勢に入ったのを確認してから、杏里は腰につけたサイドパックからトンファーを構えた。


ノールの持つ水竜刀は若干消えかかっている。


心の動揺もそうだが、それ以上にノールにはもう戦えるだけの魔力がない。


R一族の一子相伝の技、暗黒魔法デスメテオを“不完全ながら”も二度発動させたのだから。


それに気付いているのか、杏里は一気にノールへと接近し、トンファーを振る。


単調な動きに今のノールでも上手く躱し、杏里を間合いから引き離すため、水竜刀を振るった。


その剣を振るった射線へ杏里は自ら進む。


だが、ノールの水竜刀は魔力が保てなくなり、杏里を斬ることなく消えた。


「どうして?」


少し間を置いてから、ノールは尋ねる。


場合によっては死んだかもしれないのにと。


「普通、あの状態だったらボクを斬り殺せたのに……偶然なのかな?」


力が抜け、ノールは雲の地面に座り込む。


ノールは杏里の目を見ていた。


彼の目から溢れる雫も、一緒に。


「はい、二人とも。これ以上は止めよう」


有紗がノールたちに割って入る。


「会ったばかりで二人の関係がまだオレにはよく分からない。ただ、二人は感情的になり過ぎている。一度、距離を置いて再度話し合いをしてほしい」


「………」


杏里は静かに顔を服の袖で拭く。


「えっ、どこかに行くつもりなの」


有紗の一言に、ノールは耳を疑う。


「そうします。これ以上、ノールといると……」


杏里は有紗の話す内容に従う姿勢を見せる。


そして、有紗はノールに声をかける。


「ノール。杏里もこう話しているし、一度距離を置く。また、君に会いに行こう」


「話を勝手に進めないでよ! ボクは杏里くんと離れたくないよ!」


「でも、君たちはその状況だととても危うい。一度、気持ちを整理するべきだ。元に戻るにしても……敵になってしまったとしても」


「そんなこと言わないで。嫌だよ、ボクは杏里くんがいたから生きようと思えたのに……」


「……ノール」


そっと、杏里はノールに近づき、しゃがむと地面に座り込んでいるノールを抱き締める。


ノールもすがるように抱きついたが、それも少しの間だった。


杏里は立ち上がり、有紗のもとへ戻っていく。


「有紗兄さん、天使界を離れましょう」


「分かった」


有紗は杏里の提案を受け入れ異世界空間転移を詠唱し、ノールの前から消えた。


「………」


ノールは無言で、それを眺めていた。


ノールが落ち込んでいるのは分かっていたので、一部始終を近くで見ていたリサは困っていた。


この手の話題に、リサは上手く答えられないと感じている。


「リサ」


「ど、どうしたの?」


「ボク、フラれたよね?」


「そうなのかな? また上手く行くんじゃないのかな?」


「ボクは……これからどうしようかな?」


杏里たちが立ち去ってからも数分程を宮殿の入り口辺りでノールはぼんやりとしていた。


なんとか自分の中で区切りをつけようとしている。


「落ち込むのは分かるけど、そろそろアクローマ様へ謁見しに行かない?」


ぼんやりしているノールにリサは声をかける。


「………」


「有紗様に杏里を引き渡した報告をしないと」


「………」


「私、先にアクローマ様のところに行っているからね。絶対来てよ」


「決めたよ」


「な、なにを?」


急に言葉を発したノールに若干リサは驚いている。


「なにを驚いてんの?」


「なんでもないわ」


「ボクは以前所属していたようなギルドを作るよ」


「どうしてギルドなんかを? 要は見ず知らずの連中からお金次第で殺しや盗みも平気でする外道じゃないの。貴方には似合わないわ」


「ギルドを作れば、ボクは一人じゃない。一人で寂しい思いをしなくて済むはずだから。なにか条件がないとボクと誰も一緒にいてくれないから」


「それ以前に貴方は大天使長なのよ、一人だなんてありえない。天使界に一緒にいましょうよ? 貴方を皆が頼りにしているの」


「ボクは天使界にいるよりも、スロートで過ごしたい。なんかあったら連絡してね」


異世界空間転移を詠唱し、ノールはスロートへと戻った。

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