漁夫の利
場所は変わり、ルミナスは自らの屋敷のサロンにいた。
以前と変わらず、高級なソファーに深々と腰かけ、考えごとをしている。
「私のこと、どう思う?」
「率直に言うなら手前勝手なクズ野郎」
問いかけに即答したのは、同じくサロンにいたルーク。
目的を見失いかけたルミナスが誰かに慰めてほしくて、自らの屋敷へルーク・ドレアムの二人を呼んでいた。
「こういう時は私を慰めたりしない?」
「お前がクズだという事実しか、オレには分からない。慰めてほしいと言われても、なんていうか困る」
「私がクズなのだけは明確に間違いだからどうでもいいけど、今まで私は権力者を倒しさえすれば邪神になれるのだと信じていたの。ミネウスもそう話していたから、それ以外にはどうすれば邪神になれるのか分からないの」
そう話すルミナスを、こいつは馬鹿なんだろうなとルークは冷めた目で見つめる。
もしその内容が事実なのだとしたら、上に立つのはこいつではないと。
「ミネウス様はどうなっちゃたんだろうな。未だに行方不明のままだしさ。でさ、どうしてお前が邪神になんかなれると思っちゃったわけ?」
「これは、私とミネウスとの約束だから」
「ミネウス様とお前の関係ってなんなの? 言い方からしてそれなり親しい間柄に聞こえるけど」
「恋人」
「……はっ?」
明らかに引いているルークは若干の間を置いてから言葉を発する。
「今の姿での関係じゃないよ」
「どの姿だよ」
「元々、私は女性なの」
「そうか……」
酷くルークは落胆し、頭を抱える。
「嘘じゃない!」
怒ったルミナスは立ち上がる。
「だったら、決めた。私は絶対に女性へ戻る」
「どうやって?」
「数年前、私はルーシェに呪いをかけられたの。私がミネウスと近しい間柄になり過ぎたのが、どうもあの人の癪にさわったようでね」
「近しい間柄になったくらい別にいいんじゃないか? ミネウス様だって恋人くらい欲しいだろ」
「いや、多分私が人事にまで口を出したからだと思う。私は実績もなく誰からも推薦されずとも魔王階級者になったし。本当は№2の覇王階級者か魔界将軍になりたかったのだけど、ミネウスが駄目って言ったから」
「お前マジかよ。一時期、ミネウス様がおかしくなったんじゃないかと思える人事が何度か行われたのは……」
「私のアシストが効いたおかげ。ちなみに、ルークとドレアムの二人を嫌がらせで魔神階級にしたのも私。あーあと、カルナックやブリザードも。こっちは、私とミネウスが元エルフ族だというのを他の魔族から目を逸らさせるためにね」
「マジで? ミネウス様に認められたと思って普通に嬉しかったけど、そこまでお前が決めたの?」
「貴方たちは嬉しかったでしょうよ、だってミネウスへの嫌がらせだから。ミネウスは人事に携われなかったから、誰この人たち?って感じだったよ」
「どうなってんだよ、それは間違いなく排除されるわ。ていうかされなきゃいけない存在だ。ルーシェがやらなくとも他の誰かがお前を確実に排除していただろうな」
「やっぱり、私が優秀過ぎるのが原因なのか。優秀過ぎるが故の現状って……辛いわね」
「………」
流石に苦言を呈したい気持ちはあったが、話の流れから自分たちの境遇が棚から牡丹餅もいいところだったのでルークはなにも言わない。
「そういや、お前。男になってからミネウス様に会ったの?」
「こんな姿ではミネウスに嫌われてしまうと思って距離を取っていたんだけど……」
「なら、今はルーシェの思い通りか。なんだかんだで、ミネウス様、ドレッドノート様に次ぐ魔界の№3だったからな。それに天使界でもアクローマ、レティシアに次ぐ№3だったんだからヤバいなあいつ」
「そこが問題なのよね、私だけではルーシェに勝てない。挑むのは簡単、私が地面の下に入るのと同じくらいには。だからタイミングを計らないと」
「タイミング? まさか、お前……」
「今なら簡単よ。だって、光体化がいるでしょう?」
さらっと、ルミナスは言う。
「それは無理だろ、光体化は見て見ぬ振りが一番だ」
「無理だろと思う前に、光体化に空間転移の座標を合わせてみなさい。今、光体化は物凄い速度でルーシェの屋敷の方角へ向かって飛行しているの」
「確かに光体化は、ずっと同じ方角に一直線で飛んでいる。光体化が攻撃したのは光体化を倒そうとした魔界将軍たちだけ……って、ルーシェの屋敷から光体化に攻撃するんじゃ」
「流石、ルーク。話が分かるじゃないの。その役目を貴方にあげるよ」
「やりたくねえけど、やるしかないんだろ? 光体化に攻撃したら即座に空間転移で逃げるからな、オレは」
話がまとまり、光体化がルーシェの屋敷上空を通過する数分前にルミナスたち三人は空間転移でルーシェの屋敷近くへ移動する。
作戦に悟られぬよう、屋敷近くに移動したにもかかわらず、予想外の事態が起きた。
三人の出現した場所は、普通にルーシェの屋敷の庭園。
ルーシェがルミナスたちを待ち構えていた。
「案の定、来ましたね。裏切者たちが」
「………」
静まり返ったようにルミナスたちは黙り込む。
「私を対象に指定すれば、この場にはこれませんが、私の付近を指定すれば、この場所にこれるよう空間転移結界を張っていました。私を倒したいという安易な発想でやって来たのは分かります。死にたくなければ、今すぐに消えなさい」
ルーシェの近くには魔族らしき者たちの死体の山ができている。
光体化にルーシェと戦わせて、漁夫の利を狙おうとしていた者たちの末路がそこにあった。
そのため、最初からルーシェは好戦的で隙など微塵もない。
「生憎、ここから離れるつもりはないよ」
「そうでしょうね、ルミナスさんもこの機会にすがりたいでしょうから」
「貴方を倒しに来たの」
「わざわざ命だけは取らずにおいたのに、死を選ぶのですか」
二人の周囲に殺気が立ち込める。
「ルミナス、作戦はどうする?」
「これでいい。ルーク、ドレアムは上手くやってね」
「ああ」
ルーク・ドレアムはルミナスとルーシェから離れ、庭園から出ていこうとする。
「三対一かと思ったのですが、彼らは私に目もくれませんでしたね。彼らの目的はなんですか?」
「私の付き添い」
「貴方を殺せば、進んで戻ってくるような方たちですか?」
「それはまずないだろうなあ、逆に喜ぶと思う」
ルミナスが話している最中に、ルーシェは神聖魔法ソレイユを放つ。
ソレイユの光の波動はルミナスへ命中し、ルミナスは数メートル程、弾き飛ばされ地面へ落下した。
「私が攻撃をしないとでも?」
地面に倒れているルミナスへ不思議そうにルーシェは尋ねた。
「魔法障壁をあの一瞬で張れないはずがない。もしかすると、あの二人以外にも味方がいるのですか?」
「さあね」
倒れた際に衣服に付着した砂などを払いながら、ルミナスは立ち上がる。
「私にも勝てる見込みがあるの、たとえ一人でもね」
「勝率がわずかにでもあるのですか? それなら心配に及びません。禁止令を発動し、貴方の暗黒魔法の詠唱を阻止します」
すかさず、ルーシェは禁止令を発動し、ルミナスは暗黒魔法を扱えなくなった。
なんとなく魔力を抑制されたような感覚をルミナスは感じた。
「禁止令を受けるのは初めてですか? とりあえず、暗黒魔法を発動してみなさい。いかに自分が無力かを貴方にも感じ取れるはずです」
ルーシェは全身に魔力を高める。
「最初から分かっていると思いますが、天使としても魔族としても私の能力は貴方を遥かに超えている。勝敗など火を見るよりも明らか」
「負けるか、アンタなんかに!」
即座に魔法剣をルミナスは作り出し、両手に構える。
ルーシェは特に身構えもせず、可哀想なものを見る目つきでルミナスを見ていた。
「これでいい。私が自棄を起こしているように見せかけないと……」
深呼吸をして呼吸を整えると、再び剣を構えルーシェに突撃した。
決死の覚悟で挑んだルミナスだが、勝機はない。
ごりごりの実力主義世界である天使界で、二人は既に大天使長と熾天使との格付けが済んだ間柄。
いずれは自ら実力を見出し、越えられるかもしれないが現時点では天地がひっくり返っても勝てない。
当然、ルーシェとの戦いは一方的な流れとなった。