同盟関係
一方その頃、リサ曰く、黒一色の悪趣味なルミナスの屋敷にある二人の人物が招待されていた。
招待されていた者、それは過去にスロート隣国のラミング帝国を急襲した魔神ルーク、ドレアム。
魔神階級者の二人は、彼らよりも上位の魔王階級者であるルミナスの要請で仕方なくルミナス邸を訪れている。
彼らは屋敷のサロンへ通されていた。
「招かれたところ申しわけないが、オレも忙しいんだ。手短に頼む」
一際高級そうなソファーへ音を立てて深々と座り、前に置いてあるテーブルの上に脚を組むとルークは開口一番にそう語る。
ルークの背後には召使いのドレアムが背筋を正したまま直立していた。
「手短ではなく、じっくり話を聞いてもらわないと」
ルークの座るソファーからテーブルを挟んだ位置に向かい合う形で置かれたソファーへとルミナスも軽く座った。
「私は、この魔界の新たな邪神へなろうと考えている。そのため、邪魔な者たちには全て消えてもらおうと思って」
「へえ、それで?」
「貴方の立場を聞きたくてさ」
わざわざ魔王階級者の地位を扱い、二人を呼びつけたのは簡単なこと。
フリーでどの派閥にも所属していない二人をルミナスは危険視していた。
返答次第では、ここで殺すつもり。
「お前が邪神? 邪神にでもなったら、オレたちを側近にでもしてくれるのか?」
「側近?」
「まず言わせてもらう、オレたちを権力闘争へ巻き込まないでくれ。オレもドレアムも色々と忙しい。さあ、こんなところには用はねえ。さっさと帰るぞ」
不機嫌そうな表情をしているルークは、ソファーから立ち上がった。
「私の側近になりたかったの? じゃあ、私と同盟を組むんだね?」
「なんだと? 話を勝手に進めるな!」
「なんだ、違うの。なら帰っていいよ」
白けた表情で、追い払うように手を振る。
「言われなくともこれから帰るところだ!」
ルークは怒りながら、ドレアムと一緒にサロンを去った。
「………」
どこか白けた表情で、ルミナスは彼らが帰っていくのを眺めていた。
「彼らと戦う必要がなくなっただけでも良しとしましょう」
サロンに一人残されたルミナスはソファーに座ったまま、魔力で球体状のビジョンを作り出す。
ビジョンには魔界の大地が映し出されていた。
映された魔界の大地は五つの色で分け隔ててある。
それぞれの色が、ミネウスの部下たちが管理を任された支配地域を示している。
魔界の北エリアを統轄する大魔導師イーブル。
西エリアを統轄する暗黒騎士のイーサン。
東エリアを統轄する水人のブリザード。
南エリアを統轄する蛮族であり炎人のカルナック。
そして、天使界の元大天使長であり、ミネウスに代わり代理で中央区を支配するルーシェ。
この五人をルミナスは敵視していた。
ついさっきまで、ルミナスの殺害リストに含まれていたルーク、ドレアムは権力闘争にまるで興味がなかったため、次はこの五人を倒すと決めた。
「ブリザード、イーブル、イーサン、カルナック、ルーシェの順で潰していこう」
そう考えると魔界の大地が現されたビジョンを消し、サロンを出て支度を始めた。
その頃、ルークとドレアムはルミナスの屋敷を出てから空間転移を発動し、自宅屋敷がある南エリアに戻っていた。
ルークの屋敷はルミナスのように黒一色ではない。
外観は通常のモダンな建築技法を採用しており、比較的スタンダードな造りになっている。
しかし、やはりそこは魔神階級の貴族。
ルミナス同様、屋敷の大きさは変わりなかった。
「ルーク様、はたしてあれで良かったのでしょうか?」
「なにが?」
「ルミナスと手を組むことで我々が捜し続けているあの男を……」
「あいつは誰の力も借りずに殺すと決めている。それにな、あんな見るからにわけの分からない奴と手を組むだなんて最初からゴメンだ」
「分かりました、ルーク様。貴方の仰る通りです」
「……ありがとう。本来なら頼るのも手だとオレも本当は思っている。でも、父上と母上の仇は、オレとドレアムの手で討ちたいんだ。頼りにしているよ、ドレアム」
「ルーク様」
照れ臭そうなルークを見ながら、自らに対してそう思ってくれていたことが分かり嬉しい反面、複雑な気持ちをドレアムは抱いていた。
この全幅の信頼は、悲劇から生まれたものだから。
「おおっ?」
ふいに屋根の方から声が聞こえた。
「ようやく帰って来たな! いくぜ!」
威勢のいいかけ声とともに屋根の上からある人物が飛び降り、ルークとドレアムの前に砂ぼこりを上げ着地した。
それは、魔界将軍であり炎人のカルナックだった。
大柄な体格、鍛えられた肉体から明らかに接近戦タイプ。
見るからに蛮族らしく肉食獣の毛皮などで作られた独特な衣装をまとっている。
「お前ら、ルミナスと会っていたみたいだな。なにをしていた、さっさと言え」
「なにもなかった。分かったのなら、さっさと失せろ」
「なんだ、魔界将軍のオレ様に歯向かうのか? ルミナス派だな? ルミナス派だろ! お前には死んでもらうぜ」
「人の話を聞いてんのかよ! 勝手に決めつけんな!」
ルークは怒鳴ったが、まるで聞く耳を持たないカルナックは炎人魔法で炎を身体にまとわせ襲いかかってきた。
「これだから脳筋野郎はムカつくんだよ! ドレアム、こいつを殺すぞ!」
「了解しました」
ルークは魔法剣を出現させ、ドレアムは空間転移で巨大な鎌を出現させると、屋敷から距離を取る。
もしもを考えれば、離れた方が戦いやすかった。
「食らいやがれ!」
カルナックの豪腕がルークに直撃する瞬間、ルークは軽く身を躱すと間髪入れずにカルナックの腕に深い斬り傷を与える。
しかし、ルークの放った斬撃は腕のみを傷つける程度の威力ではないはずだった。
カルナックの蛮族としての巨体には似つかわしくない俊敏な身のこなしが腕ごと持っていかれる威力を封じていた。
一旦、カルナックは距離を置くと自らの腕が動くかを確認するかのように、手のひらで握る開くの動作をする。
「こいつはオレ一人で殺る。手を出すなよ」
「了解しました、ルーク様」
ドレアムはルークから離れた。
「雑魚が一騎打ちのつもりか? 死期を早めるぞ」
「生憎、脳筋に負ける程こっちは落ちぶれてはいないのでね」
見下した感じの憎たらしい口調でルークは語る。
それが癇に障ったのか、猛烈な勢いのままカルナックはルークに迫る。
先程と変わらない単調な動きをするカルナックに対し、ルークは次こそ蹴りがつくようカルナックの心臓を狙って貫いた。
「ぐあっ!」
叫びにも似た声を上げ、カルナックは痛みに悶えながら剣を引き抜こうとする。
「簡単に勝負ありだ。お前、動きが分かりやすいんだよ」
「だよな、これが相手を騙すのに最適なんだ」
カルナックは動きを止め、全く攻撃が効いていないかのように振る舞う。
「なんだと?」
不味いとルークが考えた時には、すでに遅かった。
カルナックは身体に剣が突き刺さった状態でルークに抱きつき、両腕で動きを封じる。
物凄い圧力により、ルークは逃げられない。
「ダークフレア!」
そのままの状態でカルナックが魔法を詠唱し、複数の黒色をした大きな火球がカルナックもろともルークへと降り注ぐ。
「ルーク様!」
降り注ぐ光景を見ていたドレアムが叫ぶと、猛火に包まれた場所からルークが弾き飛ばされるように出てきた。
「信じられねえ……戦い方をするんだな」
ルークの声は擦れ、聞き取りが困難であった。
炎の攻撃によって身体に火傷を負い、さらに喉か肺の一部を焼かれてしまった。
それとは真逆で、ダメージが一切ないカルナックも炎の中から現れる。
「炎人のオレに炎は効かん。そして、オレの能力で魔法剣も効かない。貴様とは比べ物にならない程の強者なんでな」
カルナックは胸を貫いたままになっている剣を引き抜き、魔力を高める。
傷口が簡単に治癒され、腕に残っていた傷も消え去っていった。
「どうだ、素晴らしいだろう。死者を思うがままに操作するネクロマンシーという能力だ。今のオレを倒せる可能性がある者とすれば水人、天使族の二択のみだろう。魔族である貴様なぞに負けなどしない」
勝機を悟り、カルナックは次の攻撃に備えた。
大ダメージを与えたにもかかわらず、カルナックは全く油断しない。
瀕死に近い時こそなりふり構わない行動を取るだろうとは経験則から知っていた。
「クソ、さっきの話が事実なら一体どうすれば……」
ルークはダメージを受けた身体を奮い立たせ、再び魔法剣を出現させると構えた。
一気に距離を詰め、ルークが全力で剣を振り下ろすとカルナックは特になにも考えていない様子で左手を剣の前に突き出す。
当然、ルークの振るった剣は腕に突き刺さる。
だが、腕を途中まで斬り裂いて止まってしまった。
カルナックの並外れた筋肉により、止められていた。
「それは、さっきもやったろ? お前には無理だ」
動きを止められたルークの腹部を狙って、カルナックは速攻でストレートを放つ。
ルークは殴られた瞬間、骨の砕ける鈍い音が聞こえ、そのまま地面に倒れ込んだ。
自らの胸を押さえ、ルークは大量に吐血し、痛みに悶え苦しむ。
「ルーク様!」
ドレアムはルークを助けるためにルークへと近寄った。
「おっ、次は二人で来るのか? 意味のないことに無駄に根性がある奴は好きだ」
カルナックは何事もなかったように斬られた腕を一瞬で治癒する。
「また一瞬で……」
「貴様にはなにが起きているかさえも分からないだろうな」
止めを刺すため、カルナックはルーク、ドレアムへと迫った。
ルーク、ドレアムは武器を構えて、カルナックに備えたが……
「やっぱ、やーめたっと」
急にカルナックは立ち止まる。
「最後はオレらしく、格好良く終わらせたい。そう思うだろ?」
突然、カルナックを中心に魔力が増し始めた。
「デトネイトの発動だ!」
カルナックは炎人魔法デトネイトを発動させた。
炎人である自らを起爆剤とし、ルーク、ドレアムを巻き込む形で大爆発を起こした。
ルーク、ドレアムは激しい爆発によって数メートル程、宙へ吹き飛ばされ、大ダメージを受ける。
地面へと叩きつけられた二人はダメージが酷く、全く動きを示さず、死んでしまっているかのようだった。
「よーし、流石はオレ様だ。格好良い」
まだ身体に火をまとわせた状態で、カルナックは自らを褒め称えている。
と、同時になにかが空から舞い降りた。
空から舞い降りた人物は黒いバトルドレスをまとうルミナスだった。
「あらら、これは良いものが見れちゃったね」
笑いを隠すように口元へ手を置くルミナスは深手を負っているルークの隣に立つ。
ルークの頭に軽く足を乗せてから語りかけた。
「なにしに来やがった……」
「弱いくせに、変に反発しないで。魔神階級者の君が意気がってもなんの得にもならないよ?」
「助けてくれ、ルミナス……」
「そう、それでいい。聞き分けがいい程、意外とすんなり世の中を渡り歩けるものだ。分かったのなら同盟を組め」
言い終わったルミナスはカルナックの方へ向き直る。
「やっぱりか。オレの睨んだ通り、お前らは組んでいたのか」
「あら、脳筋なの? 可哀想ね、そういえばそういう顔をしている。組んだのは、たった今よ」
白けた表情で、ルミナスは天使化する。
ルミナスの天使族としての姿に物凄くカルナックはたじろいだ。
「お、お前は魔族だろ、どうして天使族なんだ!」
「どうしてもなにも私は天使界の熾天使階級者でもあるのだから当然のこと。ところで、私とルークについてはルーシェから聞いたのでしょう?」
「なぜ知っている!」
「カルナック、貴方は本当に馬鹿だね」
呆れたルミナスは軽く魔法の一節を詠唱する。
するとルミナスの前方に魔方陣が現れ、神聖魔法ソレイユが放たれた。
それでもなおカルナックは動体視力を活かし即座に躱したが、カルナックの後方でソレイユはUターンし、再びカルナックへと襲いかかる。
カルナックはソレイユを避けられず弾き飛ばされ、呻き声を上げ崩れ去って消えた。
「やっぱり、ネクロマンサーか」
カルナックがいた場所を眺めながらルミナスは語る。
「ルミナス……今回ばかりは礼を言わせてもらう」
ふらふらとルークは立ち上がる。
ドレアムも同じような感じでなんとか立ち上がっていた。
「あら? なあんだ、ルークさんいたの?」
「いるに決まっているだろ!」
「にしても、よくカルナックに挑んだね? なにも解決策が浮かばないのに戦うだなんてカルナックと脳の質でも競うつもり?」
「ムカつく野郎だな。奴を倒そうにもカルナックの回復速度は異常だった」
「回復量が異常なのは当たり前でしょう? カルナックの能力はネクロマンシー。カルナック自身が死者だったのだから、自らの思い通りにどうこうできたの」
「はっ? それが本当ならカルナックは思い切ったことをするんだな。自らを死者にするなんて……」
「さて、さっきも言ったけど、私と同盟を組みなさい」
「………」
明らかにルークは嫌そうな顔をしている。
「ルーク様、ルミナスと同盟を結んでみてはどうでしょうか?」
深手を負っているドレアムがルークの傍までやってきた。
「ああ、それは分かっているんだがな。カルナックがルーシェの名前を出していた時点でもうルミナスと手を組むしかないだろうな。じゃないといずれ殺される」
「で、どうするの?」
同盟を組むか組まないかの返答を待つルミナスは上から目線で腕を組みながらのふてぶてしい態度。
それに対し、ルークは怒りを感じながらもルミナスと同盟を組むことを決めた。
登場人物紹介
カルナック(年令249才、身長195cm、猪突猛進で自分主義な性格。魔界南エリア地区の魔界将軍。種族は炎人。ネクロマンシーの能力を駆使し、死者でありながら死んでいないという矛盾した不死身の身体を持っている。ネクロマンサーだが、死者は気味が悪いとの理由で使役していない)