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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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穏やかな死に方

「ねえ、ボクはテリーたちと会った方がいいと思う?」


ノールは不安そうな声で杏里に声をかけた。


持っていた携帯を水人能力を駆使し、体内の魔力空間へ収納しながら。


「ノールが会いたいなら会うべきだと思うけど、嫌なの?」


「久しぶりに会いたいよ。でも、シスイ君が伝えてくれたことを考えると……皆と会うのが怖いの」


「どうする?」


「どうしたらいいのかな、テリーはアーティを探してほしいみたいだし……ん、なにあれ?」


ノールが話している最中に、二段ベッドの付近から強力な魔力が発せられた。


二人は椅子から立ち上がり、ベッドの方を見ていると空間に揺らぎが生じる。


そこへ、黒いバトルドレスをまとったルミナスが異世界空間転移により、姿を現した。


「久しぶり、元気にしていたかな?」


「ルミナスさん、どうしたの?」


杏里が答える。


「ちょっとした用で今日は来たの」


実は、ちょっとしたこと程度ではない理由があり、ルミナスは訪れていた。


ここ数ヶ月のわずかな期間に魔界の二大巨塔が姿を消してしまったのである。


数ヶ月前、魔界№2の権力者である覇王階級者のドレッドノートがネコ人のルインに殺害された。


そして数日前、レオーネでエルフ側の支援に動いていた元エルフ族の邪神ミネウスが行方不明となり、新たな邪神を巡って魔界では混乱が生じている。


魔王ルミナスは今こそ自らが邪神となる絶好のチャンスと確信し、自らよりも邪神になり得る可能性がある者を殺害していくことを決めた。


だが、それを成し遂げるにはある理由で強い天使族と戦い、実戦経験を積む必要がルミナスにはあった。


元々倒す目的で目をつけていた者。


つまりは、一度敗北を喫したノールを倒すことで自信をつけようとしていた。


「なんか、ちょっと……」


若干、杏里の目つきが変わる。


ルミナスから不穏な気配を感じ取っていた。


「空間転移発動」


非常に素早く、ルミナスは空間転移を詠唱する。


周囲の景色は瞬く間に変わり、三人は草原のような場所に現われた。


「なにか室内の物を壊したり、よそ様へ迷惑をかけるつもりはないから場所を移動させてもらったよ」


「ノール、ボクの後ろに隠れて」


素早く杏里はノールの前に立ち、ルミナスの盾となる。


「えっ、どうしたの、急に?」


ノールは事態の流れについていけない。


まだルミナスが分かりやすい攻撃を仕掛けていないせいか、ルミナスの悪意に気づけない。


「杏里、だったかな? 君には興味がないの。ノールと話をさせてほしいな」


「断るよ、できれば今すぐに帰って」


「そっか、残念」


ルミナスは魔法剣を両手に出現させる。


ようやくノールはルミナスがなにをしに来たのか理解し、震える手つきで杏里の腕を掴む。


「ノール、ちょっと離れていて」


「うん……」


言われた通り、ノールは杏里から少しだけ距離を取る。


杏里は空間転移を発動し、自らの腰回りにトンファーのサイドパックを出現させた。


「帰らないなら追い返すよ」


トンファーを両手に構え、杏里は臨戦態勢へ移行した。


「わあ、こわーい。水人のナイト様は、とっても暴力的なのね」


ルミナスは両手から魔法剣を消す。


「じゃあ、こうしよっかな。野蛮人に近づきたくないから魔法で二人とも吹き飛ばそう」


早速ルミナスは魔法の詠唱を始めた。


杏里は相当頭に来ていた。


一気にルミナスを倒してしまおうと、ルミナスへ突撃をかける。


あと、わずかでルミナスへトンファーが当たるところまで来た瞬間。


「はい、残念」


ルミナスは詠唱を破棄し、元々詠唱してストックしておいた封印障壁を発動する。


杏里は円形の封印障壁へ閉じ込められ、振り上げたトンファーも封印障壁内部に当たり、ルミナスへは当たらなかった。


「わあっ!」


トンファーが封印障壁内部に当たった衝撃で杏里は弾き飛ばされ、地面に倒れた。


「それはね、封印障壁というの。封印障壁は受けたダメージをそのまま跳ね返す効果があるから、貴方みたいな粗暴な人を対処するのにとても役立つの」


にやにやしながら、地面に転がっている杏里にルミナスは説明する。


「障壁内にいても窒息はしないから安心して。本来なら障壁内へこもって攻撃を防ぐためのものだから安全なの。勿論、無理に壊そうとしなくても大丈夫。すぐに終わるから」


ルミナスは杏里から視線をノールへと移す。


恐怖のため、ノールはルミナスの顔を見られず、自身の足元の方を見つめながら震えていた。


「ノール、さっきから貴方はなにかがおかしい。私がいるのだから、もっと実力を発揮したり、敵対心を見せてほしい」


「………」


静かにノールは首を振る。


「本当は知っていたよ」


再び、ルミナスは表情に笑みを浮かべる。


「君の魔力量からとっても弱くなったんだなってのは、実は手に取るように分かっていた。君がそれでもなお敵意を見せてくれたなら、できるだけ酷くなぶり殺しにしてあげようと思ったの。でも、今の君は一般人レベルだから、時間をかけたくないのが本音。とりあえず、封印障壁に頭をぶつけて殺すね」


ノールの目から涙が流れる。


シスイのために生きようと決意したのに自分は結局死ぬしかないのかと。


「すぐに終わるよ、安心して」


ルミナスはノールの肩に手を置き、慰めるように語った。


「ノールから離れて!」


杏里は封印障壁を殴り続けたが封印障壁は全くびくともしない。


逆に杏里の手は封印障壁のダメージ反射機能で傷ついていく。


「あー、いいね。そうやって私は無力ですと喧伝するの。絶対にノールを守れないのが伝わってきて、こちらもやりがいがある」


ルミナスは杏里が囚われる封印障壁前まで、ノールを強引に引っ張ってきた。


そして、ノールの頭部を鷲掴みにし、封印障壁へノールの頭を叩きつける。


反動で地面に倒れ、ノールは動かなくなった。


「ああ……」


頭から血を流して全く動かなくなってしまったノールを目にし、杏里は力なく地面に座り込んだ。


「本当に君は良いリアクションを取るね、やってみて良かった。私はもう帰るから、この子の後処理よろしくね」


ノールの胸に手を当てて死んでいるのを確認したルミナスは気が済み、満足げに魔界へと戻っていった。


ルミナスが異世界空間転移で去ってから数秒後、魔力が弱まり杏里を覆っていた封印障壁は消える。


即座に杏里はノールのもとに近寄ったが、ノールはもう動かない。


悲しみと怒りに気が動転しながらも死んでしまったノールに復活の魔法リザレクを詠唱し、杏里はノールを生き返らせた。


「ノール、しっかりして」


身体が完全に治癒され、意識を取り戻したノールを杏里は気遣う。


しかし、ノールは杏里に対しても怯えているのか震えている。


「落ち着いて、ノール」


「杏里くん……」


恐怖からか、ノールは杏里を抱き締め、涙を流した。


「生きていられて良かった……」


悲しげな声で、ノールは小さく語った。


本当はルミナスに殺されていたのだと、杏里は伝えられなかった。


そして、杏里は自らがノールを救えなかったことをただ後悔するしかできなかった。


二人は無言のまま、スロートの自室へ空間転移を詠唱し戻る。


部屋に戻ってから、杏里はノールの支えになれればと積極的に会話を始めた。


だが、ノールは杏里の話をうつむき黙って聞いているだけで杏里を見ず、会話にも答えない。


その間に時間は過ぎ、気がつくと外はいつの間にか暗くなっている。


結局二人は言葉を交わすことなく就寝した。





ベッドで寝ていたノールは上半身を起こす。


ノールの内に違和感があった。


夜も遅く辺りは静寂に包まれているはずなのに、ずっと不思議な声が聞こえる。


「よくぞここまで、能力を高めてくれました」


感謝の念がこもる、優しい女性の声だった。


その声は周囲から聞こえるものではない。


自らの内側から聞こえ、声のする間、激しい頭痛がノールを襲う。


「今の貴方なら私の力を受け止められるはず」


ノールの頭痛は止まる。


直後、強力な力がノールの内側から沸き上がる。


沸き上がる力を制御できず、悲鳴に近い声を上げた。


「ノール! どうしたの!」


ノールの悲鳴を聞き、一瞬で飛び起きた杏里は二段ベッドの上から飛び降りてきた。


ベッドから飛び降りてきた杏里を確認したノールは杏里に飛びかかり、床へ押し倒す。


「あ、杏里くん!」


飛びかかったのが杏里だと気づき、杏里から離れる。


「ぐうう……」


座った状態で、ノールは両手を交差する形で両肩を掴み、自らの力を抑えようとする。


ノールの突然の異変に杏里はおろおろするだけだった。


そうしている間にノールは力を抑えられるようになり、立ち上がる。


その時のノールは魔力を分け与えた以前のノール以上に能力値が高く、強い魔力を有していた。


「………」


ノールは手を開いたり閉じたりし、自らの身体の調子を確認していたが、杏里へ視線を移す。


その目は力強く、数刻前までの弱さは微塵も感じない。


この唐突な変化は杏里からでも分かる。


自らよりも遥かに弱くなったノールが、今では互角かそれ以上の強さを有していると。


「杏里くん、天使界に行くよ」


「天使界へ行くの?」


ノールの発言に杏里は驚く。


ノールの身に起きた状態からして、休んでいなくてはいけないと考えている。


「ボクはルミナスが許せない。アクローマさんならルミナスの居場所を色々と知っていそうだから天使界に行く」


「行ってどうするの? またなにかあったらどうするの、そんなことしちゃ駄目だよ!」


「ボクなら大丈夫。なんか、強くなれたんだよ。誰かの声がして」


「声って?」


「女性の透き通った綺麗な声だった。その声を聞いたら今までに感じたことがない程の魔力が湧いてきたの。やっぱり、アクローマさんに会うのはボクだけでいいや。杏里くんは一緒に来なくていいよ」


「ボクも行くよ!」


流石にノールを一人にしてはおけず、杏里もノールについていくことにする。


夜中だというのに支度が済んだ二人は早速天使界へ異世界空間転移を詠唱し、アクローマの宮殿前へ移動した。

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