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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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給仕担当

「ここだよ、杏里くん」


ノールに連れられ、杏里は城の片隅にあった給仕者用の待機所へ来ていた。


待機所へ入ると室内には誰の姿もいない。


待機所と言っても着替えを行う場所や仮眠などを取れるベッドなどのスペースもあり、広めには造られている。


「誰もいないね。ちょっと中で待っていようか」


「そうだね」


二人は待機所内へ入っていく。


「あっ、これだよ、これ」


早速ノールはなにかを見つける。


それは給仕を行う者が使用する衣服だった。


ノールは畳んであったエプロン、ワンピースなどを広げて、杏里に見せる。


エプロンは前あて部分の長いスカート丈からなる、オーソドックスなタイプ。


ワンピースもオーソドックスな黒に近い色をした物。


「メイドさんが着る服だね」


杏里は特に興味がない。


「これは、頭にかぶるもの」


ノールはサービスキャップを杏里の頭に乗せてあげた。


「まさかと思うけど、本当にボクもこれを着るの?」


「似合うと思うよ、それで」


「ボクは男の子だから執事の格好をしないと」


「………」


うつむき、ノールは落ち込んでいる。


「迷惑をかけてごめんなさい……」


「あの、その……違うんだよ、ノールちゃん」


以前と違って、とにかくノールの心が弱くなっているのを杏里は実感する。


いつものような明るさがなく、ノールが遠ざけられたと感じるとすぐに感情に出てしまっていた。


ノールの心の支えになりたいと考えていた杏里。


ただ、その行きつく先が女装では流石に話が違う。


なんとかしなくては、と杏里は思案し出した。


「そっか、それなら良かった」


ノールは仄かに頬笑みを見せ、杏里の身体にワンピースやエプロンのサイズが合うかを確認し出す。


ああ、やっぱりそうなのかと杏里は心を決めた。


「ノール様! 杏里さん!」


そこへ、息を切らして給仕の女性が待機所へ入ってきた。


理由は当然ながら、スロートを救った救世主のノールおよび隊長格の一人だった杏里がなぜか給仕として働くことになったから。


ノールにとっては良くても、給仕たちにとってはなぜそうなったか全く検討もつかない。


それは身分の高そうな二人に給仕という仕事を行わせること自体が無礼だと考えたからだった。


「給仕は下々の者が行う仕事です、貴方方にして頂くわけにはいきません」


「ボクは給仕の仕事を下の者が行うだなんて思わないよ。ボクがこの仕事をしたいんだから、良いでしょ?」


「分かりました、救世主様の頼みであれば……」


給仕の女性は、ノールに逆らわない。


やはり、救世主としての肩書がノールの思い通りの方へ導いていた。


「服はどれを使ったらいい?」


「服はこちらから」


給仕の女性は棚の方へ行き、明らかに仕立てたばかりの新品のメイド服一式を取り出し、ノールへ持ってきた。


「こちらがノール様のものです」


「ありがとうね」


そして、なんの疑いもなく杏里の前にも行く。


「こちらが杏里さんのものです」


「う、うん」


自らは男性だというのに一切の疑いもなくメイド服を持ってこられ、杏里は動揺の色を隠せない。


見た目も顔も声も仕草も女性らしさしかそこにはないが、杏里は自らを格好良い男だと信じて疑わない。


逆に言えば、給仕の女性が来た時、杏里は内心ホッとしていた。


給仕の女性が杏里は男性なのだから執事としての仕事をすべきとノールに説得するだろうから、メイド服を着なくてもいいと。


「しょうがないな」


杏里はひとまず、服を脱ぎ出す。


「あらあら」


給仕の者は急に杏里が上半身をさらしたのを見て、ノールに視線を移す。


胸の前で手のひらをかざし、円を描くようなカーブを作った。


それは胸が全くないことを伝えるジェスチャーだった。


「あっ」


ノールは不味いと気付く。


ノールにとっては杏里が全裸でも見慣れているから気にしないが、隣にいるのは普通の女性。


流石に着替えを見せるわけにはいかなかった。


「杏里くん」


「どうしたの?」


「着替えは、そこの更衣室でやろうか」


カーテンで着替えているところを隠せる簡易の着替え所を指差す。


「そ、そうだね」


杏里もどうにでもなれと思っていたせいで、うっかり女性に裸を全てさらす寸前だったのに気付いた。


急いで簡易の着替え所に入り、カーテンを閉じる。


そこへノールも入ってきた。


「杏里くんは着替え方が分からないでしょ? ボクが着せてあげる」


ペティコートを履かせ、続いてワンピース、エプロンを着せ、最後にフリルつきのサービスキャップをかぶらせると、給仕としての服装が整った杏里を鏡の前に立たせる。


「似合っているよ、良かったね」


「ノール」


「なんだい?」


「初めて着るものばかりで、なんか不思議な着心地だよ」


「いずれ慣れるよ」


「無理じゃないかな……」


「ひとまず、ボクたちは給仕として働くから、一緒に城を良くしていこうね」


「うん……」


仕方なさそうに杏里はうなずく。


「あの、杏里さん」


給仕の女性が呼びかける。


「どうしたの?」


「似合っていますよ、きっと貴方も良き給仕者になれます」


「そうかな?」


「それで、その差し出がましいようですが……杏里さんは牛乳がお好きですか?」


「うん、よく飲んでいるよ」


「ああ、そうだったのですか」


杏里の胸元を見ながら、給仕の女性はなにか物悲しい気持ちになっていた。


「いずれは必ず大きくなりますから」


「そう?」


杏里はなんとなく背の高さについてを話していると思っていた。


その間に、ノールは自らの支度を済ませていく。


ひとまず、この給仕の女性がいわゆる給仕長だったようで、他の給仕の者たちにも話が行き渡り、ノールたちは給仕として認められた。


こうしてノールと杏里の二人はスロート城で給仕として働き始め、日々を過ごしていく。


そんな日々も既に半年以上が経過していた。


給仕として働いていた今までの平穏な日常へと戻り、ノールの精神的なものも改善されていった。


杏里はというと今では女装に対して一切の疑問を抱かず、給仕として真剣に己の職務に取り組んでいた。


結局、杏里の見込みと異なり杏里が男性だとは、一度たりとも気付かれなかった。


そんなある日、定常業務も終わり、ノールと杏里は自室でゆっくりとしていた。


テーブルの椅子に腰かけ、二人は雑談をしている。


「ボク、ノールに聞きたいことがあるの」


白いティーカップでココアを飲みながら、杏里は話す。


杏里は敬称をつけずにノールの名を呼んだ。


半年の間に二人の距離は縮まり、より本当の恋人関係になっていた。


「ボクたちの出会うきっかけが今と違っていたらどうなっていたと思う?」


「どういうこと?」


また変なことを言い出したという感じで、ノールは話を聞いている。


「ボクたちの出会いは救世主様と一人の傭兵の関係だったじゃん。それから、ハンター養成所で告白したら、ノールはボクを受け入れてくれて」


「懐かしいね。あの時は君に対してそんなに興味がなかったからなあ、ボクは素っ気なかったでしょ?」


「そうだったの?」


杏里は不思議そうな顔をしている。


杏里の中では、ノールがすぐに告白を受け入れた=ノールにも好意があったなのである。


恥ずかしがっているのかなと杏里は発想を軌道修正し、ノールに話を合わせることにした。


「ボクはノールと話せるだけでも良かったから、あんまり気にしていないかな」


「そう?」


「もしも出会い方が違ったら、どうなっていたと思う? ノールは気にならない?」


「別にそんなのどうでも良くない?」


また夢見がちなことを飽きもせずにと、まるで関心がないノールはゆっくりと紅茶を啜る。


「ボクはね、こういう出会いが良いなあと思うの。ボクとノールは出会った時から……」


静かにノールは目を閉じ、うたた寝をする姿勢に入る。


「ノール、起きてよ」


杏里はノールの肩を掴み、揺すった。


「良い話だったよ、杏里くん。君の話す通り、ボクもそうありたいよ」


「まだ、なにも話していないよ?」


「杏里くんはいつも夢見がちなんだよ。最初からって話の流れからして相思相愛だったとか言い出すんでしょ。この世にあるはずがないじゃん、ファンタジーじゃあるまいし。なにか物的要因や過程があって初めて人は相思相愛になれるの」


「ノールは嫌なの?」


「現実をねじ曲げてなにが楽しいの? そんな安っぽいシチュエーションだと、あっさり別れるのが関の山」


「それなら、ノールはどういう出会い方がしたい?」


「ボクは普通の水人で、杏里くんは普通の人間。二人とも恋愛経験もなく、ボクは結婚適齢期を逃しそうだったから焦りで君の告白を受け入れ、杏里くんは最初からボクの身体目当てだった。この出会い方で良かったと思う。今思っても酷い出会い方だな、これ。とても恋人同士とは思えない……」


予想外の一言に杏里は聞くんじゃなかったと少しうつむいた。


その時、室内に携帯のBGMが流れる。


「あっ、ちょっと待ってて」


杏里に軽く声をかけ、ノールは手のひらを掲げる。


そこに水から湧き出るように携帯が出現し、ノールは電話に出た。


ノールに電話をかけてきた人物は、テリーだった。


シスイと魔導剣士修練場へ行く際に渡していた携帯で、今でも二人はたまに電話のやり取りをしていた。


ノールはテリーの声を聞けて嬉しく思った。


ただその際、アーティが行方不明になった旨を伝えられ、水人検索の能力を使って探してほしいと頼まれる。


テリーの願いを聞いてあげたかったが、ノールは反射的に携帯を切ってしまう。


再び傭兵として関わりを持つことを身体が勝手に拒絶したためだった。

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