新規参入
なんの相談もなくクロノが店を訪ねた四人を加入させてから、わずかに数分後。
なにも知らないアーティたちが、とある仕事の依頼を終えて店に戻ってきた。
スロートが解放されたからといって自らの仕事を忘れず、淡々と対応している。
「おや? お客様か?」
店内に見覚えがない四人組とクロノがいたため、アーティは接客対応をする。
「ほら、クロノ。なにをぼやっとしているんだ、居たんならさっさとお客様に飲みものくらいは出してやらんかい。さあ、お客様。お金さえ払ってくれるならなんでも依頼通りにしますよ!」
なぜか上機嫌でアーティは接客というには程遠い対応を取る。
これが、アーティの普段の接客対応。
「おかえりなさい、貴方がアーティさんですね。僕たち、新しく加入したのでよろしくお願いします」
そんなアーティに対し、赤い髪の少年が礼儀正しくアーティに挨拶をする。
「なんだって?」
意味が分からないアーティは少年から、店番をしていたクロノの方へと視線を移す。
「そこの四人をギルドに加入してやったんだ。どうだ、手練れ揃いだろう? オレのような百戦錬磨の商人は目利きがいいのさ」
軽く親指を立て、良い仕事をやった感のあるオーラがクロノから滲み出ている。
「クロノ、勝手なことするなよ。それよりも……」
アーティの目線が、先程クロノがものを漁った方へと向く。
「店内のものいじったろ。位置が変わっているぞ」
「なにが問題なんだ? 別にいいだろ、店のものが一つや二つ減ったくらい。あと、彼らのおかげでお前らの仕事の負担も減るんだからさ」
「それは困る、ここは歩合制だし。つうかお前、店のものの話が先なのかよ」
「元々この店もこの店にあった家財一式も全部オレのものだぞ? 置いているのは単なるサービスだ。お前らのものが他にあるのか? ほれ、言ってみろ」
「……さて、まずは自己紹介だな」
クロノとの“十分な話し合い”を終えたアーティは四人の正式加入を決めた。
クロノは仕事のためとは言ったが、アーティは戦力として見ている。
今ここで雇わなくては、彼らが隣国のステイに行くことも考えられた。
「とりあえずは、自己紹介からしようか」
住居スペースでクロノの時と同様に、アーティたちは自己紹介をする。
「オレの名は、アーティ。魔導剣士なんだ。そこにいる二人もな」
手短にアーティは自己紹介する。
「で、オレは魔導剣士のテリーだ。こんな格好をしているけど、オレは女」
「なんかさ毎回思うんだけど、女だと強調する意味なくない? あーあと、オレはリュウだ。よろしく」
三人の自己紹介をクロノは聞きながら感心していた。
魔導剣士で相当の手練れなのに、やはり驕らず威張りもしない三人の、らしさが本当に気に入っている。
前日行われたスロート解放の立役者なのに、新参の者に対しても上から目線の立場を取らない。
ここまで来ると逆にクロノの方が、勿体なさを感じている。
「ああ、そうだ。オレも自己紹介をしないとな。オレはこのスロートで不動産業を営んでいるクロノという者だ。このギルドのパトロンでもある」
それから、アーティは今までのこなした依頼などを一通り説明する。
こちらも淡々と経緯についてのみ。
「次は君たちの話が聞きたいな」
一通り話し終えたアーティが四人に話を振る。
「それじゃあ、僕から」
綺麗な赤色の髪をした少年が手を上げる。
「僕の名前はルウ。スロートの隣にあるロイゼン魔法国家所属の魔法使いなんだ。得意な魔法は炎人魔法だよ」
ルウが話すと、最初にカウンターから声をかけた青色の髪をした冒険者風の青年がルウの肩に手を置く。
「オレの名は、ライルだ。ルウはオレの弟で兄弟なんだ。オレもロイゼン魔法国家所属の魔法剣士をしている。オレはルウと違って水人魔法が得意だ」
「それでね、僕と兄さんは凄く仲がいいんだよ!」
「そうだな」
「兄さん?」
素っ気ない声にルウはライルを見上げる。
「ルウ、そろそろ帰ってもいいんだぞ?」
「……どうしたの、兄さん?」
ライルの対応にルウは焦っている。
「と、とりあえず、他の人にも聞いてみたら?」
ルウは他の二人に話を振るように語る。
この兄弟はなにか訳有りなのかとアーティは思った。
「君はなんていうの?」
次にアーティが話しかけたのは、女性だった。
腰の辺りまで長く綺麗なウェーブがかったブロンドの髪をしたスタイルの良い女性。
彼女は服の上に白衣を羽織り、この世界では比較的高価な品である眼鏡をかけている。
「私の名前は橘綾香。医者と賢者を兼務しているの。見ての通り、私はとっても強いのよ。でも、血を見るのは嫌だから戦うのは苦手かな。医者も休職中だし。あと、これが私の武器」
当然のようにショットガンを見せびらかす。
この世界では絶対に手に入るはずのない高度な文明レベルのもの。
綾香はあるはずのないオーバーテクノロジーを手にしていた。
「戦うの苦手なの? このギルドはモンスターハントやマンハントを生業にしているけど」
知ってか知らでか、アーティはショットガンをスルーしている。
「本当は衛生兵の立ち回りをしたいの、それが私の性分に合っているだろうから。でも、あいにく私は強いの。私は怪我した貴方たちを治療し、さらに強い。これなら安心して貴方たちも戦えるでしょう?」
綾香は自らを強いと何度も強調している。
それとなぜか、戦いたくないというのも強調している不思議な女性だった。
「ちなみにだけど、私の出身地はルーメイアのフォートよ」
「ルーメイアのフォート? 全然聞いたことがないな」
「ええ、そうでしょうね」
綾香は、くすくすと楽しそうに頬笑む。
なにか色々と隠しているのが見て取れる。
「最後はボクだね。ボクは春川杏里、トンファー使いなの。年は確か今年で16だったような気が……」
最後に話したのは可憐な少女の容姿でありながら、ボーイッシュな服装を着用し、こちらも眼鏡をかけた人物。
ブルーグレーの髪色をし、腰辺りで髪を結っているその姿はとても愛らしく、皆を惹きつける天性の魅力を持っている。
顔つきが若干綾香に杏里は似ていた。
「これが、ボクの武器だよ」
頬笑みながら杏里は腰につけたサイドパックから、二つのトンファーを取り出す。
トンファーを手にし構えた時、杏里の雰囲気がどこか変わった気がした。
それでも、サイドパックにトンファーを戻した途端に雰囲気の変化が元に戻った。
一時的ながらも能力上昇がある点にアーティは関心を示したが、それ程でもないかとも思った。
「ボクは困っている人や助けを欲しがっている人たちを一人でも多く救いたいんだ。弱きを助け、強きを挫く。それがボクのモットーだから」
「そうなのか、それは良かった」
とても楽しそうに杏里は話すが、アーティは軽く話題を流す。
こういう人殺しも厭わない仕事でこの手合いの台詞を素面で語れる輩はどこかがおかしいとアーティは経験則的に考えている。
「へえ、独特な考え方だね」
珍しいものでも見たような反応をリュウはしている。
アーティたち三人は弱きを助け、強きを挫くなど死ぬ程どうでもよい。
「問題なのは戦闘能力だな……」
様々な戦法を持ち得るだろう四人をどう評価するか、アーティは考えた。
「これで男性が二人、女性が二人仲間になったわけか。釣り合いが取れていいな」
全員の自己紹介が終わり、リュウはどこか楽しげ。
普段男装している男勝りなテリーよりも一目で女性だと分かる仲間の加入が嬉しいらしい。
「ちょっと待って。多分、ボクを勘違いしているよ。ボクは見ての通り男だからね、間違わないでほしいな」
恥ずかしそうな素振りをしながら、杏里は少し怒る。
「嘘だろ? だって杏里と綾香は似ているからてっきり姉妹かと」
「姉妹でも兄弟でもないよ、ボクたちは」
「ええ、そうよ」
綾香もその話題を否定する。
「そうなんだ」
女性かと思っていた人物が男性であると分かり、リュウの関心が杏里から逸れていく。
そんなリュウと杏里とのやり取りを見ながら、テリーにある疑問が生じる。
「あいつ、どうやったら女みたいな見た目に? 全然化粧もしていないのに、本当に不思議だ」
テリーは杏里の方を見ながら、一人そう思う。
本当は女性らしくしたいテリーはわずかながら杏里に羨ましい感情を抱いていた。
「自己紹介も終わったことだし、歓迎会を催そう。大丈夫、金なら心配するな」
どこか自慢げにアーティが語っている。
「分かったな、クロノ。美味い酒と美味い食いものを手配しろ」
「馬鹿野郎、お前も準備をするんだよ」
グダグダしながらも歓迎会の準備を進めていく。
普通に歓迎される側の者たちも手伝うことになったが、なんとか歓迎会を行う。
街での宴には参加しなかったアーティたちだが、歓迎会はとても楽しんでいた。
アーティ、テリー、リュウは最初から知っていた。
まだ戦いは終わっていないと。
相手を軽んじ、勝利の愉悦に浸っている場合ではない。
事実この時、隣国のステイではあることが起きていた。
登場人物紹介
春川杏里(年令17才、身長164cm、人間の男性。天然の片鱗が見える。トンファー使い。目が悪く眼鏡が欠かせない。髪の色はブルーグレー。声、顔、身体つき、仕草が限りなく女性に近い)
橘綾香(年令25才、身長170cm、B90W64H85、人間の女性、出身地はルーメイア。マイペースなおっとりとしたお姉さんらしい性格。散弾銃などの銃火器操作が得意。以前までは別の世界で暮らしていた)
ライル(年令18才、身長175cm、水人の男性、出身地はロイゼン魔法国家。優しい性格だが弟のルウにのみ、ある理由で関心が薄い。水人なので髪の色が青。水人の氷の能力だけが扱える)
ルウ(年令15才、身長158cm、炎人の少年、出身地はロイゼン魔法国家。素直な性格。以前のように兄とは普通に接したいと思っている。炎人なので髪の色が赤)