スロート改革
翌日、クロノから命を受けた兵士がノールたち、ミールたちの部屋をそれぞれ訪ねてきた。
軍隊整備を行うので是非ともノールたちに参加してもらいたいとのこと。
それで、ノールたちはクロノに会うため城の図書館へと向かう。
「どうして、クロノさんは図書館に?」
城の廊下を歩いていたジャスティンが疑問を口にする。
「財政難だから図書館にいるの」
「あっ、そうなんだ」
納得した様子でジャスティンは頷く。
「クロノさんは図書館で勉強しているからだよ」
ノールが嘘をついたため、杏里は否定した。
「………」
聞こえていない振りをノールはしている。
「くそっ、クロノめ。私を誰だと思っているのだ」
ノールたちが歩む先から、愚痴を漏らす声が聞こえる。
スロートの貴族将兵と思しき三人の男性がこちら側へ歩いてきていた。
「前スロート王国の時代から、この国を守る由緒正しき家柄の者の名すら知らぬとはなにごとだ。私は貴族の長テイルだぞ。こんなことは初めてだ。この私の顔に泥を塗りおって……」
自らをテイルと呼ぶ、身なりが煌びやかな服装をした恰幅の良い男性は長々と愚痴を語っている。
「テイル様の仰る通りでございます。クロノとかいうあの男、噂によると貴族の出ではないとのこと。おそらくは我々が高名な貴族の家系であるのを妬み、このような当てつけを行ったのでしょう」
「そうだな、時雨。領民に選ばれたとかどうとかは知らぬが、あの行動を見ればそうであるとしか思えんな」
「そうですな、礼儀を知らぬのも下等な者であるからで全て説明がつきます。元々、本来ならば高名な貴族である我々こそ出来損ないの領民を率い導くべき者。いずれはスロートの王となるテイル様に私、ミラディンはついていきます」
「スロートの王か」
そこでテイルの怒りはクールダウンした。
別にテイルはスロートの王になろうとは考えていない。
「……私が王になった暁には貴公らにも領地やそれ相応の地位を与えてやろう」
しかし、気を良くしているのは事実。
テイルのご機嫌取りをしている配下の二人、時雨とミラディンにはそう伝える。
「あの風景、どう思う?」
何気なくノールは他の三人に尋ねる。
「よくもまああんなことを抜け抜けと。ああいう身の程を弁えないクズが上層部にいるから国が乱れるんだよ」
ジャスティンはイライラしながら率直に答えた。
「おい、そこの」
すると、テイル・ミラディンよりも先行し歩いていた時雨がノールたちに声をかける。
「さっさと退け」
明らかに命令口調で物を語る時雨は、ゴミを払うように手を横に振るジェスチャーをした。
高貴な身分の我々が通るのだから、邪魔者は廊下の隅にでも立てと言わんばかりに。
露骨な対応にミール、ジャスティンは感情を顔に出していたが、ノールはミールたちの前に手を差出し宥めた。
「すみません、どうぞお通り下さい」
ノールが謝り、四人は道を開けた。
「そうそう、言葉通りにできるならばそれでいい」
機嫌を良くした時雨は堂々とノールたちにそう語る。
時雨にとってはノールたちを褒めているのである。
そのまま、三人が通り過ぎようとした時、テイルはノールと杏里に気付く。
「なんと、美しい」
テイルは立ち止まり、品定めでもするかのように顎の下に手を置いた。
「お前たち、私の下で使用人として雇ってやろうか? それどころか、お前たちのように美しい女性ならば、私の妾にしてやっても構わないぞ」
「嫌です、すみません」
軽くノールは頭を下げた。
「ボクも性別が同じなのでお嫁さんにはなれません」
杏里は別に頭を下げない。
「なんだと、貴様等。テイル様がお声をかけていらっしゃるというのに断るとは! そこに直れ!」
ミラディンと時雨は腰に携帯していた剣を鞘がついたまま手に持つ。
二人を鞘で叩くことで罰を与えるつもりらしい。
テイルが気にかけている女性であるため、斬るつもりはない様子。
「貴公たち、少し落ち着け」
テイルは他の二人を宥める。
「しかし、テイル様……」
「構わんさ、無礼については不問とする。いかに領民であろうと、いずれは私の偉大さに気付けるようになり、自ら申し出てくるであろう。ともかく、物騒だから剣を仕舞いたまえ」
二人が腰元へ剣を戻したのを確認したテイルは二人を率いて廊下を歩いていった。
「うざかったね」
ぽつりと、ノールはささやく。
「男の人に結婚して欲しいと頼まれたの、ボクは初めてだよ」
「あれは勘違いだよ、杏里くんを女だと思ったから結婚してと頼んだの。妻にと言っていたじゃん。男に男が好きだなんて言い出したら、隣で聞いているこっちはいい迷惑だよ。はい、こんな話はここでおしまい」
女性と勘違いされたと理解した杏里はテンションが下がった。
そしてもう一人、杏里以上にテンションが下がっている人物がいた。
「あのオッサン、僕を全く見なかったね」
ジャスティンがミールに言う。
「僕が男装しているから? ううん、違うよね。テリーさんは男装していても見る人によっては女性だと気付けるし……やっぱり胸かな?」
「かもね」
「気にしているんだから否定してよ。にしてもなあ、杏里くんは僕よりもないのに……」
「ジャスティン君は小さい胸を気にしていたの?」
「そう、というか小さいとか言うなよ。気にしているんだから」
「女性の身体の中で胸は一番個性が出やすいんだって。ジャスティン君の個性なんだから大きさはそれで良いんだよ」
「個性ねえ、ミールがそういうのなら」
ジャスティンはミールに頬笑みかける。
数分後、ノールたちは図書館へと着いた。
そこまで辿り着く間に、テイルたちのように今までに見たことのない者たちが多数見受けられた。
スロート建国から二年目となり、少しずつ軍隊が完成されようとしていた。
「クロノさん、なにか用があるらしいね?」
ノールは図書館のいつも通りの席に座っていたクロノに近寄り、声をかける。
「ああ、お前らはアーティとかいう薄情者と一緒に他の世界に行っていない。つまりは、ギルドを辞めたんだろ? となれば生活に窮するのは目に見えている。オレがお前らに新しい仕事をやろう。軍隊に入れ、どうだ簡単なことだろう?」
ノールたちを目にした瞬間にクロノは一方的に語る。
「えっ、なんなの、いきなり」
「ギルドを辞めたな?」
「うん」
「仕事はあるのか?」
「今はないよ」
「オレが仕事を世話してやろうか?」
「だから軍隊に? どうしようか?」
ノールは他の三人を見る。
杏里、ミールは乗り気だが、ジャスティンは特に反応せず、ミールを見ている。
ノールたちは素寒貧もいいところなので問題ないが、ジャスティンだけは境遇がまるで違う。
この国どころか、この世界で一番のお金持ち。
莫大な資産を持っている資産家の令嬢だから、このまま四人でエリアースへ帰り、戦いとは無縁の暮らしをしても構わないとも考えていた。
「よし、決まりだな」
クロノはどんどん話を進めていく。
なにがあってもノールたちを逃がすつもりはない。
ノールたちが余計な考えを巡らす前に話をつけさせようとしていた。
本来なら時間をかけて伝えるべきなのはクロノも最初から理解している。
だが、アーティたちがなにも言わずに出ていったのが非常に癪にさわり、ノールたちだけでもと強硬な姿勢を取らせていた。
「お前らが強いのは先刻承知だ。相応の地位として大将~少将の役職を任せようと思うんだ」
「つまりはそれって、偉い人になれるの?」
「そういうことになるな、お前らの命令に兵たちは従う」
「クロノさんは?」
「オレは最近軍隊の元帥として、そして国の帝として即位した」
「ふーん」
よく分からなかったノールは普通に流したが、民主的な国家なはずなのに帝がいる上に、権力がクロノへ集中していた。
「実際のところ、オレはお飾りみたいなもんだ。それはともかく、どの辺の階級にするかを決めるからどういったことができるのかとか話してくれない?」
クロノはノールたちの名前が書かれた用紙を、机に山のように積まれた書類の中から取り出す。
最初からノールたちを軍隊に雇用する気満々な様子。
「ボクは……なんにもできないよ」
「オレはノールが一番できると思うけど? 一人の女の子として普通に接していても、スロートに住む者の大半は今でもノールを救世主と信じている」
「ボクはギルドを辞める時に経験値をアーティたちへ全部渡しちゃったの。これからはもう戦うつもりもないし」
「その……頼む、ノール」
先程までグイグイ話を進めていたのに、急にクロノはトーンダウンする。
真剣な顔つきで、ノールを見つめていた。
「クロノさん、ノールちゃんは嘘を話しているんじゃないの。水人としての水の操作ならできるかもしれないけど、初歩的な魔法も今では扱えないの。魔力量の操作で身体を強化するのもできないから戦うことも今では……」
ノールに変わって、杏里がノールの現状を話す。
「そうなのか、困ったな」
ようやくクロノにも伝わり、悩んだ様子で腕を組む。
「でも、ボクは給仕の仕事ならできるよ」
「……給仕?」
予想外の一言にクロノのペースが乱れる。
「ボクは戦うよりもそっちの方が向いていると思うし」
「救世主が給仕って流石にそれはなあ」
「ボクは構わないよ、杏里くんも一緒だから」
「えっ?」
急に名前を出されて杏里は驚く。
このタイミングで名前を出されるということは、つまり。
「そこまで言うのなら、それでもいいかな。悪いな、二人とも」
もうすでにノールとともに杏里も給仕で働くことがクロノの中では決定していた。
「それじゃ、杏里くん。給仕さんの支度部屋に行こうか」
ノールは杏里の手を握る。
しかし、杏里は黙ってふてくされ、動こうとしない。
「杏里くん、どうしたの?」
「今の話はおかしいでしょう、ボクは兵士として戦うよ」
「………」
少しだけうつむき、杏里の手を離すとノールは寂しそうに一人で部屋を出ていこうとする。
「う、嘘だよ、ノールちゃん」
不味いと感じた杏里はノールについていく。
「あの二人は強いから、とても期待していたんだがな」
「クロノさん」
ミールが呼びかける。
「僕たちがいることを忘れてもらっちゃ困るよ」
「確かにそうだな、二人には以前兵士の指導をしてもらっていた時期もあった。ただ、オレは実戦で戦っているところを見ていない。二人は戦場で兵士を率いて戦えるか? いや、言い方が違うな。人を殺せるか? そして、殺すように的確な指示が出せるか?」
「出せるよ」
ミールは即答する。
「いいか、ミール。オレにこんなことを言われたら、アーティも杏里もそんな些細なことを今更言うのかと苦笑いでも表情に浮かべ呆れているだろう。やっぱり、まだ人殺しはしたことがないんだな」
クロノは椅子から立ち上がる。
「でも、あの連中のお眼鏡に適ったのは間違いない。二人を将校として雇用させてもらうぞ」
「ところで、将校って」
「ああ、気にするな。すべきことならいくらでもある。よし、二人にはこの大陸にあるステイの他の四ヶ国、これらの国家への挨拶回りに参加してもらう。もっと早く行う手筈だったけど、オレよりの将校の人数が少なくて今までまともに行えなかったんだよな」
「挨拶回りに?」
「今から二人をスロートの中将、少将に任命する。異論はないな? 分かったのなら兵士を数人連れて挨拶回りにさっさと各国を歴訪してくれ」
その結果、ミールとジャスティンは城の兵士を引き連れ、他国への挨拶回りを行うため城を離れた。