一族の関係者
「私に用かな、このような幻人の巣窟にまで」
「お前がドレッドノートだな?」
剣を構え、ライルが聞いた。
「水人、礼儀を知らぬのか。名を名乗るのなら、まずは貴様からだ。第一、私の名を聞くためにここまでやって来たのかね?」
「違う、この世界にいる幻人を全て消滅させてほしい」
「当然それはできない。彼らは私の作り出した新たな魔法人種だ。彼らに生きる権利と自由を与えてはいけないのかね?」
「なんだその言い草は。お前の作り出した幻人で一体どれだけの人たちが……」
「連中は自らをこの世の全てであると思い込んでいた。親切にも私の幻人たちがその思い上がりを修正し、新たにとって代わろうとしているだけではないか。それのなにが不満だ?」
不満げにドレッドノートは溜息を吐く。
「仕方がない、私も大人だ。とんだ浅知恵でも理解ができるよう、一つ一つ区別なく議論してあげよう。さあ、まずは話してみなさい」
「そうかい。少しはまともな奴だと思ったんだけどな」
「ライル、止めときなさい」
ライルが戦闘態勢へ移行すると、ルインに肩を掴まれた。
「ここは私に任せる約束だったはず」
「そうだな……」
ライルは身を引き、代わりにルインがドレッドノートの方にすたすた歩いていく。
「貴方程の実力者ならば、シナリオは見たはずよね?」
「ああ、見たとも」
二人はなにかを知っているかのように話を続ける。
「私は、シナリオでお前の行動を見たのだ。R一族の封印を解いたお前が、私の前に現れるのを」
「あの封印は勝手に解けたの。私が解いたものではないわ」
ルインから表情が消える。
ルインは戦闘態勢に移行していた。
「そうだったか」
ドレッドノートは自らの無限に近い魔力を極限まで集中させる。
しかし、既に勝敗は決していた。
「貴方、知ってた?」
いつの間にか、ドレッドノートの隣にルインが立っている。
「………」
無言のまま、ドレッドノートはルインを眺める。
ドレッドノートの口からは血が溢れた。
胸の辺りに獣の爪で抉られたような致命傷が与えられていた。
「貴方のように強くなった者を生き返らせるには、リザレクを扱う詠唱者側も貴方みたいに強くなくてはいけないの」
「知っている、私を蘇らせられる者など数少ないだろう」
咳き込み、血を吐きながら語る。
「まだ、死なないで」
ドレッドノートをルインは支えた。
「なぜ、シナリオで知った真実を変えようとしなかったの? 貴方の力なら、この死を変えられたはず」
「お前が、R一族の者と……本来は……ルーメイアで」
再び、ドレッドノートは血を吐く。
それだけを言い残し、ドレッドノートは生き絶えた。
「R一族……」
ルインの強い殺気が周囲を覆っていく。
たが、それもすぐに収まった。
「ライル、ルウ。綾香たちと合流しましょう」
「あっ……ああ、分かった」
ライルはルインが発していた殺気で、言葉が一瞬出せなかった。
ルインが味方であると理解した上でも殺気で全身が硬直していた。
「発生元を倒したから幻人もこの世界から消滅するわ。今となってはそんなことどうでもいいけど」
合流するため、ルインたちはドレッドノートの城のエントランスまで戻り始めた。
「ねえ、ルイン。ドレッドノートとは知り合いだったの?」
来た道を戻りながら、ルウはルインに声をかける。
「知り合いではないわ。でも彼がR一族派の人物と分かれば生かしておけない。彼がここでの死を選んだのは、なにか理由があるはず。それが私には分からない。ちなみにR一族は数百年前まで総世界の一切を牛耳っていた悪徳集団よ」
「R一族……?」
もしかしたら、R・ノールの一族なのでは?とルウは思った。
それはライルも同じ。
しかし、それを二人は話さない。
「私の手でドレッドノートを倒したのだから、綾香にいっぱい褒めてもらうの。そして、彼に口説いてもらえれば私は……」
「えっ、有紗さんに?」
「いえ、綾香によ?」
「でも彼にって」
「ルウは桜沢一族についてをよく知らないのね。ああ見えても綾香は男性なの。桜沢一族は必ず見た目が女性のようになってしまうから間違えるのも仕方がないけど」
「その一族がどうとかは知らないけど、綾香さんは女性だよ」
「本気で言っているのかな? 桜沢一族は代々男性しか生まれ落ちない特殊な一族なの。女装している姿に、ルウは誤解をしている」
「その言っている意味が分からないよ。綾香さんは桜沢一族とか関係なく確実に女性」
ルウは困惑していた。
その時、通路向かい側から人影が見えた。
それは綾香たちであった。
「なんか物凄い殺気を感じたけど……大丈夫だった?」
「あの殺気を出していたのは私よ。気にしないで」
そっと綾香に近寄り、ルインは抱き着く。
ルインは綾香に抱きついた際に綾香の身体、特に胸の辺りをさわっていた。
「綾香、貴方は女性だったのね」
「それがどうかしたの?」
身体をふれられ、綾香は微妙な顔をしている。
先程の問いかけに否定も肯定もない。
なぜならそれが当たり前だから。
それでようやく理解したルインは、がっかりしたように肩を落とす。
「なんでもないわ。それよりも、ドレッドノートを倒したわ」
「ドレッドノートを倒したのか!」
有紗がルインに尋ねる。
「ドレッドノートはR一族に加担する人物だったから。元々、R一族派の者は全て殺すつもりだし」
「ありがとう、ルイン」
「礼を言う必要はないわ。私は桜沢一族に仕えているのだから」
合流した綾香たちはドレッドノートの城を後にした。
そして、綾香が空間転移を詠唱し、フォートへと戻った。
フォートへ戻った綾香たちはエージ宅の前へと現れる。
事前に連絡してもいないのに、エージは既に家の外で待っていた。
「ただいま、エージ君」
「綾香、帰ってきたんだね!」
エージは帰ってきた綾香に勢い良く抱きつく。
「気安く綾香にくっつかないでもらえる……どういうことなの、なぜ負け犬が?」
知り合いなのか、ルインはエージに対して怪訝な表情を浮かべる。
「この心底ムカつく頭の悪そうな声は……ルイン?」
「エージ君、ルインを知っているの?」
「勿論だよ、会いたくもなかったけど。でもどうして、ルインが? なんだかとても嫌な気分になっちゃったよ」
「私に仕えたいらしいから一緒にいるの」
綾香はルインの方を見る。
「いいかしら、ルイン。エージ君に酷いことを言っちゃ駄目よ」
「それを言う相手が違うんじゃないの、綾香?」
微妙ないざこざがあったが、エージは全員を家の中に招き入れる。
「ルイン、ほら見なよ。オレの家には暖炉があるんだ」
リビングまで来ると、若干馬鹿にした口調でエージは暖炉を指差した。
「今から薪を焚いてあげるから、暖炉の傍で丸まって寝てなよ」
「この犬、また今度同じことを言ってみなさい。あの世行きだから」
エージの隣に立ち、頭を殴りつける。
「はははっ、じゃあ美味しいお魚を焼いてあげようか?」
互いに出会った瞬間から罵倒し合っているが、二人の仲は良好そうなので他の者たちはそれ程気にしていない。
そのせいか、大事な点に気付けない。
今のルインの一撃はエージに対し、力の加減を全く配慮していない一撃。
それを顔色一つ変えずに耐え切るなど、有紗でも不可能だったはずなのに。
その夜、全員が寝静まった深夜、ルインは家の外に出ていた。
ルインは庭のベンチに座り、なにかを考えている。
「なにやってんの、ルイン?」
いつの間にか、ルインの背後にエージの姿があった。
眠そうに目を擦るエージはパジャマ姿でナイトキャップをかぶり、腕には大事そうにくまのぬいぐるみを抱えている。
「オレは別に番ネコしろとは……野生に帰るにはまだ早いよ?」
「なんだ、負け犬か」
つまらなそうにルインは語る。
「隣、座っていい? ああ、気にしないで。ちょっとネコ臭くても我慢するから」
「アンタくらいよ、この私の面前でそんなこと言うの」
ルインは静かに空を眺めている。
ルインが見つめる空には雲一つなく、半月の月や綺麗な星々が見える。
「なんか、嫌なことでもあった?」
エージはルインの隣に座った。
「さっきから嫌なことがあるの」
「相談に乗る……」
そこまでエージが話した時、ルインはエージの頭を殴る。
丁度殴りやすい位置にいたのが、ルインにとっては好印象。
「………」
静かにエージはくまのぬいぐるみの腕を掴み、自らの頭を撫でさせる仕草をする。
「くまくまは心配してくれているけどさ、なんていうか弱くなったね」
「くまくま……? やっぱり、エージには分かってしまうの。あの空間に記憶も言葉も忘れかける程に閉じ込められていたから……私は力も魔力も衰えてしまった」
「こっちも大変だったよ。皆、いなくなっちゃった。生き残りは多分オレだけかも」
「それでも私たちには希望がある。貴方が綾香を守っていてくれたんでしょ?」
「いや、それがその……実は綾香が桜沢一族だと分かったのはつい最近で」
「嘘?」
「だって、綾香は女性だったから。桜沢一族は男性しか産まれないはずなのに。でも、この世界にいる間は綾香を守ってきたつもり。綾香は最初からオレに優しくしてくれたから」
「確かにそうね、最初から女性と分かっていたら似ているくらいの認識しか持たないか」
「ルイン、綾香と仲良くなりたいんだろ? こうすると綾香は喜ぶよ」
楽しげにエージは両手の親指と人差し指を合わせて、ハートマークを作る。
一切の淀みなく綺麗なハートマークを作れる辺り、何度もこの動作をしているらしい。
「本当に?」
そこで、家の玄関の扉が開く音がした。
その一瞬でルインの隣からエージが消える。
空間転移を発動したらしい。
「ルイン?」
家の中から出てきたのは綾香だった。
偶然、ルインが外に出ていたのに気付いた様子。
ベンチの背が少し高く、そこにエージも座っていたことには気づいていない。
「月を見ていたの?」
「そう、なんだか眠れなくて。夜風に当たれば気分が良くなるかなと思ったの」
「私と同じなんだ」
「座る?」
ルインはベンチから立ち上がり、手のひらをベンチへ向ける。
「うん」
ルインが座っていた方へ綾香は座り、ルインはその隣に座る。
「綾香、今まで私は貴方に自分勝手なことばかりしてしまったわ。私の知る本当の綾香はもういないとようやく分かったの」
「そうなの」
「私、貴方をずっと男性だと勘違いしていた。それが貴方に抱きついて気付いたの、女性だとね」
「流石にそれは一目で気付いてほしいわ。男性だと思われたのなんて普通にショックよ」
「桜沢一族は確実に外見が女性のような男性しか産まれない一族なはずだったの。貴方もそうだと信じて疑わなかった。でも貴方だけは……」
「これから貴方はどうするの? 私が女性だと分かったのなら、もう私に仕える必要はないはず。そもそも貴方の話す桜沢一族がなんなのかなんて、私は今でも分からない」
「………」
うつむいたまま、ルインは静かにしている。
「ルイン?」
「私、これからも……」
様々な思いがルインのうちに逡巡し、言葉が紡げない。
目の前にいる綾香はルインの知る者ではなく、似ているに過ぎない人物。
また、ルインは別に桜沢一族に仕えていたのではなく、百数十年前に実在した桜沢綾香のみに仕えていた。
似ているだけの橘綾香の傍にいて意味があるのかと気持ちが揺れ動く。
ふと、ルインはエージの話していたことを思い出す。
「綾香、これを見っ……」
エージに言われた通りのハートマークを作ろうとしたが、途中で我に返る。
思い悩み過ぎて、この人物が当時の桜沢綾香だとなぜか誤認してしまった。
恥ずかしさを覚え、ぎこちない形になった手を引っ込める。
「ルイン?」
そっと、綾香はルインの頬に手のひらを当てる。
「………?」
不思議そうにルインはうつむいた状態から綾香の方を見る。
「こう作るの」
真剣な表情で綾香はエージの作ったものと全く同じ形のハートマークを親指と人差し指で作る。
「は、はい……これからもよろしくね、綾香」
無事に綾香はルインの心を射止め、ルインは今後も綾香に仕えることにした。
どこかに行くと思っていた綾香にとっては期待外れもいいところ。
明くる日、綾香たちはギルドへ依頼を出していた隊長トレインに依頼完了を伝える。
しかし、トレインはここ最近幻人が全く現れなかったのにもかかわらず、依頼金を払おうとしない。
それは当然、トレインには幻人を野に放つ黒幕がドレッドノートだと気付けるレベルの能力者ではなかったから。
結果、平和なのは時間が経てば分かるとルインが脅しをかけ、強引に依頼金を奪い仕事は終了。
今後の対応は、アーティからの連絡が来るまで綾香たちはエージの家に滞在することとなった。
エージの家で生活を始めてから数ヶ月が経過した日、テリーから綾香の携帯に連絡が入る。
それによってアーティの身になにが起きたのか、綾香たちは知ることとなった。