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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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本拠地潜入

次に綾香が目にしたものは、要塞内の天井だった。


ゆっくり身体を起こし、周囲を確認する。


「気付いたかい? 身体は大丈夫そう?」


自らが寝ていたベッドの傍らへ椅子を置き、兄の有紗が座っていた。


「私は……大丈夫」


有紗の言葉を聞き、安心した綾香は先程のできごとを思い出す。


「そうだ、私のことよりも有紗さんの怪我は大丈夫なの?」


「オレは大丈夫。ルインが最上級回復魔法のエクスを詠唱してくれたからね」


「ルイン? あの女が……エクスを?」


「意味不明な理由で、オレを殺そうとしたのにな。ただ、おそらくだけど、綾香になにかしらの理由があってオレは命を拾えたんだと思う」


「私に理由って言われても名前も知らなかったし、会ったこともないわ」


「そうだろうな、あんなのと接点があっても困る。でも、向こうは関係が大ありらしい。ルインはオレやライルたちに綾香を別の誰かのように話していたんだ。否定しても聞く耳を持たないから綾香から伝えてやってほしい」


「私のことを? ルインと会ったのが初めてなのに?」


「綾香と姿形が酷似している人なんじゃないかな? そういう人も世の中にはいるから」


「ルインは今どこにいるの?」


「医療室を出れば分かるよ」


「分かったわ」


ベッドから立ち上がり、綾香は医療室から出た。


部屋から出た綾香は、廊下の壁に寄りかかる格好で立っているルインを見つける。


「綾香」


ルインは綾香にすがりつく。


「ごめんなさい、貴方を気絶させるつもりはなかったの」


「ちょっと、私の話を聞いて」


「どうしたの?」


ふっと、綺麗な笑顔を見せる。


先程の狂人としての様子は微塵もない。


「私は貴方の思い描いている綾香ではないの。貴方と会うのは今日が初めてだし、貴方が誰なのか私には分からないわ」


「それって、どういうこと?」


「貴方が探している人と私は別人なの」


「私を忘れてしまったの? だったら、思い出してくれるまで貴方の傍にいさせて」


「えっ?」


「綾香、私の新しいご主人様になってくれない?」


「ええっ?」


どうしてそうなるのか、綾香には理解できない。


「これもいきなり過ぎたかな? 私はネコ人のルインよ、綾香には覚えておいてほしいの。私は桜沢一族という一族に仕えていたの。過去に貴方に命を救われて……」


「ルイン、桜沢一族と言ったか」


有紗がとても関心がある様子で医療室から出てくる。


「なにかしら、桜沢一族の話題に食いつくなんて?」


「オレがその桜沢一族なんだ」


「ああ、やっぱり」


「やっぱりって、ルインは桜沢一族に本当に仕えていたのか?」


「予感はしたのよ、予感は。どこか女性らしくて、視力が低く眼鏡をかけ、戦闘能力が高い貴方は確かに桜沢一族ね。でも、私は桜沢一族の全てに仕えているのではないの。貴方に忠誠を誓う気はないわ」


有紗に関心がないような素振りでルインは綾香にそっと寄り添う。


自らが慕うのは桜沢一族でも綾香だけと理解してもらおうとしていた。


「ちょっと、なんなの一体。勝手に話を進めないでよ。貴方を仕えさせるとか決められるわけがないでしょ。そもそも私には橘綾香という歴とした名前があるの」


「橘綾香? 良い響き、綾香に似合っているわ。桜沢綾香の次に」


ルインはとにかく綾香に肯定的だった。


しかしそれは、ルインの記憶にある桜沢綾香にであって橘綾香にではない。


「さり気なく私の名前を……!」


イラッとした綾香はルインを振り払う。


「私から離れてよ!」


「ええ、綾香のためなら」


「私が命令したみたいに言わないで! 貴方を仕えさせるつもりもないわ!」


「そんな、私はどうすればいいの?」


「知らない、どこかに行けばいいじゃない!」


綾香の言葉に、ルインは強い衝撃を受ける。


ルインの頬に涙が伝った。


「私を嫌いにならないで。貴方がいないと……生きていけない」


「どうしてよ?」


「異次元空間にいた間、綾香にまた会えると信じ続けることだけが、私に唯一残された心の支えだった。でも、綾香に必要とされなくなったら私はもう生きている意味がない」


「だからその貴方が話している綾香は……」


困惑している綾香の肩を軽く有紗が叩く。


「綾香、ちょっと」


ルインに聞こえないよう有紗は耳打ちする。


「ルインを仕えさせてみたら? 誤解させたままの状態でいさせるよりも、一緒に行動すればすぐに別人だと認識できるだろうからさ。その内、自分からルインは離れていくと思うんだ」


「有紗さんがそう言うなら……」


嫌ではあるが、有紗の話も理解できる。


ルインは一体なにをしでかすか分からない恐ろしい存在なのには変わらないのだから。


「ルイン、貴方を仕えさせるわ」


「本当!」


相当落ち込んでいたルインは笑顔を見せ、再び綾香に寄り添う。


「綾香なら私を信じてくれると分かっていた」


「……貴方が言い出したから仕えさせる。でも、私たちは基本的に平等。私は命令をしないし、貴方も聞く必要がない。私を敬うようなこともさせない」


「それは、私……綾香に仕えているの?」


「あと、私の友達や有紗さんを傷付けないでね。今、私が話したことができないのなら貴方にはどこかに行ってもらう」


「分かったわ、やってみる」


綾香がルインを仕えさせたおかげで、強力な仲間を手に入れた。


この存在は、綾香たちの今後の動静に非常にプラスとなり、有紗が翌日にはドレッドノートと戦うことを決める。





翌日、有紗は要塞内の一室へ綾香たちを集めた。


「先に言っておくけど、戦うのはオレとルインだけになると思う。これは、ドレッドノートを早期に討伐するためだから分かってほしい」


有紗はライルたちに話す。


「オレたちはそこまで強くないってことか。悔しいが仕方ないな」


「ところで、ライルは相手の居場所を検索する水人検索は扱える?」


「扱えるよ、ドレッドノートの居場所を調べるんだな?」


水人検索発動のため、ライルは魔力を高めていく。


魔力を駆使し、ドレッドノートの居場所を感知した。


その過程でライルは極度に疲弊し、立ち眩みをしたかのようにしゃがみ込む。


「ドレッドノートの居場所と思える場所を捉えた。場所は……」


次にライルは方角や座標などの細かな説明をする。


「じゃあ、そこに空間転移するよ」


座標を確認した有紗は空間転移を詠唱し、一瞬で周囲の風景が変わっていく。


空間転移した先、それはドレッドノートの城。


この幻人の巣食う根城には、城の周囲を何重にも覆うおびただしい数の幻人がいた。


「よし、ルイン。こいつらを叩き潰すぞ」


「貴方に命令される筋合いはないわ。言われなくとも貴方たちの命を守ることが私の使命なのよ」


即座に臨戦態勢へ移行した有紗とルインは圧倒的な数を誇る幻人たちへ突撃した。


有紗とルインの戦いは完全に一騎当千。


あまりにも圧倒的で、瞬く間に幻人たちを蹴散らしていく。


槍が折られてしまった有紗は神聖魔法を、インファイターのルインは己の肉体のみで戦った。


戦いはわずか数分程で終わり、先程まで数千に近い数を誇っていた幻人たちは全滅した。


「なんていうか、空気を倒したみたい」


消えかかった幻人を蹴飛ばしながら、ルインはつまらなさそうにしている。


「次はドレッドノートだ。ルイン、気を引き締めてかかるんだ」


「慎重に気を抜いてあげないと相手は理不尽な思いをしてしまう。強さを端から見せつけるよりも、私はいつも戦う時は優しさを第一にと心がけているわ」


ルインは強者の余裕を見せる。


そして、有紗たちは城内に入った。


城をかたどってはいるが内部にはなんの装飾すらなく、殺風景な石造りが続いている空間がそこにあった。


「これでは城というよりは幻人の檻、じゃないかしら?」


「そうだね、綾香。ドレッドノートはここに幻人をストックして、ルーメイア中に送り届けていたんだと思う。ひとまず進んでみよう」


殺風景な城内を進んでいく。


その途中で通路が二手に分かれる場所まで来た。


現在の面子は六人。


三人ずつで班分けし、ライル、ルウ、ルインと綾香、有紗、ジーニアスと二手に分かれることとなった。


「装飾もなければ、ずっと通路だけで部屋もないな」


石造りの同じ風景に飽きてきたライルが語る。


「幻人は人を襲うだけのできそこないよ。あれに生活なんて高尚な行いをできるはずがない。綾香の話した通り、ここは単なる檻よ」


同じく飽きているルインがなんとなく答えた。


「そういえば、ルインは宗教でもやってんの? とても信心深いようには見えないけど」


ルインが法衣をまとっているのが気になり、ライルは尋ねた。


「元々、私は力の中に神を求めた求道者だった。昔々の他愛のない話よ。聞きたいの?」


「えっ? ああ」


「私の身体がこうなってしまったのも力によるものなの」


そっと、ルインは腹部を押さえる。


ルインは今までとは異なり、悲しげな表情をしていた。


「私が死にかけていた時に綾香が私を救ってくれた。それ以来、私はあの人を支えて生きていくと決めたの。この導きも全て私の神に認められたからなの」


「認められた?」


「そう、認められた。綾香との幸福な日々が一度は立ち消えても、“あいつら”のせいで異次元に閉じ込められていても、私は再び綾香と出会えた。また、私は認められてしまったのよ。二度目となってしまえば、今まで以上に謳歌させてもらうの。私自身がこうであることを望まれてしまえば最早仕方がないわ」


「………」


言いようのない気持ちをライルは抱いていた。


「ところで」


「どうした?」


「通路の先から魔力を感じるようになったの。貴方たちはどうかしら?」


ライル、ルウは魔力を探ってみた。


確かに通路を進んだ先から、今までは認識できなかった魔力を感じた。


「この先にドレッドノートがいるのか? 異質な強い魔力を感じる」


「どうかしらね? 突然気付けるようになったということは空間転移してきたと考えられるかな」


そのまま三人が通路を進むと、ドレッドノートがいる可能性がある先に扉があった。


この城内で扉を見るのは初めて。


扉を開き、室内へ入ってみると室内は広いだけの特になにもない殺風景な空間だった。


ただ、室内の壁に青黒く渦巻くものさえなければ。


「ゲートがあるぞ」


ライルが言う。


「このゲートは魔界からの移動手段として扱っている。異世界空間転移よりも楽に魔界から他の世界へと行き来ができるのでな」


ゲートの中から声が聞こえた。


そのゲートから、白いローブをまとった人物がゆっくりと姿を現した。

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