最強の悪
「では、早速皆にはそれ相応の実力を有してもらう。とは言え、初対面の男に物を教わるのは不本意だろうから……」
「いや、実力は理解しているさ。あの幻人たちをたった一人で一掃した姿は衝撃的だった。是非とも指導をお願いしたい。ただ、今は……」
ライルは他の者たちへ視線を移す。
三人とも歩ける程度の余力はあるが、すでに体力も魔力も限界が近いからか表情にも疲れが窺える。
ライル自身も同じ状態であった。
「分かっている、魔力切れが近いんだろう?」
有紗はライルの手を握る。
即座にライルの全身に強い魔力が流れ込んでくるのを実感した。
有紗が魔力の供給を行い、魔力切れに近い状態から一気に復帰する。
「凄いな、魔力量も桁違いだ」
「さあ、他の皆も」
他の三人にも呼びかける。
ライルと同じく他の三人もたちどころに体調が回復していく。
四人の体調は非常に良くなり、この世界に来た際のコンディションまで復帰した。
数分後、ライルたちのコンディションが整ったため、有紗は能力値を確認していく。
まず初めに有紗は四人の能力を独自の理論で計測し、課題を与えた。
ライルには水人の全ての状態変化を難なく発現させられ、水人化した状態でも雷人魔法にあまり影響されぬようにすること。
ルウには炎人の能力を難なく発現させられ、対接近戦用に魔法剣での戦い方を体得し、炎人化した状態で水人魔法にあまり影響されぬようにすること。
ジーニアスにはダークエルフ化を完全に制御し、バーストを使いこなすこと。
「難しいかもしれないが、この課題を乗り越えてほしい。魔力切れになりそうだったり、どうすればいいのか分からないことがあれば、オレを頼ってほしい。できる限り支えてやるよ」
良心的な対応や能力値の高さから、ライル、ルウ、ジーニアスは有紗をとても信頼できる男だと認識した。
この男のもとでなら今以上に強くなれる。
その思いはライルたちを突き動かし、提案された課題を熟すにはどうすればいいかを考え、各々訓練に移っていく。
「あの、有紗さん?」
他の者たちはもう訓練を行っているのに、綾香はただ立っているだけ。
有紗からなんの提案も受けていないのが気にくわない。
「綾香、君は気付いているだろう? オレからの指導を受けなくとも君はもう強いんだ」
「そのようね」
意外と満更でもない綾香は普通に受け入れる。
「綾香には訓練とは別に桜沢一族についてを理解し、頭に入れておいてほしいんだ」
「なにそれ?」
「今の名前は、橘綾香というらしいね」
「………?」
言っている意味が分からない綾香は不思議そうな表情をしている。
「さっきの話で綾香はこのルーメイアを故郷だと話した。それは違うんだ、君の本当の名前も。本当の名を桜沢綾香といい、桜沢一族の末裔の者なんだ」
「急にそう言われても。私は橘綾香から変えるつもりはないかな」
「本質的にはそうだと頭に入れておくだけでもいいよ。あと、杏里を知っているだろう? あの子も桜沢一族で、オレたちの弟なんだ」
「やっぱり、杏里くんと私は兄弟だったんだ。なんとなくそんな気はしていたのよ」
「今、杏里がどこにいるか分かる?」
「杏里くんは今でもスロートにいるはずよ」
「スロート……? 聞いたことがないな。とりあえず、空間転移でスロートに行ってみようか」
「今は行かない方がいいわ」
「どうして? せっかく三人で会えるのに」
「杏里くんは、もう一人の男なの。あの子には大事な女の子がいて、今はその子に付きっ切りだろうから私たち第三者が下手に手を出さない方がいい。私たちが会いに行けるのは、杏里くんかその子から携帯で連絡が来た時になると思う」
「そこまで……」
「するのよ、だってあの子たちには不幸があったのだから」
「実は、オレは天使族なんだ。復活の魔法リザレクが扱えるから……」
「その子も天使族。でも、どうにもできなかった。だから今はあの二人で乗り越えていかないと駄目なの」
綾香が会いに行くのを強く拒否したため、有紗も勝手に会いには行けなくなった。
こうして綾香はすることもなくなり、他の者たちが訓練を行っている間、余暇を楽しむ日々を送った。
この訓練を行う期間中、食事などの時間以外を綾香たちは要塞内で過ごした。
この要塞が幻人たちにとっても重要なのか、幻人たちの奇襲、夜襲が日夜続いていたからだ。
それは強くなりたいライルたちに絶え間なく実戦を積ませられる絶好の場であり、あらゆる局面に対する対処法を身体に覚えさせるためでもあった。
「それじゃあ、今日の訓練も頑張ろう」
ライルたちがいる要塞の一室に有紗が呼びかける。
日々のキツい訓練で疲れ果てた身体を休めるため、救護者用のベッドに寝転がっていたライル、ルウ、ジーニアスの三人はふらふらと起き上がった。
唯一綾香だけは他の三人とは異なり、ベッドに座って雑誌を読みながらお菓子を食べている。
修行をする必要のない綾香は時間を持てあまして暇だった。
室内の様子を確認した有紗は先に要塞の外へ向かう。
そして、いつものようにライルたちと訓練を始めるはずだったが……
「なにかがおかしい……」
今までに感じたことのない恐ろしい殺気が自らに向けられているのに気付く。
有紗は、天使界でノールと同じく大天使長の地位に立つ者。
現在の実力はあのアクローマを凌ぐとも言われる程の実力者。
それでもなお、この殺気にこれ以上ない程の危機感を抱いている。
「この場にいては不味い」
要塞内へ戻ろうとした有紗の視界になにかが映る。
ゆっくりとした足取りで綺麗な銀色の髪をした清楚な女性が近付いてきていた。
女性の頭部にはネコのような耳が生えており、まとう白い法衣からは尻尾が見える。
「初めまして、私の名前はルイン。貴方は忘れて結構よ、私が覚えておくから」
ネコ人のルインは愛想良く会釈をする。
有紗はルインが自らに強い殺気を放っていると悟った。
「お前、誰だ?」
逃げ出したい程の恐怖を感じていたが、己の考えとは裏腹に言葉を発していた。
「私の名前はルイン。二度も言わせないで」
「オレに殺気を放っている理由は?」
「?」
ルインは斜め上の方を見ながら首を傾げ、口元へ手を置く。
「そんなに小難しい話を私はしたかな?」
そして、ルインは有紗に視線を戻す。
「貴方が目の前にいたからよ」
「そんな理由なのか?」
「答えが一つしかない事柄にいくら難癖をつけてみせても、結局答えは一つしかないのよ?」
ルインは身体へ覇気を急激に宿らせる。
先程までの清楚さは一瞬で消し飛び、非常に好戦的な悪意を持つ女がそこにいた。
ルインは有紗に距離を詰め、一気に迫った。
「……こいつ完全にイカれている」
ルインが迫ってきたため、有紗は即座に銀色の槍を構える。
「くらえ!」
有紗はルインに向かい、槍を薙ぐ形で振るった。
しかし、ルインは地面を蹴って跳躍し、有紗の背後へと回る。
「随分と……雑ね、貴方は基本がなっていない。槍の扱い方が全然なっていないの」
せっかく背後にまわったのに、ルインは世話話を始めた。
「はあ……?」
ひとまず有紗はルインから距離を取り、槍を構える。
「槍はこう扱うのよ」
ルインはしゃがみ、地面に落ちている手のひらサイズの大きさをした木の枝を拾う。
「今からこれが私の槍。私の槍はとっても強いの」
親指と人差し指で木の枝を摘まみ、すとんと地面に落とす。
ただ、それだけの動作。
次の瞬間には木の枝を起点に大地は深くひび割れ、大きな亀裂が走る。
「これが人を殺す槍の扱い方よ。分かったのなら、はいと言いなさい、はいと」
ルインは立ち上がり、警戒感もなしに有紗へ最短距離で迫っていく。
そのルインを有紗は持っている槍を駆使し、連続で刺す動作をして距離を取らせた。
「化物め……」
有紗は怖くて仕方がなかった。
ルインは自らよりスピードも破壊力もなにからなにまで実力が上の領域に達している。
にもかかわらず、有紗がまだ生きていられる理由。
木の枝のくだり辺りで、ルインはあることを思い出し、わざと攻撃の手を緩めているためだった。
「貴方って、もしかしてさ」
戦いたい欲求を抑え、ぴたりと止まり、ルインはなにかを話しかけようとする。
その時、有紗の渾身の一刺しがルインの腹部辺りへ直撃した。
全力で槍を突き刺した有紗はルインに勝ったと瞬間的に思う。
しかし、現実は違った。
全力の攻撃もルインにわずかなダメージさえも与えられず、槍が乾いた音を響かせへし折れてしまった。
「こ、こいつ……」
有紗の表情は引きつり、一気にルインから距離を取って全身に魔力を漲らせる。
あの化物相手にまさかの体術で挑まなくてはならなくなってしまった。
「えっ……」
ルインは自らの腹部を見て、呆然としていた。
腹部には数ミリの切り傷ができており、血がにじんでいる。
「私の身体から血が出ているなんて」
ルインのまとうオーラが邪悪なものへと変貌する。
今までのルインの力がまるで本気でなかったと瞬時に分かる程の常軌を逸した変化であった。
「懇切丁寧な優しさが間違いだと気付く時があるの。例えば、今とか」
強力な魔力を一瞬で練り上げ、ルインは球体状の魔力のオーブを作り出す。
球形状をしたオーブを放つと、その想像を絶する威力は周囲を巻き込み抉りながら、有紗ごと粉砕していった。
「………?」
不思議そうに破壊された場所をルインは見つめる。
だが、すぐにルインは上空を見上げた。
ギリギリで上空へと空間転移を発動させた有紗が天使化した状態で空に浮いていた。
「貴方は天使族だったの? そうねえ……」
ルインは空にいる有紗をどう倒すか思案し出す。
殺害方法を考える、この時間がルインにとっての至福。
にやにやしながら、脳内シミュレートで有紗が死に行く様を数々思い描いていた。
「あいつは本当に不味い……一体どうすれば……」
有紗は本気で悩んでいた。
有紗自身、相当の戦闘力と経験、レベルを兼ね備えているがこれ程までの相手と会ったことも戦ったこともない。
いくら考えても自らの決定的な敗北しか結果が見えない。
なんとかして勝てないかと空中を飛行しながら思案していると、綾香たちが要塞内から出て来るのが有紗の目に入った。
「まだ他にもいたのは知っていたけど、どうしよっか? あっちから……」
ルインの姿が陽炎のように消える。
ルインがなにをするのか気付いてしまった有紗は綾香たちの前に急降下し、着地した。
刹那、綾香の前に降りたった有紗の腹部になにかが突き刺さる。
衝撃により吐血をした有紗に刺さったものはルインの腕であった。
「残念だわ、貴方が馬鹿だったなんて。それで身を挺して仲間を守ったとでも言うのかしら? とんだ、お笑い草。それは悪手と言うの。この中では貴方が一番強いはず。なのに貴方から命を差し出すなんて、貴方には失望したわ」
有紗の身体から手を引き抜き、もう片方の手で有紗の首根っこを掴むと、鮮血で染まった手を有紗に見せつける。
「見て。誰のかしら、こんなに血がついている。分かるかしら、貴方は助からない、もうすぐ死ぬの」
「お前、手刀使いなのか……」
「違うわ、私はオールラウンダー。手刀は私が極めた体術の一つに過ぎない。貴方が私にしたことをお返ししただけ」
とりあえず、ルインは有紗の右腕を掴み、手首・肘・肩と手順良くへし折り砕いていく。
「お前!」
ライルは水人の力を駆使し、有紗の両腕を器用に砕くルインを倒すため氷の剣を作り出した。
「焦らないで」
ライルの声に反応したルインは、ライルに頬笑みかける。
「順番は必ず回ってくるの、貴方は安心してそこで待っていなさい」
ライルは頬笑みかけられた瞬間、全く身体が動かなくなった。
その笑顔の裏にある強烈な殺意。
蛇ににらまれた蛙のごとく、ライルは全身が硬直し、もうそれ以上身体が動かせなくなった。
「どうしたのかしら、天使さん」
出血が酷く、既に意識がなくなりかけている有紗の頭部を掴む。
有紗が叫び声一つ上げないのがルインには理解できない。
「仲間が近くにいるわ、助けを呼びなさい。それか泣き叫びなさい。もしくは死にたくないと私に懇願しなさい、死ぬ前に」
「や、止めなさい!」
ライル同様に一歩も動けなくなっていた綾香がルインに向かってショットガンを放つ。
このままでは兄が殺害されるといてもたってもいられなくなり、恐怖という呪縛から解放され、なんとか攻撃ができていた。
だが、ショットガンの魔力の弾はルインの顔や頭部に当たるも痛がる様子もなければ、当たった反動さえもない。
ルインにとっては小さな羽虫が頭部にふれた程度。
「誰なの、一体? 私に向かって……」
そこまで言いかけたルインは綾香と目が合ったまま動きを止める。
「な、なによ!」
ショットガンを構えたまま綾香は叫ぶ。
「綾香、どうして貴方がここにいるの?」
ルインは綾香の顔を見て、とても驚き、そしてなぜか嬉しさを抱いているようだった。
「貴方は私が異次元に封印される前に死んだはず……だったのに」
有紗から手を離し、ルインは綾香に駆け寄った。
「こ、来ないで!」
恐怖を感じ、綾香はルインに向かって数発ショットガンを乱射したが先程同様に、ルインに当たってもルイン自身がなんの意にも介さない。
「私よ、綾香! 貴方のルインよ!」
ルインは綾香に抱きつく。
極度に嫌がり綾香は振り払おうとするが、明白な力の差から離れられない。
今まで兄を殺そうとしていたルインが、次の標的に自らを選んだとしか綾香には思えなかった。
「……うぅ」
自らの身に起きるだろう不幸を受け入れられず、綾香は意識を失った。