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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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桜沢一族

要塞を巡っての攻防が約一時間経過した。


戦闘の初期の頃は、数に任せて幻人たちを追い込んでいたが、気付けば劣勢に立たされている。


いくら倒しても要塞から溢れ出てくる幻人たち。


事態は刻一刻と悪化していく。


「キュア!」


幻人の攻撃を受け、倒れかけた兵士にライルは回復魔法を放つ。


「てやっ!」


そして、かけ声を上げ、幻人を頭から股にかけて一刀両断し斬り倒した。


「ほら、立てるか! 戦場から離れろ!」


兵士を立たせ自らが盾となり、逃げる時間を稼ぐ。


そして、次の兵士のために戦い続けた。


今回の戦いは、もう立て直しの効かない負け戦。


ライルは自ら殿(しんがり)を務め、できるだけ多くの命を救う戦いを行っていた。


「あっ、ライル君」


必死で戦っていたライルが進む先に、偶然綾香がいた。


炸裂音を響かせながら綾香は迫りくる幻人たちを容赦なくショットガンで撃ち倒している。


綾香の銃のセンスは恐ろしい程に高く、どんな体勢、角度で銃を撃っても確実に命中し、なおかつヘッドショット。


例え躱されても銃弾自身が幻人の頭部目がけ自動的に誘導され、これが必中の理由となっていた。


今現在もライルの方を見ているのに、幻人たちにだけ銃弾は命中している。


「一体どういう戦い方をしているんだよ……」


綾香の戦っている姿を間近で見たライルは恐ろしさを感じた。


接近戦で戦うのが前提のライルにとっては別次元の戦い方。


銃というものの破壊力や凶悪性以上に、綾香の底知れぬ強さを感じた。


「気付いたら私が最前線みたい。もうちょっとだけ時間がかかりそうかな?」


「お、おう……凄いな本当に」


ただ、綾香がこの戦闘方法を確立させたのは対ノール戦以降。


実はあの戦いでの敗北を相当根に持っている。


綾香とノールは友人関係であるが、この戦い方はノールを仮想敵として編み出したもの。


「兄さん!」


ライル、綾香とは別のところで戦っていたルウが二人のもとへやってきた。


ルウは傷だらけで身体の至る箇所から血が出ている。


炎人化すれば一瞬で怪我は治るが、残存する魔力量が少なく回復への余裕がない。


「皆、撤退している。僕たちも早く逃げよう!」


「ああ、早く逃げないとな」


ライルたちの獅子奮迅の活躍により、トレインの部隊は大半が撤退を完了させていた。


戦場に残されている生存者はもうあとわずか。


「逃げるの?」


綾香は要塞を指差す。


「私たちの進む先はそっち」


「本気かよ」


流石のライルも強引に綾香を引っ張ってでも撤退しようとした。


そのライルを無視して、綾香はショットガンを射ち続ける。


ここでライルは綾香の異変に気付く。


平然と撃ち倒しているように見えていた綾香はもうフラフラの状態。


汗をかき、呼吸も荒く、足元も覚束ない。


攻撃という手段に自らのありったけを全て乗せ、綾香は戦っていた。


「撤退するんだよね!」


ターゲットが減り、次第に囲まれ始めたのにルウは強い危機感を示した。


「どんどん来ているんだから! 早く決めてよ!」


側面方向から迫ってきた幻人へ、ルウは手のひらから火球を放ち、消滅させていく。


「綾香さん!」


ライルは先に進もうとする綾香の腕を掴む。


掴んだ瞬間に体勢を崩し、綾香はショットガンを杖にして、しゃがみ込んだ。


とっさにライルはチャンスだと思った。


先程までは綾香が撤退を拒否していたため、空間転移を発動しても綾香を取り残してしまう状態だったが今なら問題ない。


「空間転移を発動するよ!」


ルウが空間転移を発動しようとした、その時。


周囲を取り囲み出していた幻人たちが一気に薙ぎ倒される。


空から颯爽と舞い降りた、背に天使の羽を持つ、白銀の槍を手にした者。


若干ブルーグレー色の長い髪、細身の姿をし、眼鏡をかけた女性らしき姿。


なにやら、妙に見覚えがある人物だった。


「綾香、あとはオレに任せて」


現れた人物は宙へと舞い上がり、右手に持つ白銀の槍で軽く薙払い、瞬く間に幻人たちを一蹴する。


槍で攻撃を仕掛けながら、魔法の発動も同時に行い、幻人たちはなすすべなく倒されていった。


わずか数分という短時間で戦場はおろか、要塞内までたった一人で侵攻し、ついに要塞内から幻人が出てこなくなった。


破格の強さに、ライルとルウは目の前の光景をただ呆然と眺めていた。


「……どういう強さだよ、あれは絶対に人じゃないぞ。綾香さんは知り合いなのか?」


ライルはようやく言葉を発した。


「はあ……はあ……」


地面にショットガンを杖にし座り込む綾香は問いかけに答えられない程に疲弊していた。


「ルウ、ジーニアスを背負えるか?」


「大丈夫だよ、任せて」


ライルは背負っていたジーニアスをルウに背負わせた。


そして、ライルは綾香を背負う。


「ルウ、綾香さん、ジーニアス。悪いけど、撤退するのはもうちょっと待ってもらっていいか? あの人に会ってみたいんだ」


危機を救ってくれた人物と会うため、四人は要塞内へ入る。


周囲を警戒しつつ要塞内部へ入ったが、すぐに異変に気付く。


「要塞内に……幻人の死体が一つもないね」


不思議に思ったルウがささやく。


「確かにないな、とんでもないくらいにいたはずなのに」


ライルも同じく疑問に思っていた。


ボロボロの要塞内を暫し探索していると、先程の人物が近寄ってきた。


やはり、その姿は春川杏里に似ていた。


ただ、女性らしさ一辺倒の杏里とは異なり、眼鏡をかけ高身長で格好良い中性的な外見の男性だった。


「激戦だったな。この先に救護室がある。そこで休むといい」


「おかげで救われたよ、礼を言う」


「礼なんていいんだ。困っている者がいれば救うまでさ」


「オレはライルだ、よろしくな」


「僕はルウと言います」


「ライルとルウと言うのか。オレは桜沢有紗だ。綾香を守ってくれてありがとう。さあ、疲れているだろう? 救護室へ行こう」


有紗は四人を救護室まで連れていく。


他の要塞内部はボロボロだったが、この部屋だけは比較的綺麗な状態。


事前に部屋の片づけをしていたらしい。


また、救護室のベッドも非常に綺麗で他世界から空間転移で持ってきた様子。


「さあ、その女性……綾香を寝かせてあげて」


「ああ」


ライルは背負っていた綾香を白いシーツのベッドへ寝かせる。


ルウも別のベッドにジーニアスを寝かせた。


「もしかして、杏里と血縁関係だったりはしないか?」


「きっと君が話す杏里はオレと見た目が似ている男なんだろう? だとすれば、その杏里はオレの弟で間違いない」


「男……?」


そういえば、あいつは男だったか?とライルは考える。


見た目はともかくノールが好きになったのなら男なのだろうとライルは頷く。


「そっか、杏里も無事か。それなら良かった」


有紗は嬉しそうに笑い、寝ている綾香の肩に手を置く。


「オレ、綾香、杏里は三兄弟なんだ。かつて、総世界に名を轟かせた桜沢一族という一族の末裔さ」


「桜沢一族? 聞いたことがないな……」


「今では昔話だからな、知っていたらいいなと思って」


「有紗さん」


ベッドに寝ていた綾香が弱々しい声で有紗の名を呼ぶ。


「私たちを助けてくれてありがとう」


「綾香にそう言われると嬉しいな、助けた甲斐がある」


「有紗さん、お願いがあるの。フォートを……ルーメイアを救ってほしいの」


「勿論だ、オレに任せろ」


「良かった……」


落ち着いたのか、綾香は寝に入る。


限界まで身体を酷使し、もう意識を保っていられなかった。


「綾香、随分無茶な戦い方をするんだな。そんな戦い方じゃ、長くは生きられないよ」


悲しげな表情で有紗はベッドへ軽く腰かけ、綾香の頭を撫でる。


「綾香さんが必死に戦ったのは、故郷を救いたかったからだと思うんだ。有紗もこの世界を救いたかったんだろ?」


「故郷? 違うよ、オレたちの故郷はここじゃない」


「それって、どういう……?」


ライルもルウも今の言葉に困惑していた。


綾香自身が自らこの世界を故郷だと話していたのに。


ふと、ここである疑問に行きつく。


「そういや、名前が違うよな。綾香さんは橘綾香と名乗り、桜沢姓を名乗っていない。育ての親が違うとかそういう話か?」


「そうだ、オレたちが幼い頃に本当の両親は殺されてしまった。オレは三人がともに行動していては一族が潰えてしまう危険性があると考え、逃げる途中に行きついた世界で育ての親になる者を探していたんだ」


有紗はベッドから立ち上がる。


「本来なら二人を早めに迎えに行くべきだったんだが、オレが強くなって二人を迎えに行った時にはもう二人は同じ場所にいなかった……でも、綾香は杏里を自力で見つけたんだろ? 杏里は今どこにいるんだ?」


「多分だけど、二人とも過去の記憶がないぞ。勿論、有紗どころか互いに兄弟なのも覚えてすらいなかった。二人とも親が死んで天涯孤独になったと話していたし」


「そ、そんな馬鹿な」


ライルの一言に有紗は驚きを示す。


「まあ、無理もないか。あの当時からもう十数年の時が経過しているしな。兄弟がいたことも忘れてしまうのも仕方がないか。二人とも今よりずっと幼かったから」


有紗の言葉は自らに言い聞かせているようにライルたちは感じた。


「それじゃあ、オレは外で見張りをするから君たちも休むといい」


有紗は救護室を出ていく。


それから数時間後、ようやく綾香もジーニアスも立って、普通に話せる段階まで回復した。


「大変だったな、二人とも」


救護室へ戻っていた有紗が二人に声をかける。


「有紗さん、貴方が私のお兄さんなのよね?」


「うん、そうだよ」


「やっぱり兄弟なのね、私たち。危機に瀕したルーメイアを救うため、生き別れた兄弟が故郷で再び出会うだなんて奇跡みたい」


「綾香、その……ルーメイアはオレたちの故郷じゃないんだ」


「えっ、嘘?」


「その反応からして綾香はこのルーメイアに来る以前の記憶を失っているのは間違いないな」


「過去と言われても……だとすれば、有紗さんはどうやって私のもとへ来てくれたの?」


「このルーメイアに来たのは本当に偶然だったんだ。魔界の中枢を担う男がいる。その男の名は魔界の覇王ドレッドノート。なぜか、ドレッドノートはルーメイアで幻人を生み出し、破壊の限りを尽くしている。オレはそのドレッドノートの討伐のため、この世界へ来たんだ」


「ドレッドノート? その男が全ての元凶なのね」


「ああ、そうだ。ドレッドノートを倒さなくてはこの世界に未来はない。彼は幻人たちを設置したゲートから大量に送り込んでいる。そのゲートの一つがこの要塞にあったわけだ」


「そういえば、この要塞内に入った時にはもう幻人がいなかったけど」


先程不思議に思ったことをライルが尋ねる。


「幻人は全てドレッドノートの能力で生み出された者たちだ。倒されれば全て時間差で消滅していく。要塞内部にいた者たちも外にいた者たちも今ではもう皆消えているさ」


「そうだったのか」


納得したのか、ライルはうなずく。


「さあ、話はこの辺にして。そろそろ皆をフォートに送るよ」


「どうして? ドレッドノートと戦うんでしょ?」


「綾香、君も君の友達も安全な場所にいてほしいんだ」


「嫌よ、それでは私の気が済まない。私の故郷を壊しておいて絶対に許せない」


「故郷……そうだね、それならどうしようかな。皆も同じ気持ち?」


有紗はライルたちに話を振る。


「ああ、オレたちも目的は同じだからな」


「そっか。だったら皆にはドレッドノートに立ち向かえるよう今以上の実力になってもらいたい」


有紗とともにドレッドノートを討伐するため、綾香たちは一旦要塞から出る。

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