幻人との戦い
「オレたちは席を外そうか」
そっと、ライルはルウとジーニアスをつれ、楽しげに話す綾香たちから離れた。
エージの家を出る頃には、辺りは暗く闇に包まれようとしていた。
「暗くなっちゃったな」
ライルが独り言を話す。
「兄さん、どうして外に?」
「あの二人を邪魔しない方がいいだろ。ようやく再会できたんだ、オレたちは余計だろ」
「そうなのかな?」
ルウはエージの家へ目線を移す。
「でも、兄さん。僕たちはどうするの?」
「街を散策してみようと思ったんだ。暗くなっちゃったけどな」
ひとまず、三人は時間を潰すため、フォートの街を歩く。
数分後、城門の辺りから喧騒が聞こえた。
「騒ぎ声が聞こえるぞ。幻人が攻めてきたのかもしれないな。仕事を引き受けている立場だし援護をしに行こう」
ライルたちは城門へと向かう。
城門付近に辿り着いたライルたちは城壁の上から必死に弓矢を放っている兵士や、城門を必死に押さえている兵士などの姿を確認する。
「まだ、城門の外にいるみたいだな。よし、やるか!」
ライルは剣を抜く。
「僕に任せて、ライルさん」
そう語るジーニアスに次第に強力な魔力が集中していく。
魔力が集約していくにつれ、ジーニアスの瞳や髪の色が綺麗な緑色から黒色へと変化した。
「どうしたんだ、ジーニアス……?」
ジーニアスはライルの問いかけにも答えず、城壁の門へ向かって駆け出す。
「おい、待て!」
突然駆け出したジーニアスにライルは制止するよう叫んだが、ジーニアスは止まらない。
その瞬間、城門が突破され城壁内に人間のような姿をした半透明な物体が雪崩のように侵入した。
暗い闇にうっすらと浮かびあがる白い霧が人型になったような存在。
それが、幻人であった。
「あの霧、人の形をしている」
幽霊と思える姿をした幻人にルウは恐怖を覚えた。
そんな幻人相手に一人にしておけないと、ライルとルウも城門へ向かって駆け出したが……
「バースト発動」
なんらかの魔法を詠唱し終えたジーニアスは片手を城門から侵入した幻人へ向かってかざす。
かざした手のひらの前に魔法陣が現れ、侵入してきた幻人の数だけ光線が放たれていく。
その放たれた光線は致命的なダメージを与えられるであろう部位を射ぬき、幻人を全て絶命させた。
「思った以上の威力だ」
ジーニアスは充実感のある笑みを表情に浮かべる。
嬉しさがにじむ口調で語ったジーニアスに普段の様子はない。
まだまだ城門の外にも幻人がいるらしく、ジーニアスは魔法を放ち続ける。
「兄さん、ジーニアスの様子が……」
巻き込まれるわけにはいかず、二人は距離を取った。
「ああ、桁違いだな。間違いなくダークエルフ化をしている」
「ダークエルフ化?」
「エルフ族が暴走状態に陥った時になる変化だ。あの状態になると身体のリミッターが解除され、尋常でない強さを得られるらしい。確かに見ての通りだな」
「でも、そんな状態いつまでも続かないんじゃないの? リミッターを外すなんて……」
二人が話していると、ジーニアスに変化が起きた。
なんの前触れもなくジーニアスは膝から崩れ落ち倒れてしまう。
「ジーニアスの魔力が切れたようだ。ルウ、ジーニアスを助けに行くぞ」
ライルは駆け寄り、ジーニアスを抱き起す。
意識はないが、呼吸をしている。
先程までまとっていた強力な魔力も今では見る影もなく、急激な魔力の消耗が意識を失った原因だった。
ふと、ライルは城壁の外に目をやる。
ジーニアスが連続で魔法を放ち続けていたため、多数の幻人たちが死滅していた。
「凄いじゃないか、一体なにをしたんだ?」
城壁の櫓から応戦していた兵士たちがとても信じられない様子で三人を見下ろしている。
とりあえず、幻人が片付いたことで兵士たちは城門を閉じ、補強を始めた。
「兄さん、ジーニアスをエージ君の家に運ぼう!」
心配そうにルウは話す。
「ああ」
ライルはジーニアスを背負い、エージの家に向かう。
ライルたちがエージの家まで戻ってくると人影が見えた。
家の前でうろうろしている綾香がいた。
「皆、どこに行っていたのよ」
ライルたちの姿を見て、綾香は安堵した表情をする。
それから少しうつむき、目元をハンカチで拭いていた。
「綾香さん、ゴメンな」
ライルは不味かったかなといった表情で綾香に優しく言葉をかける。
「どこかに行くのなら、私にも知らせなさいよ」
綾香は着用していた白衣のポケットにハンカチをしまった。
「その、綾香さん。ジーニアスが大変なんだ。休ませたいから先に家に入るわ」
ジーニアスを早く休ませるため、ライルは綾香を通り過ぎて家に入る。
「ライル君は私に興味がないのかしら……」
「ねえ、綾香さんは医者なんでしょ? ジーニアスを助けてあげて」
ルウは綾香の腕を引く。
「ジーニアス君は寝ていたんじゃないの?」
「城門から幻人たちが侵入してきたんだけど、一人でジーニアスが全員倒したんだ。でも、魔力切れで気を失っちゃったの」
「身体に相当負担をかける戦い方をしたのね、あの子は。こういう時こそ医者の私が看てあげないと」
綾香は急いで家に入り、それにルウも続く。
先にベッドへ寝かせていたジーニアスを綾香が看病することになった。
「ジーニアス、大丈夫?」
寝室へと運ばれたジーニアスを綾香が看病していると、エージが水の入った容器とタオルを持ってきた。
「全然大丈夫よ、ただの魔力切れだから」
ジーニアスの眠るベッドに腰かけながら、綾香が答える。
「そっか、良かった」
エージは笑顔を見せた。
魔力切れは死に至る程のものではなく、時間の経過で魔力や体力は元に戻る。
魔法が扱えず体調不良や身体に痛みを感じるが、人であるのならばとりあえず問題ない。
「いつ頃、ジーニアスは良くなりそう?」
「魔力を限界近くまで使い果たしているみたいだから、まともに動けないと思うの。数日はベッドから抜け出せないでしょうね。それに……」
綾香はジーニアスの頭を撫でる。
「ジーニアス君の髪の色が変わったみたい……緑色の綺麗な髪だったのに今では真っ黒」
「ジーニアス、ダークエルフ化しているんだよ」
「ダークエルフ化って?」
「ダークエルフ化は自らの能力全てのリミッターを解除し、本来出せる限界以上の魔力や攻撃力を一時的に手にする変化だよ。ただ、ダークエルフ化はエルフ族が追い込まれ、命の危機を感じた時に相手を圧倒する目的で扱うような起死回生の変化。普段は絶対に使わないよ。だって、こんな風になるから」
「ジーニアス君がそこまでしないといけない相手だったのかしら、幻人って?」
「違うよ。吹けば飛ぶレベルの幻人なんかに使っても楽しくないだろうし。きっと、強くなれたから試してみたかったんだよ。良いなあ、そういう時が一番楽しいもんね」
「良く知っているのね、エージ君。貴方、戦闘経験ないんじゃなかったの?」
「そ、そうだけど……うん、人から聞いた話を覚えていただけだよ」
饒舌に話していたのに、綾香に問いかけられ、エージは誤魔化し出す。
たまにエージは博識な大人のように話し出すことがあった。
そういう姿も綾香は気に入っていたが、指摘すると途端にエージは誤魔化して話を終わらせようとするので、あまりふれないようにしていた。
とにかく今はジーニアスの体力が回復し目覚めるまで、エージの家に待機となった。
身体の内側からの刺すような強烈な痛みを感じ、ジーニアスは目を覚ました。
声を出したくなる程の痛みに悶え苦しみながら周囲を確認し、部屋の中にいるのだと気付く。
カーテンからは木漏れ日が漏れ、外はもう明るくなっていた。
「ジーニアス君、目が覚めたかしら?」
丁度、綾香がジーニアスを確認しに来た。
「綾香さん?」
「あっ、おはよう、ジーニアス君」
ジーニアスが横になっているベッドに綾香は腰かける。
「身体は大丈夫?」
「無理そうかも。自分の身体じゃないみたいに身動きができないんだ……」
「無理なダークエルフ化の反動ね。その変化は当分しない方が身のためだわ、貴方にはまだ制御ができていない。貴方が本当に必要とした時にだけ変化をするべきよ」
「僕もそう考えていたよ。身体が全然動かなくなるなんて思わなかった。僕はもっと能力を高めて強くならないと」
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
手首につけた腕時計で綾香は時間を確認する。
そして、ジーニアスを腕を引っ張る形で自身のもとへ引き寄せた。
「ど、どうしたの?」
「これから戦場へ向かうの、早く支度をして」
「それって……僕も?」
「当たり前でしょう。昨日、私たちは傭兵として正式に雇われたばかりよ?」
「僕は身体が痛くて」
「仕方がないわね」
綾香はジーニアスを背負い、トイレに連れていった。
その後は洗面所で顔を洗い、歯を磨き、髪のセットなどを綾香がしてあげた。
ここまでなにもできない状態なのに、普通に連れていこうとする綾香にジーニアスはもうこのままでも行くしかないと心に決める。
綾香がジーニアスを背負い、城門まで行くとライル・ルウが待っていた。
「ジーニアスは……まだ無理なんじゃないか? かなり辛そうだ」
「ええ、まだ本調子ではないわ。でも、大丈夫よ」
「そ、そうか? 綾香さんがそういうなら」
ライルは不自然に思いながらも、一度綾香に命を救われた経験から普通に信用している。
「それより、トレインさんたちはどうしたの?」
「トレインたちならとっくに。以前奇襲されて奪われた要塞を取り返しに行くってさ」
「要塞? そこを取り返しても意味があるの?」
「さらに進んだ先にも街があるらしいから中継地点を取り返したいんじゃないの?」
「そうなの、私たちも戦いに間に合うよう早速行きましょう」
先に出発したトレインの部隊に追いつくため、フォートから西に進んだ方角にある拠点へ向かう。
既に限界状態であったジーニアスはライルが背負って行動することになった。
「オレが背負うことになったから文句を言うわけじゃないけどさ、エージが家にいただろ? 看病を任せておくべきだった」
「あの子には無理よ。どうしてなのか、初対面の人と二人きりになると極度に緊張しちゃうから。複数人なら平気なのにね」
「精神的なものって奴? そうは見えなかったなあ」
適当なことを言っているんだろうなと、ライルはなんとなく思った。
ひとまず、西へ進んでいくと周囲は徐々に荒野へと変わっていく。
「あっ、あれかしら?」
荒野に存在する要塞は廃墟のように荒れ果てていた。
綾香たちが辿り着いた頃には、要塞付近でトレインの部隊と幻人との戦いが始まっていた。
「オレたちも行くぜ!」
ライルがジーニアスを背負ったまま、要塞での戦闘に参加するため駆け出す。
綾香、ルウもそれに続いた。
そして、幻人たちとの一進一退の戦いが始まった。