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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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ウォーミングアップ

場所は変わり、ミールとシスイが宛がわれた部屋で会話をしていた。


「君は本当に姉さんの子供なの?」


「そうです」


「信じられると思っているの? 君が生まれたばかりなら今の姿はおかしいよ」


以前から言いたかった言葉をシスイに投げつける。


ミールはシスイの存在に不審を抱いていたが、それは無理もない。


いつも一緒にいた姉と似た人物が突然目の前に現われたのだから。


「僕は母さんの魔力で創られた存在です。人とは違うのだと……母さんはそう話してくれました」


ミールが怒っていると思っているのかシスイは俯いたまま語る。


「魔力で?」


「僕は母さんの魔力で創られたので似た姿をしていると教えてくれました。それが、心から嬉しいのです」


説明を聞いてもミールはシスイの存在をよく理解できなかった。


だが、姉に似たシスイを突き放したくもなかった。


翌日から魔導剣士修練場での修練が開始された。


昨日の闘技場にて、各々に魔導剣士の担当がつき、指導をされている。


よりによって、シスイには雷人の魔導剣士ヴォルトが担当についていた。


指導力も基礎能力も高いヴォルトならば、まるで戦う能力がないと思われるシスイに適役かと思われたが、種族的相性も指導方針もあってはいない。


「………」


シスイとヴォルトは静かに目を閉じ、体内の魔力を高めるように瞑想している。


これが魔力体にとって、人でいうところの準備体操。


とにかく、ヴォルトは基礎からシスイを叩き上げることに注視していた。


しかし、シスイはノールと同レベルの存在。


ノールとは認識や価値観が異なるため、どう行動するかの行動力や決断力に大きな差異があるだけ。


決して弱いなどありえない。


「どうして、あの人が担当なの? シスイ君が可哀想だよ……」


同じく闘技場で修練を受けている杏里は種族的相性が悪い二人の組み合わせを見ているのが辛かった。


口元に手を置き、ハラハラした様子で杏里はシスイを眺めている。


「杏里、よそ見をするな。修練の最中だぞ?」


よそ見をしている杏里に対し、担当の魔導剣士が声をかける。


「残念ですが、貴方にボクの指導役は相応しくありません。貴方から別の人に担当を変わってほしいの」


魔導剣士の方を見向きもせず、杏里は語っている。


「まだ手合わせもしていないのに勝てないだと? いいか、相手の力量というのは……」


「立ち会わずとも分かるよ」


シスイから魔導剣士へと杏里は視線を移す。


「経験の差だと思うの。貴方からは強者の風格が感じられない。ボクよりも強い人に担当が変わってほしい。ただ、今すぐに」


「侮辱しているようだな。いいだろう、オレに勝てたのならば担当を代わってやろう」


「はあ、そう。魔導剣士さんは人を殺したことがありますか?」


「まだ一度も。それが一体どうした?」


「というと、貴方は魔導剣士になったばかりの人? 動き、身のこなしが雑だとは思ったよ。貴方は人を傷つけたり、傷つけられたりをほとんどしていないでしょう。それだから、ボクが貴方の前に立っても脅威だと分からない」


「なにやら結構な自信だな」


魔導剣士は杏里に向かって木剣(ぼっけん)を構え、杏里に迫る。


溜息混じりに杏里は仕方なくトンファーを構えた。


「弱い人を傷つけるのは、ボク嫌なのに……」


杏里の頭部辺りを狙い、魔導剣士は木剣を振る。


それに対して杏里は静かに右腕に持つトンファーで軽く受け止めた。


止められても魔導剣士は何度も木剣を振る。


だが、連続的な攻撃も軽くトンファーで受け流され、杏里自身には当たらない。


「あの、まだ右腕しか使っていないよ?」


以前より、杏里は比べ物にならない程強くなっていた。


そのためか、魔導剣士の猛攻に対してもまるで動じない。


「ならば、これは!」


魔導剣士は杏里の背後へと回り、杏里と間合いを取ると、魔法を詠唱する。


「フレイムタン!」


詠唱により出現した火炎の火球が杏里を襲う。


「今度は魔法でかかってくるんだね」


杏里は即座に魔法障壁を作り出し、簡単にフレイムタンの火球を防いだ。


攻撃も魔法も防がれ打つ手がなく、魔導剣士は戦意を失い始める。


一気に杏里が間合いを詰め、魔導剣士の片腕をトンファーで殴打した。


「うわああ!」


腕を折られた魔導剣士は背後にぐらつき、折られていない腕で反射的に折られた腕を押さえる。


「続けようよ、魔導剣士さん」


頬笑みを浮かべる杏里は折れていない方の腕をトンファーで殴打し、簡単にへし折る。


「こ、殺さないでくれ……」


このままでは殺されると分かってしまった魔導剣士は逃げ出した。


杏里からの追撃があるかどうかも確認せず一目散に逃げる魔導剣士。


その姿には流石の杏里も溜息が出て、追撃をする気も失せてしまった。


「杏里、もうお前はここにいる意味がなさそうだな」


特に修練もしないで杏里と魔導剣士の戦いをテリーは今まで暇そうに見ていた。


「そうでもないですよ、きっとボクよりも強い人がいるはず」


「さっきのつまらん奴も一応はお前の先輩だから少しは気遣ってやれよ。ああいうのでも、魔力を有した者が少ない世界では救世主並みの働きを期待できるわけだからな」


テリーは魔導剣士が一体なにをすべき存在なのかについてを軽く説明していた。


ただ、杏里にはどうでもよ過ぎて心に響かない。


「ところで、テリーさんはなにしているの?」


担当は各々につくはずなのに、一人でいるテリーに杏里は疑問を持った。


「なぜか、魔導剣士だとバレていた。オレはOBとしてお前らの修練をしてやる側なんだよ。だけど、オレはやる気がない。見ての通り暇そうにただ突っ立っているだけだ」


「なら、ボクと手合わせして?」


「なんていうかさ、止めた方がいいぞ? 初日からベッドがお友達なんてお前も嫌だろ?」


「どういうこと?」


「面倒だってことだよ、察しろ。それにな、もう先客がいるんだ」


くいっと、親指である方向を指す。


そこにはミールが暇そうにしていた。


「お前がシスイを気にかけているうちにミールも終わったみたいだ。で、オレはミールを指導する。それで今日は終わりだ」


「そうなの? 残念だな……」


「今日のところは、ミールとの戦いを見ていればいいだろ。明日はお前だ」


テリーはミールと向き合う。


「それじゃあ、手合わせ願おうか」


「僕は簡単には倒されませんよ」


「気合いが入っているな。そういえば、ミールはどう戦うんだ?」


「僕の武器はこれです」


先端に黄色い星型がついた魔法の杖を見せる。


幼子の玩具に見える代物だった。


「これは姉さんが僕を魔法使いにするために買ってくれた魔法の杖なんです」


「十分だ」


速攻でミールの間合いにテリーは入り込む。


戦闘態勢にすら入っていないミールに不意打ちを仕掛け、木剣を振るう。


それをミールは魔法の杖で軽く受け止めた。


「へえ」


初めからテリーはまともに指導する気などなかった。


本当は一方的にボコボコにして、社会の厳しさをあてつけで教えるつもりだったが、ミールに興味が湧いていた。


簡単に攻撃を止めさせる程に魔力が込められた魔法の杖にも。


「お前、今まで相当牙を研いでいたな。単なるシスコン小僧かと思いきやだ。愛しのお姉さんの支えにでもなりたかったのか?」


「その言い方はちょっと……」


今の一言でミールはしょぼくれてしまう。


「なんだそりゃ、メンタル面に難ありだな。全く駄目だ駄目だ。たくっ、これだから男は。お前ら、そこに座れ」


テリーは唐突に指導する側へとまわり、メンタル面へのダメージを緩和する対策講義を始める。


テリーと手合わせしたくて傍にいた杏里も巻き込まれてしまった。





この日の修練が終わって、ようやく解放されたシスイは自室へ戻り、ベッドに倒れ込む。


いくらレベルが高いとはいっても自らに宿る強力な強さを初めて認識し扱ったシスイは極度の疲労で疲れ切っていた。


いつもなら支えてくれる母親のノールを思い、シスイは寂しさで涙を流す。


「シスイ君? 泣いているの?」


すすり泣く声を聞き、心配になったミールはシスイの傍らへ行く。


「どうしましたか?」


シスイは涙を流したまま、ミールの方を見る。


その姿に、ミールは背筋がゾクッとした。


姉に似ているせいか、一種の感情が芽生えたのかもしれない。


「シスイ君、身体痛かった? 回復魔法をかけてあげるね」


ミールは魔法を詠唱し、シスイを回復し始める。


「多分、僕は寂しいのです」


ベッドに横たわり、シスイはうつむいている。


「姉さんに会いたいの?」


「僕はもう母さんと今すぐに会いたいんです。でも、まだ会うわけには……」


「泣かないでよ、シスイ君」


「ミールさん、少しだけ傍にいてください」


「傍に?」


回復魔法をかけていたミールだったが、横たわるシスイに寄り添う形でベッドに座る。


「ミールさんは母さんに似ていますね」


「そりゃあ、姉弟だから。僕らは似ているよ」


「ミールさんの雰囲気や優しさが……とても好きです」


「う、うん」


心のこもった言葉をシスイはささやく。


再び、ミールにはゾクッとするような感覚がした。


姉にはない姉の部分を見せてくれるシスイにミールは反応に困っていた。


「君といるとなんか調子が狂うな……」


「?」


意味の分かっていないシスイはにこやかに頬笑んだ。





次の日、再びシスイはヴォルトと修練を積む。


やはり昨日今日では魔力の扱いに慣れるはずもなく、シスイは常に必死だった。


この日もみっちり修練を受け、終わりと同時にシスイは床へ倒れ込んだ。


「立てますか、シスイ?」


ヴォルトが倒れているシスイに手を差し出す。


「はい……」


手を取り、シスイはなんとか立ち上がる。


「昨日よりは身体の動きも、魔力流動も良くなっていますよ。シスイには戦いの素質があるのかもしれません」


当然、あるに決まっていた。


シスイは己が身に宿る本当の強さの片鱗をわずかに見せているに過ぎない。


「ヴォルトさん」


「どうしました?」


「ヴォルトさんはどうやって強くなりましたか?」


「私ですか?」


シスイの問いかけにヴォルトは少し考える。


「やはり重要なのは己の魔力を強く高めることだと私は考えています。魔力の増幅により、今まではできなかった物事ができるようになっていく。そうして、できるようになった物事の多さで私は自信を得て、強くなっていけたと思います。そして、次に大事なのは目標ですね。シスイもなにかしらの目標はありますか?」


「あります、母さんを守りたいです」


「母親を、ですか?」


「はい」


「貴方は立派だ。本来は誰もが自らの大事な人を守るために戦うはずなのに。貴方もその気持ちを常に忘れないでいて下さい」


「はあ」


年令のせいか、シスイはヴォルトの語る意味がよく分からなかった。


大事な人を守るのは普通のことなのに、と。


「今日は早いですが、部屋へ戻りなさい。誰かを守るのも大事ですが無理をしてもいけない」


「はい、分かりました」


シスイはふらつきながらも自室まで戻り、昨日と同じようにベッドへ横たわる。


「今日も大変だったかい?」


シスイを気にかけ、ミールはシスイにタオルをかけてあげる。


ゆっくりとシスイが部屋に戻っていたので、ミールも先回りして部屋に戻っていた。


「今日も疲れてしまいました……」


それを聞いて、ミールはシスイに回復魔法を詠唱する。


「ミールさんはどうして僕に優しいのですか?」


「シスイ君は姉さんの……子供だし」


最初にあった違和感は、もうミールの中にはなかった。

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