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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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水人シスイ

天使界からスロートへ帰る途中、禁忌とされる一つの能力をノールは考えていた。


水人のみが使用できるその能力の名は水分身。


自らとほとんど変わらぬ、もう一人の自分(コピー)を作り出すのを目的とした能力。


様々な弊害から、扱ってはならぬ能力だとノール自身も知っていたが、扱おうと考えている。


それは現実から目を逸らしたいがために判断された短絡的な物だった。





異世界空間転移により、ノールはスロート城の自室へ戻ってきた。


アクローマに色々と聞かされ、疲れていたノールは部屋のソファーに座る。


室内には、テーブル席で談笑している杏里とミールの姿があった。


「姉さん、おかえり」


「うん……」


「ノールちゃん、顔色が悪いよ? 休んだ方がいいんじゃないの?」


杏里は心配しているのか、どこか様子がおかしいノールに気遣いの言葉をかける。


「そうだね、ボクは少し休むよ」


「大丈夫? 傍にいた方がいい?」


ベッドで仮眠を取ろうとするノールにミールが問いかける。


「なんだい、ボクに添い寝してほしいの?」


「そ、添い寝?」


「なに、違うの?」


「違うに決まっているじゃん!」


恥ずかしさから、ミールは急いで部屋から出ていく。


「ミールは優しい子だね。でも、ボクはミールに苦しんでいる姿を見られたくなかったんだよ」


ゆっくりとソファーから立ち上がるとノールは二段ベットの下の階に座り、横になる。





「ねえ、ノールちゃん。もう夜だよ、晩御飯作ろうよ」


日も暮れ始め暗くなってきた頃、杏里はノールを揺すり起こした。


「あれ……もうそんな時間?」


ぼんやりした様子でノールは起き上がろうとしたが止めた。


「……ご飯くらい君が作ればいいじゃんか」


目を閉じて、毛布に包まる。


「無理だよ、ボクご飯作ったことないもん」


「はあ、杏里くん。男の子でも料理の一つや二つくらい作れないと女の子は君を好きになってくれないよ」


仕方なさそうにベッドから起き上がり、キッチンへ行く前にノールはさり気なく語る。


「そうなの? それならボクも作る!」


「その方がいいよ」


杏里の分かりやすい性格に単純な子だなと内心思いながら、ノールは杏里と一緒に料理を作り始める。


そして、作った料理をテーブルに運び終わり、二人は椅子に座る。


「ボクね、子供を作ろうと思うの」


「うん、前からしているじゃん。今日もしよっか?」


「ただね、普通の仕方だと子供はできないらしいの」


「普通にだとできない? どういう意味?」


「ボクと君の種族同士だと、いくらしても無駄だってこと」


「どうして? そんなの聞いたことがないよ」


「周囲に存在している者たちのほとんど全てが人間だったからだと思う。人間としての価値観で物事を捉えていたから、そういう種族差の弊害があるとは気付かなかった」


「もしかして、今までノールちゃんが感じていない素振りをしていたのは……本当に無駄だったから?」


「杏里くんが単に下手だったからです」


「えぇ……」


真偽はどうあれ、普通に下手だと言われた杏里は意気消沈としている。


「はい、答え合わせは済んだね。とにかく、種族の違いから今までの行為は全部無駄なわけ。それでね、別の方法で子供を創りたいの」


「でも、一体どうやって?」


「水分身という禁忌の能力を扱うの。使ってはいけないけど、これ以外にボクたちが子供を授かる方法はないの」


「ボクにできることがあればなんでも手伝うよ」


「そう? 本当に手伝うよね?」


「うん」


嬉しそうな顔をしている杏里を見て、ノールは本当に安心していた。


自ら子供ができたら結婚をすると無理に決めさせ、本当はそれすらできない状態だと知らせても、よく分からない能力で子供を創る話をしても杏里が問題ない様子を見せてくれたから。


普通にノールは話していたが、この話を切り出すのが本当はとても怖かった。


ここで断られるようなら、杏里を引き止めたりはせずに杏里自身の人生を歩んでほしいと考えてしまう程、心に不安を抱えていた。


食事が終わり、二人は仲良く食器を洗い片付けた。


片付けた後、ノールは部屋の中央を陣取っているテーブルを部屋の隅に退かし、水竜刀を作り出す。


「なにするの?」


一緒にテーブルを退かす作業を手伝っていた杏里はその行動に疑問を抱いていた。


「なにって、水分身だよ」


「その水竜刀は?」


「この禁忌の能力には生け贄の血が必要なんだよね」


ノールは杏里の方を笑顔で見ている。


「もしかして……」


「生け贄の血が必要なの」


強調するように同じことを二度話したノールは杏里から視線を逸らさない。


嫌な予感がした杏里は咄嗟に部屋から逃げようとする。


しかし、ドアノブをいくら回しても出入口の扉は開かなかった。


「あ、開かない!」


「廊下側の方を事前に凍らせといた。臆病な君だから約束してもどうせ逃げるだろうと思ってね」


ノールの声を聞いて、杏里は振り返った。


「ノ、ノールちゃん?」


ノールの目はいつもの自分を見ている目ではない。


明らかに獲物を狙う目、確実に杏里を捕らえるつもりだった。


「刺されるのは、どこがいい?」


「ノールちゃんはボクを斬ろうとするの?」


「君との子供がほしいから」


そう言いながらノールは水竜刀を構え、扉の傍にいる杏里に接近する。


そこはもう、ノールが水竜刀を振れば確実に杏里を斬れる範囲。


振り上げた水竜刀をノールは思いっきり振り下ろした。


「やめて──!」


杏里は悲鳴を上げ、目を瞑る。


「………?」


しかし、特になにも起きなかったため目を開いた。


「次は魔方陣を作って……」


部屋のテーブルがあった場所にノールは魔方陣を描いていた。


「ボクを斬ったの?」


「刺したよ、右手」


魔方陣を描きながら、杏里を見ずに答える。


杏里は自身の右手を確認した。


確かに手の甲に一ミリ程の傷があり、血が滲んでいた。


「斬ったんじゃなくて、刺したの?」


「そうだけど?」


「生け贄の血とか言っていたから物凄く血が必要かと思っていたよ、脅かさないでよ」


「そんなのボクはしないよ。それよりも男の子なのに“やめて──!”はなくない?」


「いきなり剣を振りかざされたら怖いよ!」


「はいはい、そうだね」


ノールが杏里の話を聞き流していると魔方陣が光り出した。


すると、魔方陣から少しずつ人型が形成され始める。


「うわっ、なにこれ?」


「新しい水人を創っているの」


「水人ってこうやってできるの?」


「違うよ、これは禁忌の能力。普通じゃ有り得ないよ」


ノールが話していると、その人型はノールにとても似ている姿に形成された。


ノールと違う点はノールが着用しているワンピース状の水人衣装ではなく、特殊な刺繍がなされたシャツとズボンを着て、若干背が低い。


それは男性専用の水人衣装であるため、現れたのは男の子だった。


「似ているね、ボクにそっくり」


魔方陣に出現した男の子をノールは見つめる。


「ノールちゃん、この子どうするの?」


「これから育てるよ?」


「大丈夫なの?」


「ボクが母親で杏里くんが母……父親なんだから必ず良い子に育つよ」


「ボクが父親なの?」


「当たり前じゃん、君の血を使ったんだから」


「この子、見た目が大体15歳くらいに見えるよ?」


床に倒れている男の子に動きがあった。


ゆっくりとながらも上半身を起こし周囲を見渡していた。


「あっ、起きた。ボクがお母さんですよ」


上半身を起こした男の子をノールは抱き寄せる。


男の子は抱きつかれても特になにも反応するわけでもなくノールの方をただ見ていた。


「話さないの?」


「この子は15歳近くの見た目でも、生まれたばかりだから0歳なんだ。まだ話せないよ」


「0歳って、まだ赤ちゃんなの?」


「そう、赤ちゃん。でも、一日くらいで日常生活はできるようになれると思う。ボクの能力と同じくらいになっているはずだから」


「この子に名前はあるの?」


「シスイ、前々から決めていたんだ。ひとまず、シスイ君に日常生活の一通りを教えたいから言葉を覚えさせよう。まあ、言葉なんて教えなくてもいいんだけどね。ボクと性能がほとんど変わらないから」


「そういうものなのかな……」


なんとか、目の前で起きている現象を受け入れようとしていた杏里だがやはり無理だった。


どういうことなのだろうと、若干混乱している。


「母さ……ん?」


「ん?」


シスイが言葉を発し、二人はシスイの方を見た。


「もう話せるようになったんだ。偉いぞ、シスイ君!」


ノールは再びシスイを抱き締める。


「そうだね、偉い」


杏里は上手く現状を理解できないながらも、ノールとともにシスイを理解しようとしていた。


同時にノールはシスイをもう受け入れているのだろうか?とも思っていた。

シスイ(年令0才、身長160cm、コピーの水人男性、強がりで寂しがり屋な性格。ノールの水分身で出現したとはいえ、性格も価値観も全く別の水人。女性のノールと顔や体型が似ているため華奢な細身の美少年。能力はノールとほぼ同等)

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