知りたいこと 1
ノールが自室へ戻ると杏里の他にミールの姿があった。
「姉さん、あのさ。聞きたいことがあるの」
「どうしたの? お姉さんになんでも聞いて」
すぐにでも天使界へ行こうとしていたが、何事もミールが第一のノール。
興味が一瞬でミールに向いていた。
「姉さんは、どうして一人称がボクなの?」
「それはね、貴方のためだよ」
「僕の?」
「ミールが今よりも小さかった頃、お兄さんがほしいと話していたから」
「お兄さんが……?」
そのようなこと、ミールには全く記憶がない。
今ではもう立派なシスコンのミールに兄がほしいなどという発想自体がありえなかった。
だが、ふと思い出すことがあった。
ミールは過去に孤児院で妙に優しくしてくれる年上の男の子がいたのを。
いつの間にかいなくなってしまっていたが、まさかとミールは思った。
「もしかして……あの男の子は」
「孤児院の時に、ミールに優しかった男の子?」
「うん」
「そっか、気付かなかったんだ。あの男の子はボクだよ」
ノールの姿に少しずつ変化が起き始める。
髪の毛がショートへ変化し、胸のふくらみが消え、水人衣装も女性用の物から男性用の物へと変化する。
身長も130~140cmくらいへと変化し、先程までの女性としてのノールとは異なる存在が現れていた。
「その男の子は、この子のことだよね?」
「姉さん、なんだよね? 姿が変えられるの……?」
「水人は、というよりも魔力体は身体の細部まで全てを自らの思い通りに変えられるよ。だって、全身魔力の塊でできているから」
「そうだったんだ……他の姿にもなれるの?」
「ボクはこの男の子の姿だけ。他の姿にもなろうと思えばなれるよ。でも身体の細部まで作り上げないといけないから、とっても面倒なんだよね。頼まれてもボクは他の姿になってあげないよ」
ミールは姉が姿を変えられる事実を初めて知った。
目の前で見せつけられ、ミールは納得せざるを得ない。
ミールの反応を見て、ノールは自らの姿を今までのノールとしての姿へ戻す。
「男の子の姿を極力してあげたから、いつの間にかこっちの呼び方に慣れていたんだろうね」
「あの」
杏里がノールに近づき、耳元でささやく。
「今のって、全身が男の子の姿になっているの?」
「表面上だけはね」
「でも、男の子との経験はボクが初めてじゃ……」
「孤児院暮らしの時に男の子も女の子も皆一緒のお風呂へ入っていたから形や大きさが分かるんだよ」
「あの」
「まだ、なんかあるの? ミールと話したいんだけど」
「二人きりの時はボクよりも少しだけ小さくなれる?」
「ボクよりも背が低いこと気にしていたんだ? なら、却下で」
なんだか面倒臭いことを聞くなあとノールは思った。
「ミール、他に聞きたいことはあるかい?」
「あとは大丈夫かな」
「それなら、ボクはちょっと天使界へ行ってくるから」
「なにしに行くの?」
「ちょっと、アクローマに聞きたいことがあってね。大丈夫、すぐに帰ってくるから。じゃ、行ってくるよ」
ノールは異世界空間転移を発動する。
以前と同じくアクローマの宮殿前に現れたので、謁見の間へと向かう。
謁見の間への扉は固く閉ざされていたが、水人能力を駆使し、ノールは普通に扉を透過して謁見の間へ入っていく。
まるで、元々扉などなかったかのように。
謁見の間では、いつも通りにアクローマは玉座に座っていた。
「ノールちゃんじゃないの!」
扉から湧き出るように現れたノールにアクローマは驚き、玉座から立ち上がる。
「やあ、アクローマさん」
ゆっくりとした足取りで、ノールはアクローマのもとまで行く。
「今のどうやったの? 一瞬、幽霊かと思っちゃった」
そういうと、アクローマはノールの腕を掴む。
以前のように逃がさないため。
「肉体を魔力のみに変換して物質を透過したの。ボクくらいの能力者になれば簡単」
「随分、面白い身体の構造をしているのねえ。私は魔力体がどういった種族なのかよく分からないからとても勉強になるわ」
「今日はちょっと聞きたいことがあるの」
「分かるわ、ノールちゃんの聞きたいこと。だって、私は天使界を統べる女帝だもの。ズバリ、大天使長としての仕事内容ね?」
「聖帝ってなんなのか分かる?」
「人の話は聞きなさいね?」
一応の釘を刺した時、ふとアクローマは不思議に思うことがあった。
「ノールちゃん、聖帝を知っているの?」
「ん、ちょっとね。そういう種族がいるって聞いて」
「この世にたった一人しかいない存在だから、種族とはまた違った存在よ。言わば、神に匹敵する存在。生き物に関わる凄い能力が扱えるはずだけど、私じゃよく分からない」
聖帝についてを語っていたアクローマの雰囲気が変わっていく。
怒気が混じり、いつもの温和なアクローマの雰囲気ではなくなっていた。
「でも、これだけは言える。私の大切なクァール様の命を奪ったあの“男”だけは絶対に許さないと」
「えっ、なんなの一体」
急にアクローマの雰囲気が変化し、ノールは困惑していた。
「私、聖帝が大っ嫌いなの。生きていたのなら私が八つ裂きにしてやりたいけど、あの時にクァール様とともに同士討ちして聖帝は死んだわ。この世にはもういないの」
アクローマはノールの腕から手を離す。
そして、両手を組み、祈りの姿勢を取る。
「ノールちゃん、いい機会だからクァール様へ祈りを捧げなさい」
「無宗教者じゃなかったの?」
「そんな下らないのと一緒にされても困るわ。この私の命を懸けてでも最後までお仕えしたかった方だからこそ、私はこうして祈りを捧げているの。クァール様はノールちゃんの祖先の方なのだから貴方も尊崇して然るべきなのよ」
「会ったことのない人を急に尊崇しろと言われてもね。そんなの知らんがな」
「全く、最近の子ときたら……」
アクローマはグチグチと文句を言い始めた。
そんなアクローマにノールはさっさと帰ろうかな?と思っている。
特になにも知らなかったアクローマに聞いて損したとも。
とにかく聖帝を毛嫌いしているのだけは分かったので、テリーについてはなにも言わないことにした。
「あれ?」
ふと、先程の話を思い出す。
アクローマの話では、すでに聖帝は亡くなっていて、そして男性だったと。
今現在、聖帝と呼ばれているテリーは生きているし、性別も女性。
理由は分からないが、亡くなったら移り変わっていくのかな?とノールは思った。