反乱分子
店を経営し始めてから、早くも数ヶ月の時が経過した。
その間に、アーティたちは大小様々な依頼を達成するに至る。
あの決めていた規則。
依頼達成率100%も無事に続けられていた。
その功績からか、とある一件の依頼が入る。
この小国スロートを滅亡させた敵国からのもの。
潜伏している反乱分子を討伐してほしい。
それが依頼内容の全てだった。
「スロートを落とした敵国は、隣国の軍事国家ステイだったんだなあ。初めて知ったわ」
ソファーに横たわりながら依頼書を眺めるアーティが適当に語っている。
「そのステイからってのがなんか気に食わないけど、依頼金も結構高いから引き受けたんだけどさ」
アーティは店内にいた他の三人に聞く。
「反乱分子と言っても、どうせ傭兵まがいのゴミどもだろ? 剣の練習ついでに金ももらえるからいいんじゃないの」
テリーは、カウンター越しから店の外を見ていた。
店番をする時間は、テリーが一番長い。
女性だから華があるなどと、アーティ・リュウに上手いこと言われ、店番を大抵引き受けていた。
「そうだな、でも問題が一つあって」
「なんか問題があんの?」
「反乱分子は潜伏しているらしいとあるから、どこにいるのか分からないってところだな。つまり、いるのかいないのかも依頼者側が正確に把握していない」
「なんだよ、それ。情報が足んねえじゃないか」
テリーはイライラしている。
いれば上手いこと反乱分子の討伐ができ、いなければ達成ができず金を払う必要もない。
もしそこで、アーティたちが強引に反乱分子を作り出し、引き渡すのも良し。
隣国ステイの子飼いの者が現れることにより、スロートの抑制へと繋がるからだ。
そういうのも依頼から透けて見えるのが、テリーは気にくわない。
「ともかく受けた依頼は達成しなきゃな。クロノも納得してくれるな?」
「あっ?」
クロノの声には、どこか棘がある。
「まあまあ、そんなに怒るなよ。美味い酒、買ってきてやるから」
リュウがクロノの肩をぽんぽんと二度叩く。
「当たって悪かった。どうしても、この感情ばかりはな。この国はスロートであり、オレたちの国だ。隣国の奴らのものじゃない。そういう気持ちなんだ……」
「そうだな、分かるよその気持ち。依頼が終わったら、その金で酒を飲もうな」
「お前、ホント……」
クロノが国を思う気持ちを理解した上でも、他の三人にクロノの心中を察する気などさらさらない。
とりあえず依頼を受けたその日から早速アジトを探す流れになったのだが、これが思いの外に難航した。
本当に反乱分子などいるのかどうかと疑いたくなる程に。
それからさらに数日が経過し、ようやく反乱分子のアジトらしき場所をアーティが発見する。
すでにスロート側の反抗意思はないのでは?との考えができ始めていた中での発見。
そのため、見つけ出したアーティはかなり自慢げに店で他の三人に報告という名の演説会をしていた。
「連中を倒すのは、三人でやってきてくれない? オレが見つけたんだからさ」
アーティは三人の前で得意気に語っている。
「あと、そこにいた人数は結構いた気がするなあ。はぁー、じゃオレは余暇を楽しむよ。さあ頑張って稼いでこい」
言い切ったアーティはソファーで横になる。
かなり得意気になっているアーティにテリーは殺意が湧いた。
テリーはソファーで横になっているアーティに音もなく近づく。
「あー、そうか。そんな働き者のアーティには……寝る前にマッサージしてやるよ!」
テリーは足を大きく振り上げ、アーティの腹部めがけて踵落としを一発加える。
「げふっ……あぐ……」
呻くような声を上げ、苦痛に満ちた表情で悶えながら、アーティは不様な格好でソファーから落ちた。
「なんだ、オレのおかげで元気いっぱいか? 働き者だなー、アーティは? まだまだ元気なようだから、なんなら早速アジトへ案内してもらおうか」
アーティの首を強引に掴み上げ立たせると、アジトまで案内をさせた。
アーティの地道な調査の末に発見したアジトとは傭兵仲介所である。
傭兵仲介所といってもそれは自称のようなもので、見た目は単なる酒場のような外観をしている建物。
屋外に傭兵らしき人物が数名程、屯っているようなあまり近づきにくい様相の場所。
アーティは同業の者たちが他にもいた事実にこれ幸いと交流のため建物内へ入ったところ、この小国を支配している隣国ステイ打倒を掲げる者たちが大半だった。
それで、傭兵仲介所が反乱分子のアジトなのだろうと目星をつけられたのだが……
「でさ、どうする?」
顔色が優れない様子で腹部を擦りながら、アーティが傭兵仲介所を見つめる。
近くの路地裏に身を潜め、アーティたちは様子を窺っていた。
「待てよ、あいつらは見た顔だ。顔どころか名前も知っている奴もいる」
同じく傭兵仲介所を眺めていたクロノが語る。
「そりゃそうだろ、この街に住んでんだから」
「それにあいつら、元は城の兵士だった奴らだ」
「へえ、クロノが知っているなら色々と情報を聞き出せそうだな」
ひとまず、路地裏から仲介所へ正面から向かうと屯っていた数人の傭兵がアーティたちに気づく。
「貴方はクロノさんじゃないですか」
数人の傭兵が屯っている中、ヤンキー座りをしている男性が声をかけてくる。
顔に傷があり、見た目も屈強そうな男性だが、威圧感はそれ程ない。
その男性がクロノへ近づいてきた。
「こんなむさ苦しい場所になにか用ですか?」
クロノに対して、敬語で物腰柔かに話す。
名声のあるクロノはこういった輩からでも普通に信頼されていた。
「隣国ステイと敵対している連中がいると聞いてね、探しているんだ」
「もしかして、この解放軍を?」
「解放軍?」
「はい、解放軍です。そうですね……」
傭兵は辺りを見回す。
「誰も私たち以外はいませんね。率直に言いますと私たちはこのスロートを占領しているステイの兵たちを追い払うため結成されました」
「そうか」
「もし良ければクロノさんも参加してくれませんか? 地位や名声のある貴方が参加すれば、人々もきっと立ち上がってくれます」
「そうだな」
クロノは両腕を組み、深く考える。
血縁関係だった小国の王の死。
このスロートを我が物顔で闊歩するステイの兵士たち。
ステイから新たにやってきた執政官による小国だった頃とは比べ物にならない程の税。
従属民としての扱い。
沸々と沸き上がる怒りに、クロノの言葉はすでに決まっていた。
そして、クロノが口を開いた時。
「参加するぜ!」
アーティが先に決めた。
「おいお前、そこは……」
今まさに話そうとした言葉を先に言われ、クロノは肩透かしを食らった気がした。
「ありがとうございます。クロノさん、そして御付きの皆さん。こちらへどうぞ」
先に傭兵は建物へ入り、外で屯っていた他の傭兵たちも同じく入っていく。
「えっ、御付き?」
じろじろとアーティはクロノを見ている。
それから、クロノの前に手を差し出す。
「オレたちは護衛の仕事もしていたんだっけ? 先に仕事の依頼料……」
「そういう冗談はいいから」
差し出された手を握り、クロノとアーティは建物へ向かい、テリーとリュウも続く。
建物内には意外と多くの傭兵がいた。
やはり建物の外観通りに、建物内は酒場の造りがしてある。
「解放軍……だったかな? どういうことをしている組織なの?」
先程の傭兵にクロノは尋ねた。
「解放軍は隣国の軍事国家ステイから、私たちのスロート王国を奪回するために結成されました。おそらくクロノさんも気づかれたと思いますが、私もほとんどの他の者たちも元はスロート王国の兵士です」
「ああ、分かるよ。お前たちの存在はスロートにとってとても心強い」
元々、クロノもスロートを奪回したいと日頃から思っていたようで意気投合している。
色々と他の傭兵たちからもクロノは情報を聞き、依頼などそっちのけで手を貸そうとしている。
そんな情報収集に勤しむクロノを横目に……
とりあえず、アーティ・テリーはカウンター席に座り、酒を飲もうとしていた。
「おい、バーテン。店で一番高い酒二つ、ツケはクロノで」
「………」
アーティの物言いに、いかつい見た目のバーテンダーが無言で二人の前にグラスを置く。
そこに、店で一番安い酒を注いだ。
「なあ、アーティ。本当に解放軍に入るの?」
グラスを片手にテリーは、アーティに尋ねた。
「しないよ? 良いかい、テリー。人を騙すのなら、お互いに共感し、お互いに納得し合う振りをするのが大事なんだ。そうなってしまえば付き崩すのは簡単」
「なるほどねえ。あいつは、そういうつもりなんだな」
依頼を達成するつもりのアーティ、テリーはクロノが率先して傭兵たちを欺こうとしていると思っている。
だが、その前にアーティは一つ気になることがあった。
「おい、傭兵たち。この国を取り戻すのにはどれくらいの期間が必要だ?」
アーティは傭兵たちに聞こえるように声を発する。
途端に傭兵たちは、しんと静かになる。
どの傭兵たちも同じで、次の言葉を紡ごうとする者はいない。
「おいおい、どうしたいきなり?」
「オレたちは……今すぐにでもこの国を取り戻したい」
アーティの近くにいた一人の傭兵が答える。
「しかし、人数が少なく現在の状況で敵国の駐留軍とまともに戦えば全滅してしまうだろう。一体解放までにどれ程の時がかかるのかはオレたちにも分からない」
ここまでスムーズに情報を得られ、アーティは全員倒してもなにも問題がないと分かった。
沈んだ様子で傭兵が話し終えるとアーティは、テリーに合図を送る。
合図に気づいたテリーはわずかに笑みを見せ、剣へと手を伸ばそうとした。
「だったら、なんのために解放軍やってんだ!」
突然、傭兵仲介所内に怒声が響き、大きな音が聞こえた。
傭兵たちの情けない様子にぶち切れたリュウが、テーブルを拳で叩き壊していた。
「お前たちは悔しくないのか、死んだ国王や仲間たちの仇を討ちたくないのか? そうやって目の前の敵を見過ごし、平穏無事に過ごすだけでいいのか? それは違うだろう、それでは死んだ者たちにもスロート王国を創り支えた祖先にも顔向けができない」
静まり返った仲介所内にリュウの言葉だけが響いていた。
「ここが分水嶺だぞ。見事勝利し独立を勝ち取って国を再興させた英雄となるか、今後の一生を生き恥を晒し続ける無様な負け犬として過ごすかはお前たち次第だ」
「そんなの言われなくとも分かっている! オレたちは勝って国を取り戻したいんだ!」
傭兵の一人が叫ぶ。
「だったら、答えは一つしかないだろう! この国を取り戻すのは、ここに集ったオレたちにしかできない! オレたちの手で国を取り戻すんだ! まずは城からだ、分かったのならやるぞ!」
リュウの呼びかけに、一気に傭兵たちから声が上がる。
傭兵たちの国を奪回したい気持ちは本物で士気は急上昇した。
「先鋒はオレたちに任せろ。このオレと、あそこで飲んでいる二人は魔導剣士なんだ」
リュウがアーティ・テリーを指差す。
「えっ、なんなの、これって」
意味が分からず、テリーはアーティを見る。
馬鹿らしくて、とっくに剣からは手を離していた。
「さあ? 城に行くんだろ、よく分からないけど」
とりあえず、アーティは安酒を美味そうに飲んだ。