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一族の楔  作者: AGEHA
第三章 人対魔力体
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心の変化

「あの方は……」


リリアはアーティに見覚えがあった。


以前、リバースへの加入時にノールの黒塗りの屋敷を訪ねた際。


リバースの拠点となるノールの自室にその日に訪れたメンバーの中にアーティがいた。


あの日と同じ、くたびれた黒の上下スウェット姿で。


「あの方は他に着る衣装がないのでしょうか? あれでは、みすぼらしく感じます」


「衣装は意外とあるみたい。聖帝会の祭典の時や、様々な式典に呼ばれた際は豪華絢爛な衣装やドレスコードに則った服装をしている」


自然とした感じで、クレイシアは語る。


「詳しいのですね」


「自分を偽っているから。演技派で面白いわ、あの子」


クレイシアは受付カウンター傍にいる、リリア見たさに集まった観客たちを無視してとある方向を指差す。


「あの方向の隅に、ベンチの並ぶ休憩場がある。そこに座り、待っていなさい。向こうは貴方を認識している」


「しかし、この状況では……」


クレイシアの指差す方向へリリアは視線を移す。


普通に受付カウンター傍には観客たちがごった返しているので、その向こう側になにがあるのか全く見えない。


観客たちは、ふいにリリアが視線を向けたことで嬉しそうにしているが、手を伸ばしたり触れようとはしない。


例え近くに来れても、それ以上は細心の注意を払わなくてはならない恐るべき相手だとの認識が広がっている。


「ベンチに座っているなど、この人だかりでは」


「私のように自らを魔力のオーラで包み込むと良いわ。一定のランクの者たち以外に気づかれにくくなる。例えば、ここに来れる者は実際に受付での対応を欲している者たちとかね」


「あれ、つまりは……」


なんとなく、リリアは思う。


そういうことをしているから、元コロシアムランキング6位であるクレイシアが観客たちに認識してもらえないのではと。


「そのような方法があるのでしたら、人の多いコロシアム内では便利そうですね。ありがとう、クレイシア」


「礼なんて良いの、同じ師を持つリリアを私は信頼しているから」


「もしよろしければ、たまにはクレイシアもオーラを抑えてみませんか? では、クレイシア。また来るわ」


言われた通りに、自らの魔力のオーラをリリアは身にまとっていく。


この時点でリリアを認識できるのは、一定のレベルの能力者のみ。


「あれ、リリア?」


カウンター傍にいた観客たちは周囲を見渡す。


まだ、リリアは受付の椅子に座っているのにその場にはもういないとでも言える反応。


「なるほど、このような魔力操作もできるのですね……」


感心しつつ、リリアはカウンターを飛び越え、観客たちのいない場所に着地。


クレイシアが指差した方向へ向かっていく。


「………」


その様子が、クレイシアにはとても新鮮に映った。


静かに魔力のオーラを抑えていく。


「あれ、クレイシアだ!」


すぐに、カウンター越しにいた観客がクレイシアに気づく。


「今までどこにいたんだ!」


クレイシアがランキング戦から引退してから、すでに数年が経過している。


それからはR・ノールコロシアムに仇名す輩を打ち倒す時にだけ認識できるようにしていたせいか、長い間気づけなかった。


過去も現在も自分には変わらぬ人気がある。


これさえ分かれば、クレイシアはもう良かった。


これが嫌だったから、魔力のオーラで自らを認識させないようにしたのだから。


「また会えるわ」


綺麗な笑顔を見せ、一言だけクレイシアは語る。


その後、他の観客たちにはクレイシアが次第に認識できなくなった。


目の前にいるのに、受付の椅子に腰かける女性はクレイシアだと思われない。


その頃、リリアは言われた通りの場所のベンチに腰かけていた。


壁沿いにベンチが一列に並べられている場所にいる。


受付の近くということもあり、出入り口付近なのでこの辺りのベンチにはあまり人は腰かけていない。


「いやー、負けちまったなあ」


やたらとデカい声で、リリアの方に向かって歩いてくる男性がいた。


紛れもなく、それはアーティだった。


意外にも周囲の者たちは、アーティに対して反応がない。


クレイシアが話していたことを、同じくアーティもできる様子。


「よう、こんなところで会うなんて奇遇だな」


「ええ、こんにちは」


自然とした感じで、アーティはリリアの隣に座った。


ポケットに手を入れたまま脚を広げ、よりかかる形でベンチの背もたれに背をつけている。


「先程は多くの方を伴って歩いておりましたが、あの方たちはどちらに?」


「あの連中なら各々好きなことをしに行った。別に金魚の糞みたいに立ち歩く必要はねえ」


「ところで負けたとは?」


「ここが一体どんな場所か分からないわけじゃないよな? 賭博所だぞ?」


そう言いながら、アーティはスウェットのポケットから煙草とライターを取り出す。


「ここは……禁煙ですよ?」


少しだけ、リリアは身構える。


わずかな時間で賭けなど行えるはずがない。


最初から自分に会うのが目的のはず。


「あっ、そうだったな」


意外にもアーティはリリアの言うことを聞く。


特に文句もなく、ポケットに戻した。


「危ねえ、うっかりしていたわ。おう、知っているか? オレはもう禁煙してから一週間なんだ」


「煙草を止めたんですね」


「そうだぞ、凄いだろう。今年に入ってからオレはもう50回くらい禁煙を達成したんだ」


「そういうのは禁煙に失敗したというのでは?」


「また……そんなこと言っちゃって」


全くやれやれといった感じで、アーティは軽くあしらう反応を見せた。


まるで社交性がないとでも言いたげな感じで。


「そんなくだらないことを言い出す奴は今じゃもうお前くらいだぞ」


「そうですか、それは良かったです」


「本当はな、こんなことを話したくて来たんじゃねえんだよ」


「………?」


急に、アーティの声のトーンが変わった。


リリアは意味が分からず、アーティの顔を見る。


「皆心配しているんだぞ。馬鹿野郎が……さっさと帰ってこい」


「………?」


やはり意味が分からず、そのまま顔を見ていた。


ふいに、リリアは自らのうちから声が聞こえるのを感じた。


自らだけに聞こえる声で、それは紛れもなくノールの声。


少しだけ、リリアと交代させてほしいとの願い。


ノールの世界に、シスイが空間転移できたことで。


ノールには再び他世界への興味関心が湧き上がってきていると言える。


それをノール自身が間違っていると知っていながらも。


「おう、なんとか言えよ魔力体。黙って聞いているオレが馬鹿みたいじゃねえか」


真剣に聞いているのに、スルーされアーティは憤慨。


アーティもなんとなく気づけていた者たちと同じく、リリアをノールだと思っていた。


「馬鹿なんかじゃない」


「あっ?」


声を発した瞬間、アーティは分かった。


目の前にいるのは、今までのリリアではない。


「馬鹿なうえに、しょうもないトカゲ野郎だよ」


「……ははっ」


苦笑し、アーティは床の方へ視線を落とす。


なんだ、やっぱりお前じゃないか。


今の一言だけで、目の前の存在がノールであると雄弁に告げている。


なぜなら、竜人族には決して言ってはならないタブーが存在する。


その一つがトカゲ野郎である。


ノールとアーティは喧嘩する際に平気で種族的タブーを口にするので、今回も普通に口に出しているが本来なら間も置かず、一瞬のうちに死んでいる程の言葉。

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