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一族の楔  作者: AGEHA
第三章 人対魔力体
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聖帝会の№2

場所は変わって、エリアースという世界。


この世界には、とある有数の大庭園が存在する。


スタジアム十数個程の広大さを誇るその庭園は移りゆく四季の魅力が表現されている。


管理を一任された腕利きの庭師たちが各々の胸に秘める美を追求していた。


高額な報酬で雇い入れられている庭師たちは住み込みで管理をしているのだが、一つだけ未だに分からないことがある。


各々全てが自らの雇用主を知らない。


「おっ、ごくろーさん」


庭師たちが庭園を管理する中、一人の若い男が庭園内を歩いていく。


着古した上下黒のスウェット姿で、温和な顔つきをした茶髪の男。


ポケットに手を突っ込み、肩を風を切る歩き方をしている。


紛れもなく、聖帝会№2のアーティだった。


有数である通り、庭園内は庭園目当てで来た観光客も訪れる。


だが自由に全ての場所を往来できるのは庭師を除いて、このアーティのみ。


庭師たちは自ずと雇用主は、アーティだと考えるようになっていた。


勿論、事実はそうではない。


アーティが歩んでいく先には、これまた大きな二階建ての屋敷があった。


そこへアーティは玄関から入っていく。


「ご機嫌いかがでしょうか、アーティ様」


使用人の男性がアーティに一礼する。


「はい、ごくろーさん」


それだけ語り、アーティは二階へ上がっていく。


屋敷の一階は庭師たちと、彼らを支える使用人のための共同空間となっている。


では、二階には誰が暮らしているのか?


このアーティを除き、お抱えの庭師や使用人ですら誰もが立ち入れない。


すたすたと二階を歩くアーティだが、二階は空室ばかりでなにもなかった。


唯一、なにかがあるとしたら奥の部屋。


そこが、アーティの目的の場所。


「よう、いるか?」


相変わらず、ノックもせずに部屋の扉を開く。


室内は広く大きめで、白を基調にしたモダンで高級感ある内装。


置かれている家具も特注品ばかりで豪華そのものとなっている。


「おう、遅かったな」


室内にいたのは、眼鏡をかけた優男。


身なりも相当なもので、ちょっとした普段着程度の着こなしだが全てが高級ブランド品。


この人物は、エリアース内で五指に入る名家(めいか)出身者であり、資産家のヴェイグ・ルシタニアだった。


テーブルの前に置かれた椅子に腰かけている。


すぐ傍には三脚に取りつけられたビデオカメラがあり、テーブルにはパソコンが置かれている。


ヴェイグは配信作業を行っていた。


単なる暇潰し程度のノリで、数年前から配信活動を始めたヴェイグ。


今では本業のSPとしての仕事中だろうと配信活動を行っている。


せっかく家柄も学歴も良く、顔も良いのに常識がなく、オタク趣味に時間も金も湯水の如くつぎ込んでいるヤバさから非日常感を楽しみたい人々からの絶大な人気があった。


こんな世捨て人など他にはいないのだから。


「ははっ、これいつもウケるんだけど」


ヴェイグはパソコンの画面を指差し笑う。


パソコンには配信しているサイトの画面とコメント欄が映っている。


コメント欄には、彼氏?との文字が並んでいた。


「誰が彼氏じゃ」


にやにやしながら、アーティはパソコンの画面を除く。


ヴェイグの自宅での配信時には、やたらとこの二人は一緒にいる。


そのせいか、アーティはヴェイグの彼氏とよく揶揄されていた。


しかし、それでも時折。


アーティ様、貴方をお待ち申し上げておりました。


と、急に慇懃無礼なコメントが混じり出す。


これは、アーティを聖帝会のアーティだと認識しているか、していないかの差。


目をかけてもらいたい者は、アーティが現れると態度が改まったコメントを必ず残す。


「ああ、そうそう。これ」


アーティの手元には、いつの間にか数冊の小説があった。


今日この場を訪れたのは、借りていたSF小説を返すため。


「その辺にでも置いていけよ。なんか面白そうなのはあったか?」


「まっ、色々とな」


面白そうなもの。


それは、実際に現在の技術で実現可能なものを聞いている。


二人は熱心にSF小説でしか表現されていない技術を実現化させていた。


かたや趣味、かたや実益であるが。


同じ概念から目的を見出した者同士で二人は親友となっている。


しかしながら、いくら親友といえどもアーティがヴェイグのもとに長々とはいられない。


聖帝会№2の身の上であれば尚更。


それでもこのように平気でいられるのには明白な理由がある。


これは、とある一つの能力によるもの。


この能力が開花したのは、聖帝会発足後一年が経過した時であった。


この時が一番、アーティにとって聖帝会発足後で最もキツイ時期だった。


右を見ようとすれば、右を見られる。


左を見ようとすれば、左を見られる。


そんなことなら赤子でもできる。


しかし、同時ともなれば全人類が決してできない。


そういった物事は世の中いくらでもある。


なぜ、右と左を同時に見られないのかを筆頭に。


なぜ、北に進んだら南に進めないのか。


なぜ、仕事中に休日を謳歌できないのか。


こういった状況をアーティは極度に嫌っていた。


そんなことを常々思う程に、アーティは日々の業務で疲弊し切っていたと言える。


聖帝会は、たった一人の尽力で支えられているといっても過言ではない。


現聖帝であるテリーは、聖帝会を運営管理する力がない。


アーティと同じ聖帝会№2のリュウは、運営自体に携わろうとしない。


せっかく創り上げた聖帝会が総崩れにならぬようアーティは必死だった。


まさにその時、アーティはとある経験をする。


右を見ている時に、左を見るという経験を。


これが能力の一つだと確信したアーティは敬意をこめ、“みだり向く”と名づけた。


あのクレイシアがリリアに見せた能力。


本来の正式名称、能力名アシンメトリーである。


クレイシアは戦闘技術にしかアシンメトリーを活用していないが、アーティは生活一般に至るまで能力の全てを昇華させた。


この能力の恐るべき点を簡単に言うなら、“A&B”or“AorB”を自らの都合で自在に選べる。


アシンメトリーのおかげで、アーティの生き方が変わった。


今この状況で、アーティはアシンメトリーを扱っている。


クレイシアが見せたのは受け止めると、殴られるだった。


そこから殴られるを選択せず、受け止めるを選択した。


アーティは今、同じような状況を選んでいる。


ヴェイグの家を訪れるを選択したと同時に、アーティはもう一つの別の行動をしている。


これは、ダブルのように一人が二人となって行動しているのではない。


一人が一人のまま、同時多発的に行動できている。


もしもアーティがヴェイグの家に来たことを選択しなければ。


当然だが、誰も認識をしておらず、配信のコメントもデータも消え、最初からアーティがいなかったものとしての状況だけが認識やデータに残る。


戦闘にも補助にも有意義に扱える凄まじい能力であった。


「ところで、お前今日はなにしていたんだ?」


「見ての通りだろ?」


不思議そうにヴェイグはアーティの方を見る。


ヴェイグの手元には、携帯ゲームがあった。


また、ヴェイグの眼鏡のレンズにはなにかが映っている。


右のレンズには文字が、左のレンズには映像が。


右には小説と、左にはアニメが映し出されている。


その状況で携帯ゲームをスーパープレイで熟し、配信作業も欠かさないうえに、アーティとも普通に会話しており、全てを認識把握済みで記憶している。


この程度のマルチタスクならお手のもの。


「………」


アーティはドン引きしながらも、ヴェイグを尊敬していた。


これ程の才覚。


戦場でなくとも間違いなく自らを超えるだろうと。


肝心のヴェイグにはその気がない。


今後も元エリートニート癖が抜けず、ルシタニア家を存分に傾けていくだろう。


「……くうぼ君なんだけどさ」


「ああ?」


「もう少しで完成しそうなんだ。でも、これ以上は無理だ。なあ、お前の知恵が必要なんだ」


少しだけ申しわけなさそうに、アーティは語っている。


通常なら滅多に見られたものじゃない。


「……はん」


素っ気ない表情で、ヴェイグは視線をアーティから携帯ゲームに移す。


「めんどくせえな」


「………」


「けどな、あいつら許せねえよな。オレたちのくうぼ君を……」


ヴェイグは試作機の初代くうぼ君のことを話している。


それはまさに聖帝会と桜沢グループの共同開発で造り上げられた技術の結晶。


超大型空中航空母艦、その名も“くうぼ君”である。


形状は台形に近く、言わば六角形の鉛筆状。


船首側には、ホログラムで笑顔の表情が形作られている。


この空中空母は空を移動するだけの代物ではない。


もう一つの、別の通り名があった。


地ならし屋。


それが、この空母本来の使用目的。


なのであったのだが、数ヶ月前に桜沢グループの作戦でR・クァール・コミューンのとある世界を急襲している際に空中で大規模な爆発炎上を遂げていた。


理由は今でも不明だが、R・クァール派の攻撃を受けたのは明白。


これにともない発覚した弱点を全て補い、二代目のくうぼ君がロールアウト間近となっていた。


「もう設定は決まっているんだ。今度のくうぼ君には、もしもの時の対応策を用意しておこう」


「じゃあ、お前……」


「そんな顔すんな、オレたち友達だろ。全部オレに任せておけ」


「ああ」


自信に満ちたヴェイグの言葉に、アーティは強い安心感を得た。


「あっ……」


アーティの雰囲気が若干変わる。


「あん? どうした?」


「見つけたんだ」


「なにが?」


「ノールだよ」


「ああ、そうか……」


そいつなら、いつもR・ノールコロシアムにいるだろとヴェイグは言いかけたが堪える。


急に意味の分からないことを口走られたのだから無理もない。


以前のセフィーラもそうだが、どうしてそこまでノールにこだわるんだと思っていた。

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