結託
控え室に戻ってくる間。
リリアの身体に芯から来る震えが起きていた。
二度、リリアはエージに殺害されているはずのタイミングがあった。
一度目は、意識を数瞬失った時。
二度目は、奥義の魔力挫きを放たれた時。
魔力挫きに関しては、ノール化した時でなければいつでも絶死の状況だった。
「……うぅ」
震えを堪え切れず、リリアは通路にうずくまる。
エージは恐ろしい程に強かった。
あの者は自らの死が確定した時に。
迫りくる死の間際まで、なぜパーカーに手を突っ込んだまま無抵抗で死ねたのか。
紛れもなく、狂人。
自らは決して、その領域には立ち入れないのだと分かってしまった。
「リリア……」
弱々しく自らを呼ぶ声がし、リリアは顔を見上げた。
近くまでセシルが来ていた。
よろよろとした足取りでセシルがリリアに近づき、思い切り抱き締める。
「カッコ良かったよ、リリア……」
リリアも震える手つきでセシルを抱き締める。
事前にストックしていた回復魔法をセシルが発動させ、リリアの首筋の傷が癒えていく。
セシルを実感し、ここで初めてリリアは自分が泣いていることに気づいた。
ようやく心から安心できていた。
「お母様……」
リリアはノールを思い出す。
自分がこうして生き長らえているのは、ノールが魔力挫きの影響を引き受けたから。
今でもノールが無事なのかが分からない。
「リリアお母様」
若干焦った感じで、セレニアが呼びかける。
「あの能力は一体なんなのですか? どうすれば太刀打ちできるのか、どうかこのセレニアめにお教えください」
対処法を今すぐに聞き出そうと、セレニアはすがりつく。
全く子供らしい反応ではない。
完全に、一人の魔力体としての反応。
「セレニアちゃん、その話は帰ってからにしましょうね」
セシルが一度リリアからセレニアを離し、リリアを背負う。
よろよろとした動きであったが、三人で控え室まで戻った。
「はい、リリア。座ってね」
控え室のソファーにリリアを座らせる。
「ありがとうございます、大分良くなりましたわ……」
「もう大丈夫だからね、リリア。今は安心してゆっくりしていると良いわ」
「ええ……」
リリアは目を閉じて、魔力を集中させる。
今の自分はとても魔力が乱れている。
なんとか戦う前の状態に近づけるよう努めた。
「リリアお母様、どうかこのセレニアめになにとぞ……」
相変わらず焦った様子のセレニアはリリアのドレスを引っ張る。
「こーら、セレニアちゃん。リリア困っているじゃないの。いつまでも駄々っ子さんじゃ駄目よ」
セレニアを持ち上げ、セシルは胸に抱き締めた。
そんなことを気にせず、セレニアはリリアの方へ手を伸ばしている。
「リリア、私たちは先に帰るわね。貴方も体調が良くなったら、すぐに帰るのよ?」
「ええ、ありがとうございます」
セレニアには悪いが、今は誰かに気を使ってやれる状況ではない。
セシルが汲んでくれたことがリリアの心の支えとなった。
「じゃあ、お城に戻るね」
セシルはリリアの返答を聞いた後、空間転移を発動。
二人は先にエアルドフ王国へ帰った。
「………」
控え室に一人となったリリアは目を閉じたまま、精神統一を続けていた。
それから十数分程が経った頃。
軽く二度、扉をノックをする音が室内に響く。
「どうぞ」
言葉とともに、リリアは目を開く。
「………」
扉の向こうからの返答はなかった。
「?」
ゆっくりと、リリアはソファーから立ち上がる。
誰かが扉の向こうにいるのは分かる。
わざわざ呼びかけているのに、なんの反応もない。
不思議に思ったリリアは扉を開くことにした。
「やはり、貴方でしたか」
扉の先には、エージの姿があった。
先程と見た目が違うところと言えば、パーカーがアニメチックな恐竜のものに変わっている。
「や、やあ」
どこかぎこちなくエージは話す。
耳や尻尾が垂れており、しょんぼりしているようにも見えた。
「あの、なにか?」
「昔から誰かの部屋を訪ねるのが苦手で……」
「そうでしたか」
リリアは扉を大きく開き、控え室に入るよう促した。
「ありがとう」
ゆっくりと、エージは控え室に入る。
「座っていい?」
「ええ」
室内のソファーへエージは腰かけた。
「私になにか話があるそうですね」
「そうなんだ、リリア。君には是非聞いてもらいたいことがある」
しょんぼりとした様子は立ち消え、真剣な眼差しで、エージはリリアを見る。
「オレたちと一緒に、桜沢グループの桜沢綾香を倒そう」
「………」
率直に面白い話だと思った。
元々、桜沢綾香とは戦うつもりなのだから。
しかしながら、いくらなんでもタイミングがあからさま過ぎ。
自らに離反の気運を感じ取り、炙り出すために回りくどいことをしているとも思えた。
「では、まず貴方の身の潔白を証明しなさい」
「分かった。まずはこれを見てほしい」
鼻息荒く自信を持って、エージは語る。
それから短パンのポケットからスマホを取り出した。
「さあ、リリア」
とある画面をリリアに見せる。
「ええ?」
通販サイトのようで、色々なお菓子が映っていた。
まさかと思うが賄賂のつもりか?とリリアは疑問に思う。
「なんでも自由に選んでいいよ」
「必要などありません」
「このサイトはR・ノールコロシアム傘下の企業のものだから、購入すればすぐに空間転移で届けてくれるの」
「そういう意味ではありません」
「そっか、じゃあ本題に入る前に……」
エージはスマホを操作して、控え室内のテーブルの写真を撮影した。
次の瞬間、テーブルの上に紙の皿に置かれた大福が二つ出現した。
「美味しいんだよねえ、これ」
楽しそうに大福を手に取り、エージは普通に食べ出す。
「リリアも食べていいからね」
「はあ」
「じゃあ、オレの奥義魔力挫きと、中空を蹴れる理由と、ともに戦ってくれる協力者についてを教えるね」
「自らの手の内を知らせるから信じてほしいとのことですか?」
「そういうこと」
大福を食べ終えたエージは自分の指を軽く舐めている。
「魔力挫きは事前に自分の魔力が他の魔力と反発するように魔力操作を行っているんだ。そうやって魔力操作をした魔力を強引に付与するから相手の魔力の流れが破綻する。そういう仕組み」
「そんな単純な操作で可能なのですか?」
「言葉にすれば、その程度。実際はそう簡単にできないから奥義なの」
説明している間、エージの視線はテーブルの上。
皿の残りの大福にあった。
リリアの分としていたはずの残りの大福を掴み、エージは自らの口に運ぶ。
「個人的には、こちらの動きを看破してどのように対応できたのかが知りたいところ。だって、オレが殴った時や蹴った時とかの接触したタイミングで魔力の付与はできるから。今まででオレがこの奥義をしくじったのは二度だけ。一度目はR・ノールで、二度目が君なんだ」
「………」
リリアの表情に不愉快さがにじみ出てくる。
先程の記憶が再び蘇ってきた。
「今それを聞いたとして一体なんなのですか? 貴方は私の信頼を得たいのでは?」
「そうだね、ゴメン」
とても軽い感じで、エージは流した。
「中空を蹴れるのは、空中に透明な封印障壁を張っているんだ。小さなボール状のね。小さくともしっかり反発するから支えがなくても身体が維持される。リリアも試してみたら? 相手をびっくりさせられるよ」
「たまには良いかもしれませんね」
「勿論、発動には相当のたゆまぬ努力が必要だけどね。通常の封印障壁は地面を基点に出てくるはずの魔法だから、空中で発動させる時点で難易度が高い」
「確かにそうですね」
なんとなくで話しているが、そもそもリリアは封印障壁を覚えていないのでこの戦術は扱えない。
「最後にオレの仲間なんだけどさ、実は一人だけなの。このR・ノールコロシアム総支配人、春川杏里だけなんだ」
「確か杏里さんは、桜沢綾香と姉と弟の関係では?」
「必ずしも姉弟仲が良いとは限らないんじゃないの。R・ノールとR・ミールみたいに」
「……それはおかしいのでは?」
なにを言っているのだと思った。
あの世界で、ノールとミールが良好な関係であるのをリリアは知っている。
「結構有名な話じゃん。だって、行方不明になる辺りのノールはもう一杯一杯だった……あっ、これは言っちゃいけないことだった。本物のノールが行方不明だとか、家族の杏里もシスイも公表していないしな」
なにか物悲しいものを感じた。
ついに、リリアは理解する。
あの世界。
ノールが創り上げ、自らを外殻とした世界はこうあって欲しいと、ノールが強く望んだ世界。
あの世界の住民たちは、ノールを除いて本物はいない。
「どうしたの?」
静かになったリリアに、エージが呼びかける。
「いえ、こちらのことです」
「オレはね、桜沢綾香の胸倉を掴み上げたり、あの化物染みたデミスを倒した君に惹かれたんだ。オレたちと組んでくれないか?」
「いいでしょう。元々、桜沢綾香さんとは戦うつもりでした」
リリアは取り立てて目的を聞こうとしない。
いちいち聞かなくとも、桜沢グループの悪行はいくらか知っている。
「良かった。それなら、杏里にも会いに行ってほしい」
エージは空間転移を発動する。
「リリアを待っていた人は、オレだけじゃないみたいなんだ。もし時間があるなら、コロシアムの入口近くで待っているのもいいかもね」
そういって、エージは空間転移により消えた。