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一族の楔  作者: AGEHA
第三章 人対魔力体
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復帰戦 1

翌日の昼過ぎ一時。


リリアはR・ノールコロシアムの控え室にいた。


室内は汗臭さを感じさせず、ホテルと同様の造りがなされている。


ホテルとの違いは、室内にベッドがないことと、適当な料理を作れる簡素なキッチン設備があること。


控え室の中央で、リリアはいつもの両手を合わせる精神統一をしていた。


「はーい、セレニアちゃん。リリアお母さんが精神統一をしているから、お鼻を摘まんで上げようねえ」


「はい、セシルお母様」


セシルに抱っこされたセレニアが、リリアの鼻に手を置く。


「駄目ですよ、セレニア」


静かに優しげな声でリリアは語り、セレニアの手を自分の鼻から離させる。


「リリアの精神統一崩すの楽しいねえ」


セシルはセレニアに楽しそうに頬笑み語りかけていた。


「ふふっ」


リリアも軽く鼻で笑い、別に怒っていない。


このやり取りはこの控え室を訪れてからもう五回目。


それだけセシルはセレニア、リリアとの触れ合いを大切にしている。


対して、リリア。


怒ってはいないが、今日の試合は負けるかもしれないと思い始めていた。


セシルとセレニアだから、リリア自身も楽しいのは間違いない。


もしこの二人でなかったら鼻を摘まむなどした時点でぶん殴っている。


リリアはランキング10位のエージを舐めていない。


舐めるどころか、恐れを感じている。


この二人を置いて、逝くかもしれない不安と恐怖。


以前はエアルドフを救えるのは自分しかいないとの使命感が強く命を捨てる覚悟もあった。


実際に最後の戦いは命を懸けて勝利を掴み取った。


今はその覚悟がわずかばかりもない。


二人の安穏な様子から自分もその気持ちに引きずられ、自らの心も決まらぬうちに戦うのは危機的な状況と認識している。


「リリアさん、お時間です」


コロシアムの係員が控え室の扉を開いて、リリアに呼びかける。


「ええ、今から行きますわ」


控え室を出て、リリアは選手入場ゲートへ向かおうとする。


「リリア」


セシルが呼びかけた。


「どうしましたか、セシルさん?」


リリアは振り返る。


「私、セレニアちゃんと一緒に貴方の試合を見るから」


抱っこしているセレニアを少しだけ強くセシルは抱き締める。


「以前の私は傷つく貴方が見れなくて全然試合も見られなかったけど……セレニアちゃんと一緒に見るから。頑張って私も応援するから……」


感情が高ぶったのか、セシルは泣き出す。


本当は心配で心配で堪らなかった。


「ご安心ください」


リリアは静かに、それでいて力強く語る。


「私の大事なセシルさんとセレニアのために……この試合、私が勝ちます」


リリアのうちに火がつく。


なんとか今の状況にリリアの心が追いついた。


二人が応援してくれている。


涙を流させるまで酷く心配させてしまっている。


それでいてなぜ、自分が負けることを考えなくてはならないのか。


こんな場所に戻ってきた無鉄砲な女ができるのは、ただ一つ。


勝利し、無事な姿を見せること。


「今はただ、この私の勝ち行く様を見届けてください」


振り返り、リリアは控え室を出ていく。


「リリア……」


追いすがろうとしたが、我慢して立ち止まる。


涙を流すセシルはセレニアの手を掴み、手を振らせた。


「泣かないの」


セレニアはセシルにそれだけ語った。


二人の応援を背に、リリアは廊下を歩み、選手入場ゲートへ向かう。


コロシアムの闘技場エリアまで辿り着いたリリアが選手入場ゲートから姿を現すと、一斉に観客たちの歓声が上がった。


全身を打ちつける程の歓声を一挙に受け、リリアは帰って来たんだなと強く実感している。


リリアの視線の先。


闘技場中央には先入場していたイヌ人のエージの姿があった。


石畳の床に、ぺたん座りをしながら尻尾をゆっくり振っている。


今日は恐竜のパーカーではなく、アニメチックなサメのパーカーを着ている。


丁度、サメの口から顔を出すデザイン。


「さあ、皆が待ち望んでいた闘士! あのリリア選手がついにコロシアムへ帰って来た!」


係員のアナウンスが響き渡る。


「本日は、ランキング10位以内の闘士戦! 皆々様方、本日の賭けは相当の難易度が伴っております! ベットの際は細心の注意をお願いします!」


事前に係員が注意喚起を行っている。


10位圏内同士の戦いは、一年に一度あるかないかの大イベント。


そういった熱に乗せられて身の丈を越え、あまりにも散在してしまう者もいる。


係員のアナウンスがなされる中、リリアも闘技場中央に辿り着く。


ぺたん座りをするエージを見下ろす形で、リリアは腕を組み仁王立ちした。


二人の闘技場中央への入場を確認後。


ライルとルウの兄弟が、二人の周囲を透明な封印障壁で覆っていく。


かなりの濃密度な魔力により形成された封印障壁は、それだけこの見世物が命懸けであると見て取れる。


「ああっと……ここで、新たな追加情報がございます!」


係員の傍に、受付担当の水人クレイシアの姿があった。


昨日のリングネーム変更手続きの用紙を今日このタイミングで渡している。


用紙を渡すと即座に空間転移を発動して消えた。


「なんと、リリア選手リングネームの変更を行っていたようです。皆様ご存じの、エアルドフ王国の姫リリアからどのようなリングネームとなるのでしょうか。お知らせします、新たなリングネームは……」


そこで、ぴたりと係員の言葉が止まる。


間が空き、次第に会場内がざわつき出した。


「リ、リングネームは……ろ、(ろいやる)・リリアとなります!」


言葉に詰まりながらも、なんとか係員は声を発する。


会場内のざわつきが止まった。


それから一気に大歓声が上がった。


新たなR一族が現れた。


それがまさかリリアだったとは。


R・ノール、R・シスイに並び立つ怪物なのは、もう皆が知っている。


リリアが、エージに打ち勝つか、負けるのか。


この場に集まった者たちは強烈な程、勝敗の行く末が知りたかった。


「戦闘を開始してください!」


会場内に係員のアナウンスが響き渡る。


「よいしょっと」


ゆっくりとした動作で、エージが立ち上がる。


リリアは少しだけ背後へ下がった。


まだ体勢の整っていない相手に攻撃を仕かける程、勝利に飢えていない。


「リリア、君と話がしたかったんだ」


エージがなにかを語りかける。


エージの瞳の色に変化があった。


瞳の色が銀色へと変わり、強い覇気がその身に宿っていく。


身長も131cm程のサイズから、150cm程へと変化していた。


エージは覚醒化の変化を行っていた。


「身長が伸びた? 成程、そういうこともできるのですか」


リリアは構えの体勢へ移行した。


「話すのは構いませんよ。ただし、話すのはこれで構いませんね?」


握り拳をエージに向ける。


肉体言語なら語り合おうとのこと。


「うわっ、みっともないから止めなよ、そういうのは……」


少しだけ、エージはトーンダウンしている。


「今ね、君はあの例のバカネコと同じことを言ったよ?」


どこか心配そうにエージは話した。


良いか悪いかは、エージにとってルインが基準。

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