想起
「リリアさん、今日は出直します」
リリアにクァールが呼びかける。
「次は建設的な話になるよう務めます。それと、封印障壁内であれば今後もR・クァール・コミュ―ン内での戦闘を伴う修行を認めます」
「分かりましたわ」
リリアからの返答を聞いた後。
仄かに笑みを浮かべ、クァールは空間転移を発動する。
一瞬のうちに、クァールの姿は消えた。
「向こうにいた天使も帰ったようだ」
デミスは語る。
「おおよその理由は分かりますが、クァールさんはデミスさんを敵視しておりましたね」
「ああ、オレの出演したテレビ番組が原因なのだろう」
「あの時は驚きました……」
ゆっくりと、リリアは右の拳を胸の前に掲げる。
「しかし、私は以前よりも力を向上させました。今の私は貴方が怖くありません」
「リリアさん……」
自然とデミスの表情がほころぶ。
なんて素晴らしいんだと、心からリリアの成長を喜んでいる。
「まさか、印象はそれだけなのか?」
しかし、なんとか堪えて聞き返す。
重要な部分はそこではない。
「それだけとは……?」
「そ、そうか。それなら番組の構成が少し甘かったようだな」
困惑しているリリアの反応を見て、デミスは分かりやすさが必要だと理解する。
世間が裁けぬ悪人を強制的に白日の下に曝け出し、これでもかと悪事を暴くあの番組。
放送開始当初、番組はクロージング前20分程度の簡素なライブ放送だった。
R・ノールコロシアムの試合で手にしたファイトマネーを用い、番組枠を購入。
その放送局の夜間帯で丁度暇そうにしていた中年カメラマンを雇い。
空いているスタジオの隅にて、テーブルと一対の椅子を置いただけ。
何者かとデミスが対談をする簡素な形式で始まった。
通常、この時間帯の視聴率は0%。
雇われたカメラマンも、金だけある素人の道楽につき合わされ腹立たしかったが。
それでもわずか20分だけで数万の小遣いが手に入ることから渋々了承する。
まさかこれから想像を絶する光景を目の当たりとする第一人者となるとは思いもせずに。
放送開始直後。
第一回目放送とのことで、デミスは自らの簡単な自己紹介とともに、対談がメインの番組だと説明する。
それから椅子に腰かけ、今日の出演者の方ですと、もう片方の椅子へ手を向けた。
椅子に座った状態で突如出現した人物がいた。
その放送局の社長だった。
状況が全く掴めない社長に、デミスは淡々と社長が行った悪事や汚職を暴いていく。
証拠の品や関わった共犯者を次々と空間転移で出現させてもいく。
ついに社長は観念したのか、スタジオの隅に置いてあった掃除用具の持ち手部分をへし折り、首に刺して自害した。
それでも、デミスの暴露は止まらない。
放送終了直後には、雪崩を打ったように警官隊がスタジオ内に突入する。
この時間帯に見ていた視聴者か。
同局の局員が通報していたようでスタジオ大荒れの中、第一回目の放送が終わった。
スタジオ内にいた者全てが逮捕されたが、デミスとカメラマンのみ即日解放。
逆に二人は誤認逮捕だったことを正式に謝罪される程だった。
これは事態を重く見たR・クァールおよびR・タルワールがスキル・ポテンシャル権利を扱った証拠。
あれ程の不可思議な状況を作り出したにも関わらず、この日より権利の効力によって、そういったことができる普通の人という印象が、デミスにはついた。
解放されたデミスのもとへ同局の局員がすぐさま話を持ちかける。
ウチでまた同じ番組構成の放送を、今度はゴールデンでやらないかと。
社長の罪が白日の下に晒され、ライブ放送で自害まで放映してしまった状況を変えるには。
その悪事を暴いたデミス本人を引き込む必要がある。
私たちは他者の罪を暴くため、まずは自らを清廉としましたと訴えるため。
理由はどうあれ、デミスも応じた。
暴きたいのは、決して一人ではない。
リリアが見た番組は、その後の構成のもの。
ゴールデンの放送だから、出演者はとても豪華なものであった。
あの番組は、デミス的に言うなら愛と平和のための番組。
こうなってしまわないように貴方も気をつけなさいという、とても道徳的な番組。
しかしながら彼の言うものは、正確ではない。
人同士でいがみ争わず、人同士に上下の身分差を作らず、対魔力体戦線を存分に構築しなさいということ。
デミスが望んでいるものとは。
要するに「平坦な大同団結」である。
「リリアさん、今日の修行はこれくらいにしよう」
「まだ始まったばかりですが?」
「リリアさんの感想はとても参考になった。今後の展開についてを社内の者と話し合いたくなったんだ。オレの勝手だが今日は申しわけない」
「別に構いません」
「そうか」
デミスは頷き、ジスへ視線を移す。
「ジス君、今日はありがとう。君のおかげで有意義な時間を過ごせた」
「いつでも頼ってくれ。この時だけ、私は本当の私でいられる」
親しげにジスは語った。
この二人も互いに有効な関係が築かれている。
「では、暫し時間をもらおう」
空間転移を発動し、デミスは姿を消した。
「ジス」
「はい? どうしましたか、リリアさん」
「貴方が暮らしていた世界……魔界へ帰りたいですか?」
「いえ」
自然とした手つきで、ジスは自らの腕につけられたバングルを外す。
スキル・ポテンシャル権利を一日だけ無効化する例のバングルを。
「今の私は、リリア“姫”の新作のドレスを仕立てたくて堪らないのです」
綺麗な笑みをジスは表情に浮かべる。
「また呼んでください、リリア姫」
ジスも空間転移を発動して、自らのブティックへと帰っていく。
そこで売られる商品の全てが、ジスとジスに師事した者らが仕立てたもの。
リリアの服一式を全て取り扱うため、この国ではトップブランドとなっていた。
なお、今までリリアの服一式を取り扱っていた仕立て屋は全てジスに師事している。
この世界は、魔力体が優位の存在であるため、R・クァールがそうさせている。
「………」
一人、修練場に残されたリリア。
外の世界にも自らの夢を求めるデミス。
この世界に新たな希望を見つけたジス。
リリアはもうこの世界から出るつもりがなかった。
それが今では知りたいことができ、他世界への内なる渇望があった。
「……セシルさんに聞いてみましょうか」
一度、リリアはセシルに話を通そうとする。
自らの自室へ戻ると、室内にセシルがいた。
紫色の天蓋つきのベッドの縁に、メイド服姿で腰かけている。
「あら? もう修行は終わったの?」
「ええ」
これ程早く修行が終わったことはなかった。
問いかけに答えながら、リリアはセシルの隣に座る。
「セシルさんはなにを?」
「なにって、これからお昼寝のつもりだった」
ベッドにセシルは横たわる。
「セシルさん、私はですね……」
「別の世界に行きたいんでしょ?」
「分かるのですか?」
「そりゃ、私はリリアの奥さんだしさ。私がリリアの一番の理解者だと思う」
「………」
嬉しそうにリリアは頬笑む。
リリアは本当にセシルが好きだった。
「セレニアちゃんのことなら心配しないで。といっても、お仕事中はエアルドフおじいちゃんのところに行っているから私も助かっているのだけど」
「ええ」
リリアはベッドから立ち上がる。
「もう行くの?」
「何事も早い方が良いですから」
「リリア、デミスのことだけど」
「どうしましたか?」
「仕事柄、色んな人たちに会って来たからなんとなく私には分かるの。あの人は、とてつもなく思い込みが激しい人だって」
「?」
リリアには、あまりピンと来ない。
涙を流した自らを慰める際の行動や反応。
たまに語る、なに言ってんだこいつ?と思える表現。
これらの要素からどこか夢見がちで、ロマンティストな人だとリリアは思っている。
いつも誰にでも優しく物腰柔らかに接しており、強力な強さを有していながら相手の成長や能力向上について本当に心から敬意を表することができる人物との印象もある。
たとえ、卑劣な攻撃を受けたとしても敬意の感情は揺るがない。
このように、強力な能力や自然と見せられる優しさから。
人によってはヒーロー気質やカリスマ性を見出す者もいるだろう。
しかし、セシルの勘は残念ながら当たっていた。
R・クァールという恐るべき女性がいる。
デミスはR・クァールと全く同じ精神的な病に罹患していた。
それは、メサイアコンプレックス。
ただし互いの本質や、思考のベクトルは明らかに大きく異なる。
R・クァールは能力開花を自らの実力と優秀さ、絶え間ぬ努力からと見た。
デミスは自らの身に宿る完全無欠の力は人々を救うために神から授けられたと捉えた。
R・クァールは無宗教者だが、デミスは熱心な聖職者であった。
彼の家系が熱心な宗教家だったことから、彼自身がその考えに至るのは至極当然なこと。
そんなデミスがクァールのごとく、自らの私利私欲にひたむきに動くはずもなく。
なぜ神はこの力を与えたのかと捉える。
デミスのいた時代は恐るべき魔力体だらけだった。
こういった現状に、神から授かったこの能力を総世界のために用いよ、と神託を受けたと思い描き。
どうしたら使い尽くせるのかと自らのうちに理想を掲げ、神から賜った使命を全うしようとする。
それら全てが勝手な思い込みである。
彼自身のスキル・ポテンシャルが、まさに最たる例。
ラスト・リゾートとは、自らではなく他の人々にとっての切り札。
自らの力が真に必要となった時、再びデミスは自ら縛りつけていた完全無欠の能力を、ラスト・リゾートの発動で解き放つ。
誰からも魔力体と人との懸け橋になってほしいなどとは、一度として頼まれてもいない。
強過ぎるがゆえ。
失敗をしなかったがゆえ。
非常に順風満帆で良き理解者たちにも恵まれたがゆえ。
デミスは分からなかった。
ましてや、彼の語る魔力体と人との懸け橋となる権利を奪い取るには、デミスに打ち勝たなくてはならない。
誰もそんな意味のないことをする者はいない。
彼は今後の生涯を懸けても事実に気づくことはないだろう。
自分のために。