意見の相違
「あら、ようやくお仕事も終わりですか?」
一人だけ構えていたアリエルが体勢を戻し、手首につけている腕時計を眺めた。
「なんと時間超過していますわ、給料分はもう働いたので今日は直帰しますね」
「我々がR・クァール様の支配地域から離れるだけで、営業時間なのは変わりありません」
クァールを前にしても、アリエルは変わらない。
今ではもう一人伸び伸びとリラックスしている。
それが気に障ったのか、相馬が今の行動に釘を刺す。
「………」
なにも語らずに、アリエルは真っ先に空間転移を発動して消えた。
「……大変お見苦しいものをお見せしてしまい申しわけありません、クァール様」
「構いませんよ。先にも私は聞きましたが、貴方方はここで一体……」
「私が空間転移を発動しますね」
顔色の悪い相馬が空間転移を発動した。
近くに空間転移のゲートが現れる。
そのゲートへ率先して相馬が入っていった。
クァールの言葉を聞き流したというより、色々考え過ぎて聞き取れなかったとも見える。
「ごきげんよう、クァールさん」
軽く山高帽を取り、フリーマンは会釈をすると、セラとともにゲートへ入った。
「ええ、ごきげんよう。金輪際、貴方方の立ち入りを許可しません」
なにも話していかなかったのを、クァールは相当根に持っている。
「さて……」
空間転移で、R・クァール・コミューンを離れた相馬たちを見送り。
次に気になるのは、彼らがこの場にいた理由。
「クァール様、彼らが見ていた先には、あのリリア姫が暮らすミラディ城があります」
アクローマは彼らがなにをしていたのかに気づいている。
アクローマ自身もリリアがノールだと思っているから。
「私もそのように考えておりました。“あの女”がいた時点で特に」
すたすた歩いて、ミラディ城が最も見やすい場所に行く。
クァールは双眼鏡を空間転移で手元に出現させ、ミラディ城を眺めた。
「なるほど……そういうことでしたか」
理由は、すぐに分かった。
ミラディ城の修練場の窓から、リリアとデミスが戦っている様子が窺える。
私自らが忠告までしたのに。
正直ムッとしたが、クァールは表情に出さすに堪える。
「リリアもそうですが……デミスもおりますね」
「えっ、まさかこの場所に?」
アクローマは相当な脅威を感じている。
それと同時になぜこの場所にとも思っている。
この場所は長きに渡り、デミスを封じ込めていた世界。
そういった事柄からなぜ今でもこの場所にいるのかが、二人には分からない。
「貴方は控えの対応をお願いします。空間転移および、リザレクの準備を」
クァールはアクローマに双眼鏡を渡す。
「はっ、はい!」
すぐにアクローマは双眼鏡を覗き見た。
「デミス、視認しました! 座標位置特定後、空間転移発動します!」
アクローマ程の者なら、座標位置特定など一瞬だった。
その間に、クァールは日傘を空間転移で消し、両腕を組んで仁王立ちする。
たった一人でリリア、デミスのもとへ突撃しようとしていた。
「転送を開始します、空間転移発動!」
アクローマの発言の後。
一瞬のうちにクァールの見ている風景が切り替わる。
クァールは修練場の入口近く。
ジスの傍に出現していた。
「えっ……?」
クァールを目にし、ジスは驚きと戸惑いの声を出す。
「ああ、早くも気づかれてしまいましたか……」
リリアは顔に手を置く。
「………」
じっと、デミスはクァールを見つめる。
普段の柔和な雰囲気がない。
「リリアさん、私との約束を違えましたね?」
「これはその……なんと申し開きをしてよいやら」
「ですが……この場に来た私なら分かります。貴方方は決闘をしていたわけではありませんね?」
「ええ、その通りなんですよ。以前の私が抱いていた確執や隔たりは、すでに存在しません。私たちが真に戦い合うことは二度とありません」
「そのようですね」
納得したのか、クァールは頬笑む。
人の感情までは言葉で誤魔化せないのが、クァールにもよく分かる。
「しかし驚きましたわ。リリアさん、貴方が魔界と繋がりがあったとは」
クァールはジスへ顔を向ける。
「貴方は魔界将軍のジスさんですね。貴方程の強者なら確かにここまで完璧な封印障壁が造り上げれるでしょう。私がリリアさんたちの存在に気づけなかったのも分かる。ところでなぜ貴方もR・クァール・コミューン内へ?」
「私は魔界将軍ではありません、それは過去のことです。今の私はリリアさんに師事する一人の弟子に過ぎません」
「そうですか、なにかわけありのように感じますね。私は貴方に寄り添える力になりたいと考えております。魔界には私の同志であり、元邪神のミネウスがおります。彼の者に私から頼れば、きっと貴方に……」
「いえ、良いのです。この件は私が私自身の力で乗り越えなくてはならない」
「そ、そうですか」
少しだけ、クァールは素になっている。
絶好の“被害者”を見つけ出す嗅覚には誰よりも一際優れている。
しかし相手から拒絶されてしまえば、自らの私利私欲を満足させられない。
それが、クァールは悲しい。
「話は終わったかな?」
デミスがクァールに呼びかける。
「ええ」
「向こうで」
くいっと親指を立て、とある方向を指差す。
その方向は、先程までクァールたちがいた場所。
「なにかをしていた四人組と、今でもあそこにいる天使はお前の味方か?」
「なるほど、流石はデミスさんですね」
「えっ? 誰かいるのですか?」
二人の会話を聞き、リリアは修練場の窓の外を眺める。
「いました、あの姿は以前貴方と伴っていた天使で間違いありませんね?」
リリアの視力は、裸眼で双眼鏡並み。
「あの天使は私の同志であり、大事な友人です。このR・クァール・コミューン内に侵入した例の四人組の調査を行うため、私たちはこの世界に参りました」
「少し良いかな? なぜ、人々を支配している? スキル・ポテンシャル権利の本来の扱い方は、そうじゃないだろう」
「私がしていることは断じて支配などありません、秩序と繁栄と共生です。過去のR一族らとともに私まで一緒くたにされては溜まりません」
「そんな言葉遊びなどはどうでもいい。扱うべき対象を対魔力体とすべきだ」
「なにを言いたいのかが、私には分かりかねます。問題なのは、貴方の行動です。貴方のテレビ番組を視聴させてもらいましたよ。もし私が権利を発動しなければ、今現在の貴方の立場は総世界の罪人です」
「解けばいい」
「はあ?」
「権利など解けばいい。今すぐ人々の認識を全て元に戻しなさい」
「お断りします、ただ一人の見解だけが何事も優先されるべきではありません。人々は貴方のような強者ではないのです。貴方の行動は極めて不可思議なものであり、理解不可能なものでした。あの状況はそもそもあってはならない」
「あっていいのだ、力ある者をなぜ隠す必要がある? これを魔力体たちにこそ見せつけるべきだ。戦ってもいい存在ではない事実をよりよく知らしめるために」
「そこまで魔力体ばかりを気にする理由とは? 私には分からない。そもそも魔力体に権利は効かないのですよ?」
「効かないからこそ、人々を一致団結させるために権利があるのだろう? 大体、ほとんどの者たちにはまだ効かないのだから、R・ルールがいない今こそ新たな先導役が必要なのだ」
「R・ルールとは……?」
R・ルールなど、クァールは全く知らない。
今現在の総世界でスキル・ポテンシャル権利を扱えるのは。
ノールのおかげで、わずかに10名程なのだから。
まさかその人物が数万年前から存在する魔力邂逅など理解が到底及ばない。
「誰なのかは存じませんが、貴方は権利についてをなにも知らないのですね。R一族ではない者なので当然と言えば当然ですが、今現在権利は人の九割九分以上の者たちに効力を発揮します」
「なにを話している、九割九分以上だと? ありえるわけがないだろう、そのようなことが……まさか“貴様ら”」
「待ちなさい!」
リリアが大声で怒鳴る。
「私の前でみっともない口喧嘩をいつまでも繰り広げるのを止めなさい、非常に迷惑ですわ。まさか、貴方方はこの場で戦いを始めるおつもりですか?」
「いえ、そんなことはしません。私は自分自身が恥ずかしいです、貴方の城だというのにあまりにも身勝手極まりない行動を取っていました」
申しわけなさそうに、クァールは謝罪する。
普通に怒られると意外に素直。
「リリアさん、オレは……」
「私の言うことが聞けないのなら、貴方はもう同志ではありません」
「悪かった、君の言う通りにしよう」
若干、デミスは落ち込んでいる。
同志ではないという発言にもだが。
自らの信念か、同志かの二択を迫られ、一度自らの信念を折る結果になったのが悲しい。
しかしそれだけ、リリアの存在はデミスにとって本当にかけがえのないもの。