次なる敵
ミラディ城の修練場にて。
室内の中央で、二人の人物が相対している。
紫色のドレスをまとうリリアと。
司祭としての服装をまとうデミスの二人である。
二人とも戦意も特になく、リラックスした状態に近いが。
R・ノールコロシアムで一騎打ちをした際の桁違いの魔力量と、ほぼ同等の魔力をその身に宿している。
強力無比と言ってもいい。
その二人を、修練場入口でジスが真剣な眼差しで見つめている。
「では、行きますよ!」
ジスが大声を出す。
魔力を操作し、修練場一帯を覆う封印障壁を作り出した。
ジスの腕には、スキル・ポテンシャル権利を一時的に無効化するバングルがつけられている。
仕立て屋としてではなく、R・ノールコロシアムランク70位としてのジスがいた。
「いつでもどうぞ」
リリアは全身に魔力を張り巡らせる。
一瞬で全ての状態が整う。
一度は全てを失ったが、今再びノール流を極めた証拠。
「おう!」
どこか嬉しそうにデミスは頬笑む。
修練場の石畳の床を蹴り、一足飛びでリリアの間合いに入り込む。
リリアはデミスの動きを予測できなかった。
瞬時に入り込まれ、対応が上手くいかない。
デミスは右腕からのストレートをリリアの胸元へと放った。
なんとか、リリアは両腕で包み込むようにしてデミスの腕を掴んだが、勢いを止められない。
自らの腕ごと胸へ直撃し、リリアは両膝から崩れ落ちる。
「………」
両手で胸を押さえ、床へ視線を落とし、リリアは吐血する。
してはいたが、それもすぐに止み、床にも血の跡はなくなる。
「……さて」
リリアは立ち上がる。
瞬時に魔力体化して、ダメージの痕跡を消していた。
「良くやったぞ、無事なようだな」
リリアの様子を見て、デミスは意気軒昂としている。
一度は完全に魔力の流れが破綻したリリア。
今では、ラスト・リゾートが成ったデミスの一撃にも耐えられるようになっている。
つまりは、対ノール戦時と状況は同等。
もうデミスは手を抜いていない。
ノール化を経ずに、リリアはデミスの攻撃を耐えられている。
今現在のリリアは当時のリリアよりも遥かに強くなっていた。
「リリアさん」
ジスが近づき、リリアを支えてあげた。
「こんな戦い方では……長く生きられませんよ」
「いいえ、こんな戦い方だからこそ強くなれます」
数段上の強さを得る方法を、リリアはこの戦い方でしか知らない。
自らの師、R・ノールとの実戦でもそうだったから。
以前もR・ノールコロシアムにて格上の春川杏里と実戦を行っていたが、あの当時は掴めなかった。
強くなる環境が整っている今を、もう絶対にリリアは逃すつもりがない。
「続けるか、リリア?」
「ええ、勿論ですとも」
デミスの問いかけに、リリアは力強く答える。
「さあ、ジス。貴方は封印障壁の継続を」
「ええ……」
それからも、リリアとデミスの修行は続く。
ミラディ城から約数キロ。
双眼鏡が必要となる程の距離からリリア、デミスたちの行動を遠目から覗き見る者たちがいた。
「やはり、情報通りでしたね。確かにリリアさんがいました」
双眼鏡を目元に当てながら話す初老に差しかかった身なりの良い紳士がいた。
株式会社バロックの取締役、相馬だった。
「見つかって良かったですね」
秘書と思われるキャリアウーマン風の格好をしているセラが語る。
セラは髪から顔、衣服から見える腕や足にかけて全身が白く、わずかに瞳と唇のみが仄かに赤いという体質の持ち主。
「それどころか、デミスまでおりますな。いやはや、己の目で、しかと見なくては情報など当てにならぬということですかな?」
フリーマンがステッキを小脇に抱えながら話す。
山高帽を被り、スリーピーススーツを着込む、高貴な身分の男性。
双眼鏡が必要な距離の風景を、普通に裸眼で捉えている。
「見つかったのなら、もう帰りましょうか。私はもう給与以上のことはしたわ」
ウェーブがかった金髪の女性、アリエルが腕を組みつつ独り言を語っている。
自らの豊満な肉体を強調させる秘書風のタイトな格好をしている。
「よいしょっと」
立っているのも面倒臭くなったのか、アリエルは近くの木を背もたれにして座る。
普段はズボンを履いているからか、どっかりと座り足を広げていた。
「なんだね君は、けしからんな」
当たり前のように座っているアリエルにフリーマンが叱る。
それもそのはずで秘書として活動している際、アリエルはスカートを履いている。
足を広げて座っているせいで、下着が丸見え。
「なにも気にすることはないわ、フリーマン。貴方は貴方の仕事をしなさい」
「そういう問題ではない、君は君自身の振る舞いを正せと言っている」
「老けたわね、人の行動ばかりを気にしていては駄目になる」
「君には、羞恥心もプライドもないのか?」
流石のフリーマンも頭を抱え、呆れている。
「ああ、そうでした。今日は相馬もいらしたのですね、仕方ありませんねえ。はい、どうぞ」
本当に仕方なさそうに、アリエルは自らのスカートを捲る。
「アリエルさん、以前も言いましたがパワハラですよ?」
腹が立ったのか、相馬の声は怒気を含んでいる。
彼ら四人は、全て株式会社バロックのドールマスター。
全員が取締役であり上下関係はなく、R・ノール派を各々の認識に大小はあれど自認している。
この世界を訪れ、リリアを見ていたのはリリアがノールであると思っているから。
確かにリリアはデミス戦で分解して消滅したが、デミス本人がリリアは生きていると公表したことで総世界中を探し回っていた。
そして、今日ついに見つけるに至った。
しかし、リリアに会いに行かない。
彼らにとってもデミスが脅威であることもあるが、重大な事情がある。
なぜならこの場所は……
「あっ、来ましたよ」
なにかに気づいたアリエルは立ち上がり、少しだけ前傾姿勢になる。
バロックの刺客として、アリエルは自らの役目を果たそうとしていた。
次の瞬間、相馬たちの近くに空間転移のゲートが現れた。
そこから、日傘をさした貴婦人と、純白の鎧を身にまとった天使の女性が姿を見せる。
R・クァールと、アクローマだった。
「貴方方は、この私の世界で、一体なにをなさっているのですか?」
感情をあまり見せぬよう無機質な声で、クァールは語りかける。
己の行動を予測させないために。
この時すでにクァールは、R一族一子相伝の暗黒魔法デスメテオを詠唱ストック済み。
恐るべき禍々しい漆黒の物体で四人とも一気に消し飛ばす気満々だった。
仄かにアクローマは頬笑んでいる。
こちらもすでにスキル・ポテンシャルのダブルを発動している。
この場にいるアクローマは本体ではない。
自らのタイミングで即刻四人に飛びかかり、炎人魔法デトネイトで爆殺する気満々。
ちなみに本体は、対象者の時間を巻き戻すリターンを詠唱ストック済み。
クァールにデスメテオを連続で発動させようとしていた。
二人とも強烈な殺意を胸に秘めている。
建設的に話し合う気などさらさらない。
「ああ、お久しぶりですね、クァール様。お話を通しておくべきでした」
相馬がクァールの前まで行き、ひざまずく。
「相馬、貴方がノール派になってしまい、私はとても悲しいです」
別にクァールは悲しそうな素振りを見せない。
声も無機質なままで、感情が分からない。
「そんなことよりも、私の同志がお世話になったようですね」
「ええ……ええ、まあ」
どこか歯切れの悪い相馬。
実は数ヶ月前にとんでもないできごとが起きていた。
それが原因で、元同志である相馬であってもクァールは心底嫌いになっている。
即座に手を出さなかったのは、R・クァール派時代の過去の貢献をクァールが評価しているからに過ぎない。
「今すぐ、R・クァール・コミューンから去りなさい。拒否するなら死んでもらいます」
「拒否するなどとんでもございません……では、皆さん帰りましょうか」
顔色が悪くなった相馬が他の者たちに話を振り、帰り支度を始める。
ここで、クァールの表情に少しだけ悲しさが混じる。
本当は相馬たちが悪いのではないのは分かっていた。
とあるものを作ったため、間接的に相馬たちも悪としなくてはならないのだ。
それは、巨大建造物。
それを駆使して、R・クァール・コミューン内に攻め込んだ者がいたからである。