新たな旅路
約一時間程の動画が終わった。
「なんということでしょうか……」
それだけをリリアは語る。
テレビ番組が嫌いなリリアでも全て見ていた。
リリアには分かる。
デミスは自らを中心に添えた独壇場の世界でものを語っていた。
いとも容易く罷り通せるのは本当にデミスが想像を絶する能力者である証拠。
こういった者の対策のため、総世界法は存在している。
総世界法の存在は、リリアも知っている。
それを捻じ伏せている者が、目の前に確かにいた。
当然のごとく、総世界法を捻じ伏せられる者が一体総世界にどれだけいるだろうか?
本当に自分はこんな化物に勝利したのかと、リリアは自らの過去に疑問を抱かせた。
あまりにも近い位置にいたせいか、リリアは忘れていた。
R・ノールと同じくデミスも、たった一人でパワーバランスの一角を担う存在。
そして、今なぜリリアにセシルが動画を見せたのか。
卓上カレンダーを気にしていたのも今なら分かる。
もうすぐデミスが二ヶ月の期間を終え、リリアのもとに帰ってくるからだ。
「どうする……?」
不安げな声で、セシルは語りかける。
リリアの顔から視線を逸らしていた。
「分かりません……」
リリアは落ち込んでいた。
今現在の自分は、デミスと戦った当時の自分に遠く及ばない。
戦いを終え、今後の目標がなくなり、子を産み育て、魔力量も技量も目に見えて落ちている。
あの日、デミスが凄まじい女だと感じたのも、ノールである。
リリアではない。
「………」
静かに、リリアは魔力流動をしてみる。
約二ヶ月振りの戦闘に関する本格的な魔力流動。
以前よりも明らかに切れがなく、過去のリリア目線で例えるなら素人も同然。
弟子のジスにどうこう言えぬレベルでお粗末なものとなっている。
この現状を目の当たりにしたデミスは自らに対して、一体どのような思いを募らせるのか。
おそらくは、これ以上ない程に失望するだろう。
リリアはそれがとても怖かった。
「どうする、逃げる?」
「いえ……」
「そうよね、リリアはとっても頑張ったんだから。デミスだって分かってくれるわ」
「………?」
なにが言いたいのか分からなかったリリアは話を流した。
セシル的に子供を産み育てたリリアは、とても褒められたもの。
この時点でどうのこうのと攻める輩は信じられない。
武を生業としていないから、そんなことを平気で言える。
あの男。
デミスを前にした時、本当にそれを口にできるのか。
想像を絶する程に強いデミスが、生殺与奪を握っているのだから。
「セシルさん」
「やっぱり、逃げる?」
「いえ、どこにいても同じです。デミスは間違いなく、この私を基点に空間転移を発動し現れるでしょう。もし、デミスが現れた際は私を一人にしてくれませんか?」
「うん……分かった」
仕方なさそうにセシルは語る。
「でもお願いがあるの、絶対に魔力体化だけはしないで。もしものため、私にはこれがあるから」
セシルは空間転移を発動させ、手元に一枚の名刺を出現させた。
聖帝会№2のアーティに手渡された名刺を。
もしもの時は、アーティにリリアを生き返らせてもらうつもり。
「ええ、分かりました?」
セシルとアーティになにがあったのか分からないリリアは、なんとなく返事をした。
この日から丁度二日後。
デミスはリリアのもとに戻ってくる。
最もデミスらしい几帳面なタイミングで。
自室で一人、リリアは机の椅子に腰かけていた。
時刻は早朝の九時頃。
今日から丁度二ヶ月前。
あの日、リリアとともに復活を果たしたデミスはこの時間帯で他の世界へ旅立っていった。
リリアなら分かる。
間違いなく、帰ってくる時間はこの辺りだと。
「………!」
なにかを感じ取り、リリアは椅子から立ち上がる。
他の世界から何者かが自らを指定した空間転移の発動を感知した。
直後、部屋の入口付近に高度の魔力を感じた。
そこには、すでにデミスの姿があった。
あの日とは違う、以前動画で見た時と同じ司祭の格好をしたデミスがいた。
「お久しぶりです、リリアさん……」
穏やかで優しさに満ち足りた顔つきのデミス。
話している途中、デミスはなにかに気づき、不思議そうな表情になった。
リリアの弱体化には即座に気づいた様子。
「………」
リリアもそれを肌で感じている。
謝るのか。
誤魔化すのか。
それではもう自分ではない気がする。
だから率直に思いの丈を全て伝えよう。
リリアのうちには、そういった思いが込み上がる。
「デミスさん、私は……」
ふいに、リリアの目から一滴の涙が流れた。
弱くなってしまいました、と伝えるのか?
あまりの情けなさから涙が止まらなくなり、顔を両手で抑えた。
「リリアさん」
そっと、リリアの傍に歩み寄る。
デミスは優しくリリアを抱き締めた。
「なにも、言わなくていい」
「………」
「君のことなら分かる」
「………」
「良き母親となったのだな……」
リリアの背後から、セレニアが顔を覗かせる。
感情の変化を読み取り、リリアのもとへ空間転移していた。
「リリアお母様?」
心配そうに語りかけるセレニア。
声を聞き、ゆっくりとデミスはリリアから離れ。
リリアは顔から両手を離した。
「君には笑顔でいてほしい」
リリアの頬に残る涙の雫を、デミスは指先で拭う。
それから軽く手のひらを掲げた。
三人の周囲を、暖かく幻想的な光が包み込む。
リリアの全ては魔力でできている。
涙も同じく。
デミスは涙の魔力を操作し、綺麗な光景を見せてリリアを慰めようとしていた。
「綺麗ですね……」
リリアの涙は止まっていた。
この男を誤解していた。
最初からずっとそうだった。
自らを敵視した時など、一度としてない。
「恐るべき魔力操作……底が知れない……」
ぶつぶつと、セレニアが語っている。
全く子供らしい反応ではない。
「セレニアちゃーん」
廊下の方から、かすかに声が聞こえ始めた。
急にいなくなったセレニアをセシルが探している。
「セレニアちゃ……リリア、セレニアちゃん知らな……」
部屋の扉を開け、セシルはなんの気なしに室内を確認した。
「アンタ、なにやってんのよ!」
めちゃくちゃに感情的な声を上げる。
来たばかりのセシルには、今の状況が分からない。
しかし、リリアの顔を見れば分かる。
リリアは泣いていた。
一気に駆け寄り、セシルはデミスの顔を引っ叩く。
「ま、待ちなさい、セシルさん」
本当に急なできごとに、デミスは面食らう。
周囲を包んでいた幻想的な光も消えた。
「ほう……」
リリアは感心していた。
ほとんど魔力をまとうことなくデミスの前に立ち、攻撃を加える。
そんなこと自分にはできない。
「セシルお母様、その人は悪い人ではありません」
「えっ、そうなの?」
平手打ちをした方の手を抑え、自らの胸の方へ持っていく。
娘の言うことならセシルはすぐに信じる。
「その通りです」
「そうなの、リリア?」
「私はデミスさんになにかをされたわけではありません。私は私自身の不甲斐なさを許せなくなったのです」
一体なにをしているのやらと、リリアは思う。
こんなことをしている場合ではなかった。
ノール流を捨てたと思っていた。
捨ててなどいなかった。
情けなさも、不甲斐なさも感じている。
それだけ強く力に恋焦がれている自分がいる。
このままでは終われない。
ノール流にも、Rの名にも恥じぬようにと心に決めた。
この日より、リリアはデミスとの一対一での修行を始めた。
弱体化したとはいえ、ノールに基礎中の基礎から叩き込まれていたリリアは即座に勘を取り戻すに至った。